
GC(ジーシー)の歯科用の半導体レーザー「Sレーザー」とは?価格や特徴まとめ
診療中、う蝕の治療やクラウンの形成に集中している最中に、思わぬところで歯肉から出血し、視野が真っ赤に染まってしまった経験はないだろうか。止血に手間取り、印象採得の精度に不安を感じたり、処置が長引いて次の患者の待ち時間が増えてしまうこともある。また、義歯調整の際に小帯を切除したいが、メスだと出血や疼痛が心配で躊躇したこと、口内炎で苦しむ患者に対し有効な手立てがなく経過観察するしかなかったことなど、日々の臨床で軟組織処置に関する悩みは尽きない。
こうした場面で頼りになるのが、昨今注目を集める歯科用レーザー機器である。中でもコンパクトな半導体レーザーは、日常診療に取り入れやすい存在だ。とはいえ、高額な機器投資に見合う価値があるのか、使いこなせるのか、と導入を躊躇する開業医も多い。本稿では、GC(ジーシー)の歯科用半導体レーザー「Sレーザー」について、その特徴や臨床的な有用性だけでなく、医院経営の観点からの費用対効果までを検証する。臨床現場での知見と医院経営の観点を踏まえ、製品の実力と導入後の成功イメージを具体的に描き出し、読者が自信を持って投資判断できる材料を提供する。
製品の概要
Sレーザーは、株式会社ジーシー昭和薬品が提供する歯科用半導体レーザー機器である。2018年に発売され、現在もGCのレーザー製品ラインナップの一つとして位置付けられている。本体は幅154×奥行164×高さ108mm、質量わずか1kgと非常に小型軽量で、診療ユニット上にも無理なく設置できるサイズである。バッテリーを内蔵しており、電源コードに繋がずとも使用可能なポータブル設計が特徴だ。動作時は無線式のフットスイッチでレーザー照射をコントロールするため、足元に煩雑なコード類がなく、クリニック内での移動や複数診療台での使い回しも容易である。
医療機器としての承認番号は「23000BZX00022000」で、一般的名称はダイオードレーザーと分類される。法律上は高度管理医療機器かつ特定保守管理医療機器に区分され、レーザー装置としてのクラス分類は最も出力の高いクラス4に該当する。すなわち、使用にあたっては眼や皮膚への曝露に十分な注意が必要な機器であり、安全管理体制の整備が求められる。適応となる処置は軟組織の切開、止血、凝固、蒸散といった生体軟組織への処置全般である。う蝕除去やエナメル質の切削といったハードティッシュ(硬組織)への直接の適応はない。主な用途は歯肉や粘膜への外科的処置およびレーザー光による治療的照射であり、小手術から歯周治療の補助まで幅広く応用できる。保険診療・自費診療を問わず、日常臨床で頻繁に直面する軟組織マネジメントの場面で活用し得るデバイスである。
主要スペック
Sレーザーのコアとなる性能を確認しよう。発振波長は808nm(±10nm)で、近赤外領域の半導体レーザー光を用いる。808nm帯の波長は生体組織中で比較的深達性があり、メラニンやヘモグロビンといった色素への吸収率が高い特徴を持つ。このため、血液や色素を含む軟組織に対して効率よくエネルギーを伝達でき、切開と同時に止血や凝固を行う用途に適している。一方、水分への吸収は炭酸ガスレーザー(CO2レーザー)ほど高くないため、硬組織への作用は限定的で、主に軟組織専用のレーザーとして位置付けられる。これは臨床的には「メスで切開しつつ電気メスで止血する」という2工程を、半導体レーザー1本で代替できるイメージであり、処置のシンプル化や術野の視認性向上につながる利点となる。
出力は0.5Wから最大10Wまで0.1W刻みで調整可能で、照射モードは連続波(Continuous Wave)である。一般的な歯科用半導体レーザー装置としては十分な上限出力であり、歯肉の切開や歯周ポケット内照射など多くの臨床シーンに対応できるパワーを備える。低出力の0.5W程度に設定すれば、非切開的なレーザー光照射療法(いわゆるLILT/LLLT、すなわち低出力レーザー照射による疼痛緩和や創傷治癒促進)にも使用でき、例えば口内炎部への照射や知覚過敏抑制、抜歯窩の治癒促進といった応用も可能である。一方、高出力の8~10W域は、フィブローマ切除や小帯切除など比較的大きな病変の切開にも威力を発揮する。出力調整幅が広いことは汎用性の高さを意味するが、臨床では対象組織や処置内容に応じて適切な出力設定を選択する必要がある。適切な出力で照射すれば、過剰な熱ダメージを避けつつスムーズな切離が可能である。
連続照射時間は1秒から120秒まで設定可能である。通常、短時間の断続的なペーニング(照射→停止→清拭→再照射)が行われることが多いが、長めに照射時間を設定しておけばフットスイッチを踏み続ける限り最大2分間の連続照射が可能である。複数歯にわたる歯肉切除など、広範囲を一度に処置する際には便利な機能と言える。また、内蔵ファンによる空冷システムを採用し、長時間の連続使用による本体の温度上昇や出力低下を防ぐ設計となっている。
操作面では、本体上部にカラータッチパネルディスプレイを搭載し、出力や時間の設定、準備状態の確認が直感的に行える。プリセットモードの有無について公開情報は見当たらないが、メニュー画面からワット数・秒数を直接設定するシンプルなUIであると推測される。複雑なモード切替がない分、初めてレーザーを扱う歯科医師でも迷わず操作できるだろう。視認性の観点では、照射部位を示すガイド光として赤色半導体レーザーが搭載されている。メインのレーザー光808nm自体は不可視光のため、目に見える可視光のガイドビームを同軸で照射することで狙いを定めやすくしている。また、付属のレーザー保護めがねは可視光を通しやすい特殊なフィルターが採用されており、防護しながら術野を明るくクリアに見ることができるよう工夫されている。これは実際の処置でストレスなく精密作業を行う上で嬉しいポイントである。
互換性や運用方法
Sレーザーは独立型の機器であり、特定の他社システムとデータ連携するといった類の製品ではない。したがってデジタル機器のようなファイルフォーマット互換性などは問題にならないが、物理的な互換性や運用上の他機器との関係について留意すべき点がある。まず、レーザー導光は光ファイバー方式であり、標準構成でファイバー(コア径300µm)が1巻付属する。ファイバーを装着して使用する「ファイバータイプ」のハンドピースと、専用の「チップタイプ」ハンドピースの2種類が同梱され、用途に応じて使い分けることができる。ファイバータイプはノック式(押し出し式)機構になっており、繰り出しが容易な設計である。処置を繰り返すうちにファイバー先端が炭化して切れ味が落ちてきた場合でも、ノック操作で新しいファイバー部分を送り出し、その場で先端をカットすれば直ちに切れ味を回復できる。コア径は標準の300µmのほかに400µmの太さのファイバーも使用可能で、太いファイバーは高出力を効率よく伝達できるためスピーディな切開向き、細いファイバーは繊細で狭小な部位の処置向きといった使い分けが考えられる。
一方、チップタイプのハンドピースは、本体からの光ファイバー出力を使い捨て可能な細いチップ(先端プローブ)に接続して照射する方式である。チップ3A(300µm)およびチップ4A(400µm)が付属しており、それぞれ対応するコア径のチップをワンタッチで脱着できる。チップは消毒滅菌済みのディスポーザブル部品として患者ごとに交換できるため、使い終わったら廃棄することで交差感染リスクを低減できる利点がある。また、毎回新品のチップを使用すれば常に最適な切断性能が得られ、ファイバーを都度カットする手間も省ける。院内感染対策やオペ後の後片付けの簡便さを重視するならチップタイプ、コスト効率重視で細かなメンテナンスに抵抗がなければファイバータイプ、と運用方針に応じて使い分けるとよいだろう。なお、使用後のハンドピース本体はオートクレーブ滅菌が可能な耐熱設計とされている。ファイバーやチップからの汚染が付着し得る部分を清拭消毒し、必要に応じて滅菌処理することで、安全な次回使用に備えることができる。
Sレーザーを運用する上で忘れてはならないのがレーザー安全管理である。クラス4レーザー装置を使用する診療空間は、法令により「管理区域」に指定しなければならない。標準付属品として「管理区域ラベル」が同梱されているのはそのためで、レーザー照射中であることを示す掲示を行う必要がある。また、術者および補助者、患者すべてが適合波長の保護めがねを正しく装着することが義務付けられる。幸いSレーザーには保護めがねが3セット付属しており、術者・助手・患者用に予め用意されている。追加の眼鏡が必要な場合や紛失破損時には、別売品として同一仕様の保護めがねを購入可能である。レーザー照射中はドアを施錠するか、第三者が誤って入室しないようスタッフに周知するなど、基本的な安全対策も求められる。これらのルールはSレーザーに限った話ではなく、歯科用レーザーを扱う以上必須のプロトコルであり、導入時には院内で手順書やトレーニングを整備しておくべきである。
Sレーザーの本体メンテナンスについては、定期的な校正や部品交換が必要となる頻度は公表されていない。ただし特定保守管理医療機器に区分されることから、メーカーや販売代理店による保守点検契約を結んで計画的な点検整備を行うことが推奨される。内部の半導体レーザー発振器(ダイオードユニット)は消耗品ではないが、長期使用による出力低下や故障の可能性はゼロではない。購入時には保証期間と内容、その後の修理対応体制についても確認しておくと安心である。また内蔵バッテリーは充放電を繰り返すうちに容量が劣化するため、数年おきに交換が必要になる場合がある。こちらも別売品としてバッテリー単体が用意されており、メーカーによる交換対応が可能である。日常の取り扱いでは、使用後にファイバー先端の清掃やカットを忘れず行うこと、吸引した煙霧による本体フィルターの目詰まりが起きないよう定期的に点検することなど、取扱説明書に沿った基本的なメンテナンスを励行したい。
医院経営への効果と費用対効果
最新の医療機器を導入する際に気になるのは、やはり投資に見合う効果が得られるかどうかである。Sレーザーはメーカー公表価格が「オープン価格」となっており、市場での実売価格は販売店との交渉によって変動し得る。具体的な金額は公開情報がないものの、同クラスの歯科用半導体レーザー装置の価格帯から推測すると、おおむね数十万円台後半から100万円前後の初期投資が必要になると考えられる。仮に本体価格を80万円(税別)程度と想定し、耐用年数を5年(60ヶ月)とすると、単純計算で月あたり約13,000円の減価償却費に相当する。これに保守点検費用や消耗品(ファイバー・チップ等)のコストを含めれば、実質的な月額コストはもう少し上乗せされるが、大きな負担ではない範囲に収まるだろう。
問題は、このコストをどのように回収し、利益につなげるかである。直接的に収益へ貢献する場面として考えられるのは、自費診療メニューの拡充と患者数の増加である。例えば、これまで外科処置に踏み切れず大学病院や口腔外科専門医へ紹介していたケース(難治性の歯肉増殖、小帯切除、良性腫瘤摘出など)を、レーザー導入により院内で提供できるようになれば、その分の収入を自院で確保できる。保険診療内であっても、処置内容によっては例えば歯周病治療でポケット内にレーザー照射を行う処置が局所的歯周治療の一環として保険算定可能な場合があるため、適切に算定すれば多少の収益増加につながる。もっとも、保険点数は限定的で大きな収入源にはなりにくいため、経営インパクトとしてはむしろ自費診療への貢献度を重視したい。
一方で、間接的な経営効果として無視できないのがチェアタイム短縮と再処置リスク低減によるコストセービングである。レーザーを用いた軟組織処理は、従来法に比べて術中・術後の止血や縫合にかかる時間を節約できる可能性がある。例えば、従来はガーゼ圧迫や縫合止血に5~10分要していた処置が、レーザーによる即時凝固でほぼ出血なしに終了すれば、その分だけ椅子単位あたりの処置時間が短縮される。1症例あたり数分の短縮でも、1日の患者数が多い保険中心の医院では積み重ねれば決して無視できない時間削減となる。時間はすなわち人件費であり、新たな患者受け入れ枠の創出にもつながるため、長期的には医院全体の効率向上に寄与する。
さらに、レーザー特有の利点として術後経過の安定と患者満足度向上が挙げられる。半導体レーザーで切開した場合、熱変性層が数百ミクロン程度生じるものの、適切な出力であれば周囲組織への不要な損傷は最小限に抑えられる。結果として疼痛や腫脹が軽減され、患者にとって快適な術後となるケースも多い。例えば歯周外科後の疼痛が軽く抑えられれば鎮痛薬の処方量が減り、早期に社会復帰できることで患者からの評価も上がる。また、口内炎へのレーザー照射は即効性のある痛みの緩和策として患者から感謝されることが多い。こうしたポジティブな体験を積んだ患者は、医院に対する信頼を深めリピーターになりやすい。ひいては口コミで新患紹介が増えるなど、収益にはすぐ見えない形で好循環をもたらすだろう。
費用対効果の試算としては漠然としてしまうが、仮にSレーザー導入により月に2件の自費処置(例えば小手術や審美目的の歯肉整形等)が新たに獲得でき、一件あたり5万円の利益が出るとすれば、それだけで月10万円の増収となる。機器の月コスト見込み1~2万円を差し引いても十分なプラスであり、むしろ数倍のリターンが期待できる計算である。もちろん実際の投資回収期間は各医院の診療内容に大きく依存するが、Sレーザーは「無収入の紹介症例を収入化する」「見えにくい時間ロスを可視化して削減する」「患者満足を向上させ将来的な来院増につなげる」という3方向から投資回収の道筋を描ける機器である。経営者としてこれらのポイントを押さえ、具体的な自院での活用場面と収支バランスをイメージして導入判断を行うことが重要だ。
使いこなしのポイント
高価な機器を導入しても、それを十分に使いこなせなければ宝の持ち腐れになってしまう。Sレーザー導入初期に躓かないためのポイントを整理しよう。まず技術習得面では、メーカーや販売代理店が提供するトレーニングや講習会を積極的に活用したい。レーザーの基礎知識(光の組織作用メカニズム、安全基準など)から実践的な操作方法まで、一通りのレクチャーを受けておくことで安心して臨床に臨める。また、実際の臨床で最初に用いる症例選択も重要だ。初めから難易度の高い大きな切開に挑戦するのではなく、例えば印象採得前のごく浅い歯肉整形や、小さなアフタ性口内炎への照射など、低リスクでレーザー効果を実感しやすいケースから始めると良い。成功体験を積み重ねることで術者の信頼感が醸成され、自信を持って適応範囲を拡大していけるだろう。
術中のコツとして、半導体レーザーで効率よく切開を行うためには「ファイバー先端の適切な管理」が鍵となる。照射前にはファイバー先端を黒くカーボン化(イニシエート)しておくと初期切れ味が向上する。これは紙片等に低出力レーザーを当て、先端に軽く焼き付ける操作であるが、色素への選択性を利用してファイバー先端を発熱しやすくする伝統的テクニックである。また、切開時はファイバー先端を組織に軽く接触させながら、ゆっくりとスライドさせるように動かすと綺麗に切断できる。焦って早く動かしすぎると十分なエネルギーが伝わらず、逆に止めたままだと熱が集中して炭化層が厚くなってしまうため、適度なスピードで「塗り描く」ように操作する感覚が重要だ。切開中にファイバー先端に組織片が焼き付いてしまった場合は、一旦照射を止めて湿らせたガーゼで先端を拭くか、思い切って先端を数ミリ切り落として新鮮な面を出す。ノック式ファイバーなら即座に送り出せるので、この作業もスムーズである。常にクリアなファイバー先端を維持することが、安全かつ効率的な照射のポイントとなる。
院内での運用ルールとしては、誰がどの処置でレーザーを使用するか、事前にチームで認識合わせをしておく必要がある。歯科衛生士や助手が補助として関与する場合も、照射自体は歯科医師が行わねばならないため、タイミングよく準備ができるよう連携が重要だ。例えば歯周ポケットへのレーザー照射を歯科衛生士が担当するのは法的に許されない(歯科医師法の制限範囲外)ため、SRP後の仕上げ照射は術者自ら行うなど、役割分担を明確にしておく。また、患者への説明にもひと工夫したい。口腔内で「レーザー」という言葉を聞くと身構える患者もいるため、「メスの代わりに光のエネルギーで粘膜を処置します」「出血を少なくする方法です」等、専門用語を避けて平易な言葉で利点を伝えると良い。処置中に焦げた匂いがすることやパチパチという音が出ることも事前に知らせておけば、患者は落ち着いて協力してくれる。レーザー使用後の創部ケアについても、通常より痛みや腫れが少ない傾向があることを説明しつつ、油断せず口腔清掃や指示された術後処置を守るよう指導することが大切である。
適応と適さないケース
Sレーザーが威力を発揮する適応症は多岐にわたる。代表的なのは歯肉や口腔粘膜の外科処置で、具体的には歯冠延長や歯肉整形のための歯肉切除、う蝕治療時のラバーダムクランプ装着部位の歯肉調整、印象採得時のマージン部歯肉圧排(従来のコード埋入の代替としての歯肉溝拡大)、義歯作製時の小帯切除や含歯性嚢胞摘出、智歯周囲炎に対するフラップ除去などが挙げられる。また、歯周基本治療の補助としてポケット内のレーザー照射(殺菌・バイオフィルム抑制目的)も一定の根拠が報告されており、従来法で炎症が残存するケースでの追加療法として検討できる。根管治療では、根管内へのレーザー照射による殺菌効果が期待される場合があり、特に難治性の根尖病変を抱える症例でNaOClなどの化学的洗浄と組み合わせて用いることで、細菌数の低減に寄与する可能性がある。さらに、口内炎や術後の創傷に対するLILT照射、知覚過敏歯頸部への照射も適応範囲であり、疼痛緩和や治癒促進の効果が期待される。小規模な良性腫瘍(舌小帯繋留による舌小帯延長術、線維腫の切除など)にもレーザーは適しており、麻酔下で短時間に切除と凝固が行える。患者の抗凝固薬内服中などで出血リスクが高い場合にも、レーザーなら比較的安心して処置しやすい。
一方、Sレーザーが不得意とする領域も把握しておく必要がある。前述の通り硬組織には作用しないため、齲窩形成や歯石の除去、骨切削などには使えない(これらを行いたい場合はEr:YAGレーザーなど他種のレーザーが必要となる)。また、メラニン色素に反応しやすい特性上、口唇や顔面皮膚への照射は過度の熱損傷を引き起こす恐れがあり禁忌である。もちろん直接眼に照射することは厳禁だ。さらに、悪性が疑われる病変への安易なレーザー照射は推奨されない。レーザーで蒸散させてしまうと病理検査用の組織が採取できず診断がつかなくなるばかりか、不完全な除去によって癌細胞が残存拡散するリスクもある。疑わしい病変は素直に切除生検に回すべきで、レーザーは用いるべきではない。その他、ペースメーカー装着患者に対しては電気メスと異なり基本的に使用可能だが、ガイド光等により微弱な電磁ノイズが発生する可能性はゼロではないため、一応は使用前に主治医と相談するといった慎重さがあってもよいだろう。妊娠中の患者についてはレーザー光自体が胎児へ影響することは考えにくいが、出血や疼痛への配慮という観点から必要があれば使用可能とされている。
代替アプローチとの比較も頭に入れておきたい。軟組織処置の伝統的手段であるメスと縫合は、組織への熱ダメージがない反面、出血管理や縫合・抜糸の手間が避けられない。電気メス(高周波メス)は止血しながら切開できる点でレーザーに近いが、周囲組織への熱影響が大きく、特に金属修復物に触れると電流が流れて患者に痛みを与えるリスクがある。また電気メスはペースメーカーへの悪影響が懸念されるため使用制限がある。一方、炭酸ガスレーザーは軟組織切開能力に優れ、浅い浸透で表層を効率よく切除できるが、装置が大型高価になりがちで波長特性上ファイバー伝送が難しくミラーアーム式となることから取り回しに制限がある。Er:YAGレーザーは硬組織も削れるオールラウンダーだが、同様に装置コストが非常に高く導入ハードルが高い。半導体レーザーはこれらの中間に位置する存在で、比較的安価・小型で導入しやすく、軟組織全般にそこそこ対応できるバランスの良いツールと言える。ただし深い切開や広範囲切除ではスピードがメスやCO2レーザーに劣る場合もあり、適材適所で補完関係にあると考えるのが妥当である。
導入判断の指針
すべての歯科医院に無条件にSレーザー導入を勧められるわけではない。それぞれの診療スタイルや経営方針に照らし合わせて、有用性を評価すべきだろう。以下に、いくつかの歯科医師タイプ別に導入適性を考察する。
保険診療メインで効率重視の先生へ
日々多数の患者を回し、短時間で必要十分な治療を提供することに注力している場合、レーザーへの投資は迷うところかもしれない。保険診療中心ではレーザー使用が直接的な高収入につながるケースは限られるためだ。しかし、効率最優先の診療スタイルだからこそ、Sレーザーがもたらす時短効果やトラブル減少は価値を持つ。例えば印象採得前の少出血の歯肉圧排にレーザーを使えば、圧排コードの待ち時間を短縮でき、出血による印象やり直しのリスクも下げられる。抜歯後の止血もレーザーで瞬時に凝固させれば、ガーゼを長時間咬ませる必要がなくなり、後処置説明に時間を割ける。細かな時間節約の積み重ねが1日あたり1人分の枠を生み出すこともあり得る。また、患者トラブル(術後の出血再来院や疼痛クレーム)の減少は、スタッフや院長の負担軽減につながり、結果として生産性を高める。保険メインの医院では特に導入の初期費用回収に時間がかかる可能性があるが、「縁の下の力持ち」として診療効率と安全性を底上げしてくれるパートナーになり得る。忙しい先生ほど、最初はレーザーを敬遠しがちだが、一度使い慣れると手放せない補助器具になるという声も聞かれるところである。
自費治療に力を入れ高付加価値を追求する先生へ
インプラントや審美治療など自費中心で差別化を図っている医院にとって、最新機器の導入は技術力アピールの一環でもある。Sレーザーは患者説明の際にも先進的なイメージを与えやすく、「当院ではレーザーを使った低侵襲治療を行っています」と付加価値を訴求できるツールだ。実際の臨床でも、セラミック修復のマージン付近の歯肉整形をレーザーで行えば、出血なく形成線を露出させることができ、精密な印象採得やスキャン精度の向上に貢献する。結果として補綴物の適合精度が上がり、再制作のリスクが減ることは医院の品質管理上も大きなメリットだ。また審美目的の歯肉ライン修正など、患者に術後の変化を実感させやすいメニューにもレーザーは活躍する。ほんの数十分でガミースマイルが改善できるとなれば、患者満足度と請求単価の両面でプラスになる。インプラント周囲炎に対するレーザー殺菌や、インプラント二次手術時のレーザー開窓も、トレンドに敏感な患者層には評価が高い。高付加価値路線の医院であれば、投資回収も比較的短期間で達成しやすく、導入意義は大きいだろう。もちろん機器頼みではなく術者の腕あってこそだが、その腕を最大限に発揮し患者に選ばれる医院であり続けるための投資と考えれば、Sレーザーは有力な選択肢となる。
外科処置・インプラントが多く口腔外科寄りの先生へ
親知らずの抜歯や歯周外科、インプラント埋入といった外科系処置が日常的に多い場合、すでに炭酸ガスレーザーや高性能な手術装置を備えているかもしれない。そのような医院では、半導体レーザーの位置づけを見極める必要がある。大型のCO2レーザーは粘膜切開で威力を発揮し、Er:YAGレーザーは骨切削や歯質除去もこなす万能選手である。一方、Sレーザーは軟組織専用であるがゆえに出番が被る可能性もある。しかし、Sレーザーの強みはポータビリティと手軽さにある。例えば訪問診療や院内の複数フロアで手術を行う際、1kgの本体と小さなフットスイッチだけを持ち運べばどこでも使えるのは大きな利点だ。CO2レーザーではそうはいかない。また、埋伏歯抜歯の大きな切開や骨削除はメスとハンドピースで行いつつ、粘膜縫合前の止血仕上げにSレーザーをサッとかざす、といった併用も可能だ。出血コントロールが難しい舌や頬粘膜の手術でも、補助的にレーザーを当てれば術野がクリアになり作業しやすい。外科経験が豊富な先生にとって、半導体レーザーは決して必須の道具ではないかもしれないが、「あると便利」なシーンは確実に存在する。特に開業医スタイルで幅広く手術も手がける先生であれば、CO2レーザー並みの高額投資をせずに軟組織処置の大半をカバーできるSレーザーは、コストパフォーマンスに優れた選択肢となり得る。余裕があれば導入を検討して損はないだろう。
よくある質問(FAQ)
Q. レーザーで切開すると痛みや治癒経過は本当に改善するのでしょうか?
A. 個人差はあるが、一般に半導体レーザーでの切開はメスより出血が少なく、創面が無菌的に凝固されるため、術後の疼痛や腫脹が抑えられる傾向がある。実際にレーザーを用いた歯肉切除のほうが患者の不快感が軽減したとする報告もある。また、小帯切除後に患者の痛みが少なかったという声が実際に聞かれることもある。ただし出力が高すぎたり操作が不適切だとかえって熱ダメージを与えてしまうため、適切な設定とテクニックの習得が重要である。治癒速度については大きな差はないとのエビデンスもあるが、術後経過が安定しやすい分、結果的にトラブルなくスムーズに治癒する印象である。
Q. 半導体レーザーと炭酸ガスレーザーではどちらが優れているのでしょうか?
A. 一概に優劣を言えるものではなく、両者は特性が異なる。炭酸ガスレーザー(CO2)は水分への吸収が高いため表層の切開蒸散に非常に適しており、レーザーメスと言えばCO2が標準的存在である。一方で装置が大掛かりで高価になりやすく、ミラーで光を誘導するため取り扱いに習熟が必要である。半導体レーザー(ダイオード)は光ファイバーで柔軟に照射でき、小型安価で導入しやすい点が魅力である。ただしCO2ほど表層選択的ではなく組織深部まで熱が入りやすいため、切れ味や安全性ではCO2に一日の長がある。用途と規模に応じて使い分けるのが賢明であり、一般開業医が日常使いするには半導体レーザーが扱いやすく、専門的な外科手術中心の施設ではCO2レーザーが活躍する、といった棲み分けである。
Q. ファイバーやチップなどの消耗品にはどれくらいのコストがかかりますか?
A. ファイバーはある程度の長さの巻きが1函にまとまっており、一人の患者の処置で数ミリから数センチ消費すると考えると、多数症例に使える計算である。価格は販売店にもよるが、例えば数万円で数十メートル分のファイバーが購入できるとすれば、一症例あたり百円台~数百円程度の材料費と見積もることができる。チップに関しては1本あたり数千円程度とされ、都度使い捨てる分だけファイバーよりは高くつく。しかし消毒の手間が省け感染リスク低減につながることを考えれば、必要経費として妥当な範囲である。全体として、レーザー使用時の材料コストは他の処置材と比べてもコスト負担は軽微であり、経営を圧迫するレベルではない。
Q. 購入後の故障や修理が心配です。メーカーのサポート体制はどうなっていますか?
A. Sレーザーは高度管理医療機器であり、販売にあたってメーカー(GC昭和薬品)や販売代理店には適切な保守情報を提供する責務がある。購入時には通常、保証期間が設定され、その間の故障は無償修理対応となる。保証期間終了後も、メーカーの修理受付体制が整っており、万一の故障時には部品交換や有償修理が可能である。レーザー機器の場合、数年に一度は内部の光学系調整や出力チェックなどのメンテナンスが推奨されるが、その点も含め導入時に保守契約を結んでおくと安心だ。実際にSレーザーを導入したクリニックからは、「問い合わせに対する技術サポートが迅速で助かる」「修理中に代替機を貸してもらえたので診療に支障が出なかった」といった声もある。信頼できるメーカーの製品である点も、導入後の安心材料と言える。
Q. 自分の医院で本当に使いこなせるか不安です。導入を検討する上で何か良い方法はありますか?
A. まずはデモ機を実際に借りて使ってみることを強くお勧めする。百聞は一見に如かずで、手に取って操作し、模型や豚肉などで試し切りするだけでもイメージが湧くものだ。また、既にレーザーを導入している知り合いの先生がいれば医院を見学させてもらい、生の使用感や症例を教えてもらうのも有益である。最近はSNSやスタディグループで情報交換も活発なので、「Sレーザーを使ってみてどうか?」といった疑問を投げかければ率直なアドバイスが得られるだろう。レーザー治療に関する書籍や論文で知識を深めることも大事だが、最終的には臨床で活かしてナンボの機器である。恐れずに実機に触れ、経験を積むことで、不安は徐々に解消されていくはずだ。