
訪問歯科のポータブルユニットのおすすめは?メーカーごとに価格や評判を比較
ある在宅療養中の患者宅で、虫歯の痛みを訴える高齢の患者を前に治療を躊躇した経験はないだろうか。歯科医師としては抜髄や充填といった通常の処置を行いたいが、往診鞄に入る限られた器材ではう蝕除去もままならない。また、唾液や注水を十分に吸引できず誤嚥のリスクに冷や汗をかいたこともあるだろう。訪問診療の現場では、診療室のようなチェアユニット環境を再現できない歯がゆさがつきまとう。
本記事ではそうした悩みを抱える歯科医師に向けて、訪問歯科診療用ポータブルユニットの活用による臨床と経営の改善策を提案する。主要メーカーの製品特徴と価格、評判を客観的に比較し、明日からの診療判断に活かせる実務知見を解説する。
要点の早見表
訪問歯科用ポータブルユニット導入の要点を、臨床面と経営面の双方からまとめる。
視点 | ポータブルユニット導入のポイント(概要) |
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臨床でできること | 切削用エンジン(マイクロモーター)やスケーラー、吸引を備え、訪問先でむし歯治療や根管治療、歯周治療まで対応可能になる。口腔内の十分な明視野と湿度管理が確保でき、誤嚥や処置中断のリスクを軽減する。レジン充填や義歯調整も診療室同様に行えるため、患者のQOL向上に直結する。一方、患者全身状態によっては侵襲の大きい処置は避ける判断も必要。 |
適応と禁忌 | 適応: 要介護高齢者や障害者の自宅・施設での包括的歯科治療。う蝕除去、簡易な補綴修理、抜歯(必要最小限の外科器具を併用)など幅広く実施可能。禁忌: 全身管理が不可欠な難症例(大量出血が予見される抜歯や高度外科処置)は在宅では控える。ポータブルユニット自体に明確な禁忌はないが、電源確保困難な環境や感染症隔離下での使用時は追加対策が必要。 |
安全管理と衛生対策 | 吸引不備による誤嚥リスクを低減し、患者の安全を向上する。各種ホースやタンクは毎回洗浄・消毒し、器具も訪問毎に滅菌済みのものと交換することが求められる(院内感染防止対策の遵守)。電源コードや機器の転倒による物理的リスクにも注意が必要で、延長コード(アース付き)の準備や機器の固定を徹底する。 |
運用上のポイント | 質量や形状はメーカーによって差があり、運搬性に直結する。最軽量クラスは8〜9kg台で、女性でも持ち運び可能な重量。一方、老舗モデルは14kg超に及ぶものもあり、階段昇降時には体力的負担となる。使用後の片付け時間や排水タンク処理のしやすさも製品によって異なる。チェアユニットと同等の操作系統を持つ製品もあり、院内ユニットとの併用でも戸惑いが少ない。 |
導入コストの目安 | 新品価格は概ね70万〜120万円前後(税別)と幅がある。エンジン・吸引一体型のオールインワン機種で100万円前後が標準的。軽量コンパクト志向の機種ではオプション構成により70〜90万円台から選択可能。一部製品は吸引装置を別売としており、フルセットでは総額100万円超となる場合もある。中古市場では半額程度から入手できるケースもあるが、メンテナンス費用と製品寿命を考慮する必要がある。 |
保険算定・制度 | 歯科訪問診療における十分な診療を担保するため、歯科用ポータブルユニット・ポータブルバキューム・ポータブルレントゲンの保有が施設基準の届出要件となっている。届出を行い基準を満たせば「歯科訪問診療料1」など高点数の在宅診療料を算定可能で、未届の場合に比べ経営上大きな差が生じる。従って訪問診療を本格化するにはユニット導入が実質必須といえる。 |
収益性とROI | 初期投資の回収は、訪問診療の患者数と処置内容に左右される。機器導入により、これまで対応できなかった処置の点数算定や在宅患者の新規受け入れが可能となるため、収益機会が拡大する。例として、訪問診療の患者が月に20名おり、虫歯や抜歯処置を各1件ずつ追加提供できれば、機器代は数年で償却できる計算になる。さらに施設基準届出による在宅医療加算等の取得で経営改善効果が高まる。ROIを高めるには、近隣介護施設との提携や休眠患者へのアプローチで稼働率を上げる戦略も重要である。 |
導入の判断基準 | 現在の訪問診療件数・内容を精査し、対応可能な処置範囲の拡大ニーズがあるかを判断する。訪問先で簡易な口腔ケアしか行えていない状況なら導入メリットは大きい。一方、訪問患者が少なく主訴も口腔清掃のみである場合、機器の稼働率との兼ね合いで見送る選択肢もある。また、同一地域に訪問診療専門の歯科診療所が存在する場合は、紹介連携との比較検討も必要になる。導入の最終判断は「患者利益の向上」と「投資採算性」のバランスを軸に行う。 |
理解を深めるための軸
訪問診療用ポータブルユニット導入を検討する際には、臨床的な価値と経営的な収支という2つの軸からの理解が欠かせない。臨床面では、ポータブルユニットにより診療室と遜色ない処置が可能になることで患者ケアの質が飛躍的に向上する。一方で経営面では、機器購入費や維持費に見合う活用頻度と収益が得られるかが課題となる。この差はしばしばジレンマとなって現れ、例えば「患者のために高度な処置を在宅で提供したい」という想いと「高額な設備投資の採算が合うだろうか」という懸念との間で意思決定が難航しがちである。
もう一つの軸はポータビリティと機能性のトレードオフである。ユニット本体の重量やサイズは携行性に直結し、軽量コンパクトな製品ほど往診先への持ち運びが楽になる。しかし一般に軽量化と引き換えに吸引力や連続使用時間などが制約される傾向がある。逆に大型で重量のある機種は性能や安定性に優れるが、運搬に人手と労力を要する。この機動力 vs. パワーの軸は、訪問診療のスタイルによって最適解が異なる。例えば、1日に多数の在宅患者を回る診療ではセッティングと撤収の迅速さや携行性が重視されるが、処置内容が重篤であればあるほど機能の充実したユニットが求められる。
以上のように臨床ニーズと経営合理性、そして携行性と機能性という複数の軸でバランスを図ることが、ポータブルユニット導入判断の前提となる。本稿の後半ではこれらの観点を踏まえ、具体的な製品比較や運用上のポイントを掘り下げていく。
トピック別の深掘り解説
代表的な適応と禁忌の整理
ポータブルユニットの導入により、訪問歯科で対応できる処置範囲は格段に広がる。代表的な適応としては、う蝕除去と充填処置、失活歯の簡易な根管治療、仮着していた補綴物の再装着や調整、義歯の調整・修理、さらには不可避な場合の簡単な抜歯まで挙げられる。実際、ポータブルユニットには高速回転対応のマイクロモーターやエアシリンジ、バキューム(吸引)、超音波スケーラーが搭載されており、診療室のユニットと遜色ない治療環境を患者宅で再現できる。例えば根面う蝕の除去からレジン充填までを訪問先で完結できれば、通院困難な患者にとって大きな福音となる。義歯調整も、その場で義歯裏面を削合・裏装し即日修理が可能になれば、患者の咀嚼機能の早期回復につながる。
一方、在宅診療における禁忌・注意事項も認識しておく必要がある。まず患者の全身状態が不安定なケースでは、たとえ機材が揃っていても侵襲の大きい処置は避けるべきである。心疾患や呼吸器疾患を抱えバイタル管理が厳重に必要な患者に対し、自宅で抜歯や開窓などの外科処置を行うことはリスクが高い。また、ポータブルユニット自体には特定の禁忌事項はないものの、訪問先の環境要因により使用を断念せざるを得ない場合もある。例えば電源が確保できない山間部や停電時、あるいは極度にスペースが狭く機器を広げる余地がない家屋ではフル機能を発揮できない。そうした場合には、応急的にモバイルバッテリー駆動の簡易エンジンやポータブル吸引器を用いる、あるいは患者を一時的に医療機関へ搬送する判断も必要となる。
以上を整理すると、ポータブルユニットは「訪問診療で可能な処置の上限を引き上げる装置」であり、適応は在宅で完結可能なあらゆる歯科処置といえる。ただし患者の全身状態や環境がそれを許容しない場合には、無理に実施しない判断も歯科医師の重要な責務である。
標準的なワークフローと品質確保の要点
訪問診療時のワークフローは、ポータブルユニット導入によって大きく変化する。従来、往診鞄のみで対応していた頃は、患者宅に到着してからミラーや探針、簡易なエンジン等を広げ、患者を起こしたり寝かせたりしながら処置を行っていた。ポータブルユニット導入後はまず訪問先に電源コンセントがあるか確認し、適切な位置に本体を設置するところから開始する。ユニット展開自体は多くの製品で工具不要かつ数分以内で完了するよう設計されている。例えばモリタのPortacubeシリーズではケースを開けてハンドピース類を所定のフックに掛け、電源に挿すだけですぐ準備完了となる。使用するハンドピース(マイクロモーターやスケーラー)の出力設定も、診療室のユニットと同様にコントロールパネルで細かく調節できる。各社とも直感的な操作系を追求しており、据え置きユニットと同じ感覚で扱えるよう工夫されている。実際、モリタのPortacube+は同社チェアユニットと操作体系が共通で、開業時に院内ユニットと同時導入すればスタッフ教育も容易との評価がある。
品質確保の観点では、機器の安定動作と衛生管理が肝要である。使用前には毎回、タービンやモーターの発停動作、スケーラーの出力、水の出方、吸引力などを簡単に点検する習慣をつける。また訪問現場では通常と患者の体位が異なるため、十分な照明と視野確保を工夫する必要がある。ポータブルユニット自体にライト付きハンドピースが搭載されている機種もあるが、補助的にヘッドライトやポータブル照明を併用すると確実である。吸引に関しては、各製品の性能差が処置の品質に直結する部分である。旧世代のポータブルユニットでは唾液や注水の吸引力が弱く、特に超音波スケーラー使用時に吸引が追いつかず視野不良となる問題が指摘されてきた。しかし最新機種では小型ながら吸引ポンプの改良が進み、チェアユニットに匹敵する吸引力を謳う製品も登場している。ナカニシのVIVAace2やモリタのPortacube+ SV(高吸引タイプ)はその代表例で、バキュームモーター性能を大幅に強化することで在宅でも粘稠な唾液や洗浄水を的確に除去できるようになった。
処置終了後の撤収手順も診療品質に影響する要素である。従来はコード類の取外しやホースの片付けに手間取り、患者宅を辞去するまでに時間を要することがあった。新しいユニットでは片付け時間の短縮が設計思想に盛り込まれている。例えばPortacube+ではホースを本体内部のフックに巻きつけて収納でき、慣れれば素早く撤収可能である。片付けが滞ると訪問先でスタッフや家族を待たせることになり気まずいものだが、そうしたストレスも軽減される。また排水タンクから廃液を抜き取る作業も忘れてはならない。各機種とも付属のドレインチューブやタンク着脱機構により廃液処理を行うが、作業の容易さは機種により差がある。廃液タンク容量もチェックポイントで、大容量のものは交換頻度が減る反面重量が増し取り扱いが複雑になる場合がある。実際、オサダのデイジーは約1100mlと大容量だがホース接続が複雑で、廃液捨て時に注意を要するとの指摘がある。一方、日本アイ・エス・ケイのかれんEZは約300mlと小型ながらワンタッチ着脱が可能で、頻繁な排水でも苦にならないとの報告がある。このように各製品のワークフロー上の特徴を把握し、自院の訪問頻度やスタッフ体制に合ったユニットを選ぶことが重要である。
安全管理と説明の実務
訪問診療におけるポータブルユニット使用時には、患者安全の確保と事前説明・同意が一段と重要になる。安全管理上まず留意すべきは、誤嚥・窒息の防止である。ユニットの吸引機能に過信せず、必要に応じて随時体位変換や吸引補助を行い、気道内への水滴や破片の流入を防ぐよう努める。特に意識レベルや嚥下反射が低下した患者では、術者と介助者で細心のモニタリングを行い、少しでも異常があれば処置を中断する。この点、ポータブルユニットの導入により吸引が飛躍的に向上するとはいえ、最終的な安全確保は術者の配慮に委ねられることを肝に銘じたい。
また電気機器である以上、感電・火災等のリスク管理も必要だ。訪問先の電源コンセントがアース付き3ピンの場合は確実に接地し、2ピンしかない場合も漏電ブレーカー付きの延長コードを用いるなどして安全を確保する。機器の損傷や過負荷にも注意が必要で、長時間の連続使用時にはモーターの発熱や吸引ポンプの異音に留意し、適宜休止時間を設ける。特にバッテリー駆動型のユニットでは、バッテリー過熱や劣化にも気を配り、メーカー推奨の充電・交換サイクルを守ることが肝心だ。
患者や家族への事前説明としては、ポータブルユニットを使用する旨とその目的、副次的な影響をしっかり伝える。例えば「お宅にこのような携行式の治療器械を持ち込みます」と説明し、機械音が発生することやコンセントをお借りすることへの了承を得る。賃貸住宅の場合は大きな音や振動が近隣に伝わる可能性もあるため、時間帯にも配慮する。また吸引に伴い多少の臭気が出る場合もあり、家族には事前に理解を求めておくと良い。さらに、処置内容によっては在宅で行うリスクと代替案(例えば「難しい抜歯の場合は往診車で連携病院へお連れする」等)も説明し、インフォームド・コンセントとリスク説明を徹底する。訪問診療は患者の生活空間を借りて行う医療行為であるため、通常以上に丁寧な説明と合意形成が信頼関係の構築に欠かせない。
感染対策も、安全管理における重要な位置を占める。上述の通り、ポータブルユニットの保有は訪問診療の施設基準となっているが、それは裏を返せば適切な衛生管理下で使用されることが前提条件である。具体的には、ユニットのハンドピースや吸引チップは患者ごとに交換し滅菌済みのものを使うこと、排水タンクは毎回廃棄洗浄し消毒液で内面を拭くこと、機器表面もアルコール等で清拭することなどが求められる。血液や唾液が付着したまま次の訪問先へ持ち込むことが絶対ないよう、使用後の清掃チェックリストを作成して遵守する。その上で、訪問診療チーム全員に対し定期的に院内感染防止策の教育を行い、安全文化を根付かせることが大切である。
費用と収益構造の考え方
訪問診療用ユニット導入にはまとまった初期投資が伴うが、その費用構造と収益構造を正しく理解しておくことで、経営判断をより合理的に下すことができる。
価格レンジと費用内訳
主要メーカー各社のポータブルユニットの価格帯は、おおよそ70万円台から120万円超に及ぶ。具体的な定価の例を挙げると、ヨシダの「カルフェU」(ユニット本体)は約71万円(税別)、ナカニシの「VIVAace」(基本セット)74万5千円、フル機能を備えた「VIVAace2 コンプリートセット」では約118万円となっている。モリタの新型「ポータキューブ+」は標準タイプで98万円、高吸引のSVタイプで110万円程度(いずれも税別)が提示されている。老舗の長田電機(オサダ)の「デイジー2」はユニット部とバキューム部を合わせた一式で約153万円(税別)と他社に比べ高額だが、耐久性や吸引能力に定評がある。なお製品によっては構成がモジュール式になっており、必要な機能だけを選んで導入できる。例えばカルフェはユニット部(エンジン・スケーラー搭載)とバキューム(吸引)を別売としており、吸引装置を後から追加することも可能である。この場合、初期費用は抑えられるが吸引機能を得るには追加で約28万円(カルフェV)の投資が必要になる。
価格以外に見落とせない費用要素としては、メンテナンスコストがある。基本的にポータブルユニットは信頼性の高い医療機器であり、数年間は大きな故障なく使用できることが多い。しかし定期的な点検や消耗品交換(例えばオイルフィルターやゴムパッキン類)は必要で、保守契約を結べば年数万円程度の費用が発生する。保証期間終了後の修理費用も念頭に置かなければならない。特に吸引ポンプやモーター部分の修理は高額になりやすく、メーカーや販売店との保守契約内容を事前に確認しておくことが望ましい。
中古市場での入手も費用圧縮の選択肢となり得る。近年、開業医の引退や機種入替えに伴い、中古のポータブルユニットが市場に出回るケースが増えている。中古品は程度により価格が半額以下となることもあり魅力的だが、購入時には医療機器としての動作保証や滅菌清掃の履歴を十分確認する必要がある。中古ユニットはバッテリー寿命やゴム部品の劣化など見えないリスクを孕むため、信頼できるディーラーを介し、できれば導入前に実機を試用して問題がないかチェックすると安心である。
収益モデルと回収シナリオ
ポータブルユニット導入が医院経営にもたらす収益効果を考えるには、どのような収益モデルで投資を回収するかをシミュレーションすることが重要である。収益源となるのは主に訪問診療で新たに提供可能となる処置の診療報酬、および施設基準を満たすことによる在宅医療関連加算の取得である。
具体的なシナリオを例示しよう。仮に自院で月に延べ20名の訪問診療患者を診ており、これまでは口腔ケア中心で1人あたり算定点数が低かったとする。ポータブルユニット導入によって、そのうち5名に充填処置(約150点)を提供し、2名に抜歯や根管処置(それぞれ数百点規模)を行えるようになれば、月あたり数千点の診療報酬増が見込める。さらに歯科訪問診療料も、無届で算定していた初診時267点から、届出後は1,100点の訪問診療料1へと大幅増額できる。これに各種加算(口腔衛生管理加算や在歯医療連携加算など)が加われば、1回の訪問診療で得られる報酬は飛躍的に増えるだろう。仮にポータブルユニット導入によって月に5万円の収入増が得られれば、年間60万円、2年で120万円となり、初期投資をほぼ償却できる計算になる。
ただし収益モデルを現実のものとするには、ユニットを稼働させるだけの患者ニーズを創出・維持しなければならない。営業的な視点では、地域の介護施設や訪問看護ステーションとの連携を強化し、処置が必要な在宅患者を積極的に紹介してもらう取り組みが考えられる。また既存の通院患者で通院困難になった方々に対し、訪問診療への切り替えを提案することも有効だ。これらの施策により訪問診療の件数と単価を底上げできれば、ポータブルユニットは単なる設備ではなく収益拡大のエンジンとして機能する。さらに経営面のメリットとして、自院が「在宅対応型歯科医院」として地域に認知され、新規患者獲得や他院との差別化にもつながる点も見逃せない。設備投資の判断にあたっては、このような定量的・定性的効果を総合的に評価し、何年で回収し、その後どれだけ利益をもたらすかという長期的視野で検討すると良い。
外注・共同利用・導入の選択肢比較
ポータブルユニットを自院で購入せずとも、訪問診療を行う方法はいくつか存在する。考えられる選択肢として、他機関への外注(依頼)、地域での機材共有、そして現状維持(無ユニット運用)が挙げられる。それぞれのメリット・デメリットを整理し、導入との比較材料としたい。
まず外注(専門機関への依頼)という選択肢がある。地域によっては、訪問歯科診療専門のクリニックや歯科衛生士派遣事業が存在し、自院で対応困難な処置を委託できる体制が整っている場合がある。ポータブルユニットを持たずとも、そうした機関へ患者を紹介・依頼することで在宅のニーズに応えることは可能だ。このメリットは初期投資や維持管理コストが不要な点と、自院の人員リソースを割かずに済む点である。しかしデメリットとして、自院で完結しないことによる患者の流出リスクがある。特に依頼先が包括的に訪問診療を提供できる場合、紹介した患者がそのままそちらに転院してしまう可能性も否めない。また自院のブランディングという観点でも、「在宅診療対応」を掲げにくくなる。従って外注は、自院で訪問診療を本格展開する意思がない場合の限定的な対応策と位置付けられる。
次に地域での機材共同利用というアプローチが考えられる。例えば歯科医師会やスタディグループ単位でポータブルユニットを保有し、複数の医院で融通し合うようなモデルである。このメリットは一院あたりの負担費用を抑えられる点と、機材稼働率を高めやすい点である。特に訪問診療件数が少ない医院同士でシェアすることで、機器の遊休時間を減らし経済合理性を向上できる。しかし実際には機材の移動や管理責任の所在、消毒・整備の徹底など課題も多い。使用スケジュールが重複した際の調整や、万一故障した場合の補填など取り決めも必要になる。医療機器は使用者ごとの癖やメンテナンス状況にも左右されるため、共同利用ではトラブル時の原因究明が難しくなる恐れもある。現状、日本ではこうした共同利用の事例はあまり多くなく、個別医院での所有が主流である。
最後に現状維持(ポータブルユニット非導入)を選ぶケースについて触れる。この場合、往診先ではモーターハンドピースや携帯用バキュームなど簡易な器材のみで診療することになる。初期コストがゼロである反面、診療内容はスケーリングや義歯清掃、簡単な充填物脱離への応急対応など極めて限定的になる。結果として専門的処置が必要な場面では患者を通院させるか前述のように他院紹介をせざるを得ず、患者満足度や医院の収益機会を逃すことになる。また施設基準の未届けによる低点数での算定しかできないため、一定数以上の訪問診療を行うのであれば収益面でも機会損失が大きい。したがって現状維持は一見リスクがないようでいて、潜在的な利益を取り逃がすリスクと表裏一体であると言える。
以上の比較から、自院でのポータブルユニット導入は初期費用こそ発生するものの、長期的には患者満足と収益の向上につながる可能性が高い。外注や共同利用は補完策にはなり得るが、歯科医療サービスを自院内で完結させ品質管理するためにも、自前での設備保有が望ましいといえるだろう。
よくある失敗と回避策
最後に、ポータブルユニット導入運用において陥りがちな失敗パターンとその回避策を整理する。よくある失敗の1つ目は、「宝の持ち腐れ」すなわち導入したものの活用頻度が低く、投資を回収できないケースである。院長が往診に出向く時間が取れず結局ユニットが倉庫に眠っている、といった状況だ。これを避けるには、導入前に具体的な運用計画とKPI設定を行うことだ。例えば「週に○回は訪問診療日を設ける」「月に○件以上の訪問処置を目標とする」といった計画をスタッフと共有し、実施状況をチェックする。必要であれば訪問診療専任スタッフの配置や日程調整を行い、ユニットが稼働する仕組みを整えることが重要である。
2つ目の失敗パターンは、「想定外の機能不足」である。軽量コンパクトさを重視するあまり必要な機能を満たさない機種を選んでしまい、結局従来との違いが出せないというケースだ。例えば吸引能力の弱い機種を選んだ結果、誤嚥リスクが下がらず処置がはかどらない、といった事態である。回避策として、製品選定時に重視項目の優先順位を明確にすることが挙げられる。複数メーカーの実機デモを依頼し、自院が扱う典型的な訪問処置(例えば硬い義歯床の削合や大量の歯石除去)をシミュレートしてみると良い。実際の使用感や騒音レベル、吸引の強さを確かめ、妥協できない性能要件を満たす機種を選定する。また訪問診療経験豊富な同業の先輩に使用感のヒアリングをすることも有用だ。それによってパンフレットでは分からない長所短所(例えば「ホースの巻き取りが煩雑」「バッテリー駆動は便利だが重い」等)を事前に知ることができる。
3つ目の失敗パターンは、「メンテナンス不足による故障」である。忙しさにかまけて排水タンクの清掃やフィルター交換を怠り、吸引不良や悪臭、さらには機械故障を招くケースだ。あるいは滅菌すべき器具類を十分に準備せず使い回してしまい、院内感染リスクを高める失態も考えられる。これを防ぐには、機器管理をルーティン化し誰か一人の責任に偏らない体制を作ることだ。訪問診療から帰院したらまずユニットを清掃・充電し、消耗品を交換する手順を標準作業として決めておく。院内の機器管理担当者が定期点検を行い、異常があればすぐ対処する仕組みも必要だ。特に訪問診療は院外で行うため、院内以上に機器トラブルへのバックアップ策も考えておくべきである。例えば予備の簡易吸引器やポータブルライトを用意しておけば、万一ユニットが動作不良となっても応急対応が可能だ。もちろん根本的には日頃のメンテナンスとメーカー点検で故障リスクを下げることが第一だろう。
以上のような失敗パターンは、ポータブルユニットを導入した多くの歯科医院が通る道でもある。新しい機材を最大限活用し、かつリスクを最小化するために、導入前から運用上の注意点をチームで共有し、定期的に振り返りと改善を行っていく姿勢が求められる。
導入判断のロードマップ
ここまでの検討を踏まえ、実際にポータブルユニットを導入するか否かを判断するプロセスを段階的に示す。
【ステップ1】ニーズと現状の分析
まず自院の訪問診療の実態を客観的に把握する。訪問患者数、主な処置内容、これまで対応しきれずに持ち帰った課題(例えば「むし歯を応急処置のみで終えている」等)を書き出す。併せて、地域の在宅患者ニーズや他院の提供状況も調査する。もし「訪問先で歯科治療を完結してほしい」という要望が多い、あるいは競合が少なく潜在患者が見込めるのであれば、導入によるメリットが大きいと判断できる。
【ステップ2】条件設定とシミュレーション
次に導入に向けた条件整理を行う。予算はいくらまで投じられるか、いつまでに導入したいか、人員体制(訪問専任スタッフの配置やトレーニング計画)はどうするか、といった点を明確にする。そしてその条件下で収支シミュレーションを行う。具体的には、導入によって増えると見込まれる診療報酬(先述の算定アップ分)と、減らせるコスト(患者の送迎費や外注費用等)を算出する。一方で発生する機器償却費や保守費も見積もり、数年間の収支予測を立ててみる。ここで投資回収にあまりにも長い期間を要するようであれば、収益向上策(訪問件数の増加策)や導入費用見直し(中古も含め検討)を検討する必要がある。このシミュレーションは不確実性も伴うため、悲観・楽観シナリオの両面で感度分析しておくと安心である。
【ステップ3】製品選定と試用
導入の方向性が固まったら、具体的な製品選びに入る。主要メーカー(モリタ、ヨシダ、ナカニシ、オサダ、日本アイ・エス・ケイ等)のカタログを取り寄せ、前述してきた重量・吸引力・価格・機能の違いを一覧化する。可能であれば複数メーカーに問い合わせてデモ機を借り、院内もしくは実際の訪問診療に同行してもらい試用する。スタッフにも触れてもらい、操作性や騒音など主観的なフィーリングを確認する。例えば「女性スタッフ1人でも車への積み降ろしが可能か」「狭い玄関先で設置・撤収がスムーズにできるか」「実際に抜去歯などを削ってみてパワーに不足はないか」等、具体的な観点で評価する。このステップを踏むことで、自院に最適な一台が自ずと絞られてくるだろう。
【ステップ4】導入決定と周知準備
最終的な製品と購入プラン(新品または中古、付属品構成など)を決定したら、経営者としてゴーサインを出すタイミングである。導入決定後は、院内外への周知も抜かりなく行いたい。院内向けにはスタッフ全員へのトレーニング機会を設け、使用手順や清掃手順を共有する。特に最初の数回の訪問診療には経験者が同行し、現場での機器扱いを指導すると良い。院外向けには、医院のホームページや院内掲示に「訪問歯科用機材を導入し、在宅で充実した歯科治療が提供可能になった」旨を案内する。併せて地域の介護支援専門員や看護師にも情報提供し、紹介依頼につなげる。こうした広報活動によって、設備投資の効果を最大限に引き出すことができる。
以上が導入判断のロードマップである。重要なのは、導入の是非は単なる機械の購入ではなく医院の診療範囲拡大と経営戦略の一環であると位置付けることである。綿密な計画と準備を経て導入に踏み切れば、投資に見合う十分なリターンが得られるだろう。
参考資料(最終確認日:2025年9月)
- 株式会社モリタ公式サイト「ポータキューブ+ 製品紹介」および株式会社田中歯科器械店 TRADデンタルフェア2022 製品情報ページ【17】
- フォルディネット製品情報「コンパクトポータブルユニット カルフェ」(株式会社ヨシダ)【3】
- フォルディネット製品情報「VIVAace」(株式会社ナカニシ)【9】
- フォルディネット製品情報「ビバエース2 コンプリートセット」(株式会社ナカニシ)【10】
- フォルディネット製品情報「オサダポータブルユニット デイジー2」(長田電機工業株式会社)【12】
- 日本訪問歯科協会「施設基準と報酬」訪問診療の施設基準に関する解説ページ【18】
- 往診の作法。(訪問歯科医師によるブログ)「訪問歯科用ポータブルユニット(かれんとデイジー)」(2024年)【24】
- noteブログ(歯科医師:歯苑)「モリタの歯科用ポータブルユニット Portacube+ SV レビュー」(2021年)【5】