
訪問歯科のポータブルユニットの価格・値段の相場はいくらくらいなのか?
外来診療を一時閉じて訪問診療に出たある日、寝たきり高齢患者のむし歯を前に十分な切削機材がなく応急処置に留めた経験を持つ歯科医師も少なくないであろう。往診先で義歯の調整やう蝕の除去を求められても、ミラーと探針だけでは対応しきれず患者に再度の来院をお願いしたこともあるかもしれない。訪問歯科診療で診療室と同等の処置を提供するには、ポータブルユニットの導入が鍵となる。
本記事では訪問診療用ポータブルユニットの価格相場を中心に、その臨床的メリットと経営的影響を考察する。臨床現場で明日から活用できる実務知見を、筆者の経験とエビデンスに基づき提示する。
要点の早見表
項目 | 要点 |
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臨床用途 | 往診先で基本的な歯科治療(う蝕除去・充填、スケーリング、義歯調整など)を行うための携帯型設備である。通院困難な患者に対し、診療室に近い処置を提供できる。 |
主な適応症例 | 自力通院が難しい高齢者や障がい者で、義歯の修理・調整、齲歯や歯周病の治療が必要なケース。ポータブルユニットには切削用エンジンや吸引、3ウェイシリンジ、スケーラーが備わっており在宅でのう蝕・歯周治療に対応可能である。 |
使用上の制約 | 患者宅は診療環境が制限され、インプラント埋入や難易度の高い抜歯など精密機器・外科処置を要する治療には対応が難しい。また携行できる機材・人員に限りがあるため、診療範囲はどうしても限定される傾向にある。 |
運用面のポイント | 診療前に機器の準備・充電を行い、訪問先では数分で設営が完了する設計の機種もある。本体質量は機種により約5~30kgと差があり、軽量モデルは女性でも肩掛けで運搬可能な一方、大型モデルは車載とキャスター移動が前提となる。使用後は排水ボトルを回収し、機器内部の水抜きや消毒を徹底して院内で清潔に保管する。 |
安全管理 | 居宅の電源で稼働させる際は過負荷に注意し、延長コードの取り扱いにも配慮する。バッテリー内蔵型ならフル充電で約1時間の無停電稼働が可能であり、電源確保が難しい訪問先でも対応しやすい。感染対策としてディスポーザブル製品の活用や器材の滅菌持参を行い、誤嚥防止のため患児の体位と吸引体制を整えることが重要である。 |
価格帯の目安 | 安価な海外製ポータブルユニットは7万円前後から入手可能である。一方、吸引力や携行性を高めた国内大手メーカー製品は100~200万円程度と高価になる(例:「かれんEX」標準仕様970,000円、バッテリー付1,080,000円)。中間的な性能の機種は20~30万円台で市販されており、用途と予算に応じて選択できる。維持費は基本的に消耗品交換や点検費用のみで、稼働頻度に応じた出費となる。 |
収益性と費用対効果 | 訪問診療の報酬は外来の約3倍と高く設定されており、1人の在宅患者に1時間かけても概ね外来3~4人分の点数が算定可能である。そのため患者数が一定いれば十分採算が合う。例えば初期費用を7年リースで導入すれば月1万円程度の負担となり、訪問患者数名の保険収入で相殺できる計算である。購入したユニットは院内ユニット故障時のバックアップにもなり得るため、リスク管理の観点からも無駄にならない。 |
算定要件・制度 | 歯科訪問診療料を算定するには、携行可能な切削機器(ポータブルエンジン等)を常備することが求められている。さらに十分な訪問実績とポータブルユニット・ポータブルX線・吸引装置の保有を満たせば、在宅療養支援歯科診療所として追加の加算を算定可能である。逆に機材不足で施設基準未届のままでは訪問診療料1(1,100点)が算定できず初診時267点に留まるなど報酬に大きな差が生じる。 |
導入選択肢(外注・共有) | 訪問患者が少数の場合、自院でユニットを購入せず必要時に対応可能な他院に紹介する選択もある。あるいは地域の歯科医師同士で機器を融通し合ったり、メーカーからデモ機を借用して運用する方法も考えられる。需要の見極めがつくまで高額機材の購入を見送る判断は合理的であり、まずはポータブルエンジンのみで対応して徐々に導入範囲を広げる段階的戦略も推奨されている。最終的には、自院の症例ニーズと費用対効果を比較検討した上で、共同利用による制約と自前導入による利便性を天秤にかけ意思決定すべきである。 |
理解を深めるための軸
訪問診療用ユニットの導入判断には、臨床面と経営面の双方からの検討が欠かせない。臨床的な軸では、ポータブルユニットを活用することで在宅患者にも外来と遜色ない治療を提供できる点に注目する。例えば強力な吸引機能を備えた機種であれば、訪問先でも診療室と同等の安全性・品質で処置が可能である。一方で患者宅はユニット一体型の診療台や完全な無菌環境が整わないため、処置時間や精度に一定の限界が生じることも留意すべきである。高性能な機器であっても、患者の体位固定や照明の制約から診療効率が外来より低下するケースは避けられない。
これに対し経営的な軸では、費用対効果とオペレーション効率が中心となる。機器導入により新たな訪問診療収入が見込める反面、初期投資と維持費が発生するため十分な患者数・稼働率を確保する必要がある。例えば重量のあるユニットは搬送に複数スタッフや車両が必要となり人的・物的コストが増加するが、その分包括的な処置が1回の訪問で完結し再訪問を減らせるメリットがある。一方、軽量で安価な機種は単独で運搬しやすく導入ハードルも低いが、機能が限定され対応できる処置範囲が狭まる可能性がある。すなわち臨床の質を優先すれば高機能機種による手厚い診療が可能になるが、経営上はコスト増やスタッフ負荷を招く。両軸のバランスを取り、自院の診療方針と患者ニーズに即した選択が求められる。例えば主要な訪問先が口腔ケア中心の施設であれば小型機材で十分だが、重度う蝕や抜歯を自院で完結させたい場合は高性能ユニットとX線機器まで含めた設備投資が必要になる。臨床アウトカムと医院収益の双方に目を向け、どの組み合わせが最適かを検討すべきである。
代表的な適応と使用上の制限
訪問歯科診療でポータブルユニットが真価を発揮するのは、在宅療養中の高齢者や障がい者に対する基本的な歯科処置である。実際、訪問診療で行われる処置の約4割は義歯の調整・修理であり、次いで口腔ケア指導や歯周治療が多い。こうしたニーズに対し、ポータブルユニットを用いることでう蝕の除去や充填、歯石除去、義歯調整などの一般的な治療行為を患者宅でも行うことが可能である。吸引器や切削用ハンドピース、超音波スケーラーを搭載したユニットであれば、誤嚥に配慮しつつ齲窩の形成や歯周ポケットの洗浄といった処置も概ね院内と同様に実施できるだろう。これらにより、従来は通院困難を理由に処置を諦めていた患者にも適切な歯科治療を提供できるメリットは大きい。
しかし、ポータブルユニットで対応しきれない処置も存在する。訪問先では診療チェアや大型機器がなく十分な照明や術野の確保が難しいため、インプラント埋入や難易度の高い外科手術など精密な診断・高度な無菌操作を要する処置には基本的に対応できないとされる。実際、訪問診療ではインプラントや有病者の全身管理を伴う抜歯は避けられる傾向にあり、必要に応じて専門医療機関への紹介を検討すべきである。またポータブルユニット自体も、通常の歯科ユニットと比較すれば出力や安定性の面で見劣りする部分があるのは否めない。例えばエアタービンの回転数や吸引圧は据置型ユニットに及ばないことが多く、大量出血を伴う抜歯や長時間の研磨操作には不向きである。要介護患者の場合は処置中の体動や誤嚥リスクも高いため、安全域を見極めつつ「在宅で可能な範囲の治療」に留める判断も重要になる。言い換えれば、ポータブルユニットはあくまで在宅で可能な基本処置を支える道具であり、対応困難なケースまで無理に広げないことが患者のためでもある。
標準的なワークフローと品質管理の要点
ポータブルユニットを用いた訪問診療のワークフローは、おおむね次のような手順で進行する。まず出発前にユニット本体やハンドピース類、吸引チューブなど必要器材をチェックし、バッテリー充電や水タンクの補充を行う。訪問先に到着したら患者のベッドサイドや車椅子付近にユニットを設置し、電源コードをコンセントにつなぐ(またはバッテリー駆動に切替える)。近年の機種はケースを開けてフットペダルを設置すれば1分程度で診療準備が完了するものもあり、患者や介護者を長く待たせずに治療を開始できる。ユニットにはハンドピース用の圧縮空気や給水ボトル、唾液や排水をためるタンクが内蔵されているため、診療中は診療室とほぼ同様に切削や吸引が可能である。たとえば質量5kg程度の軽量ユニットでは500mlペットボトルを水源として装着し常に清潔な注水が行える設計になっており、簡易な構造でも最低限の衛生環境を確保できるよう工夫されている。診療終了後はユニット内部の排唾物や廃液をすみやかに回収し、付着汚染部位をアルコールや次亜塩素酸で清拭消毒する。帰院後にはタンクやチューブ類を洗浄・乾燥させ、オイルレスコンプレッサー搭載機はドレンを抜いて水分を除去する。これらの後処理を怠ると機器の腐食やカビ発生につながるため、訪問毎のルーチンとして定着させることが望ましい。
品質管理の観点では、ポータブルユニットを含む訪問診療機器は法律上「管理医療機器(クラスII)」に分類され、その中でも専門的な保守が必要な特定保守管理医療機器に指定されている場合がある。これは定期点検や修理をメーカーもしくは有資格業者に委託すべき機器であることを意味し、長期にわたり安全に使用するには取扱説明書に沿ったメンテナンス計画が重要である。例えば吸引系統のフィルタやシリコンホースは定期交換し、モーター類も規定時間の使用ごとに点検を受けることが推奨される。またユニットの機能を十全に発揮するには、使用前の動作確認が欠かせない。訪問先で電源が入らない・吸引力が不足するといった事態を避けるため、毎朝の診療前に簡易的な試運転を行い、圧力計の値や水漏れの有無を確認しておくとよい。近年の国産機では水タンクと排水タンクがワンタッチで脱着可能となっており日常の清掃が容易であるほか、操作パネルをシンプルにして初めて使用するスタッフでも直感的に扱えるよう配慮されたモデルも存在する。こうした設計上の工夫もうまく活用し、機器の性能と衛生状態をベストに維持することが現場での再処置やトラブル防止につながる。品質管理とは即ち患者安全の担保であり、小型機器であっても院内感染対策と安全管理は決して手を抜かない姿勢が求められる。
安全管理と説明の実務
在宅で歯科診療を行う際には、院内以上に安全管理への配慮と患者・家族への丁寧な説明が重要である。まず機器の使用に伴うリスク管理として、電源確保と感電防止が挙げられる。訪問先ではコンセント位置が限られるため延長コードを使用する場面も多いが、その際はコードを患者や介助者が踏まないよう配線し、余裕のある許容電流の製品を用いる。バッテリー搭載ユニットであっても非常時には電源接続が必要になるため、念のため予備バッテリーや充電器も携行しておくと安全である。次に誤嚥・窒息への備えも不可欠である。訪問診療では患者を仰臥位にできない場合も多く、開口量や頸部の姿勢にも制約があるため、口腔内の水や飛沫が咽頭部に貯留しやすい。強力なバキュームで常に吸引しながら術野を清潔に保つとともに、必要に応じて体位を調整したり、一旦ユニットを止めて体勢を立て直すなど慎重な進行を心がける。高粘度の材料を使用する義歯の印象採得や咽頭に近い部位の処置では特に注意が必要であり、補助者が同席できない状況では無理な処置を避ける判断も安全管理上は正当化されるだろう。
感染対策と衛生管理もまた安全な訪問診療に欠かせない要素である。患者宅は診療室と異なり滅菌・清掃の行き届いた環境ではないため、使用する器具類はこちらで完全に滅菌・消毒したものを持参しなければならない。ポータブルユニット本体についても、患者ごとに触れる部分を消毒し、使い捨てのバキュームラインフィルタやデンタルダムなどを活用して交差感染を防止する。処置中に出た削片や洗浄水はユニット内の排水ボトルで回収し、院外へ漏出させないよう注意することも必要である。処置後には汚染したガーゼや鋭利な注射針などを回収して医療廃棄物として適切に処理し、患者宅に鋭利物や感染性廃棄物を残さない配慮を徹底する。加えて、患者・家族への事前説明によって協力を得ることも安全な診療の一部と言える。例えば治療前に「本日はこの携帯用の歯科ユニットを使用して歯を削ります。少し音が出ますが、安全に進めますのでご安心ください。」といった説明を行い、処置中は誤嚥防止のため頭位を少し起こすこと、吸引音が出ることなどを伝えて了承を得る。患者や介護者が機器の存在と必要性を理解していれば、診療中に急な動きがあった際も声かけや協力を得やすくなる。特にポータブルX線装置を併用する場合は、被曝線量が微小であることや防護エプロン使用など安全策を講じる旨を説明し、同意を十分に取得してから撮影を行う。訪問診療は患者本人だけでなく家族の不安にも目を配る必要があるため、機器の動作音や処置時間について事前に情報提供し、疑問に答える姿勢が信頼関係の構築につながる。万一、機器トラブルや体調急変などが起きた場合の対応策(診療中止や救急搬送の判断基準など)についてもシミュレーションし、スタッフ間で共有しておくことが望ましい。総じて、ポータブルユニットの安全有効な活用には、技術面の準備(機器点検・感染対策)と心構えの準備(十分な説明と合意形成)の両輪が欠かせない。
費用と収益構造の考え方
ポータブルユニット導入の妥当性を判断するには、その費用構造と収益構造を丁寧に見積もる必要がある。まず費用面では、本体価格に加えて附属品や保守費用を含めた総投資額を把握する。前述の通り価格帯は製品性能によって大きく異なり、簡易モデルなら数十万円以下から、高性能モデルでは100万円を超える。例えば国産メーカーのフルスペック機種は100~150万円程度が相場だが、バキューム非搭載のシンプルなエンジンユニットであれば20~30万円台で購入可能である。さらに持ち運び用のキャリーカートや予備バッテリー(10万円前後)などオプション品の有無も総額に影響する。中古品市場を利用すれば初期費用を抑えられる場合もあるが、医療機器の場合は保証や修理体制が重要であり、購入元の信頼性を確認すべきである。ランニングコストとしては、消耗品(オーリングやフィルタ等)の交換や年間点検費が挙げられる。これらは機種と使用頻度によるが、概算では数万円/年程度を見込んでおくと安心である。人的コストも忘れてはならない。機器の準備・片付けや訪問に要するスタッフの人件費も広義の費用に含まれるため、1回の訪問診療にどれだけ時間と人手が割かれるかを計測し、その間の機会損失(外来診療を閉じる場合の逸失収入など)も加味してトータルコストを算出することが大切である。
一方、収益面では訪問診療で得られる診療報酬と患者数の見込みが中心となる。歯科訪問診療料は外来より高く設定されており、同じ処置内容であっても概ね訪問診療の方が点数が3倍以上になると報告されている(義歯修理では約4倍との試算)。例えば外来で1歯あたり150点の充填処置が、在宅では訪問基本料や加算込みで500点超になるケースもある。さらに在宅患者歯科治療時管理料や口腔衛生指導料といった在宅特有の算定も積み重ねれば、一人の訪問患者から得られる月間収入は決して小さくない。したがって一定数以上の訪問患者を抱えていれば、ポータブルユニット導入による収益増で初期投資を回収できる公算は高い。具体的な損益分岐点は患者数や処置内容に依存するが、仮に100万円の機器を購入し減価償却7年と考えれば年約14万円、月あたり約1.2万円のコスト負担となる。訪問診療1回の自己負担分を含む収入が仮に1万円程度とすれば、月2件の訪問で元が取れる計算であり、それ以上の件数をこなせれば十分に黒字化できる計算である。無論、実際には移動時間や人件費も含めた利益率を考慮する必要があるが、機器購入そのものが収支を圧迫するリスクは高くないと言えよう。
収益構造を語る上で重要なのが、施設基準による報酬の違いである。歯科訪問診療は機材・人員を整え所定の届出を行うことで訪問診療料1~5(いわゆる歯科訪問診療料○○○点)を算定できるが、設備未整備で届出を行わない場合は初診時267点・再診時58点という最低限の点数しか算定できない。これは収益に直結する問題であり、機材投資を行ってでも施設基準を満たし高単価の訪問診療料を算定できる体制を構築する意義は大きい。実際にポータブルユニット・ポータブルエンジン・ポータブルX線を備え一定の訪問件数実績を積めば在宅療養支援歯科診療所の届出要件を満たすことができ、所定の管理料加算を得られるようになる。これにより在宅患者1人あたり数十点~百点程度の月次加算が追加算定でき、患者数が多いほど収益貢献が増す仕組みである。さらに訪問診療の提供そのものが新規患者の開拓につながる点も見逃せない。地域の介護施設やケアマネージャーとの連携を図り「在宅歯科診療に対応可能な歯科医院」として認知されれば、紹介患者が増え外来にも波及する可能性がある。これらを総合すると、ポータブルユニットの導入は単なる費用ではなく将来への投資として捉えることができる。初期費用だけに目を奪われず、自院の中長期的な患者確保や診療範囲拡大による収益向上まで含めて検討することが望ましい。
外注・共同利用・導入の選択肢比較
ポータブルユニットの導入判断に迷った際は、購入以外の選択肢も含めて比較検討することが重要である。第一の選択肢は外部への委託(外注)である。自院で訪問診療に十分対応できない場合、往診専門の歯科診療所や訪問歯科支援サービスに患者を紹介し、機材や人員を自前で抱えない戦略も取り得る。この場合、紹介先で患者が継続管理されるため自院の直接収益にはならないが、患者に必要な治療を提供できるメリットがある。ただし他院に移った患者がそのまま戻ってこないリスクや、自院の訪問診療経験が蓄積されないデメリットも考慮すべきである。
第二の選択肢は機材の共同利用である。地域の歯科医師同士で高額機材を融通し合ったり、歯科医師会やディーラーが所有する機器をレンタルする仕組みがあれば、購入せずに必要時だけ借用することも可能である。例えば「週に1回だけ訪問診療をする」という場合に、都度機材を貸してもらえれば効率的だろう。もっとも機材共有にはスケジュール調整や衛生管理の責任所在など課題も多い。他院と機材を共有する場合、消毒やメンテナンスの徹底度が自院基準と異なる可能性があり、院内感染リスクや機器故障時の補償など取り決めが必要になる。また貸出元の都合で使用したい日に機材が確保できないといった制約が生じる点もデメリットである。共同利用は初期費用を抑えられる反面、機動力や品質管理の自由度を犠牲にする面があることを認識すべきである。
第三の選択肢が自院での導入である。機材を購入すれば好きな時に自由に使え、緊急往診や夜間対応など柔軟な運用が可能になる。院長の裁量で必要なスペックの機種を選べるため、臨床方針に沿った最適な設備構成を整えられるのも利点である。デメリットは当然ながら費用負担と管理義務であり、一度購入した以上は使いこなさねば単なるコスト増になってしまう。導入しても活用されない典型的失敗例として、週1回程度の訪問しかないのに高額なユニットを買ってしまい「宝の持ち腐れ」状態になるケースがある。こうならないためには事前に需要予測を綿密に行う必要がある。メーカーや卸業者の話を鵜呑みにせず、まず現在の訪問患者数や処置内容を分析し、本当にユニットが必要なケースがどの程度あるのかを見極めるべきである。その上で、たとえば応急処置レベルの往診しか行わないのであればポータブルエンジン(簡易モーター)だけ購入し、頻度が上がってきた段階で本格的なユニット導入に踏み切るなど段階的な投資が推奨される。一方、訪問診療を医院の柱に据える戦略であるなら開始時からフルセット(ユニット+X線)導入も検討すべきであるとされる。競合の訪問歯科が多い地域では設備の充実度が信頼性や集患力に直結するため、開業当初に思い切って必要機材を全て揃える医院も存在する。自院の置かれた状況(患者層や競合環境)によって最適解は異なるが、外注・共同利用・自前導入のメリットとデメリットを洗い出し、長期的な視点でどの選択が患者満足度と医院経営の両方に資するかを判断するとよい。
よくある失敗と回避策
需要予測の誤りによる失敗は、最もありがちな落とし穴である。前述のように利用頻度の見極めが甘いまま高級機種を購入し、訪問件数が伸びず機材が遊休化してしまうケースがしばしば報告されている。これを避けるには、小規模な訪問診療から開始して徐々に設備拡充するアプローチが有効である。具体的には、まず安価な携帯用エンジンで口腔ケアと簡易な処置に対応し、患者紹介や依頼が増えて処置内容が高度化してきた段階で改めてポータブルユニット本体やX線装置の導入を検討する。こうすることで機材コストを段階的に回収しつつ、必要十分なタイミングで投資判断を下せる。また購入前にレンタル機を試用したり、先行導入した同業者に使用感を聞くことも需要見誤りの防止に役立つ。特に訪問診療経験が浅い場合、自院で本当に何が必要か判断がつきにくいため、メーカーの営業トークだけで決めず現場目線の意見を集めるのが望ましい。
機種選定のミスマッチも失敗につながりやすい。例えばワンボックスカーを持たず階段しかない訪問先が多いにもかかわらず、重量30kg超のコンプレッサー内蔵型を選んでしまうと持ち運びに苦労して結局使わなくなる恐れがある。この場合、たとえ切削力で若干劣っても重量の軽い機種や分離式で小分け搬送できるタイプを選ぶべきであったと言えるだろう。逆にエアタービン搭載機でなければ十分な処置ができない環境(重度う蝕患者が多数等)なのに、小型モーター機種で妥協した結果処置効率が悪く再訪率が上がってしまう例もある。機種選びではカタログ上の数値だけでなく実運用をシミュレーションし、自院の訪問スタイルにフィットした製品を吟味することが重要である。可能であれば導入前にデモ機を取り寄せて院内で操作性や騒音レベルを確かめ、スタッフ全員が問題なく扱えるか確認しておくと安心だ。
機器管理の不備によるトラブルも注意すべき失敗例だ。例えばバッテリー残量の確認を怠り訪問先で電源が落ちてしまった、排水タンクの廃液をうっかりこぼして汚染事故につながった、清掃不足でユニット内にカビが発生し吸気時に悪臭が出た、といったケースである。これらは機器管理のルールを整備し徹底することで防げる問題である。訪問前後のチェックリストを作成し、バッテリー・水・器材など項目ごとに確認を行う運用を習慣づける。また定期メンテナンスの履歴をノートに記録し、フィルタやシール類の交換時期を見逃さない工夫も必要だ。院長自身が忙しい場合でも、担当スタッフを決めて管理させることでヒューマンエラーのリスクは格段に下がる。加えて機器に関する院内教育を実施し、新人スタッフにも安全な取り扱いとメンテ手順を周知しておくとよい。万一故障が起きた際の代替策(予備機の手配先など)も事前に情報を共有しておけば、現場で慌てずに済む。
最後に制度面の不備にも注意したい。設備を整えたのに地方厚生局への届出を怠り、高い訪問診療報酬を請求できないまま運用していたという笑えない例もある。前述の施設基準届出の有無は報酬に決定的な差を生むため、ポータブルユニット導入が完了した段階で必ず所定の手続きを済ませること。また診療報酬算定に必要な記録(訪問診療の開始・終了時刻、提供内容の明細など)をカルテに記載し漏れなくレセプト請求することも基本中の基本である。制度と運用のミスで本来得られるはずの収益を逃すことがないよう、導入前に診療報酬の算定要件を再確認しスタッフにも周知しておくべきである。
導入判断のロードマップ
ポータブルユニットの導入を検討するにあたり、段階的に判断すべきポイントを整理しておく。まず自院の訪問診療の需要把握から始める。現在担当している在宅患者や施設入所者の数、想定される処置内容、その頻度を書き出し、訪問診療で「どこまで行うか」の方針を明確にする。例えば「口腔ケアと義歯調整が中心でう蝕処置は少ない」という状況ならポータブルエンジンのみで運用可能かもしれないし、「抜髄や難抜歯まで対応したい」という方針であればユニットと携帯用X線の両方が必要になる。このように提供サービスの範囲を決めることで、準備すべき機材の種類とスペックが見えてくる。次に初期投資とランニングコストの試算を行う。具体的な機種ごとの見積額をメーカーやディーラーに問い合わせ、保守契約料や消耗品価格も含めて数年間の費用計画を立てる。併せて、訪問診療1回あたりの収入(診療報酬点数)から人件費・交通費を差し引いた実質的な利益を算出し、投資回収に必要な症例数・期間をシミュレーションする。この際、仮に施設基準を満たして訪問診療料1を算定できれば1件1,100点となるが、未届で歯科訪問診療の簡易的算定(歯訪診)に留まれば1件あたり数百点にとどまることに留意する。事前に施設基準の届出条件(過去実績や機材要件)も確認し、どのタイミングで届け出るか計画しておくことが望ましい。
さらに運用体制の準備もロードマップに組み込む。訪問診療は歯科医師1名では困難な場合が多いため、歯科衛生士やアシスタントの同行体制を検討する。導入前にスタッフへのアンケートやミーティングを行い、訪問診療への理解と協力体制を醸成しておくことが成功の鍵となる。また車両の確保も重要だ。機材を載せる車がない場合、当初はレンタカーやタクシー利用でも対応可能だが、頻度が増すようであれば往診専用車の購入も視野に入れるべきである。自転車やバイクでも訪問は可能だが持ち運べる荷物が限られるため、ユニット本体を使用するなら四輪車の方が望ましい。さらに、院内体制の整備として訪問診療用のスケジュール枠を設け、外来との両立を図る計画も必要になる。例えば週に○コマは訪問専用時間とし、その間は新規外来予約を入れないといった運用ルールを決めておく。こうすることで外来とのバッティングを避け、チーム全体で訪問診療に集中できる。
以上の準備段階を経て、最終判断に移る。需要予測に基づき「いつまでに何を導入するか」のスケジュールを立て、予算承認や資金調達の手続きを行う。複数機種で迷った場合は、メーカーのショールーム訪問や実機デモを依頼し、使い勝手や騒音を実際に確認して選定するとよい。また導入直後はスタッフが機器操作に不慣れなため、院内でリハーサルを重ねておくと安心である。可能なら院内で患者役を立てたシミュレーションを行い、設置から撤収までの流れを掴んでおく。細かな課題(照明の不足や物品の持ち忘れなど)が見つかったら、すぐ対策を検討する。こうした入念な準備により、導入後のトラブルを最小限に抑えられる。最後に、施設基準届出や関係各所への周知も忘れず行う。地域の介護支援専門員やケアマネジャーに「このたび訪問診療用の機材を導入し、在宅で充填処置等が可能になりました」といった案内を出せば、新たな患者紹介につながるかもしれない。以上がロードマップの概略であり、設備投資という経営判断を成功させるには計画的な準備と段階的な実行が肝要である。
出典一覧(最終アクセス日:2025年9月22日)
① 東京ドクターズ WebDoctor「歯科ユニットメーカー8社を比較!価格帯や選び方も紹介」(2025年5月21日公開)
② 松島歯科通販「ポータブル式診療ユニット」商品ページ(BestDent®, Greeloy他 価格情報)
③ フォルディネット 製品情報「かれんEX」(日本アイ・エス・ケイ株式会社)
④ フォルディネット 製品情報「オサダポータブルユニット デイジー2」(長田電機工業)
⑤ 荷田歯科通販「TPC PC2630 訪問歯科用ポータブル診療ユニット」商品ページ
⑥ 日本訪問歯科協会「診療報酬について」(訪問診療の採算性・報酬構造)
⑦ 日本訪問歯科協会「施設基準と報酬」(訪問診療の施設基準要件)
⑧ ジョブメドレーアカデミー「訪問歯科を始めるには? 条件、必要書類、気をつけること」(2023年11月15日)
⑨ Apotool & Box コラム「訪問歯科(往診)はきつい?…体制づくり」(2025年2月26日)
⑩ デンタルサポート株式会社 コラム「訪問歯科をはじめる前に必読!準備編」(2022年11月23日
⑪ フォルディネット 製品情報「コンパクトポータブルユニット カルフェ」(株式会社ヨシダ)