
歯科用ファイル「ハイフレックス」とは?カタログや製品ごとの違い、価格や使い方を解説
臨床現場では、湾曲した根管に器具が追従せずレッジ(段差)が生じたり、ファイルが根管内で破折する不安を抱えたりすることが多い。特に細いステンレススチール製ファイルでは無理な力をかけると折れやすく、ニッケルチタン(NiTi)製ロータリーファイルでも扱いを誤れば破折リスクは常につきまとう。加えて、NiTiファイルは高価であるため「何回使い回せるのか」「コストに見合う効果があるのか」という悩みも開業医には切実である。本稿では、こうした根管形成の課題を克服するために開発された「ハイフレックス(HyFlex)」ファイルシリーズを取り上げる。ハイフレックスがどのような製品で、従来品と何が違うのか、そしてその導入が臨床と医院経営にどんな変化をもたらすのかを解説する。
ハイフレックスとは何か
ハイフレックス(HyFlex)は、スイスのコルテン社(COLTENE/Whaledent)が提供する電動式根管拡大用NiTiファイルシステムである。日本では管理医療機器(クラスII)として承認・認証されており、販売名は「NiTiロータリファイルHyFlex 滅菌パッケージ」である。ハイフレックスシリーズには、大きく分けてHyFlex CM(Controlled Memory)とHyFlex EDM(Electric Discharge Machining)の2種類が存在する。どちらも根管形成に用いる回転式ファイルであり、通常のエンド用コントラアングルハンドピース(ラッチタイプ)に装着して使用する。長さは主に21mm、25mm(および一部31mm)で、ISO規格のファイル番手(チップサイズ)に対応した各種太さ・テーパーのバリエーションが揃っている。例えばHyFlex CMでは#20~#60までの径でテーパー4%や6%のファイルが6本セットで販売されている。一方、後発のHyFlex EDMは使用本数を削減する設計が特徴で、少数のファイルで効率よく根管拡大が可能なシーケンスを提供する。基本構成には、根管入口を拡大するオリフィスオープナー(例:18/.11など)、グライドパス形成用の細径ファイル(#10や#15のグライドパスファイル)、主たる根管形成用ファイル(例:#25や#30のシェーピングファイル)、仕上げ拡大用のフィニッシングファイル(#40以上)などが含まれる。これらは単品でも購入可能だが、症例に応じたセット包装(シーケンス)も用意されている。なお、2024年には「HyFlex EDM OGSFシークエンス」と呼ばれる新構成(Orifice Opener, Glide path, Shaping, Finishingの4本セット)が国内発売された。これは2016年発売の従来HyFlex EDMを改良し、より使いやすくした最新モデルである。ハイフレックス全体としては、あらゆる根管治療ケース(単根管から湾曲多数根管まで)に対応できるラインナップと言える。
ハイフレックスの主要スペックと臨床的意義
ハイフレックスシリーズ最大の特徴は、優れた形状記憶性(Controlled Memory)と高い柔軟性である。これは臨床的に、ファイルが根管の解剖学的形態に忠実に追従する性能に直結する。従来型のNiTiファイルは超弾性によって元のまっすぐな形状に戻ろうとするため、湾曲根管内でファイルが根管壁を押す力が強く、結果としてレッジ形成や根管の輸送(偏移)、さらには根管側方への穿孔リスクを招くことがあった。ハイフレックスCM/EDMは超弾性を抑えた合金設計となっており、一度曲げてもスプリングバックしにくい。そのため手であらかじめ曲げ(プレカーブ)を付けた状態で挿入することも可能であり、特に強く湾曲した根管でも入口からスムーズに挿入しやすい。根管内でもファイル自身が湾曲形態に適応してとどまり、元の形に戻ろうと無理な力を加えないため、削除する象牙質の量を必要最小限に抑えつつ効率よく拡大が行える。
もう一つのスペック上の特筆点は、耐久性と破折抵抗の高さである。ハイフレックスCMは特殊熱処理により結晶構造をオーステナイト相からマルテンサイト相に変化させた「コントロールメモリー合金」を素材としており、この処理によって従来NiTiファイルより高い疲労耐性を実現した。ファイルを湾曲させた状態で連続回転させると繰り返し曲げ応力が蓄積していく(回転疲労)が、ハイフレックスCMでは内部応力が溜まりにくく、結果的に破折までの回転数が従来品より長くなる。HyFlex EDMではさらに革新的な製造工程(放電加工)が取り入れられ、表面性状と内部強度の双方で耐久性を飛躍的に向上させている。放電加工(Electrical Discharge Machining)とは、金属表面を放電火花で溶融・蒸発させながら削り出す加工法で、研削では得られない独特の硬質表面をファイルに与える。これによりHyFlex EDMは同クラスのNiTiファイル中でも突出した破折抵抗を示す。メーカーの社内試験によれば、HyFlex EDMファイルは従来研削加工のNiTiファイルに比べて数倍以上の回転疲労耐性を示したと報告されている。ただし「折れないファイル」ではなく、あくまで耐久力に優れるという意味であり、過度の荷重や乱用をすれば破折リスクはゼロにはならない点は留意が必要である。
HyFlex EDMの設計上注目すべきもう一つのスペックは、マルチプル(可変)クロスセクションである。ファイル刃部の横断面形状が先端部・中間部・基部で異なる設計となっており、例えばOGSFシークエンスのファイルでは先端部は長方形断面、中央部で台形断面、基部側で三角形断面へと徐々に変化する構造になっている。断面を途中で変える狙いは、切削効率と柔軟性・破折耐性のバランスを各部位で最適化することである。先端付近では長方形断面により根尖方向への確実な切削を可能にし、中間では台形断面で削屑(デブリ)の排出を助け、根元側では三角断面で剛性と耐久性を確保するといった具合である。可変断面と高品質なNiTi材料の組み合わせにより、HyFlex EDMは少ない本数でも効率よく根管全長を拡大形成できるよう工夫されている。実際、同社は「One File endo」のコンセプトを掲げており、症例によってはハイフレックスの1本のシェーピングファイルだけで根管形成が完了する場合もある。その場合でも根管形態に応じ追加のフィニッシングファイル(太めのサイズ)を用意しておけば、広い根管や複数根にも柔軟に対応できる。
ファイルの互換性・使用方法と院内導入への要求
ハイフレックスファイルはエンドモーターに装着して使用する点は他のNiTiロータリーファイルと同様である。専用モーターは不要で、市販の任意のロータリー式根管治療用エンドモーターで使用できる。ただし適切な回転数・トルクの設定が重要である。メーカー推奨ではHyFlex CMは500rpm、2.4Ncm程度、HyFlex EDMは400rpm、2.5Ncm(グライドパス用細径ファイルは300rpm、1.8Ncm)で正回転モードに設定し、ライトペッキングモーション(小刻みな上下動)で使用するとされている。多くの市販根管治療用モーターではこれらの条件を満たせるため、導入時に特別な機器購入の必要性は低い。強いて言えば、コルテン社製のモーター(CanalProシリーズ)ではハイフレックス専用プログラムが提供されており、最新シークエンスに最適化された自動制御モードを利用できるが、これは必須ではない。
感染対策と繰り返し使用の点でも、ハイフレックスは通常のNiTiファイルと同様に扱える。初回使用時は滅菌パック入りなのでそのまま使用でき、使用後は汚染物として洗浄・超音波洗浄し、オートクレーブ滅菌を行う。重要なのは、滅菌後にファイルの形状が元に戻っているかを確認することである。ハイフレックスは形状記憶機能により、加熱滅菌によって本来の真っ直ぐな形に戻るように設計されている。術中に過度のストレスがかかったファイルは、一時的に曲がったまま変形が残ることがあるが、滅菌後にそれが回復しない場合はそのファイルの寿命と判断できる。この「形状回復しない=交換時期」という明快な基準は、院内のスタッフ間でも共有しやすく、ファイル破折の予防措置として有用である。形状が戻っている限りは物性も概ね回復しているとされ、同一ファイルを複数症例で繰り返し使用可能である(具体的な使用回数の上限は製品仕様上は規定されていないが、安全のため肉眼やルーペで傷や変形がないか各回ごとに確認すべきである)。
他社製品や既存システムとの互換性という観点では、ハイフレックスは国際標準規格に準拠した寸法・形状を持つため、特段の問題はない。シャンク部分(ラッチ型)の径や形状は通常のエンド用ファイルと同じであり、長さも21mmや25mmといった標準的寸法である(※製造ロットによるシャンク長の若干の変更が過去にあったが、機能上は互換性に影響しない)。一方で、根管充填時のガッタパーチャポイントのテーパーについては注意が必要である。ハイフレックスで形成した根管は、使用ファイルによってはISO標準のテーパー(例えば0.02や0.04)を超える大きなテーパーになることがある。例えば#25/.08まで拡大した根管に対し、通常の#25ガッタパーチャでは先端以外の部分が合わず隙間が生じる可能性がある。コルテン社はハイフレックスの拡大形態に合わせた専用ペーパーポイントやガッタパーチャポイントも用意しており、必要に応じてそれらを使用すると充填が確実になる(もちろん手持ちのテーパー6%ポイントなど流用できる場合もある)。まとめると、ハイフレックス導入そのものが院内の他の機器資材との適合性で大きな障壁になることはないが、術式の流れに応じた細かな備品選択(モーター設定の見直しや充填ポイントの準備など)は必要となる。
経営的視点
医院経営の観点からハイフレックス導入を評価するには、材料コストと時間コストのバランスを考える必要がある。まず材料コストについて、ハイフレックスの価格はメーカー希望小売価格でHyFlex EDMが3本入り7,500円(税別)、HyFlex CMが6本入り14,100円(税別)程度である。1本あたり換算では2,500円前後で、一般的なNiTiファイル製品と同水準だ。ただし、重要なのは一症例あたりに消費するファイル本数である。例えば保険診療で下顎大臼歯の根管治療を行うケースを想定しよう。従来のステンレス手用ファイルのみで行えば器材費は微々たるものだが、その代わりに術者の労力とチェアタイム(治療時間)は大幅にかかる。NiTiロータリーファイルを用いると、仮に使い捨てにしても症例あたり数千円の器材費増となるが、治療時間の短縮や成功率向上が見込める。ハイフレックスの場合、基本シーケンスが少数本で済むため、1症例で使うファイルは概ね2~4本ほどである。さらに前述の通り繰り返し使用が可能なので、仮に各ファイルを5症例で廃棄するとすれば、1症例あたりのファイルコストは1本あたり500円程度にまで圧縮できる計算になる(※実際の使用回数は症例難易度によるが、形状変化の目安を守れば安全な範囲で再利用できる)。これは、NiTiファイルを毎回新品に交換する運用に比べて大幅なコスト削減効果となる。
時間コストと投資対効果(ROI)の面でも、ハイフレックスがもたらすメリットは見逃せない。NiTiロータリーファイル全般に言えることだが、根管形成に要する時間が短縮されることで、1回の根管治療処置がスムーズになり通院回数の減少につながる。具体的には、手用器具主体で根管拡大に2〜3回の来院を要していた症例でも、NiTiファイルを駆使すれば1回の来院で根管形成を完了できるケースが増える。チェアタイムの短縮は、そのまま追加の診療枠を生む余地となり、他の患者を並行して処置したり別の収益に繋がる処置(補綴治療や自費治療)に時間を充てたりすることを可能にする。保険診療では通院回数を減らすと算定できる診療報酬も減少するが、患者満足度や紹介増加といった長期的メリットを考えれば、迅速・良質な治療提供による信頼獲得の価値は大きい。また、治療予後の安定も経営面では重要だ。ハイフレックスのように破折リスクが低く根管形態への追従性が高い器具を使うことで、根管治療の成功率向上や再治療の減少が期待できる。再根管治療や抜歯からインプラントへの移行が減れば、患者離れやトラブルリスクも下がり、医院の評判維持にも貢献するだろう。さらに、ハイフレックス導入をアピールすることで「先進的な根管治療を行っている歯科医院」というブランディング効果も考えられる。ただし医療広告ガイドラインに抵触しない範囲での情報提供が必要で、「最新のNiTiファイルを用いた低侵襲な根管治療」といった表現で患者に安心感を与える工夫はできるかもしれない。
設備投資という点では、ハイフレックス自体は高額な装置ではなく消耗器材である。しかし、NiTiファイルを本格導入する際には間接的な投資事項も考慮したい。例えば歯科用顕微鏡(マイクロスコープ)やデジタルX線との併用で真価を発揮する場面も多い。細い根管の探索や破折ファイル除去(万一折れた場合)の対応、精密な根管長測定など、包括的に根管治療のレベルを上げるには周辺設備も関係する。ハイフレックスそのもののコストは1症例あたり数百円〜千円台に抑えられるとしても、質の高い根管治療を提供する体制構築には医院全体での投資計画が必要である。ただ、これは裏を返せばハイフレックスは比較的少ない負担で導入できる改善策とも言える。既存のエンドモーターと基本器材がある前提なら、小規模な追加投資(数万円分のファイル購入)で運用を試し、徐々に導入を拡大することもできる。初回購入時には各サイズを揃える必要があるが、同業の開業医同士で情報共有しながら過不足ない在庫計画を立て、使い慣れるに従って追加発注するのが堅実である。
使いこなしのポイント
ハイフレックスを有効に活用するには、いくつかの臨床テクニック上のコツと運用上のポイントがある。まず臨床面では、手用ファイル等によるグライドパスの確保が基本中の基本となる。これはハイフレックスに限らずNiTiロータリー全般で推奨されるステップだが、細く湾曲した根管にいきなり回転ファイルを入れるのは危険である。事前に#10前後の細いKファイルやハイフレックスのグライドパスファイル(例えばHyFlex EDM 15/.03など)で根管全長の通路を確保してから、シェーピング用ファイルを挿入すること。これにより不測のスタックや破折を防げる。また、操作時はライトペッキングモーションを心がけ、根尖方向へ無理に押し込まない。ハイフレックスは切削効率も高いため、軽い上下動で十分に切削が進む。途中で進みが悪くなったら無理せず一度ファイルを引き抜き、根管内を洗浄・清拭してデブリを除去し、再挿入して続行する。1本のファイルで一気に作業せず、小刻みに挿入と清掃を繰り返すことが、安全かつ効率的に拡大するポイントである。
プレカーブの活用もハイフレックスならではのテクニックである。超弾性が抑えられているため、ステンレスファイルのように軽く曲げ癖を付けてから根管に挿入できる。特に入口が狭く湾曲が強い場合、あらかじめ根管の方向に合わせて湾曲を付けておくとスムーズに初期進入しやすい。ただし、曲げすぎは禁物で、急角度に折り曲げると金属疲労を早め逆効果になる。また、NiTi製である以上、無理な側圧をかけて根管壁を削ろうとすると刃先が欠けたりファイルが変形する恐れがある。ブラッシング動作(意図的に片壁を削る操作)は控えめにし、基本は根管内で中央に位置させたまま進める方が良い。ハイフレックスは柔軟性ゆえに強い押し付けには向かないが、その代わり自発的に中央保持しやすい(センタリング性が高い)傾向がある。この特性を活かし、ファイルに任せて進めるイメージで扱うことがコツである。
院内体制としては、スタッフ教育と器材管理がポイントになる。ハイフレックス導入当初は、院長や担当歯科医師だけでなく、アシスタントスタッフにもその扱いとチェック方法を周知する必要がある。具体的には、各ファイルの使用後に形状変化をチェックし、わずかでも曲がりが残ったものは廃棄容器に分けて入れるルールを作る。またオートクレーブ後にパックから開封する際も再度ストレートか確認し、異常があれば使用しない。こうした管理ルールを定めて共有すれば、多忙な診療中でも「うっかり劣化ファイルを使い続ける」リスクを低減できる。ファイルの本数管理も重要だ。慣れるまでは症例ごとに新品と中古を取り混ぜて使うと混乱することがあるため、最初は1症例でほぼ新品ファイルを使用→使用後に色マークなどで区別して保管→別の特定症例で再使用という形で運用すると良い。色分けリングやメーカー付属のケースを活用し、使用回数や滅菌回数を記録しておくのも一法である。
患者説明の面では、ハイフレックスの存在を前面に出す必要はないものの、根管治療の安全性向上策としてさりげなく伝えることは有用だ。例えば治療前の説明で「当院では高品質なニッケルチタン製ファイルを用いて、歯をできるだけ傷つけずに神経の治療を行います」と伝えれば、患者は具体的製品名は分からなくとも安心感を持つだろう。実際、根管内でのファイル破折事故は一般には知られにくいものの、患者にとっては大事であり、そうしたトラブルを避ける努力をしていることをアピールする意味は大きい。ただし「絶対に折れません」など断言するのは避け、あくまで最新技術で安全性と精度を高めているというニュアンスに留めることが肝要である。
適応症と適さないケースの見極め
ハイフレックスは、複雑で湾曲の強い根管の症例にこそ真価を発揮する製品である。具体的には下顎大臼歯の遠心根や上顎大臼歯の頬側根のように細く彎曲した根管、あるいは歯根長が長い前歯・小臼歯で先細りの根管など、従来の器具ではテーパー付与に苦労するケースに適している。高い柔軟性によって形態追従性が良いため、根尖までの到達性が向上し、根管充填に必要な形態を確保しやすい。また、複数根管が急カーブを描いて合流するような解剖学的に難易度の高い歯でも、ハイフレックスならレッジ形成を抑えつつ拡大できる可能性が高まる。複数回にわたり通法的に手用で広げていたケースも、NiTiロータリー化することで術式の均質化が期待でき、術者間の技量差による仕上がりの差も減らせるだろう。これらの理由から、根管治療の質を上げ再治療リスクを下げたいケース全般にハイフレックスは勧められる選択肢である。
一方で、適さないケースや注意すべき状況も存在する。まず、高度に石灰化した根管や極度に狭い根管では、ハイフレックスといえども物理的な太さの制約がある。先細りで#08や#10のステンレスKファイルすら通らないような重度石灰化では、ロータリーファイルが入る下地がないため、地道な手用器具や超音波チップ等でのアプローチが必要になる。また湾曲が鋭角すぎるケース(急カーブや湾曲の連続)は、NiTiが追従できる限界角度を超えていることもあり得る。そのような場合も無理にロータリーを使うと破折の危険があるため、症例選択として見極めが求められる。開放性の根尖(根尖孔が大きく開いている若年者や外傷後の症例)では、標準のシェーピングではなくMTAなどを用いた特殊な閉鎖術式が必要になることがあり、通常のNiTiファイルはかえって不適当な場合もある。ハイフレックス自体の禁忌というより、根管治療全般の適応外となるシチュエーションだが、そうした場合は無理にNiTiで広げず別の処置を考えるべきである。
さらに、既存の治療法との関係で言えば、すでに他のNiTiロータリーシステムを愛用している術者には、敢えて切り替える必要性が低い場面もある。例えば回転ではなくレシプロケーティング(往復運動)タイプのNiTiファイルに慣れている場合、そのテクニックで十分成果が出ているなら、ハイフレックス導入による劇的な改善は感じないかもしれない。また根管治療自体を専門医に委託している医院では、自院で高度なNiTiシステムを揃える必要性が低い場合もある。そうした医院では簡易的な処置のみ自院で行い、複雑症例は紹介するという体制が取られている。ハイフレックスは誰でも使いやすい設計とはいえ、一定の習熟期間は要するため、根管治療の頻度が極端に少ない環境ではコストパフォーマンスが下がるかもしれない。以上を踏まえ、ハイフレックスは「大半の一般的根管治療には適し、多くの場面で有用だが、全能ではなく症例選択と術者の戦略が依然重要」というバランスで捉えておくと良い。
読者タイプ別
医院の診療方針や重視する価値観によって、ハイフレックス導入のメリット・デメリットは異なる。以下に、いくつかの歯科医師タイプ別に検討ポイントを述べる。
1. 保険診療中心で効率重視のタイプ
日々多数の患者を診療し、低コストでの治療提供と業務効率を優先する歯科医師にとって、ハイフレックスは時間短縮による効率アップツールとして魅力的である。一症例あたりの材料費増加は数百円〜千円程度であるのに対し、チェアタイム短縮で1日に処置できる患者数が増えれば全体収益は向上し得る。特に根管治療は保険点数が低めで手間がかかる割に利益が出にくい処置であるため、迅速に終わらせて補綴や他の治療に時間を充てたいのが本音だろう。ハイフレックス導入で根管形成工程がスピードアップすれば、患者の通院回数減にも繋がり医院の回転率も上がる。ただし、スタッフ教育や器具管理に手間が増える点や、初期在庫購入の費用は考慮する必要がある。また、「ファイルは何度も使えるから」といって無理に使い回しすぎると破折事故が起きかねない。効率重視の医院こそ、明確な使用ルールを決めて遵守する管理体制が必要である。
2. 自費診療で高度な歯内療法を提供するタイプ
マイクロスコープやCTを駆使し、自費メニューとして精密根管治療や難症例の歯内療法に取り組む歯科医師にとって、ハイフレックスは治療品質をさらに高めるための武器となる。Controlled Memory技術による形態追従性とEDM加工による高い強度は、複雑症例でもベストな結果を追求する助けになるだろう。患者に対しても「最新の高度な器具を用いて治療する」という付加価値を提供でき、治療費に見合う説明材料となる。実際にハイフレックスを用いた治療後は根管形態が良好に整い、充填後のX線像でも隅々までシーラーとGPが行き渡った状態が得られやすい。これは長期予後の信頼性につながるため、保証期間の設定など自費治療パッケージの質的担保にも寄与する。他社の先進ファイルシステム(WaveOne GoldやTruNatomy等)との比較では好みや哲学の問題もあるが、ハイフレックスは複数回使用可能である点で経済性にも優れる。高額な自費治療であっても無闇に器具消耗コストを増やすのは経営上望ましくないため、品質とコスト両面を満たすハイフレックスは自費診療派にも向いている。導入時にはスタッフ全員がそのメリットを理解し、患者説明で自信を持ってアピールできるようチームで勉強会を開くといった取り組みも有用である。
3. 外科・インプラント中心で根管は最低限のタイプ
主に口腔外科処置やインプラント治療に注力し、保存科領域の治療は必要最低限に留めている歯科医師にとって、ハイフレックス導入の判断は悩ましいかもしれない。根管治療の症例数自体が少ない場合、高度なファイルシステムを揃えても活躍の場面が限られる。しかし一方で、インプラント前提で抜歯を検討するような歯でもハイフレックスを使えば残せる可能性が出てくるという視点もある。難しい根管だからとすぐ抜歯せず、自院で保存的歯内療法を試みて成功させれば、患者の天然歯を残すことになり結果的に良好な信頼関係を築ける。インプラント専門の先生であっても「抜く前に根管治療で延命を図る」選択肢を提示できれば、患者本位の診療として評価されるだろう。その意味で、難症例に対する切り札としてハイフレックスをキットだけ用意しておく価値はある。ただし習熟度の問題もあるため、症例が少ない中でいきなり本番投入するのは危険だ。練習用に抜去歯や模型で何度か使用感を試し、いざという時に使えるスキルとして保持しておくのが望ましい。コスト面では使い捨て前提でも数万円程度の投資なので、インプラント関連機材に比べれば微々たるものである。投入資金に対し潜在的リターン(患者満足や紹介増)は十分見込めるため、診療の幅を広げる意味で検討してもよいだろう。
では、具体的に次に何をすべきだろうか。まず興味を持った読者は、製品デモやトライアルの機会がないか調べてみるとよい。メーカーやディーラーによってはハイフレックスの実物を用いたハンズオンセミナーや、試供用のサンプルキット提供を行っていることがある。また、すでにハイフレックスを導入している知人の医院があれば見学させてもらい、現場での使い勝手や運用ルールについて情報交換すると参考になるだろう。さらに、購入前にメーカー担当者へ質問を投げてみるのも有益だ。疑問点(例:「どのくらい繰り返し使えるのか」「他社ポイントとの適合は?」など)に答えてもらう中で、自院での運用イメージが具体的に湧いてくるはずである。明日からでもできる一手として、ぜひ資料請求や問い合わせを行い、根管治療レベルアップの一助となるハイフレックスの活用を検討していただきたい。
よくある質問(FAQ)
Q. HyFlexファイルは何回くらい使用できますか?
A. 明確な使用回数は規定されていませんが、形状記憶の回復具合を目安にします。使用後にオートクレーブ滅菌し、ファイルがまっすぐな元の形に戻っていれば再使用可能です。曲がりが残った場合は金属疲労が蓄積している証拠なので、そのファイルは廃棄します。臨床的には1本のファイルを5症例程度まで使う先生もいますが、安全マージンを見込み各自の経験で運用されています。
Q. 専用のエンドモーターが必要ですか?
A. 必要ありません。ハイフレックスは一般的なロータリー用エンドモーターで使用可能です。回転数やトルクを指定値(約300〜500rpm、1.8〜2.5Ncm)に設定できる機種であれば問題なく動作します。コルテン社のCanalProなど一部モーターにはハイフレックス推奨設定モードがありますが、標準機能で手動設定すればどのブランドのモーターでも使用できます。
Q. HyFlex CMとEDMはどちらを選ぶべきでしょうか?
A. 新規導入には最新のHyFlex EDMシリーズがお勧めです。EDMはCMの長所(形状記憶性や柔軟性)を保持しつつ、放電加工によって耐久性と切削効率が向上しています。また使用本数が少なくて済むシーケンスが揃っており、管理もしやすいでしょう。ただし既にHyFlex CMを使用していて特に不満がない場合や、CMのフルラインナップ(細径~太径まで揃ったセット)を活用している場合は無理に切り替える必要はありません。どちらも相互に併用可能なので、まずは一部の根管でEDMを試し、良さを実感した上で移行するのも良いでしょう。
Q. ファイルが根管内で破折した場合の対処は?
A. 万一NiTiファイルが根管内で折れて残存した場合、可能であればマイクロスコープ下で超音波チップなどを使い取り除く処置が必要です。コルテン社からは折れたファイルやガッタパーチャポイント除去専用の「HyFlex Remover」というファイルも提供されています。ただしハイフレックスは形状変化のチェックで破折リスクを事前に察知できるため、適切に管理していればファイル破折自体が起こる可能性は低いです。日頃から使用前後の点検を怠らず、無理な操作を避けることで、まず破折を防ぐことが最善策となります。
Q. 若手歯科医師や初心者でも使いこなせますか?
A. はい、比較的扱いやすいシステムですが基本の手技習得は必要です。ハイフレックスは柔軟で追従性が高いため、多少操作が拙くても根管形態になじんでくれる懐の深さがあります。また、少ない本数でシンプルに処置を進められるため手順も覚えやすいでしょう。しかし、グライドパス形成や適切な力加減といった根管治療の基本は同じです。事前に抜去歯で練習したり、経験豊富な上司・同僚から指導を受けたりしてコツを掴むことをお勧めします。正しいプロトコルに従えば、新人の先生でもハイフレックスで良好な根管形成が実現できるはずです。