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歯科のEr:YAG(エルビウムヤグ)レーザーとは?特徴や用途、波長・原理も解説

歯科のEr:YAG(エルビウムヤグ)レーザーとは?特徴や用途、波長・原理も解説

最終更新日

診療中、子どもの患者がタービンの高音に怯え治療を拒んでしまう経験や、麻酔注射を極度に怖がる成人患者への対応に悩んだことはないだろうか。深い虫歯の切削で振動と痛みに苦戦し、あるいは歯周ポケットの消毒やインプラント周囲炎の処置で従来法の限界を感じたこともあるかもしれない。Er:YAGレーザー(エルビウムヤグレーザー)は、こうした場面で「痛みが少なく削れる」「硬組織から軟組織まで幅広く応用できる」と期待される先端機器である。本稿では、その特徴や用途、波長・原理から、臨床への具体的な活用方法と経営面の視点までを解説する。明日からの診療現場で意思決定に役立つ実践知を提供したい。

要点の早見表

以下にEr:YAGレーザー導入の検討に役立つ要点をまとめる。

カテゴリ要点まとめ
レーザーの種類と波長エルビウムヤグレーザー(Er:YAG)は波長2940nmの赤外線レーザー。水への吸収が非常に高く、光エネルギーが熱に変換され瞬時に水分を蒸発させることで硬組織を蒸散(削切)できる特殊なレーザーである。歯科領域でエナメル質や象牙質を直接切削できる唯一のレーザーであり、軟組織への応用も可能。
主な臨床用途虫歯の除去(無痛的窩洞形成)、歯周治療(ポケット内の歯石・感染物除去、歯肉切開)、根管治療(根管内の殺菌)、インプラント周囲炎の消炎処置、口腔外科領域の軟組織切開や骨の切削など、多目的に使用可能。従来のタービンやメスでは難しい低侵襲で高精度な処置に適する。
臨床上の利点非接触照射で振動や高速音がなく疼痛刺激が少ないため、症例によっては無麻酔も可能。削削時の発熱が少なく熱による周囲組織ダメージが最小限。健全な歯質を極力削らず齲蝕部位のみ選択的に除去でき、ミニマルインターベンション(MI)の理念に合致する。レーザー光の殺菌効果によりう蝕再発リスクや感染リスクの低減も期待できる。軟組織・硬組織両方に使えるため汎用性が高い。
臨床上の限界一方で切削速度はタービンより遅い傾向があり、大きな齲窩や広範囲の処置には時間を要する。照射距離や角度など術者の技術習熟が必要で、適切に使わないと効果が出にくい。金属修復物には照射できず(金属に反射・吸収され危険)、深い虫歯では従来切削器具との使い分けが必要。装置から出るパチパチという音や水ミストによる蒸気で患者によっては違和感を訴える場合もある。
安全と運用高出力レーザーのため防護メガネの着用や照射範囲管理が必須。水冷却下で使用することで組織の熱損傷を防ぐ。非接触で器具摩耗がない反面、光を鏡面金属に当てないなど反射によるリスク管理が重要である。照射後は炭化や凝固した組織が生じにくく治癒が良好だが、過度の出力や水不足は火傷や治癒遅延の原因となる。装置は厚労省承認の医療機器を使用し、取扱説明書に沿った適切なメンテナンスと点検が求められる。
導入コスト本体価格は機種にもよるが約500万〜800万円と高額である。消耗品として照射チップ(石英ファイバー先端部)を使い分けるが、再利用可能なものも含め適宜交換が必要。年間保守契約料やランプ交換費用も予算に入れる。導入時にメーカー講習を受けることが多く、スタッフ研修にも時間と費用を要する。
収益面・保険適用保険算定できる処置は限定的である。例えばレーザーによる無痛的窩洞形成は「う蝕歯無痛的窩洞形成加算」40点が算定可能で、歯周外科でのルートデブライドメントには「手術時歯根面レーザー応用加算」60点が設定されている(各加算には厚労省への届出と施設基準遵守が必要)。しかし大半のレーザー処置は保険外扱いであり、患者に自由診療として費用負担をお願いするケースが多い。導入による収益回収は自費診療収入や患者増加による長期的効果も考慮しなければならない。
導入判断のポイント現状の患者ニーズと症例数を分析し投資回収シミュレーションを行うことが重要。小児や歯科恐怖症患者が多い、先端技術による差別化を図りたい、高度な歯周治療やインプラント維持管理に注力したい、といった医院では恩恵が大きい。一方、コストや維持管理に見合う症例が少ない場合、近隣専門医への紹介や他の手段で代替する選択も現実的である。購入前にメーカーのデモや試用を行い、スタッフ体制や集患戦略も含めた総合的な判断が求められる。

理解を深めるための軸

Er:YAGレーザーの評価には、臨床的価値と経営的価値の両軸から考える視点が欠かせない。臨床面では、患者にとって痛みや恐怖心の軽減、低侵襲で高精度な治療という利点が際立つ。このレーザーは従来のドリルでは得られないミニマルインターベンションを実現し、特に小児や不安の強い患者の満足度向上につながるであろう。また歯周治療や根管治療での殺菌効果により、長期的な治療予後の改善も期待されている。

一方、経営面の軸では装置導入コストと運用効率が大きな課題となる。Er:YAGレーザーは高額な初期投資に加え、切削に時間を要するためチェアタイムの延長要因ともなり得る。つまり患者一人当たりの処置時間が延び収益性が低下する懸念がある。さらに保険収入に直結しにくいため、投資回収には自由診療収入や新患増加を見込む必要がある。このように臨床メリットと経営リスクの間にはギャップが存在するが、その溝を埋める戦略こそが導入成功の鍵となる。例えば「痛みの少ない治療」をアピールして集患し自費率を高めることで収益向上と患者満足を両立する、といった経営戦略が考えられる。以下では、具体的な臨床適応や運用方法、安全管理、費用対効果など個別の論点を深掘りし、両軸の視点から検討する。

Er:YAGレーザーの適応症と非適応例

Er:YAGレーザーは硬組織から軟組織まで幅広い適応症を持つ。典型的な適応には小〜中程度のう蝕の除去が挙げられる。エナメル質や象牙質内の水分に反応して虫歯部分だけをピンポイントで蒸散できるため、健全な歯質を最小限の切削で温存しつつ感染歯質を除去できる。C1〜C2程度の比較的小さな齲窩であれば、Er:YAGレーザーで削ることで振動や音による刺激が少なく、症例によっては無麻酔でも痛みを感じにくい。初期う蝕に対しては、レーザー照射でエナメル質表層を微細に蒸散させ再石灰化を促すような非侵襲的処置も可能である。また、齲蝕除去後の殺菌目的でう蝕部位にレーザーを追加照射し、残存細菌の減少による二次う蝕予防を図る使い方も報告されている。歯周病治療分野でも、歯周ポケット内へのレーザー照射で歯石やバイオフィルムを除去したり、感染した歯肉を蒸散させてポケット内を減菌する処置に利用される。従来の手用スケーラーや超音波スケーラーでは除去しきれない微細な歯石に対して、Er:YAGレーザーは水の力で比較的容易に除去可能であり、歯周基本治療からフラップ手術時のルートプレーニング補助まで応用範囲が広い。さらに根管治療でも、NaOCl(次亜塩素酸ナトリウム)などの洗浄剤と併用して根管内にレーザーを照射することで、根管壁のスメア層を除去し細菌を殺滅する効果が期待できる。インプラント周囲炎のケースでは、チタン表面を傷つけにくい特性を生かしてインプラント周囲のプラークや肉芽組織を除去する用途でも有用である。このようにEr:YAGレーザー1台で保存修復から歯周・インプラント・外科処置までカバーできる点は大きな魅力である。

しかしながら全ての症例に万能ではない。Er:YAGレーザーの非適応例として代表的なのは大きく広範な虫歯である。C3以上に進行し歯髄に近接するような大きな齲窩では、レーザーで全て削ろうとすると非常に時間がかかる上、深部の軟化象牙質を取り残す恐れもある。そのため深い虫歯では、まずレーザーで表層を除去し痛みを軽減した後、深部は従来のタービンで仕上げるなど併用が現実的である。また、金属修復物が近接している部位も慎重を要する。Er:YAGレーザー光は金属面で乱反射したり金属を加熱する危険があるため、金属インレーやクラウンに隣接する虫歯には基本的に照射しない。どうしても使用する場合は金属部位を遮蔽する工夫が必要になるが、リスクが高いため避けるのが無難である。さらに銀合金や金合金そのものを削ることはレーザーでは不可能であるため、二次齲蝕で被せ物の下に虫歯があるようなケースも実質的に適応外である。軟組織へのレーザー処置についても、重度の全身疾患で創傷治癒能が極端に低下している患者や、光過敏症の患者などは一般的なレーザー治療の禁忌となり得る。もっとも歯科領域でEr:YAGの局所照射による全身的な副作用リスクは極めて低いが、妊娠中の患者やペースメーカー装着患者にも基本的に使用可能とされている。ただし妊娠中は不要不急の処置自体避けるべきであり、ペースメーカーについてはレーザー光は問題ないものの超音波スケーラー併用時の電磁影響など通常の配慮は必要である。最後に、患者の同意と費用負担も現実的な適応の条件となる。レーザー治療は自由診療になる場合が多く、患者が高額な費用負担を望まない場合は使用を見送る判断も必要である。このようにEr:YAGレーザーは有用なツールだが、症例選択を誤らず適材適所で用いることが肝要である。

Er:YAGレーザー治療の流れと品質管理

Er:YAGレーザーによる処置を効果的に行うには、標準的な手順と品質管理上のポイントを理解しておく必要がある。例えば虫歯の窩洞形成を行う場合、従来のタービン切削とは異なるプロトコルで進めていく。術前に齲蝕の範囲と深さをしっかり評価し、必要に応じてう蝕検知液を使って感染部位を可視化しておくと良い。Er:YAGレーザーは感染象牙質のみを狙って削れる一方、健全象牙質やエナメル質は水分含有量が低く切削効率が落ちる傾向がある。そのため検知液で明らかに赤染した部分(取り除くべき外層の齲蝕象牙質)に照射を集中し、薄く残すべき健全象牙質は極力削らないようにするなどの戦略的削除が求められる。照射は基本的に水冷下で行う。装置にもよるが、生体組織への熱ダメージを防ぐため数十mL/分程度の霧状の水スプレーをレーザーと同時に噴出させる設定になっている。オペレーターはコンタクトチップと呼ばれる石英製の先端チップをハンドピースに装着し、対象組織に近づけて照射する。硬組織を効率よく削るには数ミリ程度まで近接させるか軽く接触させる方法が一般的である。照射角度は歯面に対してほぼ直角に当て、光が一点に留まらないよう手元を細かく振ることで均一に蒸散させていく。これはタービンでの削合にも通じる技能だが、レーザーの場合焦点距離やスキャン速度が切削効率と表面の仕上がりに直結するため、経験を積んでコツを掴む必要がある。

削合の進行状況は目視と触知で頻繁に確認する。Er:YAGレーザーで切削した象牙質表面は、SEM観察ではスマear層が除去され象牙細管が露出する独特の形態を示すが、肉眼的には白く粉状の蒸散片が付着することがある。適宜水洗やエアーブローでクリアにし、染色液で残存齲蝕がないかチェックすることが品質確保のポイントである。必要に応じて最後に低速のラウンドバーで軟化象牙質をわずかに除去したり、エナメル質縁を整えることもある。これはEr:YAGレーザーの照射だけではエナメルエッジがやや不鮮明になる場合があるためで、レジン充填など補綴処置の適合を高める目的で行われる。以上のようにレーザー単独で全てを完結させるよりも、場合によっては従来器具との併用も織り交ぜながら最善の結果を出すことが望ましい。

軟組織処置の場合も基本的な流れは似ている。例えば歯肉のメラニン色素沈着除去では、表層の歯肉上皮をEr:YAGレーザーで蒸散させていく。局所麻酔下で行い、コンタクトチップを軽く当てながら黒ずんだ表層を削るように進めると、出血も少なく綺麗に除去できる。術後は1〜2週間で上皮化し正常な歯肉に回復するが、照射深度が深すぎると治癒遅延や歯肉退縮を招くため出力設定と照射回数を調整することが重要である。歯周外科手術での応用では、フラップを開けた後に骨や歯根面上の肉芽をレーザーで蒸散させることがある。鋭匙や骨鉗子で行う従来のキュレッタージに比べ、レーザー照射は細かな部分まで行き渡りやすく、短時間で広範囲を清掃できる利点がある。ただし骨への照射はパワーが高すぎると炭化層を生じかねないため、メーカー推奨値より低めのエネルギーから開始して様子を見るのが安全策である。いずれの処置でも術後創面の観察と経過フォローが品質確保に欠かせない。レーザー照射部位の治癒が良好であることを確認し、必要に応じて追加照射や従来療法で補完する柔軟性も求められる。

安全管理と患者への説明

Er:YAGレーザーを安全に運用するためには、術者およびスタッフによるリスクマネジメントが不可欠である。まずレーザー使用時は、術者・アシスタント・患者全員が防護眼鏡を着用することが絶対条件となる。Er:YAGの2940nm波長に対応した特殊なアイシールドを用い、万一ビームや反射光が目に入るのを防ぐ。診療室入り口にもレーザー使用中であることを示す表示を出し、関係者以外が立ち入らない配慮が望ましい。また、照射部位以外の軟組織や隣在歯を保護する処置も重要だ。必要に応じて濡らしたガーゼや遮光シートで隣接組織を覆い、意図しない部位にレーザーが当たるリスクを低減する。特に金属修復物がある場合は、その表面をあらかじめ遮光テープで覆うなど反射対策を講じると安心である。

照射中は口腔内バキュームでエアロゾルを速やかに吸引する。Er:YAGレーザー照射では水蒸気の微小爆発により削片や蒸気が飛散するため、高性能吸引を近接させておけば術野がクリアに保たれるとともに、飛沫感染や匂い拡散のリスクも抑えられる。術者はレーザー発振のフットペダルを踏んでいる間のみビームが出ることを常に意識し、不要な照射をしないよう指のオフ動作も訓練しておく。また長時間連続で照射する際は、適宜休止して組織の過熱を避ける。水冷が止まっていないか確認することも習慣づけたい。近年ではレーザー装置側で温度上昇を検知し自動停止する安全機能を備えるものもあるが、最終的には術者の注意が頼りである。

患者への事前説明も安全管理の一環である。レーザー治療のメリットだけでなく、考え得るリスクや限界についても伝える必要がある。例えば「痛みが少ないよう最大限配慮するが、深い部分では多少痛みを感じれば麻酔追加も可能であること」「処置中にパチッという音や水しぶきが出るが驚かないでほしいこと」「万一治癒が遅れた場合や効果不十分な場合は従来の方法で補助することもある」などを丁寧に説明し、同意を得る。特に自由診療で行う場合は費用面の説明と同意も欠かせない。保険適用外である理由、費用に見合う効果と限界、そして患者が望まなければいつでも従来法に切り替えられる旨を明示し、患者の自主的選択を尊重する。患者の中には「レーザーは怖いのでは」と漠然と不安を抱く方もいるため、「当院では厚生労働省承認の安全な医療用レーザーを使用し、術者も講習を受けている」こと、「通常の治療では届かない細菌まで殺菌できる」ことなど安心材料と利点も合わせて伝えると良い。処置後には創部のケアや注意点(刺激物の回避、ブラッシング方法等)についても口頭および書面で指導し、少しでも不調があれば早めに受診するよう伝える。以上のような安全管理策と周到な説明・同意により、レーザー治療は初めての患者にも安心して提供できるであろう。

導入にかかる費用と収益性の考え方

Er:YAGレーザー導入の是非を検討するには、費用対効果の分析が避けて通れない。装置価格は前述の通り数百万円単位に及ぶため、中長期的な投資回収シナリオを描く必要がある。具体的には、購入費用に加えて維持費も考慮する。レーザー装置の寿命は一般的に10年前後とされるが、発振に用いるフラッシュランプやレーザー媒体の劣化により数年ごとに部品交換が必要になる場合がある。メーカー保守契約に加入すれば定期点検と消耗部品交換が含まれるが、その費用も毎年数十万円程度発生し得る。照射用チップも消耗品であり、ハードティッシュ用・ソフトティッシュ用など複数種類を用途に応じて使い分ける。チップは高価だが耐久性があり滅菌再使用可能なものが多いものの、割れや摩耗が起これば買い替えなければならない。こうした隠れたコストまで含め、少なくとも5〜7年で減価償却すると仮定した上で年間コストを算出することが肝心である。

一方、収益面のシミュレーションも必要だ。保険診療で算定できるレーザー加算は微々たるもの(数十点程度)であり、例えば齲蝕の無痛的削合を月に50件行っても40点×50=2,000点(約2万円)の増収にしかならない計算になる【算定上は患者一部負担分を除き医院収入はその7割程度】。歯周外科加算も同様に限定的である。従って、保険点数だけで装置代を回収することは困難なのが現実である。収益確保の柱となるのは自由診療での活用である。例えばレーザーを用いた無痛治療を自費メニューとして提供し、1歯あたり○○円(地域やケースに応じ数千〜数万円)を患者に負担いただく形にすれば、症例数次第でまとまった収入源となり得る。またレーザーを導入したこと自体が医院の差別化につながり、新規患者の増加や紹介患者の獲得といった間接的な収益効果も期待できる。近年はウェブサイトやSNSで「無痛治療」「レーザー治療」を掲げてアピールする医院も多く、患者側も最新機器による先進的な治療を求めて来院する傾向がある。そのため導入により自費率の向上や患者数増加が見込めるのであれば、長期的には装置代以上のリターンを生む可能性がある。

投資回収の目安としては、年間何件の自費レーザー処置を行えば良いか逆算すると分かりやすい。仮に本体+維持費で年間120万円のコストがかかる場合、10万円の処置を年12件、あるいは5万円の処置を年24件提供すればペイする計算になる。月2件程度の自費症例がコンスタントに見込めるのであれば収支は均衡する。逆に言えば、もし自院の患者層でレーザーを希望・許容するケースがそれ未満しかない場合、導入は慎重に検討すべきである。費用対効果の計算には、見えにくい価値も考慮したい。たとえばレーザー導入によって「痛みの少ない治療」という医院ブランドが確立すれば、リコール率向上や高額自費治療の成約率アップといった波及効果が出るかもしれない。短期的な点数の埋合せだけでなく、患者満足度向上による長期的収益もシミュレーションに入れることで、投資の妥当性を多面的に評価できる。

購入せずにレーザーを活用する選択肢

高額機器であるEr:YAGレーザーは、必ずしも自院で購入しなくとも活用する方法が皆無ではない。まず考えられるのは、症例ごとに専門施設へ紹介することである。例えば小児の重度う蝕でレーザー治療が望ましい場合に、Er:YAGレーザーを保有する近隣の歯科医院や大学病院に患者を紹介する方法である。紹介先で無痛治療を受けてもらい、その後の修復処置を自院で行う、といった連携を取ることも可能である。この場合、自院で設備投資をしなくても患者に最適な治療オプションを提供できるメリットがある。ただし紹介により患者が他院で継続診療となって戻ってこないリスクや、紹介先との調整の手間もあるため、信頼できる連携先を選ぶことと症例選択が重要になる。

次に共同利用やレンタルという選択肢も検討できる。複数の歯科医院が共同で出資し機器をシェアするケースは稀だが、地域の医療モール内で開業医数名が共用する例や、歯科医師会やスタディーグループで機器を貸与し合う取り組みが皆無ではない。具体的には、ある医院がレーザーを導入し周囲の歯科医に時間貸しする、あるいは出張専門医が機器持参で処置を行うサービスなどが考えられる。このような形であれば、一院当たりの負担を減らしつつ患者ニーズに応えられる。ただし実際には搬送の煩雑さやスケジュール調整の難しさから簡単ではなく、貸し借り中の機器故障リスクの責任など課題も多い。最近ではレーザーメーカー自体が短期デモ貸出やリース販売を行っているため、購入前提でなく一定期間レンタル契約する方法もある。リースなら初期費用を平準化でき、契約期間中だけ使用して効果を見極めることができる。将来的に新型機種への入れ替えもしやすいという利点がある反面、最終的な総支払額は購入より割高になる場合が多い点には注意が必要である。

最も保守的な選択は現状の機器で代替することである。例えば浅い虫歯であれば無麻酔での手用エキスカベーターやヒールエキスカで対応し、小児患者には笑気麻酔や鎮静法を活用することで痛みの少ない治療を提供する、といった工夫である。歯周ポケットの消毒も、化学的洗口剤や光殺菌(PDT)など他の手法で代用可能な場合もある。Er:YAGレーザーでなければ絶対に対応できない症例は限られており、現有リソースの範囲で創意工夫することも一つの経営判断であろう。もちろんその場合でも患者への説明で「最新レーザーによる無痛治療」は提供できないため、症例によってはやはり専門医紹介が必要となる。総じて、購入しない選択肢を取る場合は他院連携や代替手段を充実させ、自院患者にとって最善の治療機会を確保する努力が求められる。

導入で陥りがちな失敗とその回避策

高価な医療機器の導入には慎重な計画が必要だが、Er:YAGレーザーに関してもしばしば聞かれる失敗例が存在する。その一つは「宝の持ち腐れ」である。院長が先進機器を導入したものの、現場の歯科医師やスタッフが恐る恐るしか使えず結局ほとんど出番がない、というケースだ。新しいレーザーは従来と勝手が違うため、十分なトレーニングを積まないと効果を発揮できない。回避策として、購入前からメーカーや有志の講習会で実習を重ね、導入後も積極的に症例に適用して使用経験を積む計画を立てることが重要だ。最初は小さな齲蝕や簡単な歯肉切除など成功率の高い処置から始め、自信と症例実績を蓄積していくと良い。またスタッフの理解不足も失敗要因となる。アシスタントがレーザー補助の仕方を知らない、患者への案内ができない、といった状況では宝の持ち腐れになりかねない。対策として、スタッフミーティングでレーザーの仕組みとメリット・注意点を共有し、院内マニュアルを作成してチーム全体で活用体制を整えることが求められる。

別の失敗例は「適応の誤り」である。レーザーがあるからと無理に全ての虫歯をレーザーで削ろうとして、治療時間が長引き患者も術者も疲弊してしまったという声も聞かれる。深い齲蝕や大きな充填物の除去など不向きな症例では、素直にドリル等に切り替える柔軟性が必要である。適応を見極め、レーザーと従来法の使い分けルールを自分なりに確立しておくと良い。さらに「費用回収に焦る」のもありがちな落とし穴だ。高額投資を回収しようと焦るあまり、患者に不要なレーザー処置を勧めすぎると却って信頼を損ねる恐れがある。あくまで患者利益を最優先に考え、必要な場合に提案するスタンスを崩さないことが長期的には装置の稼働率向上にもつながる。導入初期にはプロモーションとして低価格で施術したりモニター募集するなど、無理のない範囲で症例数を増やす工夫は有効だが、乱用は禁物である。

最後に「過大な期待と失望」も注意したい。レーザーさえ買えば劇的に診療レベルが上がる、患者が殺到する、といった過大な期待を抱いて導入すると、思ったほど効果が感じられず失望することがある。Er:YAGレーザーは確かに優れたツールだが魔法の杖ではない。回避策として、導入目的を「○○の処置を改善するため」「患者満足度を高めるため」など具体的に定め、その効果を測定可能なKPIで追うようにする。例えばレーザー使用症例の患者アンケートで満足度を可視化したり、麻酔未使用率や処置時間の推移を記録すると、成功度合いを客観評価できる。導入後もうまく使いこなせているかレビューし、必要なら他院の成功例を参考にプロトコルを改良するなど、継続的な改善姿勢が大切である。

導入判断のロードマップ

Er:YAGレーザー導入の可否を検討するプロセスを、段階的なロードマップとして示す。まず第1段階は自院のニーズ分析である。現在抱えている患者層・症例を見渡し、「痛みに敏感な患者が多いか」「高度な歯周治療やインプラント周囲疾患のケースがどれくらいあるか」「他院との差別化が求められているか」といった視点で、レーザーが解決策となり得る課題の有無を洗い出す。加えて患者から「レーザー治療はできますか?」と問い合わせを受けた経験があるかなど、市場ニーズも判断材料にする。

第2段階は収支シミュレーションである。前述のように導入コストと想定症例数から投資回収年数を試算する。5年で回収したいなら年間何件の自費処置が必要か、保険加算はいくら見込めるか、導入による増患でどれほど売上が伸びそうか——こうした数字を具体的に弾き、経営的にペイするラインを見極める。ここで将来の診療報酬改定や機器の陳腐化リスクも踏まえ、保守的な計画を立てておくと安全である。

第3段階は機器とサービスの比較検討である。国内で販売されているEr:YAGレーザーには複数のメーカー・機種があるため、自院の用途に合ったものを選ぶ必要がある。代表的な製品として、モリタ社の「アーウィン アドベール」シリーズ、スロベニアFotona社の「ライトウォーカー」、KaVo社の「キーレーザー」などが挙げられる。それぞれ出力特性や使い勝手が異なるため、メーカー提供資料を取り寄せスペックや価格、保証内容を比較する。可能であれば実機デモンストレーションを受け、操作感や切削能力を実際に確かめることを強く推奨する。加えて、購入形態(リース可否や分割払い)、保守契約内容(定期点検や代替機サービスの有無)も重要な比較ポイントである。

第4段階は院内体制の準備である。導入を決めたら、装置設置場所の確保や電源容量の確認、スタッフへの事前教育など実務面を詰める。Er:YAGレーザーは一般的な家庭用電源(100V)で動作するが、瞬間最大出力が大きいため安定した電源確保が望ましい。また装置はフットプリントが小さいとはいえカート型で存在感があるため、診療ユニット周りに十分なスペースを用意し動線を整理する。レーザー安全管理責任者を誰にするか、防護具や注意表示をどう備えるかも決めておく。患者への案内資料や同意書フォームも事前に用意し、受付や衛生士にも説明ポイントを共有しておくとスムーズである。必要であれば開業医仲間や先行導入医院に意見を聞くのも有益だ。

以上のステップを踏んだ上で、最終判断を下す。導入と見送る場合いずれにせよ、その判断プロセスをチームで共有し納得感を持つことが大切である。導入を決めたなら、いつから本格稼働させるかスケジュールを引き、〇年後にこれだけの成果を上げるという目標を掲げて取り組もう。見送る場合も、数年後に再検討するための市場動向モニタリングや資金準備を続けるなど、将来に向けた布石を残しておくとよい。

出典

  1. モリタ デンタルプラザ 学術情報:「硬組織疾患におけるEr:YAGレーザーの有用性」デンタルマガジン No.172(2022年)
  2. 渋谷区恵比寿 シロンドンタルオフィス:「歯科でのレーザー治療とは?特に虫歯治療に適応できる唯一の機器『エルビウムヤグレーザー』について超詳しく解説します」(2025年)
  3. 東京医科歯科大学 先端歯科診療センター Webサイト:「レーザー治療」(2023年)
  4. 厚生労働省告示等:歯科診療報酬点数表(2022・2024年改定)および日本歯周病学会・日本レーザー歯学会「レーザーによる歯石除去に関する指針」(2010年)