
日本レーザー歯学会とは?認定医の概要や直近の総会・学術大会を調べてみた
ある日の小児歯科診療で、むし歯の切削に対する子どもの強い恐怖心に直面した経験がある歯科医師は少なくない。高速切削器具の音や振動は子どもにとって大きなストレスであり、治療のたびに麻酔注射が必要な状況にジレンマを感じていた。また別の場面では、歯周外科での歯肉切除時に出血制御に手間取り、処置後の疼痛や治癒遅延に悩んだこともある。患者から「レーザーで痛みの少ない治療はできますか」と尋ねられ、自院ではレーザー機器を持たないため回答に困ったケースもあった。このように日々の臨床で直面する課題に対し、「レーザー歯科治療」がひとつの解決策として頭をよぎることはないだろうか。
レーザーを用いた歯科治療は、う蝕除去から歯周ポケットの消毒、軟組織の切開、知覚過敏の処置、さらには疼痛緩和の低出力照射まで多岐にわたる応用が可能である。しかし高価な機器導入や十分なトレーニングなしに安易に手を出すことはできず、臨床上の有用性と経営上の採算性の両面から慎重な検討が求められる。そこでカギとなるのが、日本レーザー歯学会(JSLD)という存在である。同学会はレーザー歯学領域の専門家集団としてエビデンス構築と安全な普及に取り組んでおり、会員向けに研修会や認定制度を提供している。本記事では、日本レーザー歯学会とは何か、その認定医制度の概要、そして直近の総会・学術大会で得られた最新知見を整理する。臨床的視点と経営的視点の両面からレーザー導入の判断材料を提示し、明日からの診療に活かせる実務的な知見を提供する。
要点の早見表
項目 | ポイント |
---|---|
学会概要 | 1989年設立の学術団体(一般社団法人)。会員数は約900名で、日本歯科医学会の分科会に属する。レーザー歯学の進歩と安全普及が目的であり、年1回の総会・学術大会を開催している。 |
認定資格制度 | 歯科医師向けに認定医・専門医・指導医の資格認定を実施(認定医制度は2001年、専門医制度は2013年開設)。認定医は所定の研修と試験合格で取得可能で、専門医はより高度な症例実績と学会発表などが求められる。いずれも5年毎の更新制である。補助資格として歯科衛生士・技工士等を対象にした「認定パラデンタル制度」(2015年開始)もある。 |
レーザー治療の臨床適応 | エルビウムヤグレーザーなどにより歯質の切削が可能(痛みと振動の低減)、COレーザーや半導体レーザーによる歯肉切開・止血、歯周ポケット内の殺菌、根管内の殺菌、口内炎の疼痛軽減や知覚過敏処置など幅広い。従来法に比べ低侵襲や出血抑制が利点となるケースが多い。 |
レーザー治療の留意点 | 全ての症例に万能ではなく、深在性のう蝕除去や大量の硬組織削合には効率が劣る場合がある。また誤った出力設定では熱傷リスクがあるため、適応範囲の見極めと安全措置が重要である。照射時は適切な防護眼鏡の着用や反射による周囲組織への影響に注意し、学会の定める安全基準に沿った運用が必須である。 |
導入コスト | 一般的な半導体(ダイオード)レーザー装置は数十万円から導入可能だが、硬組織にも応用できるEr:YAGレーザーは数百万円規模の初期投資となる。消耗品やメンテナンス費用も年数万円程度発生し得るため、中長期的なコスト計画が必要。 |
収益性と保険適用 | 歯科用レーザー自体に包括的な診療報酬項目は少なく、保険適用は一部処置(歯周病の光学的補助療法など)に限られる。収益面では自費診療で先進的治療として付加価値を提供するか、治療効率化や他院紹介抑制による間接的な利益向上が中心となる。ROIを見込むには月間症例数や患者需要を慎重に試算する必要がある。 |
最近の学術大会 | 2024年10月開催の第36回総会(於・愛知学院大学)では「フォトバイオモジュレーションが拓く未来」をテーマに約258名が参加し盛会となった。レーザーのガイドライン策定状況や光線力学療法(PDT)の最新知見が共有され、基礎と臨床の双方から活発な議論が行われている。次回第37回総会は2025年11月に東京医科歯科大(東京科学大)で開催予定であり、「光による歯科イノベーションの追求」がテーマに掲げられている。 |
導入判断のポイント | 患者層や症例数を分析し、レーザー導入が診療の質向上や差別化に寄与するか検討する。導入しない場合は専門施設への紹介や出張専門医による対応も選択肢となる。導入を決めた場合、学会の安全講習会受講やスタッフ教育、広報体制整備まで含めた計画が求められる。初期投資だけでなく運用コストや研修時間も考慮し、総合的に判断することが重要である。 |
理解を深めるための軸
レーザー導入の是非を検討する際、臨床的な価値と経営的な影響という二つの軸で整理することが有用である。臨床面では、レーザーがもたらす治療アウトカムへの寄与を評価する。例えばエルビウムヤグレーザーによるう蝕除去では切削時の痛みや振動が軽減され、患者ストレスや麻酔使用量の低減が期待できる。一方で切削効率が従来のタービンに比べて劣る場合、処置時間の延長や深部の齲蝕への対応限界も踏まえねばならない。同様に、レーザーによる歯周ポケット内照射は殺菌効果で治癒促進が見込まれるが、機械的清掃(SRP)の代替とはなり得ず補助的な位置づけである。各処置について科学的根拠を確認し、レーザー導入が患者の予後改善や術後QOL向上に資する範囲を見極める必要がある。
経営面では、機器導入による費用対効果および診療フローへの影響を検証する。初期投資額に見合う十分な利用頻度が確保できるか、保険収入や自費収入への寄与はどの程度かを数値で検討することが求められる。例えば月20症例程度のレーザー活用が見込めるなら、装置リース料や減価償却費を踏まえた1症例あたりコストと収益増を比較する必要がある。また、レーザー治療を提供することで新患数が増加したり他院との差別化につながるかといったマーケティング上の効果も考慮すべきである。反対に、導入によりチェアタイムが延長したりスタッフのオペレーションが複雑化して既存業務に支障をきたすリスクもある。臨床上のメリットと医院経営へのインパクトを両天秤にかけ、どちらか一方に偏らないバランスの取れた判断軸を持つことが重要である。
代表的な適応と禁忌の整理
歯科領域でレーザーが活躍する代表的な場面として、う蝕の除去が挙げられる。Er:YAGレーザーは水に強く吸収される波長を持ち、エナメル質・象牙質内の水分に反応して硬組織を蒸散させることで切削が可能である。この特性により、ドリルのような物理的接触なしに齲窩を形成でき、振動や音のストレスが少ない治療が実現する。一方、レーザー光は硬組織深部への浸透が限定的であるため、深い齲蝕や大きな金属修復物の除去には不向きである。熱影響の少なさは利点である反面、切削効率は回転切削器具に及ばないことから、浅在性の小さな齲蝕やMIう蝕への適応が中心となる。
歯周治療においてもレーザーの適応がある。Nd:YAGレーザーや半導体レーザーを歯周ポケット内に照射すると、細菌バイオフィルムの抑制や炎症組織の蒸散効果が期待できる。これにより難治性の歯周ポケットの治癒促進や、従来のスケーリング・ルートプレーニングを補完する効果が報告されている。ただしレーザー照射だけで歯石の除去や根面平滑化が完結するわけではなく、あくまで補助的な位置づけである点に留意が必要である。レーザーの止血凝固作用を活かし、フラップ手術後のポケット内照射で術後出血や疼痛を軽減する試みもなされているが、確立したエビデンスに基づき適応症例を選択することが重要である。
さらに軟組織外科でもCOレーザーや半導体レーザーが有用である。口腔粘膜の小手術(歯肉切除、口内炎の焼灼、色素沈着除去など)では、レーザー光による瞬時のタンパク凝固作用で切開と同時に止血が得られる。メスで切開した場合に比べ術野が明瞭になり、術後疼痛や腫脹が軽減する傾向が報告されている。ただし切開断面が炭化して治癒に時間を要する場合や、照射熱で周囲組織にダメージを与えるリスクもあり、深部組織や大きな病変の切除には不向きである。良性の粘膜病変切除や小帯切除(舌小帯・上唇小帯の切離)など、比較的小範囲で出血制御が求められる処置に適している。
レーザーの禁忌や注意事項としては、波長ごとに異なる特性への理解が不可欠である。例えばNd:YAGレーザーは金属に反射しやすいため、金属補綴物付近で誤照射すると他部位へのエネルギー照射を引き起こす恐れがある。また網膜に到達しやすい波長では、僅かな直射や反射でも眼障害を起こしかねないことから、術者・スタッフ・患者全員のゴーグル着用が必須である。ペースメーカー装着患者への照射は機器によっては禁止されている場合があり、事前に機種毎の取扱説明書で禁忌症を確認しておかなければならない。さらに悪性腫瘍が疑われる部位への安易なレーザー蒸散は診断の遅れにつながるリスクがあるため、適応判断には病理診断を含めた慎重さが求められる。このようにレーザー治療は適応症を選べば有益だが、想定外の熱障害や診断遅延を招かないよう禁忌事項を踏まえた運用が必要である。
標準的なワークフローと品質確保の要点
歯科用レーザーを臨床に導入する際には、その標準的な使用手順と品質管理の体制を整備することが欠かせない。例えば硬組織レーザー(Er:YAG)による齲蝕除去を行う場合、術前に照射部位の水分量や着色の程度を評価し、適切な出力とパルス幅を設定する。照射中は水冷とバキューム吸引で粉塵や蒸気を除去しつつ、断続照射で熱蓄積を防ぐのが基本である。術者はゴーグルとマスクを装着し、患者にも専用保護眼鏡を装着させる。レーザー光を含む術野は術者以外から直接見えないよう配慮し、必要に応じてレーザー対応の看板を診療室前に掲示して他スタッフへの注意喚起も行う。こうした標準的プロトコルをチーム全員で共有し、毎回確実に実行することで、安全かつ再現性の高いレーザー治療を提供できる。
品質確保の観点では、定期的な機器点検とキャリブレーションが重要となる。レーザー装置は発振出力が経時変化する可能性があるため、メーカー推奨の周期で出力校正や部品交換を実施する。特に光ファイバーやミラー系統を用いる装置では、出力低下やビーム品質劣化が起きやすく、定期メンテナンス契約を結んでおくと安心である。また臨床使用毎に機器ログを確認し、異常アラームや不適切動作が記録されていないかをチェックする習慣も品質管理の一環である。トラブルシューティング体制として、装置の取扱責任者を院内で定め、メーカー技術サポートへの連絡ルートも明確にしておく。学会では2024年時点で歯科用レーザーの安全使用ガイドライン策定作業が進行中であり、それらも参照しつつ院内マニュアルを整備することが望ましい。さらに、術後の経過を追跡してレーザー使用症例の成功率や合併症発生率をモニタリングし、必要に応じてプロトコルを修正するPDCAサイクルを回すことで、長期的な品質向上につなげることが可能である。
安全管理と説明の実務
レーザー治療の安全を担保するためには、物理的な安全対策と患者への十分な説明・同意取得が車の両輪である。まず物理的安全管理として、診療室にはレーザー照射中であることを示す表示(「レーザー照射中・入室注意」など)を出し、関係者以外の立ち入りを制限する。治療中は術者・アシスタント・患者全員が波長対応の保護眼鏡を着用し、万一のビーム漏れや反射から眼を守る。特に小児や偶発的に身体を動かしがちな患者では、頭部安定のための固定や声かけを徹底し、不意の照射ずれによる正常組織損傷を予防する。またレーザー照射により生じる煙霧(レーザープルーム)には細菌やウイルス、有害物質が含まれる可能性があるため、高性能の口腔外バキュームや外科用マスクで吸引・防護し、診療後は十分な換気を行う。機器設定は毎回照射前にダブルチェックし、特にパワーとパルス幅の単位(WかmJか等)の確認ミスがないよう注意する。これら安全管理項目をチェックリスト化し、レーザー使用時には担当スタッフが相互確認する体制を築くことが望ましい。
一方、患者に対するインフォームドコンセントも重要である。レーザー治療は患者にとって未知の技術である場合が多く、「本当に痛くないのか」「安全なのか」といった不安を抱きやすい。術前説明では、レーザーを使う目的(例:痛みの軽減、治癒促進)、原理の概略(特定の光で組織を蒸散・凝固させること)、想定されるメリット(麻酔量減、出血減少など)とデメリット(処置時間延長や保険外費用が生じる場合の負担)をわかりやすく伝える。特に自費診療としてレーザーを用いる場合は、費用対効果や代替治療法との比較も含めて説明し、患者が納得した上で同意を得る必要がある。また「絶対に無痛」「必ず治る」などの断定的かつ極端な表現は避け、効果には個人差があることや通常の治療との組み合わせで最大効果を発揮する旨を伝える。治療中も適宜声かけを行い、レーザー特有のパチパチとした音や軽い温熱感が生じることを事前に知らせておくと患者は安心しやすい。治療後には使用したレーザーの種類と設定、治療結果をカルテに記載し、患者にも経過観察ポイント(例えば麻酔なしでも痛みが出なかったか等)を共有して次回診療にフィードバックする。安全管理と説明責任を徹底することで、患者の信頼と安心感を得ながらレーザー治療を進めることができる。
費用と収益構造の考え方
レーザー機器の導入を語る上で避けて通れないのが費用対効果の問題である。初期導入費用は機種により大きく異なるが、目安として軟組織専用の半導体レーザーは数十万円台から、市販されている国産エルビウムヤグレーザー装置は本体価格で500〜800万円程度とされる。さらに導入時には周辺備品(光ファイバーやチップ、保護具など)の購入や、スタッフ研修費用も発生する。これら初期コストに対し、減価償却期間内にどの程度の収入増が見込めるかを計算してみる必要がある。仮に装置価格600万円、5年償却とすれば年間120万円のコストに相当する。単純計算で月10万円の利益増が必要となり、レーザーを用いた自費処置を月数件提供するか、あるいは保険診療内での効率化により同等の増収・コスト削減が達成できるかが目標となる。
収益構造の視点からは、直接収入と間接効果の両面で考える。直接収入としては、例えばレーザーを用いた歯周病治療(光学的歯周治療)を自費メニュー化し1症例◯万円の費用を設定すれば、それが装置の減価償却原資となる。あるいは口内炎のレーザー治療など少額の自費処置を積み重ねる形も考えられる。しかし現実には、レーザー治療単独のメニューで多額の売上を継続的に上げるのは容易ではない。むしろ間接効果として、レーザー導入によって患者満足度が向上しリピート率や紹介患者数が増加する、あるいは他院に紹介していた外科処置を院内完結できるようになり機会損失が減る、といったメリットに注目すべきである。例えば従来は口腔外科に紹介していた小手術を自院で実施できれば、その処置に関わる収入が新たに得られるだけでなく、患者の通院回数増や関連処置の受注にもつながる可能性がある。
一方で、診療報酬面の制約も認識しておく必要がある。2025年現在、歯科用レーザーそのものに対する包括的な保険点数は存在せず、適用されるのは一部の処置料に限られる。代表例として、歯周病安定期治療の中でレーザー照射を併用した場合に算定できる加算や、根管治療におけるレーザー活用に関する加算等が知られるが、その点数は決して高くない。従って保険診療の範囲内で装置代を償却するのは難しく、収益面のプラスは主に自費診療または診療効率向上による増収という形になる。加えて、仮に自費でレーザー治療費を設定する場合でも、患者がその価値を理解し納得して支払う価格設定と説明が必要である。単に「最新機器だから高額」という論理では患者の同意は得られず、「痛みを減らし治癒を早めるための投資」であることを丁寧に伝える工夫が求められる。費用面では初期コストだけでなく、年間の保守契約費や消耗品費(例えばファイバー先端のチップ交換や試薬代など)が継続的に発生する点も織り込んでおくべきである。これらを総合勘案し、レーザー導入が医院経営に与える損益をシミュレーションすることが望ましい。
外注・共同利用・導入の選択肢比較
レーザー治療を自院で提供するか否かの判断には、導入以外の代替オプションも視野に入れておく必要がある。ひとつの選択肢は、レーザーを要する特殊な処置は専門性の高い外部機関へ紹介することである。例えば難治性の歯周ポケットに対するPDT(光線力学療法)や、歯の色素性母斑のレーザー除去などは、設備と経験の整った大学病院や専門クリニックに患者を紹介し対応してもらう方法である。この場合、自院で設備投資をしなくても患者に最新治療を提供できる利点があるが、一方で患者を他院に送ることで継続受診のモチベーション低下や、場合によっては紹介先でそのまま他の治療も受けて戻ってこないリスクも考えられる。紹介前提であっても、自院で治療選択肢の一つとして説明できるよう最新情報をアップデートしておくことが望ましい。
別のアプローチとして、地域の歯科医師どうしで機器の共同利用や専門医の招聘を検討するケースもある。例えばスタディグループ内で高性能レーザー装置を共同購入し、持ち回りで使ったり特定の曜日に専門医が持参して各院で処置を行うようなモデルである。共同利用なら単独導入より費用負担を抑えられるが、機器の移動や消毒管理、使用スケジュール調整など実務上の煩雑さが増すデメリットがある。また患者の状態によっては「今、この場でレーザー処置したい」と思っても装置が手元にないことも起こり得るため、緊急性のある処置には向かない可能性がある。専門医招聘については、レーザー歯学会の指導医や専門医に非常勤で来てもらい、必要症例のみ施術してもらう契約も考えられる。この場合は院内で提供できるメリットはあるが、専門医のフィーを支払う必要があり収益は限定的になる。また自院スタッフが技能を習得する機会が減るため、ノウハウの蓄積という観点では不利となる。
最終的に院内導入を選択する場合でも、これら代替案との比較検討は有用である。他院紹介では対応しきれない症例数・患者ニーズが見込まれるのか、機器を活用して収益化できるだけの症例ボリュームがあるのかを、紹介実績や共同利用案と比較しながら判断できるためである。例えば年間◯件以上の小手術紹介が発生しているなら自院導入の方が患者利便性と収支両面でメリットが大きいかもしれないし、逆に年数件程度なら無理に導入せず従来通り専門機関と連携した方が合理的かもしれない。このように複数の選択肢を天秤にかけた上で、自院の診療方針と経営目標に合致するかたちでレーザー活用戦略を位置づけることが重要である。
よくある失敗と回避策
歯科医院が新たにレーザー機器を導入する際、陥りがちな失敗パターンがいくつか存在する。それらを事前に把握し、適切な対策を講じておくことが成功への近道となる。
失敗例1
機器を購入したが持て余してしまう – 開業医にありがちなケースとして、高額なレーザーを導入したものの活用機会が思ったほどなく、診療ユニットの片隅で埃をかぶっているという事態である。原因として、自院の患者ニーズや症例構成を十分分析せず「何となく最新設備があれば患者受けが良いだろう」と導入してしまうことが挙げられる。この回避策は、購入前に具体的な利用計画を立てることである。例えば「小児患者◯名に適応」「歯周ポケット重度患者◯名に適応」など、過去の症例リストからレーザー適応になり得る件数を洗い出し、月あたり利用想定回数を見積もる。さらに、導入後は院内でレーザー推進担当を決め、全スタッフに適応症例を見逃さず提案するよう促すことで、稼働率を高める努力が必要である。メーカーのデモ機を一定期間借用し、実際の診療で使用感を試した上で購入判断することも有効な手段となる。
失敗例2
安全対策や教育が不十分でヒヤリハットが発生 – 機器導入時に最低限の操作説明しか受けず、スタッフ全員への周知やトレーニングが不足したまま使用を開始した結果、誤照射や火傷寸前の事故が起きるケースである。レーザーは便利な反面、一瞬の不注意で不可逆的な組織損傷を招きかねない。これを避けるには、導入直後に学会やメーカー主催の安全講習会をスタッフ全員で受講し、基本的なリスク管理手順を身につけることが肝要である。患者に照射する前にモデルや豚顎骨などで充分に練習し、焦点距離の感覚や組織反応を体験しておくのも有効だ。また、使用初期には経験豊富な指導医を招聘して立ち会ってもらい、リアルタイムで助言を受けながら症例をこなすことで、安全かつスムーズな立ち上げが可能となる。ヒヤリハット事例がもし発生した場合は、院内ミーティングで情報共有し再発防止策を即座に講じるPDCAを回すことが大切である。
失敗例3
広報不足で患者に宝の持ち腐れ – レーザーを導入したにもかかわらず、その価値を患者に伝えられず活用しきれないケースも散見される。院内掲示やホームページでレーザー導入を告知せず、患者が存在自体を知らないままでは、せっかくの機器も活躍の場が限られてしまう。これに対し、患者広報の工夫が必要である。具体的には、待合室にレーザー治療の紹介ポスターやパンフレットを設置し、「無痛治療に取り組んでいます」「小児にも優しいレーザー治療を導入」といったメッセージを発信する。また初診時の問診票に「歯科治療への不安」欄を設け、痛みや音への恐怖が強い患者にはレーザー選択肢を案内する仕組みを組み込む。ホームページやSNSでも導入事例や患者の声(承諾を得た上で匿名紹介)を掲載し、安心感と先進性をアピールする。ここで注意すべきは医療広告ガイドラインで、「痛みが全くない」「必ず治る」といった誇大表現が禁じられている点である。従って「痛みが少ない傾向がある」「適応症例では麻酔なしで治療できる場合がある」といった客観的な表現に留めつつ、実際の利点を伝えるよう留意する。こうした広報を通じて患者側にレーザー治療の価値が伝われば、自然と適応症例も増え、導入効果を最大化できる。
導入判断のロードマップ
レーザー導入の是非を検討するプロセスは、段階的な意思決定を経るのが望ましい。以下に典型的なロードマップを示す。
1. ニーズと目標の明確化
まず自院の患者層や治療内容を分析し、レーザー活用のニーズがどこにあるかを洗い出す。小児患者が多く無痛治療ニーズが高いのか、歯周外科症例が多く術後合併症軽減を図りたいのか、あるいは審美領域で歯肉メラニン除去等の需要があるのか、といった具合に具体的な課題と目標を言語化する。この段階で「現状の課題は何で、レーザー導入により何を改善したいのか」をチームで共有しておく。
2. 情報収集と相談
次に、レーザー機器や治療法に関する最新情報を集める。日本レーザー歯学会の学術大会や研修会に参加し、エビデンスや他院の事例を学ぶのは有益である。またメーカー主催のデモや展示会で実機に触れ、装置の操作性や機能を確認する。導入経験のある同業の歯科医師にヒアリングし、生の声(良かった点・苦労した点)を聞くことも貴重な参考情報となる。
3. 機種選定と見積もり
情報を踏まえ、自院のニーズに合致するレーザー機器の機種を絞り込む。硬組織対応が必要ならEr:YAGレーザー一択になるが、軟組織中心なら波長や出力の異なる複数機種から選択肢がある。信頼性、アフターサポート体制、操作の簡便さ、必要な設置スペース(大きさ・電源条件・水冷の有無)などを比較検討し、具体的に購入候補を決めてメーカーから見積もりを取得する。リースや分割払いも含め、月々の支払額とクリニックのキャッシュフローへの影響も試算する。
4. 損益シミュレーション
見積もり額と予測症例数に基づき、収支シミュレーションを行う。例えば「自費処置1件◯円で年間◯件施術すれば◯年で回収」といった粗い計算だけでなく、装置減価償却費・保守費・トレーニング費用と、増加しそうな収入(自費売上増、紹介流出の減少)を組み合わせ、中長期的に黒字化できるか検討する。シナリオは楽観・悲観の二通り用意し、最悪シナリオでもクリニック経営を圧迫しないか確認しておく。
5. 導入決定と段取り
経営的に許容範囲であり臨床上も有用と判断できれば、正式に導入を決定する。具体的な段取りとして、メーカーとの契約締結・納品日時の調整、院内への設置準備(電源工事やレイアウト変更が必要なら事前対応)、スタッフ研修日程の調整などを行う。日本レーザー歯学会の認定講習や安全講習の日程も確認し、可能であれば導入直後のタイミングで受講できるよう計画する。
6. スタッフ教育とプロトコル整備
機器が納入されたら、全スタッフを交えて操作説明会を実施し、基本的な取り扱いと安全手順を体験する。その上で院内プロトコルを策定する。例えば「レーザー使用時チェックリスト」を作成し、カルテに貼付するなど見える化して、導入初期のヒヤリハットを防ぐ。また各処置ごとの照射条件や注意事項をマニュアル化し、術者が変わっても一定品質で施術できるよう標準化を図る。
7. 試行期間とレビュー
導入後最初の数ヶ月は試行期間と位置づけ、症例ごとに所要時間・患者の反応・臨床成績を記録する。定期的に院内ミーティングでレビューし、想定との差異があれば原因を分析して対策を講じる。例えば予定より処置時間が長い場合は事前の麻酔や準備に課題がないか、痛みが残った症例は適応選択や設定に問題なかったか等を振り返り、プロトコルを改善する。
以上のようなロードマップを辿ることで、レーザー導入の意思決定プロセスが体系立てて進行し、衝動的な購入や準備不足による失敗を避けることができる。特に学会リソースの活用(講習会参加や指導医への相談)は、公平な専門知見を得る上で非常に有用である。焦らず段階を踏んで検討を重ねることが、最終的に自院にとって最適な選択を導く鍵となる。
出典
・日本歯科医学会連合「一般社団法人日本レーザー歯学会 令和7(2025)年度の予定」(2025年3月現在)
・一般社団法人日本レーザー歯学会 公式サイト「学会紹介」(2025年9月閲覧)
・Quintessence News(Web)「第36回日本レーザー歯学会総会・学術大会が開催」(2024年10月21日)
・UMIN学会情報「日本レーザー歯学会」(2025年3月更新)
・近藤歯科医院(東京都立川市)公式サイト「レーザー歯学会専門医とは?」(2023年閲覧)