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歯科のNi-Ti(ニッケルチタン)ファイルとは?種類や特徴、使い方や加算の届出まで解説

歯科のNi-Ti(ニッケルチタン)ファイルとは?種類や特徴、使い方や加算の届出まで解説

最終更新日

根管治療のたびに手用ファイルで地道に根管拡大を行い、何度も患者に通院してもらう――そうした日常診療において、時間と労力の負担を感じた経験はないだろうか。たとえば、湾曲の強い大臼歯の根管でステンレス製ファイルを操作していたところ、器具が根管内で破折し冷や汗をかいた、あるいは治療回数の多さに患者から不満の声が上がった、といった場面である。ニッケルチタン製のNi-Tiロータリーファイル(以下、NiTiファイル)は、こうした根管形成の課題を解決するために登場したツールである。NiTi独自の超弾性による柔軟性と電動モーター駆動の効率性によって、短時間で滑らかな根管形成が可能となり、根管充填の精度向上や治療回数の短縮が期待される。ただ、その一方で専用機器の導入コストや器具破折リスクへの備え、さらには保険算定の要件など、導入には把握すべき事項も多い。本記事では臨床面と経営面の両軸からNiTiファイルの種類・特徴・使い方を解説し、加算の届出要件や導入判断のポイントまで掘り下げていく。明日からの診療に直結する実践的な知見を提供するので、根管治療の質向上と医院経営の最適化に役立てていただきたい。

要点の早見表

項目ポイント
臨床上の利点超弾性による高い柔軟性で湾曲根管にも追従し、効率的な根管形成が可能。金属による歯質削除量を抑え、歯根破折リスク低減に寄与する。
主な適応症ほとんど全ての根管治療症例が対象。特に湾曲根管を有する大臼歯や根管数の多い歯で威力を発揮する。難症例では顕微鏡やCT併用で精度向上。
留意すべきケース石灰化などで極度に狭窄した根管では、NiTiファイルが入る径まで手用ファイルでの予備形成が必要。強い湾曲がある根管では無理な操作により器具破折のリスクがある。
使用法と品質管理エンドモーター(減速コントラ付き)に装着し低速回転(約150~300rpm)とトルク制御下で使用する。使用前に#10程度のKファイルでグライドパスを確保し、使用後はファイルを洗浄・滅菌する。使用回数は3~4回以内に制限し、刃先の破損や変形があれば即時廃棄する。
安全対策トルクリミットやオートストップ機能を備えたモーターを活用し、強い抵抗を感じたら無理に進めず一度撤退して再疎通を徹底する。治療前に器具破折の可能性について患者に説明し、万一破折した際の対応方針も含めて同意を得ておくことが望ましい。
費用エンドモーター本体は約10~20万円、NiTiファイルは1本あたり数百~千円程度(製品により異なる)。1症例あたり数本使用し、滅菌再使用も可能だが破折リスクとトレードオフ。症例ごとの追加材料費は概算で1,000~3,000円前後と見込まれる。
診療効率手用主体の場合に比べ形成時間を大幅短縮でき、根管治療の通院回数削減(例:従来法で4回→NiTi活用で2回程度)も期待できる。チェアタイムの短縮により他の診療に時間を充てやすくなる利点がある。
保険算定電動NiTiファイルを用いた根管形成には「Ni-Tiロータリーファイル加算」(150点)が設定されている(2024年より要件緩和)。算定には歯科用CBCTによる画像診断の実施等が要件となる。主に3根管以上の大臼歯で加圧根充を行う症例が対象。
導入ROI根管治療症例数が多い医院ほど、NiTi導入による時間短縮効果で他の診療に振り向けられる余力が生まれ、患者満足や症例紹介増にも繋がる。投資回収は直接の加算収入だけでなく、治療品質向上による再治療減少や評価向上による間接効果も考慮すべきである。一方、症例数が少ない場合は高額機材投資の回収に時間を要するため、難症例のみ専門医に紹介するといった選択肢も検討される。

理解を深めるための軸

臨床面

ニッケルチタン合金による超弾性と形状記憶の特性こそ、NiTiファイルがもたらす臨床的メリットの核である。ステンレス製ファイルでは操作中に根管の形態をまっすぐ削りがちで、強く湾曲した根管では本来の方向から逸脱しレッジ形成や根管穿孔を招く恐れがあった。しかしNiTiファイルは柔軟にしなり根管の曲がりに追従するため、本来の根管形態を保ったまま拡大できる。これは過剰な歯質削除を防ぎ歯根破折のリスクを低減する点で大きな意義がある。言い換えれば、NiTiファイルは歯の延命に寄与しうるツールなのだ。また電動モーターで持続回転させることで切削効率が上がり、手用では何往復もかかった根管形成が短時間で滑らかに完了する。形成後の根管は連続したテーパーが確保されるため、ガッタパーチャポイントの緊密な充填も行いやすい。近年では各メーカーが工夫を凝らし、根管内の接触面積を増やす特殊形状のNiTiや、熱処理によってさらに柔軟性を高めたNiTiファイルも登場している(刃部が青や金に着色されたファイルはその例である)。これらは湾曲が強い根管への適応を広げ、従来は難治だった症例への対応力向上に貢献している。以上のように、NiTiファイルは根管形成の精度とスピードを飛躍的に向上させ、結果的に根管治療の成功率向上にも資する可能性が高い。実際、ラバーダムやマイクロスコープと組み合わせNiTiファイルを駆使した先進的根管治療では、従来法に比べて治療成績が格段に良好との報告もある。例えば日本の一般的な根管治療成功率が約50%前後とされるのに対し、NiTiや拡大視野を取り入れた米国式手法では90%以上に達したとのデータも示されている。もっとも、成功率の差はNiTiファイル単独の効果ではなく包括的な手法の違いによるものだが、少なくともNiTiファイルが根管治療の質を底上げする中核要素であることは間違いない。

経営面

NiTiファイル導入の経営的インパクトは、大きく時間効率の改善と治療成績の安定に現れる。まず時間効率の点では、電動NiTiによる高速な根管形成により1回の処置時間が短縮され、加えて通院回数の削減も期待できる。例えば従来、手用ファイルで週1回・計4~5回かけていた根管治療が、NiTiを用いることで2~3回の来院で完了するケースも報告されている。これは患者満足度の向上(忙しい患者にとって通院回数減は大きな利点)につながるのみならず、医院側にとってもチェアタイムの創出というメリットがある。空いた時間枠で他の患者の処置や新たな予約を入れることができ、結果として医院全体の生産性向上につながるだろう。次に治療成績の安定による効果として、NiTiファイルの使用は再根管治療や抜歯のリスク低減に寄与するため、長期的にはやり直し症例の減少が見込まれる。再治療が減れば無償対応やクレーム対応の負担も軽減され、医院の信頼性向上により紹介患者が増えるといった間接的な収益向上効果も期待できる。もっとも、日本の保険診療においては「長く通院させた方が収入になる」との見方が根強い点には注意が必要だ。確かに従来法では処置のたびに再診料や貼薬処置料が算定できた分、通院回数を減らすとこれらの点数は入らなくなる。しかし2022年に新設されたNi-Tiロータリーファイル加算(後述)によって1症例あたり150点の加算が認められるようになり、一定の補填が図られている。さらに短縮した時間を他の有収益の処置に充てれば十分カバー可能である。むしろ質の高い治療で患者の信頼を得てリコールや自費診療に繋げる方が中長期的には医院経営のプラスとなる。要は、NiTiファイル導入は収益構造の質的転換をもたらすものであり、旧来型の「点数稼ぎ」よりも患者満足と紹介増による発展を志向する医院にマッチした戦略と言える。

代表的な適応と禁忌の整理

NiTiファイルの適応は広範であり、基本的には歯内療法(根管治療)全般で活用できる。初回の感染根管治療はもちろん、再根管治療(やり直し症例)でもガッタパーチャ除去後の根管再形成に用いることが可能である。特に湾曲根管を有する大臼歯ではNiTiの恩恵が大きく、手用では到達が難しかった根尖部まで滑らかな拡大形成が行える。一方、使用に慎重を要するケースも存在する。例えば根管の高度石灰化により#10のKファイルすら通らないような場合、太めのNiTiファイルはそもそも挿入できないため前段階の手用予備形成が不可欠である。またカーブが急峻かつ連続的にS字状に曲がるような複雑湾曲根管では、NiTiファイルに強い応力が集中し破折リスクが高まる。このような場合は無理にNiTiを適用せず、あえて手用ステンレスファイルで少しずつ拡大したり、あるいは最新の超柔軟なNiTiシステム(熱処理NiTiや特殊形状NiTi)を選択するなどの対応が必要となる。根尖が大きく開大した歯や乳歯の根管も留意が必要である。NiTiファイルは先端径とテーパーが一定以上あるため、先細りでない開放根管では十分な切削抵抗が得られず操作しにくい。また乳歯は根管形態が不規則なため、NiTiでは対応困難な場合もある。総じてNiTiファイルは大半の根管治療に有用だが、極端な狭窄・複雑例では手用器具との併用や適応の見極めが重要になる。なお禁忌といえる明確なケースは少ないものの、術者がNiTiの使用経験に乏しい場合はまず比較的単純な根管から導入し、難症例は慣れるまで避けるといった段階的適応が望ましい。

標準的なワークフローと品質確保の要点

NiTiファイルを用いた根管形成の基本手順は、従来の手用ファイルによる手技に電動モーターと新たな工程管理を加えたものとなる。以下、一般的なワークフローに沿って品質確保の要点を解説する。

1.根管へのアプローチ準備

NiTiファイルを投入する前に、まず十分な直線的アクセスを確保する。齲蝕や充填物で覆われた歯冠を開拡して視野を確保し、髄腔内の感染歯質を除去して各根管口を明示する。次にグライドパス(誘導路)形成を行う。具体的には#8~#15程度の細いステンレス製Kファイルを用いて根管の全長にわたり疎通させ、根尖までの滑らかな通路を作る。この時点で根管長の測定も欠かせない。電気的根管長測定器(根尖Locator)を用いてワーキングレングスを把握し、必要に応じX線で確認する。グライドパスが確保されていない状態でいきなりNiTiを挿入すると、先端が屈曲や段差に乗り上げてファイル破折や根管偏移を起こしやすいため注意する。

2.NiTiファイルによる根管形成

減速コントラアングル付きの専用エンドモーターにNiTiファイルを装着し、メーカー推奨の回転数・トルク値を設定する。一般的なNiTiファイルの回転数は毎分150~300回転程度、トルクは約1~3N·cmに設定されることが多い。ここで重要なのは低速回転かつ一定トルク制御で使用することである。高速で回すほど切削は速くなるが、衝撃でファイルが折れやすく根管内への負荷も増すため避ける。実際、NiTiファイル使用時には低速でゆっくりと進め、抵抗を感じたら決して無理に押し込まないのが鉄則である。ファイルは根管内に挿入し数秒間回転させたら一度抜去し、水酸化カルシウムペーストやEDTAペーストなど潤滑剤を併用しながら段階的に根尖方向へと進めていく。連続回転型のNiTiシステムでは太さ・テーパーの異なるファイルを冠側拡大用→中間拡大用→最終拡大用と順次使うクラウンダウン手法が一般的だ。一方、反復回転(レシプロ)型のシステムでは専用デザインの単一ファイルで根尖まで一気に形成するものもある。それぞれのプロトコルに従い、十分な根管径(最終到達ファイルの先端径)になるまで形成を行う。形成中はこまめな灌流とファイル清掃も欠かせない。NiTiは切削スピードが速いため短時間で多量の切屑が根管内に生じる。適宜次亜塩素酸ナトリウム液などで洗浄し、ファイル溝に詰まった削片もガーゼで拭い取ることで切削効率の低下や根尖部へのデブリ押し出しを防ぐ。根管全長にわたり所定のテーパーと径で拡大が終わったら、仕上げに最終洗浄と貼薬(必要時)を行い、根管充填に備える。

3.使用器具の管理

使用後のNiTiファイルは付着物を洗浄し、高圧蒸気滅菌器で滅菌する。NiTi素材は耐食性に優れるためオートクレーブ滅菌が可能だが、繰り返しの使用で金属疲労が蓄積する点には留意が必要である。実際、NiTiファイルの破折率は新品時よりも複数回使用時に顕著に上昇するとの報告がある。一般には3~4回の使用を上限とし、4回目以降は破折リスクが大幅に増すため使わないか、使うとしても自己責任で慎重にとの指針が示されている。医院においては使用回数の管理と器具の点検が重要だ。ファイル毎に使用回数を記録し、既定回数に達したものや使用中に僅かでも変形・亀裂が認められたものはただちに廃棄する。以上のような品質管理を徹底することで、NiTiファイルの性能を安定して発揮させることができるだろう。

安全管理と説明の実務

NiTiファイルの運用において最も注意すべきは、器具破折(ファイルの根管内折損)というリスクマネジメントである。ステンレス製ファイルでも根管内折損は起こり得るが、前述の通りNiTiファイルは事前の変形兆候が乏しく突然破折に至りやすい。破折の主因は金属の疲労蓄積(回転疲労)や過度なねじれ力(トルクオーバー)である。これを防ぐには上述したグライドパスの事前形成、低速・低トルクでの慎重な操作、使用回数制限などの基本を順守することが肝要である。加えて、エンドモーターのトルク制御機能を積極的に活用したい。設定トルク値に達すると自動停止・逆転してファイルのねじれを逃がす機能や、荷重が急増した際に警告音を発する機種もある。これらを適切に設定しておけばファイルの過負荷を事前に察知できるため、安全性が格段に向上する。また根管の複数あるうち一つで器具破折が起きた場合でも、他の根管のNiTi使用は中止し手用に切り替えるなど、最悪の事態を拡大させない判断も求められる。

仮にファイルが破折してしまった場合の対応もあらかじめ決めておく必要がある。根管内に残留した金属片は、可能ならば超音波チップやマイクロスコープ下での特殊器具を用いて摘出を試みる。しかし残留位置が深かったり固着している場合、無理な除去操作はかえって根管を損傷するリスクもある。このため、除去が難しいと判断したら無理に触らず根管内に封じ込めたまま充填して経過を見る選択肢も現実的には取られる。実際、滅菌済みの器具片であれば予後にほとんど悪影響はないとの報告もあり、破折片を残したままでも適切に根管充填すれば成功率に有意差はないとする文献も存在する。無論、患者に十分な説明と同意を得た上での措置であることは言うまでもない。ここで重要なのが事前の患者説明(インフォームド・コンセント)である。NiTiファイルを含む金属器具が根管内で折れる可能性はゼロではないため、治療開始前にそのリスクと万一起きた場合の対処方針を患者に説明しておく。具体的には「最新の電動器具で治療時間を短縮し精度を上げますが、極まれに器具の一部が歯の中に折れて残ることがあります。しかし滅菌された器具なので感染の心配はほとんどなく、折れた場合も可能な限り対応します」といった内容を含める。説明は患者の不安を煽らぬよう慎重な表現を選びつつも、起こり得るリスクを正直に伝える姿勢が重要だ。事前説明がないまま偶発症を告げられた患者は大きな不信感を抱きかねないため、トラブル防止の観点からもリスクは事前に開示しておく方が望ましい。

その他の安全管理面では、感染対策と院内体制にも目を配る必要がある。NiTiファイル使用時は根管内の削屑飛散や唾液混入を防ぐため、本来ラバーダム防湿が望ましい(保険診療下では必須ではないが、患者誤嚥防止の意味でも装着が推奨される)。またスタッフへの周知も不可欠だ。歯科医師だけでなく歯科衛生士・助手にもNiTi器具の取扱い手順や破折時の対応フローを共有し、チームとして安全管理を担保できるようにする。NiTi導入時には院内でミーティングを行い、使用後の器具カウントや滅菌の方法、破損器具の交換基準などを明文化しておくと良いだろう。総じて、NiTiファイルの安全な運用には事前のリスク低減策と万一の事後対応の両面で周到な準備が求められる。それらをクリアして初めて、NiTiファイルの恩恵を安心して享受できるのである。

費用と収益構造の考え方

NiTiファイル導入に伴う費用と収益への影響について整理する。まず初期投資として、電動エンドモーター本体と付随器具の購入費用がある。一般的な根管治療用モーターの価格は機能にもよるが10万~20万円程度が相場である(根管長測定機能付きや無線タイプはやや高額)。次にランニングコストとしてNiTiファイルそのものの費用が挙げられる。NiTiファイルは種類ごとに数本単位のセットで販売されることが多く、1本あたりの単価は概ね数百円~1,000円強である。例えば5本セットで定価8,000円程度の製品なら1本あたり1,600円となる計算だ。1症例の根管形成に使用するファイル本数は症例によって異なるが、代表的システムでは太さの異なる3~5本を順次使用することが多い。ただし一度の治療で全て新品を使い切る必要はなく、各ファイルは前述の制限内で複数症例に使い回すことが可能である。仮に平均3本のNiTiファイルを使用し、それぞれ3回ずつ使い回したとすれば1症例あたり新品換算で1本分=約1,000円前後の材料費増加となる計算だ。実際には滅菌コストや破折リスクに備えた余剰在庫も必要だが、大まかなオーダーとして「1症例あたり数百~数千円の追加コスト」と認識しておけばよい。

一方、収益面の変化について考える。2022年の診療報酬改定で導入された「Ni-Tiロータリーファイル加算」は、NiTiファイルを用いた根管形成に対して150点(1,500円相当)を加算できる制度である。当初この加算は施設基準届出が必要で顕微鏡下での加圧根管充填を伴うケースに限定されていたが、2024年から要件が緩和され、歯科用CBCTによる画像診断を行った症例であれば顕微鏡を用いなくても算定可能となった。対象は主に3根管以上を有する大臼歯の根管充填症例であり、小臼歯や前歯など根管数の少ない歯は原則として算定対象外である。この150点加算は、NiTiファイルの消耗品代をある程度カバーする趣旨と考えられる。上述の通りNiTiファイルにかかるコストは1症例あたり数百~千円程度であるため、保険算定上は加算収入で概ね相殺できる計算になる。ただし注意すべきは、加算を算定するための条件である。現行ルールでは事前に歯科用3次元エックス線断層撮影(CBCT)の画像診断を実施していることが求められる。言い換えれば、NiTiファイル加算を算定したい根管治療では治療前後にCBCT撮影を行い、その費用(歯科用CT撮影料)も請求する必要がある。自院にCBCTがない場合は外部施設での撮影依頼や近隣医院との連携が必要で、煩雑に感じるかもしれない。しかし裏を返せば、加算算定を機に術前術後のCT評価を標準化できる利点もある。CTを活用すれば根管の形態把握が格段に正確になり、NiTiファイルの適切な選択や術後評価にも役立つため、診療の質向上にも繋がるだろう。

なお、NiTiファイル導入による投資回収(ROI)の考え方について補足する。仮にエンドモーター導入費用が15万円、年間の根管治療件数が50件、1件あたりの加算収入が1,500円、材料費増加が1,000円とすると、単純計算では(1,500-1,000)×50 = 25,000円/年の純増となる。このペースではモーター代を回収するのに6年かかる計算になる。しかし実際には前述のような生産性向上効果や再処置減少によるコスト削減効果が見込まれるため、ROIは机上の計算より良好となる可能性が高い。例えばNiTi導入で年間10件の予約枠が捻出でき、その枠で新たな自費補綴治療を提供できれば一気に投資回収が進む。また根管治療の成功率向上で保存可能歯が増えれば、後続の補綴処置(クラウンやインプラント)の収益にも結び付く。以上を踏まえ、NiTiファイル導入は単なる点数加算狙いではなく、治療効率と品質向上による総合的な収益改善策と位置付けるのが適切である。

外注・共同利用・導入の選択肢比較

NiTiファイルを自院で導入するか否かの判断に際しては、他の選択肢との比較検討も有用である。大きく分けて、(1)自院で設備投資して導入、(2)専門医に症例を外部委託(紹介)する、(3)必要な機器だけを共同利用する、といった選択肢が考えられる。

(1) 自院で導入

根管治療症例が一定数見込まれるなら、自院でNiTiシステムを導入するメリットは大きい。患者紹介に頼らず自院完結で治療できるため診療計画が立てやすく、他の治療への波及効果(クラウンやブリッジ等の補綴処置まで一貫して提供できる)が得られる。初期投資は発生するが前述の通り加算で相殺可能な範囲であり、中長期的な医院の診療レベル向上につながる。特に若手の開業医にとっては、最新機器を取り入れること自体が医院の差別化要因となりうる。ただしデメリットは、術者自身が習熟するまでの学習コストと、院内に適切な品質管理体制を構築する手間である。これらをクリアできる熱意と症例数がある場合に選ぶべき道だろう。

(2) 専門医へ紹介

一方、根管治療の症例が少ない場合や極めて難しい症例については、無理に自院でNiTiを導入せず歯内療法専門医へ紹介する選択も正当である。専門医は高度な機材(NiTiはもちろんマイクロスコープやラバーダム等)と豊富な経験を持つため、成功率の高い治療が期待できる。紹介により自院の手を空けることで他の患者対応に集中できるメリットもある。ただし一度紹介するとその患者が自院に戻ってこないリスクは考慮すべきだ。特に補綴治療まで専門医が行う場合、自院の収益機会を逸することになる。従って、信頼できる専門医と連携しつつも根管治療後の補綴は自院で行う、あるいは専門医非常勤を招いて院内で処置してもらうなど、紹介の範囲とフォロー体制を明確に決めておくことが望ましい。

(3) 機器の共同利用

NiTiファイルそのものの共同利用は現実的ではないが、関連機器である歯科用CBCTについては共同利用のスキームが活用できる。NiTi加算の要件となっている画像診断のため、自院にCBCTが無い場合は近隣の画像診断センターや歯科医院と提携し撮影サービスを利用する方法がある。患者を外部施設に紹介し撮影後にデータ提供を受ける形で、画像診断加算とNiTi加算を算定することも可能である。これにより高額なCT設備投資を回避しつつNiTi加算の恩恵を受けられる。ただし撮影の手間と外部費用が発生するため、症例数が増えてきたら自院導入も検討したいところだ。また地域の歯科医師会で高価な設備を共同利用する取り組みがある場合は、その一環でNiTi器具の貸し借りや情報共有ができないか模索するのも一法である。

以上のように、自院導入 vs 専門医紹介 vs 共同利用には一長一短がある。症例数・医療圏ニーズ・ドクターの志向によって最適解は異なるだろう。例えば「根管治療は可能な限り自分で完結させたい」というポリシーであれば積極導入が望ましいし、「補綴治療に専念し、難しい根管は無理しない」という方針なら紹介ネットワーク構築が賢明かもしれない。いずれにせよ重要なのは、患者にとってベストな治療結果を出すことであり、そのための手段としてNiTiファイル導入も複数ある選択肢の一つとして位置付ける柔軟な発想である。

よくある失敗と回避策

新しい器材導入時には様々なつまずきが生じがちであり、NiTiファイルも例外ではない。ここでは導入に際して頻発しやすい失敗パターンとその回避策を紹介する。

準備不十分のまま使用し事故が発生

NiTiファイルの性能に過信していきなり本番症例に投入し、早速ファイルを破折させてしまうケースである。背景には「電動だから簡単だろう」という油断や、事前練習の不足がある。回避策として、事前トレーニングは必須だ。できれば模型や抜去歯でNiTiの挙動を確かめ、理想的にはメーカーやスタディグループ主催のハンズオンセミナーで実習しておく。また初めてNiTiを使う症例は比較的単純な前歯や小臼歯から始め、難度の高い大臼歯は慣れてから挑戦する方が良い。

コスト節約のしすぎで却って損をする

「NiTiファイルは高価だから」と使い回しすぎて破折事故を起こすパターンである。あるいは切れ味が落ちた器具を使い続けて作業効率が下がり、本末転倒になる例もある。NiTiファイルはあくまで消耗品と割り切り、適切な交換サイクルを守るべきだ。目安として肉眼での亀裂や汚損がなくとも、既定の使用回数(3~4回程度)に達したファイルは予防的に更新する。コストとリスクのバランスを常に考慮し、安全第一で早めの廃棄を心がけることが、長期的には経済的損失の防止につながる。

ワークフローを見直さず効率化できない

NiTiを導入したにもかかわらず、従来と同じ回数・時間をかけて治療してしまい、効率化や収益改善に結び付かないケースもある。これは医院全体で新しいプロトコルを共有できていないことが一因だ。NiTi導入を機に、根管治療のプロセスを一から見直す必要がある。例えば通院回数の設定を「基本3回仕上げ」に変えてみる、NiTiで形成時間が短縮できた分を同一予約内で充填まで行うようスケジュールを調整する、といった具合である。加えて、アシスタントワークの最適化も重要だ。NiTi使用中は頻繁な灌注・交換が必要なため、補助スタッフがタイミング良く洗浄や器具受け渡しを行えるよう練習しておく。せっかくの時短効果も段取りが悪ければ相殺されてしまうため、スタッフと役割分担を再構築して効率化を図る。

在庫管理ミスによるトラブル

新しい消耗品の導入時にありがちなのが、在庫や管理コードの不備である。NiTiファイルはサイズやテーパーの種類が多く、使い捨ても発生するため、従来以上にこまめな在庫チェックが必要だ。万が一治療途中で必要なサイズの在庫が切れていた、という事態は絶対に避けねばならない。対策として、発注点の設定と在庫係の明確化を行う。例えば「各サイズ○本以下になったら発注」などルールを決め、誰が発注・検品を担当するか決めておく。また使用済ファイルの廃棄や症例ごとのトレー管理もルール化し、混入・誤用を防止する。基本的なことだが、新規導入時には特に注意したいポイントである。

以上のように、NiTiファイル導入時には技術面・運用面双方で乗り越えるべきハードルが存在する。しかし逆に言えば、これらをクリアすればNiTiファイルの恩恵を最大限享受できるということでもある。失敗事例から学び、準備と体制を万全に整えることでリスクを最小化しつつ、高いリターンを得られるようにしたい。

導入判断のロードマップ

最後に、NiTiファイル導入を検討する際の意思決定プロセスを段階的に示す。院長や開業準備中の先生が検討材料とできるよう、ポイントを整理する。

【Step1】ニーズと症例数の把握

まず自院の根管治療ニーズを客観的に分析する。月間の根管治療件数、内訳(前歯・小臼歯・大臼歯の割合、難易度)、治療成績(再治療率や抜歯に至る率)などを洗い出す。症例数が極めて少ない場合は導入優先度は低く、専門医紹介で十分かもしれない。一方、月に数十件規模で行っているなら導入による効率化メリットは大きい。

【Step2】コストと設備条件の確認

次に予算計画と設備要件を検討する。NiTiエンドモーター購入費や年間のファイル消耗費を概算し、投資に見合う効果が出るか試算する。またNiTi加算算定には歯科用CTが要件となるため、自院にCBCT装置があるか、なければ外部撮影で対応するかも決める必要がある(将来的に頻用するなら導入も検討)。併せて院内の滅菌設備や体制がNiTi運用に耐えうるかも点検する。ファイルの追加滅菌負荷にオートクレーブ容量が足りるか、管理担当者を置けるか等である。

【Step3】技術習得とスタッフ教育

導入を決めたら、術者のトレーニング計画を立てる。経験豊富な歯科医であってもNiTi特有の操作感やリスクには慣れが必要だ。セミナー参加や実習用キットでの練習期間を確保し、自信を持って臨める段階まで準備する。同時にスタッフ教育も忘れてはならない。歯科衛生士・助手に対して、NiTi導入の目的とメリット、使用時のアシスト手順、器具管理方法を説明し、院内マニュアルを作成する。全員が理解してこそ効果を最大化できる。

【Step4】パイロット導入と評価

機材購入後はいきなりフル稼働させず、試験運用期間を設ける。例えば最初の1~2か月は選抜した症例でNiTiを使用し、治療時間や患者反応、問題点を記録する。破折などのトラブルがなかったか、思ったほど時間短縮につながっているか、スタッフの連携は円滑か等を検証し、必要に応じてプロトコルを修正する。この段階でメーカーのフィールドサポートを受けたり、導入済みの同僚に相談するのも有益だ。

【Step5】本格導入と届出

試験運用で手応えを得たら、NiTiファイルを標準治療として本格導入する。全ての根管治療症例を対象に組み込み、通院回数の短縮や治療成績の推移を追跡する。なお、NiTiロータリーファイル加算の算定に当たって施設基準の届出自体は2024年現在不要だが、歯科用CTの設置に関する届出や管理医師の選任など、関連する規則は遵守する必要がある。導入後も定期的に運用状況を見直し、ファイル破折が発生していないか、在庫管理は適切か、患者説明に漏れはないか等をチェックして継続的に改善する。

以上のステップに沿って判断すれば、闇雲に導入して失敗するリスクは大きく減らせるだろう。重要なのは、自院の状況に即して導入の是非と方法を論理的に決定することであり、そのプロセス自体が今後の新規設備導入や診療改革の良いモデルケースとなるはずだ。

参考文献・出典

  1. 厚生労働省保険局医療課「令和6年度 歯科診療報酬改定の概要」2024年3月
  2. ほうじょう歯科医院 新日本橋「根管治療(歯の神経) - ファイルの色々」(公式サイト)
  3. 八幡祥生 他「臨床使用におけるニッケルチタンファイルの器具破折率」『日本歯科保存学雑誌』60巻6号, 2017年(デンツプライシロナ提供資料より)
  4. 倉本歯科医院 倉本雄介「NiTiファイルについて (2)」(医院ブログ記事, 2021年)
  5. 歯科国試ドットコム「Ni-Tiロータリーファイルの使用に際し必要なのはどれか(第117回歯科医師国家試験 午前問題69)」(2023年)
  6. KISSEI DENTAL CARE「根管治療の選択: 日本式VS米国式」(公式サイト)