
マニーのNi-Ti(ニッケルチタン)ファイル「JIZAI(自在)」とは?特徴や価格を解説
根管治療において、器具の破折や煩雑な操作に悩まされた経験はないだろうか。細く湾曲した根管を手探りで拡大していると、突然ファイルがグリッと引き込まれるような感覚に肝を冷やすこともある。あるいは、治療に時間がかかりすぎて患者の負担も自分の疲労も限界…という場面も少なくない。そうした現場のストレスを軽減し、より安全かつ効率的に根管形成を行う手段として注目されているのが、マニー株式会社が開発したNiTiロータリーファイル「JIZAI(自在)」である。本稿では、この新世代ファイルの特徴を臨床と経営の両面から詳しく解説し、読者が自身の診療スタイルに照らして導入すべきか判断する一助を提供する。
製品概要
JIZAI(自在)は、日本のマニー株式会社が製造・販売するニッケルチタン製ロータリーファイルである。正式な販売名は「マニー NiTiファイル」で、一般的名称としては電動式歯科用ファイルに分類される管理医療機器(クラスII)だ(医療機器認証番号301ABBZX00035000)。2022年に基本セットが国内発売され、以降ラインナップ拡充が続いている。適応となる処置は永久歯の根管形成全般であり、エンド用モーターに装着して根管内の歯質や感染物を切削・拡大する用途に用いる。
製品名「自在(JIZAI)」が示す通り、“思いのまま”の根管形成を目指したコンセプトが特徴だ。長年ステンレス製の手用ファイルを製造してきたマニーが、満を持してリリースした国産NiTiロータリーファイルであり、根管治療をシンプルかつスムーズにすることを謳っている。基本構成として、根管口を広げるオリフィスオープナー(太めのファイル)と、グライドパス形成用の細径ファイル群(Pre 013やPre 020)、そして本削用の3本のシェイピングファイル(サイズ25や35)が用意されている。ファイルの長さは主に21mmと25mm(オリフィスオープナーのみ18mm)で、根管の深さや部位に応じて選択可能である。これらは共通のエンジン用コントラアングル(CAハンドピース)に取り付けて使用し、連続回転で根管内を切削する仕組みである。
ラインナップは細かなサイズまで含めると計23種類に及び、臨床ニーズに応じた組み合わせができるようになっている。例えば、基本シェイピングセットは25/.04、25/.06、35/.04の3本で標準的な根管形成が完結する設計である。一方、石灰化や湾曲の激しい難症例向けには、より細いグライドパス用ファイル(#13や#20)を追加することで対応力を高めている。各ファイルは通常3本入り1ケースで供給され、メーカー希望価格はどれも5,400円(税抜)となっている(1本あたり約1,800円)。初回導入用には、用途別に1本ずつをセットにした「グライドパスキット」や「シェイピングキット」も同価格で提供されており、必要なファイルをひと通り試してみることが可能である。
主要スペックと特徴
JIZAIは「新世代のNiTiファイル」と銘打たれており、そのスペック上の特徴は大きく3点に集約される。第一に独自の断面形状による操作性の向上、第二に熱処理技術による耐久性(破折リスク低減)、そして第三に高い柔軟性がもたらす優れた根管追従性である。それぞれ臨床にどう寄与するのか、詳しく見ていこう。
過度な「引き込まれ」を抑える設計
NiTiロータリーファイルを初めて使った際に、多くの術者が驚くのが自ら根管内に進んでいくような切削作用である。これは金属刃の形状やねじれ角によっては、ファイルが歯質に「噛み込み」、スクリューのように引き込まれる力(=引き込まれ現象)が生じるためだ。急激な引き込みは、制御を難しくして根管内事故(器具のスタックや誤穿孔)につながる恐れがある。JIZAIでは、この不意な引き込みを大幅軽減すべく、ラジアルランドと呼ばれる要素を断面に採用している。刃先部分に小さな平面(ランド)を設けることで、刃の食い込みすぎを抑制し、程よい抵抗感を持たせているのだ。また、切削は常に一点で行うデザインになっており、広い面で一度に削りすぎないことでファイル一本あたりにかかる負荷を減らす工夫もされている。これら形状上の配慮によって、滑らかでコントロールしやすい切削感を実現している。初めてNiTiファイルを手にする術者にとっても、過度に振り回されることなく手用器具からの移行がスムーズになる点は大きなメリットである。
熱処理による高い耐久性
NiTi製器具に付きまとう破折リスクへの不安を払拭するため、JIZAIでは材料面の工夫として熱処理(Heat Treatment)技術を導入している。NiTi合金は加工後の熱処理によって結晶相のバランスが変化し、柔軟性や耐久性が向上することが知られている。JIZAIの場合、各ファイルの役割に応じて適切な素材特性を与えるよう最適化されている。例えば、細径のPre 013などは超弾性NiTi(オーステナイト相)でコシを確保し、一方で主要なシェイピングファイル(太めの25や35)は形状記憶効果の強いNiTi(マルテンサイト相寄り)として柔軟性重視に仕上げている。この結果、全体として疲労破折に強いファイルとなっている。メーカーの社内試験では、金属製の湾曲根管モデル内で連続回転させた際の耐回転数(何回転で折れるか)が、従来品に比べて大幅に向上したとの報告がある。ただし「どんなに使っても決して折れない」というわけではない。あくまで許容限界を引き上げた設計であり、無理な押し付けや長時間の連続回転を避けることで、臨床上ほとんど破折を心配しなくて済む耐久性を備えているといえる。
複雑な根管形態への高い追従性
NiTiファイル最大の利点は、その柔軟性によって湾曲根管への追従性が高いことである。JIZAIはこの点でも優れた性能を発揮するよう調整されている。前述の熱処理によりマルテンサイト相の割合が多いファイルは常温で柔軟な状態になっており、指で軽く曲げるとその形をある程度保持するしなやかさを持つ。根管内でも、急峻なカーブに差し掛かった際にファイル自体がしっかりと曲がり、外弯側や内弯側だけを過剰に削ることなく均等に拡大を行ってくれる。言い換えれば、本来の根管解剖に忠実な形成をサポートしてくれるのである。これは根管の「踏み外し」(ledgeの形成)や「輸送」(transportation)のリスク低減にもつながる重要なポイントだ。実際、S字に湾曲した模型根管でJIZAIシステムを使用したデモでも、ファイルが軟らかく追従しながら滑らかに根管全長を形成している様子が確認できる。複雑な根管ほどテクニックと神経を要するものだが、本製品の追従性の高さは術者の負担軽減と処置の成功率向上に寄与すると期待される。
互換性と運用方法
JIZAIは特定の専用機器に縛られることなく、汎用的なエンドodonticモーター環境で使用可能なよう設計されている。具体的には、ロータリーファイル用の低速ハンドピース(コントラアングル)と、毎分300~500回転程度でトルク制御ができるエンジンがあれば導入できる。接続部は国際規格のCAラッチタイプであり、国内外問わず主要メーカーのエンド用モーターに適合する。例えば、モリタ社のTriAuto ZX2のように根管長測定機能付きのコードレスエンドモーターでも、また他社の据置型エンドモーター+トルク対応コントラアングルでも問題なく使用できる。重要なのは適切な回転数とトルク値を設定できることで、JIZAIの場合、基本的に連続回転モードで使用する(Reciprocモーション[レシプロケーティング専用運動]には対応していない)。推奨設定はファイルの種類によって異なり、例えばグライドパス用のPre 013では最大300rpm・1.0N·cm、シェイピング用の25/.04や25/.06では最大500rpm・3.0N·cmとされている。近年普及しているオプティマイズド・トルク・リバース(OTR)等の自動反転機能を備えたモーターであれば、安全性をさらに高めた設定(例えば500rpm・トルク1.0N·cmの閾値で反転)も可能である。
滅菌・清掃については、他の金属製回転器具と同様にオートクレーブ(高圧蒸気滅菌)が推奨されている。JIZAIファイルは135℃の高温滅菌に耐える材質・構造で製造されており、適切な手順で洗浄・乾燥の上オートクレーブ処理すれば繰り返し使用が可能である。ただし、使用を重ねて刃先の摩耗やねじれの発生が認められた場合、あるいは明らかな抵抗を感じたケースで使用したファイルは、無理に再利用せず交換することが望ましい。使用後の肉眼チェックやルーペ下での確認を徹底し、ヒビや反りの兆候があれば即時廃棄すべきである。なお感染対策の観点から、患者ごとに新品を用いるのが理想ではある。とくに髄室からの出血や排膿があった根管では、ファイル溝に付着した有機物を完全に除去・滅菌するのが難しい場合もある。そのため院内の感染制御ポリシーに応じて使い捨て運用するか、あるいは十分な洗浄滅菌の上で限られた回数のみ再使用するかを決めるとよいだろう。
院内運用の面では、JIZAIはフルシーケンス法(初めから根管長全長まで到達する手法)で使うことが推奨されている。具体的な術式の流れとしては、まず手用の#10程度のKファイルや専用のDファインダーで根管の初期穿通を行い、次にオリフィスオープナーで根管口を拡大してストレートラインアクセスを確保する。その後、Pre 013やPre 020の細径NiTiファイルでグライドパスを形成し、最後に25/.04(JIZAI I)→25/.06(JIZAI II)→35/.04(JIZAI III)という順で根管を所定のサイズまで拡大する。一連の操作はリニアなぺッキング運動(小刻みな上下動)で行い、3~4回のストロークごとに一旦ファイルを抜いて洗浄・注水を行うのがポイントである。また、次のファイルに進む前に手用#10程度でリキャピチュレーション(根尖までの通りを再確認)することで、切削片の詰まりを解消しながら進める。以上の手順を守れば、根管長にわたりスムーズに形成が完了する設計になっている。万一途中で強い抵抗を感じた場合は無理をせず、一つ前のステップに戻って再度滑走路を整えたり、手用ファイルで確認したりすることが肝要である。
教育・トレーニング面では、メーカーから操作マニュアルやデモ動画が提供されている。事前にスタッフと共に動画教材で手順を確認し、可能であれば樹脂ブロック模型などで練習してから臨床導入すると安心である。使用に不安がある場合、マニー社主催のハンズオントレーニングやウェビナーを活用することもできる。また導入初期は、比較的単純な根管(真っ直ぐで太さも十分ある前歯など)から適用し、徐々に難易度を上げて慣れていくことを勧めたい。院内で複数の歯科医師が勤務している場合は、情報共有のため症例検討を行い、お互いの使用感やコツを共有することで早期に運用を軌道に乗せることができるだろう。
導入の費用対効果を考える
新たな機器や材料を導入する際、避けて通れないのがコスト面の検討である。JIZAIの場合、高額な本体設備投資は不要で、基本的にはファイル購入費用と消耗に伴う買い足しがコストとなる。前述の通りファイル単価は1本あたり約1,800円である。仮に根管治療1症例でオリフィスオープナーからシェイピングファイルIIIまで計5~6本を使用するとすれば、材料費は1症例あたり9,000~10,800円程度となる計算だ。ただし多くの場合、各ファイルは数回程度の再利用が可能であり、実際の1症例あたり実費はこの数分の一になる。たとえば、それぞれのファイルを平均3回ずつ使用すると仮定すれば、症例あたりのファイル費用は3,000円前後に圧縮される。もちろん、症例の難易度によっては一度の治療でファイルがダメージを受け交換が必要になることもあるため、一概には言えない。安全優先で使い捨てればコスト高、再利用すればリスク管理が必要というトレードオフを踏まえ、各医院の方針に沿った運用戦略を立てることが重要である。
経営的に注目すべきは、NiTiファイル使用による診療報酬上のメリットが近年生じた点である。2024年の診療報酬改定において、Ni-Tiロータリーファイル加算が新設され、保険診療の根管形成でNiTiエンジンリーマーを使用した場合に150点(1歯につき)が加算されるようになった。150点は金額に換算すれば約1,500円であり、NiTiファイルの材料費増を完全に埋めるほどではないにせよ、公的にその有用性が評価され補填が行われるようになった意義は大きい。とりわけ保険診療中心のクリニックでは、こうした加算の存在が導入コスト回収の追い風になるだろう。また、治療時間の短縮による経済効果も見逃せない。NiTiロータリーの導入で根管形成に要するチェアタイムが大幅に短縮できれば、その分を他の診療に充てることが可能だ。例えば従来30分かかっていた根管治療の工程が15分で完了すれば、1日に追加で何人かの患者を診ることもできる。仮に1日1人増やせれば月20人以上の診療増となり、それだけでファイル代を十分に補って余りある収益アップにつながる計算である。また、短時間で処置が終わることは患者満足度の向上にも資するため、リコール来院率や口コミ評価の向上といった長期的な増患効果も期待できる。
再治療リスクの低減も重要な視点だ。NiTiファイルの使用は、根管形成の精度と一貫性を高め、封鎖不全や機材破折といったトラブルの発生率を下げることができる。結果として根管治療の成功率が上がれば、数年後の再根管治療や抜歯リスクが減少し、保証処置や無償対応に割かれるコストを抑制できる。特に自費診療で高度な根管治療メニューを提供している場合、成功率向上によって医院の信頼性が高まりブランド価値が向上するという無形のリターンも大きい。さらに、根管治療で歯を残せれば、その後の補綴(クラウンやポスト)の収益も得られ、患者との長期的関係も継続する。もし根管治療を断念して抜歯・インプラントに流れてしまえば、患者によっては転院してしまうケースもあるだろう。適切な投資で保存可能な歯を救うことは、患者利益であると同時に医院経営の安定にもつながるのだ。
総じて、JIZAI導入の費用対効果は、単純な材料費対診療報酬の比較だけで判断すべきではない。時間あたり生産性の向上、患者満足度・信頼度の向上、そして長期的なリスク軽減まで含めた多面的な効果を考慮する必要がある。初期コスト(ファイル購入費用)は比較的少額であるうえ、既存の機器を流用できるため設備投資リスクも低い。適切に活用すれば高い投資対効果が見込めるツールであることは間違いない。
使いこなしのポイント
優れた機材も使いこなせなければ宝の持ち腐れである。JIZAIを導入したからといって自動的に治療成績が向上するわけではなく、術者側の習熟と工夫があって初めて真価を発揮する。以下に、本製品を最大限に活用するための実践的ポイントを幾つか挙げる。
まず術前準備として、エンド用モーターの設定確認は怠らないこと。あらかじめ各ファイルに適した回転数・トルク値を登録できるモーターであればベストだが、そうでない場合でも使用のたびに都度推奨値に合わせて調整する習慣をつける。特にトルク制限値を高く設定しすぎると、引き込まれ時の急激な負荷であっという間にファイルがねじ切れる危険があるため注意が必要だ(一般的にNiTiファイルは低トルク多回転で使う方が安全と言われる)。加えて、グライドパスの確保はJIZAIに限らずNiTiファイル運用の絶対条件である。細い根管にいきなりエンジンリーマーを突っ込めば破折リスクが跳ね上がるため、手用ステンレスファイルやDファインダーで初歩的な通路を作っておくことが肝要だ。案内路さえしっかり通っていれば、あとはエンジンに任せて必要以上に押し込まないのが鉄則である。NiTiファイルは「削る」というより「削らせる」感覚で扱い、力ではなく回転数と刃の形状に仕事をさせることが大切だ。
操作中は、とにかく焦らず慎重にを心がける。JIZAIは設計上かなり安全側に振られているとはいえ、油断すればどんなNiTiでも折れる。例えば、カーブに差しかかった際に一瞬「グッ」と進まなくなる感触があれば、それ以上は押し込まず一旦ファイルを抜いて洗浄・確認する。ファイルの根元(シャンク側)に巻き付いた削屑にも常に目を配り、詰まりが見られたらすぐ清掃する。根管内でファイルを止めたままにするのも禁物である。回転中に動きを止めると一部の刃が偏って根管壁を削り続け、引っかかり→破折のリスクが増すためだ。必ず常に小刻みに上下動させ、同じポイントに留まりすぎないようにする。これはJIZAIに限らずロータリーファイル一般の鉄則である。
院内体制としては、アシスタントやスタッフとの連携もポイントになる。NiTi根治は手用に比べてスピーディーに進むため、アシスタントもそれに合わせてテンポ良く洗浄液の交換や吸引を行う必要がある。術者がファイル交換のたびに器具台に手を伸ばしていては時間短縮の利点が相殺されてしまう。理想的にはアシスタントが次に使うファイルをあらかじめ準備し、術者に手渡せるようにしておくとよい。また、使用後のファイル管理(廃棄か再滅菌かの判断、本数カウントなど)もチームでルール化しておくと、安全な再利用・在庫管理に役立つだろう。
患者説明の場面でも、JIZAI導入をコミュニケーションツールとして活用できる。たとえば根管治療に不安を抱く患者に対し、「当院では最新のニッケルチタンファイルを用いて短期間で精密な処置を行います」と説明すれば、一種の安心材料となる。医療広告ガイドライン上、治療効果を誇張する宣伝は禁物だが、使用する機器の客観的な特徴を伝えること自体は問題ない。実際、「エンジンリーマーで治療時間が短縮される」「柔軟な器具で歯を傷つけにくい」といった情報は患者の理解を助け、納得感を高めるのに有用である。導入した技術を宝として患者説明に活かすことも、経営的な成果につながると言える。
適応症と使用に適さないケース
JIZAIは一般的な歯内療法の根管形成に幅広く対応できるよう開発されているが、得意とする症例と注意すべきケースが存在する。適応が広い分、自院の症例傾向に照らし合わせた判断が重要だ。
適応が特に有用なケースとしては、まず湾曲根管や複数根管を有する大臼歯が挙げられる。従来、手用ファイルで処置時間が長引きがちな下顎大臼歯遠心根の強湾曲や、上顎大臼歯のMB2のような難易度症例でも、JIZAIの高い追従性と切削効率により、比較的スムーズに形成できる可能性が高まる。また、根管長の長い前歯でも、連続回転ファイルによって均一なテーパーで仕上げやすく、根尖部まで一気に到達しやすい。複数根管の歯でも手際よく各根管を拡大できるため、全体の処置時間短縮に直結する点もメリットだ。加えて、感染根管や難治症例にも有効だ。長引く根管治療ではラウンドトリップの回数が増えるほど感染リスクが高まるが、NiTiエンジンを用いることで可能な限り短期間で根管充填まで終える戦略が立てやすい。
一方、使用に慎重さが求められるケースもある。代表的なのは高度に石灰化・狭窄した根管である。JIZAIにはPre 013のような細径ファイルも用意されているが、それでも通過できない極細の根管では無理にエンジンで進もうとせず、地道に手用のCファイル等での穿通を優先すべきである。無理にNiTiを入れるとスタックして破折する危険が高い。また、根管内にステップやレッジが既に存在する再根管治療でも、NiTiファイルは柔軟な反面そうした段差に乗り上げると自力では突破できないことが多い。事前にステップを削除したり、ハンドファイルで滑走路を作り直したりする措置が必要となる。さらに、根尖孔が非常に開大しているケース(ヤング恒歯や外傷後の開放根尖)は、ロータリーファイルだと過剰に削りすぎてしまう恐れがある。このような場合は逆に手用器具でマイルドに拡大した方が良い場合もあるだろう。要するに、JIZAIは万能の特効薬ではなく、あくまで適材適所の道具である。症例を見極め、手用器具や他のシステムとの併用も視野に入れながら、そのメリットを最大化できる場面で使うことが肝心だ。
なお禁忌事項は基本的に一般的なNiTiファイルのそれに準じる。例えば根管長を測定せずに使用しないこと、想定外の高トルク・高回転で使用しないこと、ファイル1本で複数歯を連続処置しないこと(疲労の蓄積を防ぐため)などである。また、患者側の注意点として、心疾患ペースメーカーへの影響はNiTiファイル自体には無縁だが、電動モーター機器使用時には干渉の可能性を考慮し得る。必要に応じてペースメーカーの種類とモーターの周波数特性を確認する程度の配慮はしておきたい。以上を守れば、特段JIZAI特有の禁忌らしい禁忌はなく、安全に活用できる製品と言える。
医院のタイプ別にみる導入の向き不向き
同じ歯科医師でも、診療のスタイルや医院経営の方針によって、新技術導入の価値は変わり得る。ここではいくつかの歯科医院タイプを想定し、JIZAI導入が特に有効と言える場合と慎重な検討が必要な場合を考察する。
保険診療中心で効率重視のクリニックの場合
保険診療がメインで、毎日多数の患者を回転させているような医院にとって、治療時間短縮=収益向上に直結する。そうした効率最優先の現場では、JIZAIによるチェアタイム圧縮のメリットが極めて大きい。1本あたりの根管処置が数分でも短縮できれば、積み重なって1日の診療枠に余裕が生まれる。患者待ち時間の減少やスタッフ残業削減といった副次的な効果も見逃せない。保険点数の加算(NiTiファイル加算150点)も追い風となり、導入コストを埋め合わせるだけの十分な経済効果が期待できるだろう。一方で課題となり得るのは材料費の継続的負担である。保険診療では診療報酬が低く抑えられているため、ファイルをすべて使い捨てる運用では収支バランスが悪化しかねない。このため、医院内で再滅菌・再使用のルールを整備し、ある程度のコストコントロールを図る必要がある。また、多忙な中で導入初期のトレーニング時間を確保できるかもポイントだ。しかしながら、効率経営を標榜する医院ほど、一度波に乗せてしまえば大きな生産性向上を得られるのは間違いない。短期間でスタッフ全員が使い慣れるよう計画的な導入を行えば、保険中心型のクリニックでもJIZAIは強力な武器となる。
高付加価値の自費診療に力を入れる場合
自費の根管治療やマイクロスコープ精密治療など、クオリティを追求する診療を掲げている歯科医師にとっても、JIZAIは魅力的なツールだ。そうした医院では元々NiTiファイルやラバーダム、防湿下での根管治療が標準であることも多く、既存のNiTiシステムからより良いものへのアップデートとして導入するケースが考えられる。JIZAIの操作性や耐久性の高さは、煩雑な症例でもミス無く処置を遂行する助けとなり、結果的に高品質な治療結果につながる。自費治療では再治療になれば医院の信頼に関わるため、破折リスクが低い安心感は何物にも代え難いメリットだ。また、国産製品ゆえの供給安定やサポート体制も見逃せないポイントである。万一ファイル破折や不具合が起きた際、国内メーカーなら迅速に対応してもらえる安心感がある。価格面でも、輸入NiTiファイルよりJIZAIは比較的求めやすい設定であり、ランニングコストの低減につながる可能性が高い。自費診療で患者から適正な対価をいただける状況であれば、材料費は大きな問題にはならないだろう。それよりも「当院では最新かつ安全性の高い器具を使用しています」という付加価値のアピールができ、患者満足度向上や口コミ効果が期待できる点が大きい。総じて、質を重視する医院にとってJIZAI導入は投資対効果が極めて高い選択となるはずだ。
口腔外科・インプラント中心の診療の場合
親知らずの抜歯やインプラント治療など外科処置が主軸の医院では、そもそも保存修復系の治療(とりわけ根管治療)の比重が低い場合がある。このようなケースではNiTiロータリーファイルの優先度は相対的に下がるだろう。難症例の歯内療法は専門医へ紹介し、自院では抜歯後のインプラントに注力する方針であれば、JIZAIの導入メリットは限定的である。無理に投資せず現状通りのワークフローを維持する方が合理的かもしれない。しかし一方で、抜歯適応ギリギリの歯を救えるか否かが患者との信頼関係を左右する局面もある。例えば「他院で抜歯と言われたが先生に何とか残せないか相談したい」といった患者に対し、適切な根管治療技術を持ち合わせていれば歯を残す選択肢を提供できる。結果的に患者利益を守り、さらにその後の補綴治療も担当できるため医院のトータル収益にも貢献する。口腔外科メインのドクターでも、保存処置の武器を持っておく意義は決して小さくないのだ。JIZAIは導入ハードルが低い機器ゆえ、万一自分で使いこなせなくても金銭的ダメージは限定的である。興味があるなら保険の根管治療数症例から試してみる価値はあるだろう。ただし、どうしても内科的処置が性に合わない、あるいはスタッフ含め根管治療の経験が極端に少ない場合は、導入しても活用されず終わるリスクもある。日頃から根管治療の症例数が極めて少ない医院では、導入の優先順位は下げてもよいと言える。
よくある質問(FAQ)
Q1. JIZAIのファイルは何回まで再使用できるか?
A. 明確な回数基準は設けられていない。JIZAIはマルチプルユース(再滅菌して複数回使用)も可能な設計だが、使用条件や根管の形態によって金属疲労の進行度は異なる。メーカー試験では高い耐久性が確認されているものの、永遠に使えるわけではない。基本的には患者ごとの新品使用が最も安全であるが、現実的には数回の再使用をする場合も多い。その際は滅菌処理を徹底し、使用前後にファイルの状態を注意深く点検することが重要である。少しでも刃先の摩耗や変形が疑われれば、次回は新品と差し替えるのが賢明である。
Q2. 現在使用しているエンド用モーターでJIZAIは使えるか?
A. ほとんどの場合は既存のエンドモーターで使用可能である。JIZAIは一般的なCA用エンジンリーマーと同じ仕様で、CAラッチ型のコントラに装着して用いる。回転数やトルクの設定が細かくできるモーターであればベストだが、少なくとも500rpm程度の低速回転と3N·cm程度までのトルク制御が可能な機種であれば問題なく動作する。ただし、古い機種でトルク制御機能がない場合は注意が必要だ。そのようなモーターでNiTiファイルを用いると、過負荷時に自動停止・反転せずファイル破折のリスクが高まる。理想的にはトルクコントロール付きの最新モーターを併用するか、モーター自体の更新も検討した方が安全である。
Q3. 「絶対に折れないファイル」と聞いたが本当か?
A. いいえ、残念ながら誇張である。JIZAIは確かに高耐久を目指して開発され、他のNiTiファイルと比べても折れにくい設計となっている。しかし、「絶対に折れない」器具は存在しない。実際の臨床では、無理な力をかけたり同じファイルを長時間使い続けたりすれば折れる可能性はゼロではない。JIZAIは熱処理によって金属疲労に強くしてあるため、適切に使えば破折リスクを大幅に低減できる。しかし過信は禁物である。常に推奨通りの使い方(低いトルク設定、十分なグライドパスの確保、短いストロークと清掃の励行)を心がけ、ファイルに少しでも異常を感じたら早めに交換することで、結果的に「折らずに使い切る」ことが可能になるであろう。
Q4. 臨床成績や長期予後のエビデンスはあるか?
A. JIZAI自体の長期臨床データは、発売後間もないため公には蓄積されていない。しかしNiTiファイル全般の有用性は数多くの研究で示されており、適切な根管形成が根管治療の成功率向上に寄与するのは明らかである。JIZAIの特徴である根管形態の保存性やファイル破折率の低下は、理論上それら成功率に好影響を与えると考えられる。メーカーから提供されているケースレポートやセミナー報告などでは、「JIZAIを用いて良好な根管充填が得られた」「煩雑な根管でも所要時間が短縮した」などポジティブな知見が共有されている。エビデンスという点では、今後学会発表や論文で客観的データが蓄積されていくことが望まれるが、少なくとも現時点で他社NiTiファイルと比べて見劣りするような報告はなく、十分に信頼して使用できるだろう。
Q5. 導入にあたってスタッフ教育や習熟に不安があるが大丈夫か?
A. JIZAIは比較的シンプルなシーケンス(基本3本のファイルで完了)であるため、複雑なトレーニングを要しない部類に入る。すでにNiTiロータリーファイルの使用経験がある歯科医師であれば、JIZAI固有の操作感に多少慣れる程度で支障はないだろう。初めてエンジンリーマーを導入する場合でも、メーカーが提供する操作マニュアルや動画を活用し、模型で数回練習すれば基本的な感覚は掴めるはずである。大事なのはスタッフ全員で使用手順や注意点を共有しておくことだ。アシスタントにも器具の受け渡しや洗浄手順を理解してもらい、院内で統一したオペレーションを確立すれば、導入初期の戸惑いも最小限で済む。もし不安が大きい場合は、マニーの担当者に依頼して院内勉強会や実習会を開いてもらうことも可能である。サポート資材も豊富に用意されているので、そうしたリソースを積極的に利用すればスムーズな立ち上げが期待できる。