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歯科の根管治療の「クラウンダウン法」とは?手順やステップバック方との違いを解説

歯科の根管治療の「クラウンダウン法」とは?手順やステップバック方との違いを解説

最終更新日

忙しい診療日の午後、上顎大臼歯の根管治療で想定外に時間がかかり、待合室に患者が滞留した経験はないだろうか。細く湾曲した根管を手用ファイルで少しずつ拡大し、汗ばむ掌で器具破折の不安を感じながら作業するうちにスケジュールが後ろ倒しになる。このような場面では、根管形成の手技そのものを見直すことが有効である。近年、クラウンダウン法による根管形成が再現性と清掃効果を重視した世界的標準アプローチとして広く採用されている。一方、従来法であるステップバック法との違いが今ひとつ分からず、自身の臨床で効果を実感できていないという声も聞かれる。本稿ではクラウンダウン法の基本から具体的な手順、ステップバック法との比較、想定されるトラブル対策までを解説する。臨床アウトカムの向上と業務効率化の双方に資するヒントを提示する。

要点の早見表

クラウンダウン法とステップバック法の主な特徴を以下に比較する。

項目クラウンダウン法ステップバック法
根管拡大のアプローチ歯冠側から根尖側へ向かって段階的に拡大形成する。根尖側から根管口側へ向けて順次拡大し、根尖部で太い器具を使いすぎないよう作業長を段階的に短縮する。
使用器具主にニッケルチタン製ロータリーファイル(エンジン使用)を用いる。主にステンレス製ハンドファイル(手用)を用いるがロータリーファイル併用も可能。
湾曲への適応強い湾曲にも対応しやすく、根管の本来の湾曲形態を保ちやすい。手用テクニック次第で湾曲に対応可能だが、無理をすると根管直線化やステップ形成(レッジ)のリスクがある。
清掃効果根管上部を先に拡大するため洗浄液が深部まで行き渡りやすい。細い根管では洗浄液到達が不十分になりやすく、徹底洗浄に手間がかかる傾向がある。
根尖部への影響切削片の根尖孔外への排出が少なく、偶発的な急性根尖性歯周炎のリスク低減。サイズアップ時に根尖部から切削片を押し出す恐れがあり、術後疼痛のリスクに注意が必要。
器具破折リスク根管上部を予め広げることで細いファイルに過度な応力がかかりにくく、結果的に破折を予防できる。細いファイルを最初から根尖まで挿入するため過度な力がかかりやすく、過大なストレスで器具が変形・破折しやすい。
処置時間・作業効率エンジン併用により手用より短時間で拡大形成できる傾向がある(習熟が前提)。手作業中心のため時間を要し、術者の肉体的負担も大きい。
習熟難易度エンジンやNiTiファイル特有の操作感を習得する必要がある。折れやすい器具の扱いに習熟が求められる。基本的な手用テクニックの延長であり習熟しやすいが、高度な湾曲への対応には経験を要する。
コストと設備NiTiファイル(1本約1000円)を症例ごとに数本使用し、専用のエンドモーターが数十万円~の初期投資となる。ステンレス製Kファイル等は安価で再利用可能。特別な機器も不要で導入コストは低い。
保険診療での算定(2025年現在)手技の違いによる加算はなく、通常の根管治療として算定される。器材費は医院負担となる。クラウンダウン法と同様であり、保険点数上の優劣はない。

理解を深めるための軸

クラウンダウン法とステップバック法の違いを理解するには、臨床的な視点と経営的な視点の両軸から整理することが有用である。それぞれのアプローチが根管治療の成功率にどう影響し、医院のオペレーションや収益にどのような差を生むのかを考察する。

臨床面の比較ポイント

クラウンダウン法は、根管の歯冠側から順次拡大することで、初期段階で根管上部に十分なスペースを確保する。これにより、後続する細径ファイルの挿入が容易になり、器具への過大な抵抗が減って破折リスクが低下する。また根管上部を先に広げておくことで洗浄液が隅々まで行き渡り、化学的洗浄効果が高まる点も臨床上の利点である。特に湾曲根管では、クラウンダウン法により根管形態を大きく損なわずに形成できるため、歯質の偏削や側方穿孔を起こしにくい。一方、ステップバック法は細い器具で根尖まで到達してから段階的に拡大するため、根尖部の形態を過度に変更しないメリットがある。徐々にテーパーを付与することで、必要以上に湾曲部を削りすぎないよう配慮された方法であり、伝統的に多くの症例で有効とされてきた。

しかしステップバック法では、根管上部が狭いまま作業を開始するため、細いファイルに大きな応力がかかりがちである。その結果、器具が根管内で進まなくなったり、根尖部で押し付けられることで根管内圧が高まり、切削片や汚染物質が根尖孔から押し出されてしまうリスクがある。これが術後疼痛やフレアアップ(急性根尖病変の急性悪化)の一因となることが知られている。クラウンダウン法はその点、切削片を歯冠側へ排出しながら形成を進めるため、術後の炎症性合併症を抑えやすい。また、NiTiファイルを用いるクラウンダウンでは器具自体の柔軟性が高く、細く湾曲した根管にも追従しやすい。手用ステンレスファイルでは到達が難しい強湾曲でも、NiTiエンジンファイルなら比較的スムーズに根尖まで穿通できることがあるため、難易度の高い根管で有利な場合が多い。総じてクラウンダウン法は現代の器材を活用して根管形成の精度と再現性を高めるアプローチと言える。

経営・オペレーション面の比較ポイント

根管治療は一般的に収益率が低く時間労働集約的な処置である。ステップバック法は特別な機器投資を要さず廉価な器具で行える反面、施術に時間を要しチェアタイムが長引く傾向がある。1症例に複数回の通院が必要になるケースも多く、予約枠を圧迫し他の収益性の高い処置の機会損失につながりかねない。術者の疲労累積も大きく、長期的には生産性低下やミスの誘発リスクとなる。

クラウンダウン法を導入する場合、エンドモーターやNiTiファイルといった初期投資とランニングコストが発生する。一式揃えるのに数十万円規模の費用がかかり、使い捨てまたは繰り返し使用制限のあるNiTiファイルを症例ごとに消費するため材料費も上昇する。しかしそのコストは投資対効果の観点から検討すべきである。NiTiロータリーの活用により根管形成の効率が上がれば1回の診療時間を短縮でき、ひいては根管治療に必要な通院回数を減らせる可能性がある。患者満足度の向上やリコール率改善にもつながれば、中長期的に医院の評判や紹介増加という形でリターンが期待できる。さらにクラウンダウン法の精度向上によって再治療の発生率が下がれば、無償再処置や紹介先への流出を減らし、機会損失を防げる。保険診療下では処置回数を重ねた方が収入になる側面も否めないが、現代の歯科医療においては患者のQOLと時間価値に配慮した高効率な治療提供が信頼獲得に直結する。

加えて、クラウンダウン法の導入は医院の先進性アピールにも寄与する。マイクロスコープやCTと並び、NiTiエンドシステムを用いた精密根管治療を行っていることは、自費診療への移行促進や難症例の紹介増にも資する可能性がある。ただし機器頼みでなく術者自身とスタッフの習熟が不可欠である点に留意すべきである。NiTiファイルは扱いを誤るとかえって破折リスクが高まり、院内事故や賠償リスクに直結しかねない。新たな手技を導入する際はスタッフ教育やプロトコル整備に時間を割き、安全に運用できて初めて経営メリットが得られることを肝に銘じたい。

トピック別の深掘り解説

代表的な適応と禁忌の整理

クラウンダウン法は、ほぼ全ての根管治療症例に適用可能な標準術式といえるが、とりわけ有用性が高いのは複雑な形態を有する根管である。湾曲が強い根管や細径で石灰化傾向のある根管では、従来法のみで拡大しようとするとテーパー形成が不十分になったり、器具の偏位・折損が起こりやすい。クラウンダウン法はこれらの症例で根管形態を保ちつつ拡大形成できるため、難症例ほど有効性が発揮される。実際、10〜35度程度の湾曲を持つ根管ではステップバック法よりクラウンダウン法の方が良好な形成結果が得られたとする報告もある。また、根管内に干渉物(折損ファイルや固着物)がなく初回治療であれば、最初からクラウンダウン法でアプローチするのが効率的である。

一方で禁忌と言える状況はほとんど存在しないものの、相対的にステップバック的アプローチを要するケースもある。根管入口が極度に狭窄・石灰化していて初期拡大自体が困難な場合、無理に太いファイルを挿入しようとすると根管口付近で段差(レッジ)や掘削偏位を生じる恐れがある。そのため#06~#10程度の極細Kファイルで根尖までのパスを確保し、根管通過性を確立してからクラウンダウンに移行するハイブリッドな戦略が有効となる。このようにグライドパスの確保(細い手用ファイルによる予備的通路作り)を先行させることは、クラウンダウン法を安全に行う前提条件である。また、既存の根管充填材が残存する再根管治療では、まずそれを除去・軟化する処置が優先であり、クラウンダウンによる拡大は二次的となる。金属ポストや難治性の閉塞がある場合も、特殊器具で除去・穿通してからでなければクラウンダウン法は適用できない。

まとめるとクラウンダウン法は大多数の根管形成に有用だが、初期段階の下準備(狭窄解除と作業長の確保)が不十分なケースでは適用が難しい。そのような場合はステップバック法的に細い器具での穿通・整備を経てから本格的な拡大形成に入る手順を踏むべきである。

標準的なワークフローと品質確保の要点

クラウンダウン法とステップバック法では手順の順序が逆転する。以下では両者の典型的なワークフローを示し、根管清掃・形成の品質を確保するポイントを解説する。

クラウンダウン法の基本手順

1. 直線的なアクセス確保

髄室開拡後、根管口を探知し、エンド用バーやゲイツグリッデンドリルで根管上部1/3を広げる。補綴物や修復象牙質で狭くなっている場合、この段階で十分なコロナルフレアを形成する(根管上部の予備拡大)。

2. 初期根管長の測定と予備整形

10程度の細いステンレスファイルを用いて根尖まで穿通し、根管長(WL)を測定する。必要に応じて電気的根管長測定器を併用する。この際、無理な力をかけず滑らかに挿入できるよう、根管内の滑走路(グライドパス)を整える。

3. 根管中・上部の段階的拡大

エンジン用NiTiファイルを太いサイズから順に挿入し、抵抗を感じなくなるところまで進めては抜去する。例えば最初に#40程度のファイルで根管中部まで拡大し、次に#35、#30…とサイズを下げながら徐々に挿入深度を伸ばしていく。各ファイル使用後は十分な洗浄・吸引を行い、切削片の除去と根管内の潤滑を図る。

4. 根尖部の形成

最小サイズのファイルが作業長(WL)に達するまで手順3を繰り返す。例えば#15のNiTiファイルが根尖まで到達したら、それがマスターアピカルファイル(MAF)となる。次に、MAFより一回り大きい#20を根尖まで到達させ、以後#25, #30…と順次WLまで拡大する。根尖部の目標径(症例により#25~#40程度)まで達したら根尖形成完了である。

5. 中間段階の仕上げ

根尖部まで形成できたら、再度根管中~上部に戻り、必要に応じて大きめのファイルで全体のテーパーを滑らかに整える。例えば根尖部#30まで拡大した場合、根管口付近はそれより太い#40や#50でフレアを付け直し、連続的な漏斗形態を作る。

6. 最終洗浄と検証

十分な根管長まで形態付与できたら、EDTAや次亜塩素酸ナトリウムで最終洗浄を行い、デブリやスメア層を除去する。最終的に紙ポイントで根管長まで乾燥が容易に行えるか確認し、根管充填に備える。

品質確保のポイント

クラウンダウン法では逐次的なリキャピチュレーションが重要である。太い器具で中間部まで拡大した後は、適宜細い手用ファイル(#10や#15)を再挿入して根尖まで通し、切削片の根尖閉塞を防ぐ。また、NiTiロータリーファイルは高トルクで連続回転させず、小刻みなペッキングモーションと頻繁なリフトアップを併用し、根管内にデブリが滞留・圧縮しないようにする。各ファイル使用後の十分な吸引・洗浄、根管内への潤滑剤の使用も効果的である。ファイルの刃部に付着した削屑は都度除去し、切れ味が鈍ったり変形の兆候があれば新品と交換する(NiTi器具は使い捨てを基本とし、安全マージンを見込んだ運用が望ましい)。根尖部の最終拡大サイズは症例に応じて設定するが、過度に大きくすると歯質の過剰切削で歯根破折リスクが増すため、解剖学的根尖孔径や充填法との兼ね合いで決定する。

ステップバック法の基本手順

1. 直線的アクセスと根管長測定

クラウンダウンと同様に髄室開拡と根管口の探索を行う。狭窄が強い場合でも、太い器具による予備拡大は最低限に留め、小さなKファイル(#08~#15)で根尖まで到達させて作業長を測定する。

2. 根尖部の初期拡大

最細ファイルが根尖通過したら、次のサイズのファイル(例えば#20)で根尖まで拡大する。以後、#25、#30…と順次サイズアップしながら常に作業長まで到達させる。この段階で最大径まで根尖部を形成し、そのファイルをマスターアピカルファイル(MAF)とする。

3. ステップバックによるテーパー形成

MAFより太いサイズ(例えばMAFが#30なら次は#35)のファイルを用い、作業長より0.5~1mm短い長さまで拡大する。さらに次の#40ではMAFより1~2mm短い長さまで、というように器具サイズを上げるごとに挿入長を段階的に短くして根管上部へ向かうテーパーを付与する。各サイズ使用後には必ずMAF(例では#30)を根尖まで入れて通過性を確認し、デブリを除去する(リキャピチュレーション)。これを繰り返し、根管口付近まで徐々に拡大していく。

4. 仕上げと洗浄

最終的に根管口付近が十分拡大できたら、全長にわたる連続的なテーパー形成が完了したことになる。最後に根尖から根管口まで紙ポイントがスムーズに入るか確認し、問題なければ洗浄・乾燥して根管充填工程に進む。

品質確保のポイント

ステップバック法では根尖部のコントロールが肝要である。各ステップでMAFを再挿入しないと、根尖付近に切削片が詰まって次の器具が入らなくなったり、根尖孔を押し広げてしまう恐れがある。また、段階的短縮の目安を正確に守らないと、適切なテーパーが得られず段差のある不連続な形態になってしまう。根尖部の過剰拡大を避ける一方で、根管上部が細すぎるままだと充填が困難になるため、ゲイツドリル等で根管口を適度にフレアさせる処置も併用される。ステップバック法でも根管内の洗浄・吸引は各段階で丁寧に行い、器具の刃に詰まった削屑は除去する。ステンレスファイルは弾性が限られるため、強い湾曲にはあらかじめ先端をカーブさせて挿入する(プレカーブ)などの工夫も必要になる。このようにステップバック法は熟練すれば安定した結果を得られる手技だが、クラウンダウン法と比べると手順が煩雑で作業時間が長い傾向がある。

安全管理と説明の実務

根管形成時の偶発症を防ぎ、患者への説明責任を果たすことも重要なテーマである。クラウンダウン法導入にあたって特に注意すべき安全管理とインフォームドコンセントのポイントを整理する。

器具破折への対策: NiTiファイルはステンレス製に比べ予兆なく破折することが多いため、術前にそのリスクを患者に説明しておくことが望ましい。院内のマニュアルとしても「NiTi器具は1根管あたり○本まで」「使用回数○回までで廃棄」等の基準を設け、使い回しによる金属疲労の蓄積を避ける。ファイル破折が発生した際の対応手順(超音波チップによる除去や専門医への紹介基準)も予め決めておき、万一の際も速やかに患者対応できる備えをする。患者への説明では「最新の器具を用いることで根管治療の成功率を高める一方、ごくまれに器具の先端が根管内に留まることがある」旨を伝え、起こり得るリスクと対処法を事前に共有する。同意書にその項目を含めることもトラブル予防になる。

根尖穿孔・側方穿孔の防止: クラウンダウン法では太めの器具を早期に使うため、解剖学的に細い根管では側方への偏位や根管外への穿孔リスクもゼロではない。術前のX線やCTで根管の太さ・湾曲を把握し、無理のない器具径から開始する。特に根尖部1/3は象牙質が薄く、わずかな過拡大で破裂孔やステップ形成を招くため注意が必要である。万一穿孔が疑われる場合はただちに処置を中断し、水酸化カルシウム製剤の貼薬や外科的対応を検討する。患者説明では「非常に難しい症例では処置中に根の壁を傷つけてしまう可能性」がわずかながらあること、その際は適切な対処を行うことを事前に伝えておくと良い。

被ばく・感染対策と情報提供: 根管治療では術前・術中・術後に複数回のX線撮影が必要になる。デジタルレントゲンや必要に応じCTを活用し、被ばく線量を低減するとともに位置・長さの確認精度を上げる。ラバーダム防湿は感染予防のみならず、誤嚥・誤飲防止やNaOClの誤飲防止にも不可欠なので、全症例で確実に装着する。患者には治療前に「ラバーダムというシートで口を保護しながら無菌的に処置する」ことを説明し、同意を得る。また、使用器材(NiTiファイルや電子測定器)の利点を科学的根拠とともにパンフレット等で示し、患者が安心して治療に臨めるよう情報提供することも現代の歯科医療では求められる。

費用と収益構造の考え方

クラウンダウン法導入に際しては費用対効果の分析が欠かせない。初期投資としてエンドモーター本体やNiTiファイルキット、拡大鏡や測定器などを揃える費用が発生する。例えば国産エンドモーターとNiTiファイルスターターセットで数十万円、さらに使い捨て器具が症例ごとに数千円程度かかる計算である。一方、ステップバック法中心であれば既存の手用器具のみで賄えるため出費はごくわずかである。

しかし設備投資は生産性向上による回収を見込んで判断すべきである。NiTiロータリーによって根管形成時間が短縮できれば、1回あたりの診療で他の処置に充てる余裕が生まれる。仮に根管治療に要するチェアタイムを毎回15分短縮できれば、1日あたりもう1~2人の患者対応や、自費カウンセリング等の時間に充てることも可能となる。特に保険診療下では根管治療1本あたりの評価額が低いため、できる限り少ない回数・短い時間で品質を担保することが医院全体の利益に繋がる。

収益への影響を見るには、ROI(投資対効果)のシナリオを具体的に描く必要がある。例えば初期投資50万円・月間根管治療件数20件・1件あたり15分短縮・その時間で他の保険処置1回分追加、と仮定すれば年間でおよそ240回の処置増となる。1処置あたり平均保険点数を仮に○点(○円)とすれば年間△円の増収となり、2年で元が取れる計算、という具合に試算するのである。実際には診療報酬の算定構造や患者のキャンセルリスクも考慮しなければならないが、単なる費用増ではなく将来の利益創出への投資と捉える発想が大切である。

一方で、注意すべきは材料コストの持続性である。NiTiファイルは高価なうえ劣化しやすく、使い回すと破折リスクが高まるため基本的にディスポーザブルに近い扱いとなる。つまり症例をこなすほど器材費が嵩む構造であり、収益性を圧迫しうる。ここに対しては、メーカーが提供するリユース可能な滅菌システムの活用や、コストパフォーマンスに優れたNiTiファイルの選定(近年では1本数百円台の製品も出てきている)などで対策できる。また難易度の低い単根管では無理にNiTiを使わず手用で済ませ、高度な湾曲だけNiTiを使うといったメリハリ運用も現場では現実的である。医院の規模や患者層に応じ、投資額と回収見込みを検討した上で導入計画を立てることが求められる。

クラウンダウン法で陥りがちな失敗

ファイルが根尖まで届かない

大径ファイルから先に入れるあまり、根管内にデブリが詰まって細いファイルが先に進めなくなるケースである。これはステップダウンの利点が裏目に出た形で、リキャピチュレーション不足が原因となる。対策としては、毎回ファイルを抜去する際に充分な吸引洗浄を行い、細径ファイルを頻回に入れ直して通過性を維持することである。また、初めにある程度の細さの手用ファイルで根尖まで一度到達してからロータリーに切り替える方法(ハイブリッド法)も有効である。

ファイルの連続破折

NiTiロータリーに不慣れなうちは、複数の根管で立て続けに器具破折が起こる失敗が散見される。原因は過剰な押圧と長時間の連続回転、そしてファイルの使い回しによる劣化の見逃しである。1本のファイルあたりの使用時間を短く区切り、抵抗を感じたらすぐ無理せず引き抜く習慣をつける。トルクコントロール機能付きのエンドモーターを活用し、設定トルク値以上になったら自動停止・逆転するようにしておくのも有効だ。破折片が根管内に残留すると非常に厄介であり、超音波チップによる除去やバイパスにも時間を取られるため、折らない運用が何より重要である。

根管形態のコントロール不良

クラウンダウン法は手順がシンプルである反面、深部に向かっていきなり細い器具で形成するため、操作を誤るとテーパーが不十分な狭窄や、逆に根尖付近が過度に太い形態になることがある。これは手順の飛ばし過ぎや、根尖部のゴールサイズ設定ミスで起こる。対策として、あらかじめ最終根尖拡大型を決めておき(例えば#30)、それに至るまで全てのサイズを抜かりなく使用することが挙げられる。一つでも中間サイズを省略するとその部分だけテーパーが細く残り、後工程で抵抗となってしまう。また、根尖部は解剖学的に必要以上に広げないよう常に長さと径を意識し、ファイル先端が感じる感触(抵抗の消失や新たな削れ具合)から適切なところで拡大を止める判断力が求められる。

ステップバック法で陥りがちな失敗

根尖部の過剰拡大や破孔

小さいファイルで無理に根尖まで通そうとして、根尖孔を突き破ってしまうことがある。特に根尖が湾曲している場合、ステンレスファイルを強く押し進めると方向を誤り、根管外に穴を開けてしまう(根尖部の穿通)。これを防ぐには無抵抗で通る範囲までしか細ファイルを入れないことである。作業長測定も、抵抗感のない初期ファイル(#08や#10)が入った位置を根尖到達と見なすか、電子根管長測定で正確に判断する。万一穿孔した疑いがある場合は直ちに説明と適切な処置を行う。

段差(ステップ、レッジ)の形成

ステップバック法では作業長を短縮しつつ拡大するため、テーパー付与が不十分だと根管途中で段差ができ、後の器具がそれ以上進まなくなる。これは特に長い根管で起こりやすい。各ステップでリキャピチュレーションを必ず行い、常に根尖まで細ファイルが通る状態を維持することが予防策である。段差ができてしまった場合、無理に直進させようとせず一旦細いファイルに戻って段差を滑らかに削り取る(慎重なファイリング操作)必要がある。

根管上部の未整形

ステップバックに注力するあまり、根管口付近の拡大を怠ると、せっかく根尖部まで形成しても全体のテーパーが不足し、根管充填時にガッタパーチャポイントが途中で引っかかる、といった失敗が起こる。これを避けるには根管上部1/3のフレア形成を最初に行うことである。手用でもゲイツドリルでもよいが、ある程度上部を開いておくことで下部で作ったテーパーとスムーズにつながる形態が得られる。

導入判断のロードマップ

以上の考察を踏まえ、自院でクラウンダウン法を導入すべきか、するとすればどのように段階を踏むべきかを整理する。

1. ニーズと症例傾向の分析

まず自院での根管治療の年間症例数や内容を洗い出す。難易度の高い湾曲根管や再根管治療が多いのか、比較的単純な前歯部が中心か。それにより導入メリットの大きさが変わる。また、現在それら難症例を外部紹介している場合、それを院内で抱えられるようになると患者流出防止につながる点も評価する。

2. コスト試算と投資判断

次に具体的な投資額とROIを試算する。必要な機器(エンドモーター、NiTiファイル、滅菌器の拡充など)と導入費用を見積もり、上記で分析した症例数からどれだけ効率化・増収が見込めるか計算する。仮にROIが数年以内にプラスになる見込みなら前向きに検討すべきだし、あまり改善しないなら無理に導入しない判断もある。

3. スキル習得計画

クラウンダウン法は術者およびスタッフの習熟がカギである。導入を決めたら、まず信頼できる研修やハンズオンコースに参加し、正しい理論とテクニックを身につける。可能なら副院長や担当歯科医全員が統一の手順で行えるよう院内講習を実施する。またメーカーの担当者から直接デモを受けたり、モデル歯で練習を繰り返し、機械操作に不安がなくなるまで訓練する。

4. パイロット導入と評価

いきなり全症例で使うのではなく、最初は比較的簡単な単根歯や真っ直ぐな根管からNiTiを使ってみる。院内でパイロット症例を設定し、クラウンダウン法での処置時間、X線画像での形成状態、患者の感想などを記録する。従来法との違いをチームで振り返り、問題点があればプロトコルを修正する。この段階で器具破折などのトラブルが起きたら原因と対策を詳細に検討し、再発防止策を講じておく。

5. 本格導入と周知

準備が整ったら全ての根管治療にクラウンダウン法を適用していく。ただし症例によっては従来法やハイブリッドを併用した方が良い場合もあるため、絶対に方法を固定せず柔軟に判断する。患者には「当院ではNiTiファイル等を用いた精密根管治療を行っています」とパンフレットやWebサイトで周知し、医院の強みとしてアピールしてよい。保険内でも質の高い治療を提供していることは差別化要因になる。

6. 継続的改善

導入後も定期的に根管治療の成績(治癒率や再処置率、処置回数の平均など)を追跡し、改善につなげる。スタッフから現場の意見を集め、器具の破損状況やコスト推移もチェックする。必要に応じて新たなNiTiシステム(レシプロ方式など)も試験導入し、より良い方法を模索する姿勢が望ましい。

以上のステップを踏むことで、クラウンダウン法の導入判断から運用定着までを計画的に進められる。無闇に飛びつくのではなく、自院の状況に合った形で段階的に取り入れることが成功のポイントである。

出典一覧

[1] 武市収「クラウンダウンで効率的な根管形成メソッド」講義詳細(1Dサイト)

[2] クインテッセンス出版 デンタルダイヤモンド社 Oral Studio 歯科辞書「クラウンダウン形成法」

[3] Quintessence出版 キーワード事典「クラウンダウン法」

[4] 吉岡隆知・須田英明「徹底追及どっちがどっち?手用切削器具VS機械切削器具」デンタルダイヤモンド 1998年9月号

[5] ももデンタルクリニック 歯内療法Wiki「ニッケルチタンファイル(クラウンダウン法)」