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トクヤマの歯科用セメント「エステセム」の評判は?添付文書や使い方を解説

トクヤマの歯科用セメント「エステセム」の評判は?添付文書や使い方を解説

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はじめに【接着操作の悩みに応えるヒント】

う蝕の治療後にセットした補綴物が、予期せず脱離して患者から連絡が入った経験はないだろうか。再装着のために急患対応し、診療スケジュールが乱れる事態は経営面でも頭が痛い。また、セメント除去に手こずり次の患者をお待たせしたり、マージン部に残った微小なセメント片が後日に歯肉炎を招いたりすることもある。こうした接着操作にまつわる悩みは、日々臨床に携わる歯科医師なら誰もが一度は直面する課題である。

本稿では、トクヤマデンタルの歯科用接着性レジンセメント「エステセムII」に焦点を当て、その臨床的価値と医院経営への影響を多角的に検証する。臨床現場で培われた知見と公開情報をもとに、エステセムIIの特徴や使い方、評判を客観的に分析し、読者が自身の診療スタイルに適した製品選択を行う一助としたい。

製品概要【エステセムIIとは何か】

エステセムIIは、トクヤマデンタル社の歯科接着用レジンセメントである。正式には「エステセムII〈ボンドマー ライトレスII セット〉」と称し、補綴物の恒久接着に用いるデュアルキュア(二重硬化)型のレジン系セメントに分類される。日本において本製品は管理医療機器(クラスII)に区分され、医療機器認証番号は228AFBZX00129000である。想定適応は幅広く、グラスセラミックスやジルコニアなどのセラミック冠、金属冠やブリッジ、CAD/CAMレジン冠、インレー・オンレー、ベニヤ、ファイバーポストやメタルコアの接着まで網羅している。一方、仮着や一時的接着には不向きであり、あくまで最終補綴物の長期装着向けに設計された材料である。なお初代エステセム(エステセムI)から改良された現行バージョンが本稿で扱うエステセムIIであり、後述の専用プライマーや操作性の向上が図られている。

エステセムIIのセット内容には、接着促進用のボンドマー ライトレスII(A液・B液の2液性プライマー)と、ペーストA・Bの2ペースト型セメントが含まれる。販売形態はオートミックス(自動練和)セットとハンドミックス(手練和)セットの2種類があり、どちらもペーストA/B各2.3mL(約4.7g)ずつとボンドマーライトレスII A液3mL・B液2.4mLを同梱する。希望小売価格はいずれのセットも税込約22,550円(税抜20,500円)前後に設定されている。エステセムIIは一般的名称として「歯科接着用セメント」と届け出られており、歯科医師が保険診療・自費診療を問わず使用できるレジン系接着材料である。

主要スペックと臨床的意義

エステセムIIの主要スペックを紐解くことで、本製品が臨床現場にもたらすメリットを理解できる。まずペースト部には重量比74%もの無機フィラーが含有されており、充填率の高さが機械的強度の向上とX線不透過性の確保につながっている。強度が高いことは補綴物の支台固定力や耐久性に直結し、特に咬合力の大きな大臼歯部ブリッジなどでも安心感がある。レントゲン撮影で残留セメントを視認しやすい点も、術後管理の上で望ましい特性である。

操作時間に関するスペックも特筆すべきだ。ペースト練和後のワーキングタイム(操作余裕時間)は約60秒であり、一般的なデュアルキュアレジンセメントと同程度かやや長めの設定になっている。単冠の装着であれば1分あれば十分操作できるが、複数歯同時の場合はあらかじめ段取りを整えて迅速に適用することが求められる。エステセムIIは半硬化状態(ゲル状態)を約2分30秒間維持するという特徴があり、複数ユニットの症例でも慌てずに余剰セメントの圧排・除去が行いやすい。具体的には、補綴物を装着後に外側からわずか数秒の仮光照射を行うことで余剰セメントを一塊にギャザーさせ、その状態が約2分半持続するため、その間にスケーラーなどで一括除去できるのである。この「3秒タックキュアで簡便除去」という操作性は、辺縁部の清掃に費やす時間短縮と、除去し損ねによる歯肉炎リスクの軽減に寄与するだろう。

硬化様式はデュアルキュア(光・自己重合併用)である。補綴物が透明な場合は積極的に光照射することで早期に最終硬化を完了させることが推奨されている。一方、金属冠や不透明な厚いセラミックでは光が届かないが、エステセムIIは化学重合のみでも安定した接着強さを発揮するよう設計されている。このため臼歯部のメタルボンドやCAD/CAM冠など、口腔内光照射が困難な状況でも確実な硬化・接着が期待できる。ただし自己重合が極めて速い点には注意が必要である。後述するように本製品のプライマーには高活性の重合開始剤が含まれており、セメントが歯面や補綴物内面のプライマーと接触した瞬間から硬化反応が始まる。言い換えれば、補綴物のセットポジションに迷っている暇はなく、一度適合させたら確実に押さえ込む集中力が求められる仕様である。これは優れた初期接着力の裏返しでもあるが、操作に習熟するまでは慎重さが必要なポイントであろう。

最後に色調バリエーションであるが、エステセムIIは下記の4色がラインナップされている。標準色のユニバーサルは象牙質にも近いナチュラルな色味で大半の症例で使用可能だ。ブラウンは濃い象牙質色で、硬質レジンインレーやメタルボンドなど下地が透けにくい補綴物で裏打ちとして用いると馴染みやすい。クリアは無色透明に近く、べニアや薄いセラミックの色調をそのまま活かしたい場合に適する。ホワイトオペークは高い遮蔽性を持つ白色系で、変色歯をマスキングしたいケースや、変色したレジンコア上にオールセラミックを装着する際などに有効である。色調選択肢が複数あることで審美症例にも柔軟に対応でき、微調整のためにステインを併用するといった手間を減らすことも期待できる。

接続性・互換性と運用上のポイント

エステセムIIは専用プライマーとセットで用いるシステム製品であり、他社製プライマーや単独使用での性能保証はされていない。基本的な使用手順としては、支台歯および補綴物内面の双方にボンドマー ライトレスIIのA液・B液を混合塗布し(エナメル質や象牙質、金属、セラミックいずれも同一手順)、軽くエアブローした後、ペーストA/Bを混和したセメントを適用して装着する流れである。Bondmer Lightless IIは材質を問わず機能するマルチユースプライマーであり、従来必要であった金属用プライマーやセラミック用シランカップリング材を追加することなく接着前処理を完結できる点がメリットである。例えばジルコニアや金属にはリン酸エステル系モノマーが、ガラス系セラミックにはシラン類似成分が作用し、それぞれ安定した接着強さを発現するとされる。メーカーは「被着体を選ばず強固に接着」と謳っており、実際CAD/CAMハイブリッドレジン冠からジルコニアクラウン、貴金属や非貴金属合金まで広範な素材への接着が可能である。注意点として、補綴物内面の機械的処理は省略すべきでない。レジンセメントであっても表面処理なく接着力を発揮するわけではないため、特に金属やジルコニアではサンドブラスト処理、ガラス系セラミックではフッ酸エッチング処理を事前に行い、清掃・乾燥させた上でボンドマーを塗布することが望ましい。下準備を丁寧に行うことで本製品のポテンシャルを最大限引き出すことができる。

運用面では、オートミックス式かハンドミックス式かで手順が若干異なる。オートミックスタイプでは専用のダブルシリンジから混和チップを介してペーストA/Bが自動計量・混合されて直接吐出される。長所は混ぜムラや気泡混入が少なく、練和の手間がかからない点である。一方で毎回チップ先端に混和済みセメントがある程度残置し無駄が出るため、コスト効率はやや低下する。実際、本製品の試用例では1回の適用に要するセメント量は約0.07gとされ、ペースト合計9.4gの内容量から換算すると1セットあたりおよそ140症例分に相当する。しかし付属の混和チップは標準で20本程度しかなく、使い切るには追加購入が必要になる。混和チップ自体の価格や廃棄ロスも踏まえると、オートミックスは「時短・確実性」と引き換えに若干のコスト増を許容する運用法といえるだろう。

一方のハンドミックスタイプでは、付属の練和紙上でペーストAとBを等量取り出し、専用スパチュラで混和する。この方式ではチップの浪費がなく、必要最小限の量だけ調整できるためコストパフォーマンスが高い。実際、オートミックスと比較してペーストの無駄が少ない分、材料費を抑えたい保険診療中心の医院ではハンドミックスを選ぶ価値がある。ただし手練和は気泡が混入しやすいリスクや、練和に数十秒を要する煩雑さがあるため、混ぜ方に習熟したスタッフの協力やタイミング管理が重要だ。いずれの方式でもペーストA/Bの混合比は1:1に設計されており、練和不良を防ぐため気温が低い時期は室温に戻してから練る、有効期限内のペーストを使う、直射日光やユニットライトが当たらない位置で練和・適用する(周囲光で硬化が進まないように)といった配慮が必要である。

院内運用の他のポイントとして、ボンドマー ライトレスIIは2液混合型ゆえに使い残しの管理に注意したい。混和皿上で少量ずつ都度混ぜる形になるが、揮発性溶媒を含むため開封後は容器の蓋をしっかり締め、冷暗所で保管することが推奨される。直射日光の当たる診療台上に放置して劣化させては性能が発揮できない。また本製品は添付文書上、「重合開始剤などの成分に対するアレルギーの既往がある患者には使用しない」旨の注意が記載されている。モノマー系材料全般に言えることだが、稀にアレルギーが報告されるため、患者に異常が見られた場合は使用中止を判断する必要がある。以上のように適切な保管・取扱いと基本に忠実な前処理を行えば、エステセムIIの有する高い接着性能を安定して引き出すことができるだろう。

【導入による経営インパクト】コストと利益への視座

歯科材料の導入検討に際しては、単なる性能評価だけでなく経営的な採算性も見極める必要がある。エステセムIIは1セットあたり約20,000円強の費用がかかる中価格帯のレジンセメントである。一見するとグラスアイオノマーセメント等の伝統的な接着剤に比べて材料費は高めだが、1症例あたりに換算すれば約150円程度(オートミックス使用で混和チップ費用等を含めても数百円)に過ぎない。例えば、保険診療で金属冠を装着する場合、診療報酬点数に含まれるセメント代はごくわずかであり、院内コストとしては自費負担となる。しかし150円というコスト差は、再装着に伴う無償再治療や患者離反リスクを考慮すれば十分許容範囲ではないだろうか。特に近年保険導入が進んだCAD/CAM冠では、接着力不足による脱離が問題視されており、従来型セメントでは再装着が頻発するケースも報告されている。その点、レジン系のエステセムIIを用いることで脱離率低下が期待でき、将来的な再治療コストの削減につながる可能性が高い。経営面では「安価な材料でコスト削減」を重視しがちだが、治療予後まで含めた長期的な投資対効果(ROI)を考えれば、信頼性向上による無償補綴の減少や患者満足度向上によるリピーター増加といった隠れた利益を生む点に注目すべきである。

またチェアタイム短縮による経済効果も見逃せない。エステセムIIは余剰セメント除去が簡便であるため、術後の仕上げ時間を短縮できる。仮に1症例あたり3分の時短が叶えば、1日に数症例の補綴装着を行う医院では月間数十分〜数時間の診療時間を捻出できる計算になる。その時間で追加の患者対応や他の処置に充てられれば、売上機会の創出や残業コスト削減につながる。特に人件費の高騰する現在、効率化による利益率向上は軽視できない要素である。材料費の数十円・数百円を惜しんで長い目で見た利益を逃すのは、本末転倒ともいえるだろう。

さらに、自費診療においては付加価値提供による収益拡大が期待できる。例えばオールセラミッククラウンやラミネートベニアといった高額治療では、エステセムIIのような高性能セメントを使用することで審美性と耐久性を両立できる旨を患者に説明できる。医療広告ガイドライン上、「最高品質」「絶対に外れない」といった誇張はできないが、「適切な材料選択により長持ちする治療を目指す」というポリシーを伝えることで患者の安心感は高まるだろう。その結果、多少費用がかさんでも良い治療を受けたいという層の取り込みや、治療後の満足度向上による紹介患者の増加といった波及効果も見込まれる。総じて、本製品の導入は短期的なコスト増という側面ばかりに目を向けず、長期的な利益最大化の戦略として捉えることが重要である。医院の治療コンセプトに合致するならば、エステセムIIへの投資は十分リターンをもたらす可能性が高い。

【使いこなしのポイント】臨床応用での工夫

エステセムIIを初めて導入する際には、その特徴を踏まえた術式上のコツを押さえておくと良い。まず術前準備として、補綴物内面の前処理を確実に行うことが肝要である。メーカーが「追加プライマー不要」と謳っているからといってサンドブラストやエッチングを省略すれば、十分な接着力は得られない。特にジルコニアや金属にはアルミナ粒子でのサンドブラスト(推奨圧力0.1〜0.2MPa程度)が効果的で、グラスセラミックにはHFエッチング(濃度と時間は材料に準拠)後に水洗・乾燥を行う。これらの処理で表面積を増やし清浄化した上でボンドマーライトレスIIを塗布することで、化学的接着と機械的固着の相乗効果を得ることができる。術者自身が前処理を行う場合はもちろん、技工所に依頼する場合も具体的な処理内容を指示し、怠りなく準備することが望ましい。

次に接着操作の段取りだが、エステセムIIは前述のように作業時間が限られるため、段取り八分の心構えで臨むべきだ。ボンドマーライトレスIIは歯面・補綴物面とも塗布後すぐにエアブローし、光照射は不要でそのまま装着に移れる。ペースト調合〜塗布〜装着という一連の流れをスムーズに行うため、あらかじめ補綴物の試適確認や咬合調整、隣接面の清掃を済ませ、補綴物の把持具や押さえ込む綿巻き器具を手元に用意しておくとよい。可能であればラバーダムやオーラルガードを装着し、唾液や水分を極力遮断した環境を整える。難しい場合もロールワッテや吸唾器で術野を乾燥維持し、装着開始から少なくとも3分程度は絶対に湿らせないようスタッフと連携する。ボンドマーライトレスIIは自己重合型ゆえに歯質への浸透・定着に一定の時間を要するため、塗布後すぐにセメントを盛り付けても問題ないが、念のため10〜15秒程度は静置すると歯面になじみやすい(特にエナメル質への浸透向上のため、必要に応じてエナメル質のみ事前エッチングする選択もある)。ペースト適用後は迷わず一気に補綴物を所定位置にセットし、確実に押さえて余剰除去の段階へ移行する。

余剰セメントの除去はエステセムIIの利点を活かす場面である。装着直後に即座に拭い取ろうとするとペースト状で糸を引き逆に汚す恐れがあるため、半硬化を待って一括除去が鉄則である。目安として室温下で約2〜3分放置、もしくは光照射できる部位であれば各面2秒程度の短時間光照射(タックキュア)を行うことでゲル状に硬化する。そうするとフロスや探針で引っ掛ければ境界から一塊に剥離し、歯肉縁下にもまとわりつきにくい。特にラミネートベニアなど歯肉縁下にセメントが入り込みがちな症例では、この半硬化除去テクニックが術後トラブルを防ぐ重要なポイントとなる。完全硬化までのタイミング管理に慣れるまでは、仮硬化時間を計れるタイマーを用意すると良いだろう。なお、残留セメントは術後の歯肉炎や二次う蝕の温床になり得るため、X線透過像で確認するなど念入りなチェックを習慣づけたい。エステセムIIはフィラー充填率が高くX線造影性に優れるため、術後の確認作業にも適している。

院内教育の面では、初期導入時にスタッフへの周知徹底が必要だ。とりわけボンドマーライトレスIIは2液混和型である点、ペーストも2剤同量混合型である点を理解してもらい、誤った使い方(例えば一方の液しか塗らない、ペーストA/Bを十分混ぜない等)のないようにする。メーカー提供の操作ステップ動画や実習用キットがあれば積極的に活用し、歯科医師のみならず歯科衛生士・アシスタントも含めてトレーニングしておくと現場でのミスが防げるだろう。また、練和紙やスパチュラの使い捨て・消毒、混和チップ廃棄など感染対策上の流れも整備する。接着操作中は複数人で患者と術野を管理する必要があるため、それぞれの役割分担(タイマー監視、余剰除去のタイミング指示、バキューム保持など)をあらかじめ決めておくことも有用である。

最後に患者説明でのポイントだが、本製品のような高性能セメントを使うこと自体は患者に直接アピールする部分ではない。しかし、「接着技術の進歩により補綴物の長期安定性が向上している」ことや「より歯に優しい接着システムを採用している」ことを、カウンセリング時にさりげなく伝えるのも一つの手だ。患者は専門的な材料名までは理解できなくとも、最新の材料を使って丁寧に治療してもらえると知れば安心感を得るものである。ただし薬機法上、具体的製品名や効果をうたう宣伝はできないため、「こうした材料にもこだわって治療しています」といった程度の説明に留め、信頼醸成の材料とするとよいだろう。

適応症と使用に適さないケース

エステセムIIは、その汎用性の高さから多くの補綴症例に適応可能である。具体的には、グラスセラミックスやジルコニアクラウン、メタルボンド冠、ハイブリッドレジン冠、レジンインレー・アンレー、各種ブリッジ、ラミネートベニアといった永久接着が求められる修復物に幅広く用いることができる。またファイバーポストや金属ポストの根管内固定、レジンコアの築造、接着ブリッジのポンティック接着、さらにはPFMクラウンの陶材部破損時の修復(レジンによる修理)にも使用できる。言い換えれば、ほとんどあらゆる間接修復に対応しうるユニバーサルな接着システムと位置づけられる。とりわけ近年一般歯科で増加傾向にあるCAD/CAMレジン冠(保険適用の樹脂冠)やジルコニアインレーへの接着では、本製品の安定した接着力が心強い味方となるだろう。実際、従来セメントでは脱離が問題になりがちなCAD/CAM冠に対し、エステセムIIは保険診療内でできる脱離対策として注目されている。エナメルや象牙質との接着強さのみならず、補綴物側の材質を選ばない点で、症例を問わず一貫した接着プロトコルを組めるメリットは大きい。院内に複数種類のセメントを在庫し使い分ける手間を省けるため、チェアサイドのオペレーションもシンプルになる。実際ユーザーからも「材質ごとにプライマーを塗り分ける煩わしさがなく在庫管理が楽になった」との声がある。複雑になりがちな接着操作を統一できるのは、臨床の効率とスタッフ教育の面でも大きな強みと言える。

一方で使用に適さないケースもいくつか考えられる。まず仮着や暫間固定には本製品を用いるべきではない。接着力が強固で除去困難なため、仮蓋や一時的な補綴物には専用の仮着用セメントを使用する必要がある。例えばインプラント上部構造を将来的に撤去する可能性がある場合、エステセムIIで接着してしまうと容易には外せず、最悪切断除去せざるを得なくなる。インプラント補綴においてはスクリューリテインが原則だが、どうしてもセメント固定とする場合でも、後日のリトリーブを考慮するなら本製品のような恒久セメントは避け、弱い仮着セメントで対応するのが現実的である。次に極端に保持形態の不良な支台歯にも注意が必要だ。エステセムIIは接着力に優れるとはいえ、ほぼ平面に近い支台や短すぎる支台ではそもそも荷重に耐えきれない可能性がある。そのようなケースでは形態修正や補強策を講じた上で用いるか、場合によっては接着ブリッジなど別手段を検討すべきだろう。

また患者要因として、全身状態の悪い患者や高齢者で長時間の隔壁や防湿確保が難しい場合には、本格的な接着操作自体が適さないこともある。唾液や出血で術野を十分乾燥できない環境では、どんなレジンセメントも真価を発揮できず失敗リスクが高まる。こうした場合には、一時的に劣る材料でも操作簡便な手法(たとえば水硬性セメントでスピード装着)を選ぶ方が患者負担を減らせることもあり得る。エステセムIIはあくまで適切な前処理と防湿管理が行える状況で威力を発揮する製品であり、その前提が満たせない状況下では無理に使わない判断も必要である。さらに専門的な点ではあるが、光学的特性の観点で高度な審美修復にこだわるケースでは注意したい。エステセムIIのクリア色は高い透明度を持つものの、完全に無色透明ではなくわずかに黄色味があるため、例えば変色歯に対する超薄いベニヤなどでは他社の専用ベニヤ用セメント(光重合専用で完全クリアなもの)の方が有利な場合もある。ただし通常のベニヤであればクリア色で問題なく対応可能であり、審美面でも大きな支障はない。総じて、本製品は広範な症例に適応できる反面、仮着や一時固定、撤去前提のケースには用いない、防湿困難な場合は慎重に判断するといった点を押さえておけば、概ね安全かつ有用に活用できるだろう。

【導入判断の指針】医院のタイプ別に考える

エステセムIIが自院にマッチするかどうかは、診療方針や患者層によっても異なる。以下に、いくつかのタイプ別に導入判断の視点を整理する。

保険中心で効率重視の医院の場合

日常的に保険診療主体で多数の患者をこなしている医院では、コスト管理と診療効率が最優先となる。この場合、エステセムII導入による材料費アップは懸念材料かもしれない。しかし前述の通り1本あたり数十円〜数百円の差でしかなく、そのコストで得られる脱離リスクの低減や処置時間の短縮は決して小さくない。特にCAD/CAM冠やハイブリッドレジンインレーなど、保険で増えつつある新素材は従来型セメントとの相性が悪く脱離が頻発しがちであるため、そうした再装着の手間を減らすこと自体が経営改善につながる。効率重視の医院こそ、「安物買いの銭失い」にならぬよう長期視点で材料選択することが重要である。一方で、保険の範囲内で収める必要がある治療では高価な材料の使用コストを内部で吸収せねばならない。メタルインレー程度ならグラスアイオノマー系でも十分なケースも多く、何もかも高級材料で固める必要はないだろう。保持形態の良好な金属修復など低リスク症例では安価なセメント、高リスク症例ではエステセムIIと使い分ける柔軟さも求められる。総じて患者回転率とコスト意識が高い医院にとって、エステセムIIは「トラブルを未然に防ぐ保険」的な役割として、リスク管理の一環で導入を検討する価値がある。

自費の審美修復に注力する医院の場合

自費診療で高品質な審美補綴を提供している医院にとって、材料選択はクオリティの生命線である。このタイプの医院では、エステセムIIの持つ審美的・機能的メリットが大いに活かされるだろう。まず色調バリエーションが4色あり微調整が利く点、これはラミネートベニアやオールセラミッククラウンでシビアな色合わせを要求される際に強みとなる。クリアやホワイトオペークの活用で下地の影響をコントロールし、術者の審美設計を忠実に再現できるからである。また長期耐久性や辺縁封鎖性の高さは、高額治療に対する保証期間内のトラブル低減につながる。もし接着不良で高価な補綴物が外れる事態になれば、無償再治療のコストのみならずブランドイメージの低下も招きかねない。その点、本製品の安定した接着力は術者と患者双方に安心感をもたらす。さらに、最新材料を積極的に採用していること自体が医院の付加価値と言える。患者は詳細までは知らずとも、「ここでは良い接着剤でしっかり付けてくれるらしい」という噂や口コミが広まれば、審美補綴を希望する新規患者の来院動機になることもあるだろう。費用面でも、自費診療では材料費は治療費用に充分転嫁できるため収益圧迫にはならない。むしろ1症例あたり数百円の投資で何十万円もの治療成果を支える重要な役割を果たすことから考えれば、エステセムII導入は十分合理的である。よって審美治療に注力する医院において、本製品は品質志向のコンセプトにマッチした選択肢となる。

インプラント・口腔外科主体の医院の場合

インプラントや外科処置を中心に行う医院では、補綴に関する考え方がやや特殊になる。インプラント上部構造は可能な限りスクリュー固定が望ましく、やむを得ずセメント固定とする場合も、後日のメインテナンスで除去できるよう弱い仮着セメントを使うのが一般的である。そのため、このタイプの医院では恒久接着型のエステセムIIをインプラント症例に使う場面は限られるかもしれない。しかしながら、全ての症例がインプラントというわけではなく、通常の保存修復や補綴も併行して行うことが多いはずだ。例えば難易度の高い支台築造(大きなポストやコアの装着)やブリッジの端橋など、外科的知識のある術者ほど補綴物の長期安定にシビアである。骨造成まで手掛けたインプラント症例の隣在歯が二次カリエスで被せ物脱離…という事態は避けたいだろう。そうした観点から、インプラント専門医であってもレジンセメントの強力な接着による予後安定は無視できないメリットである。また口腔外科系の先生方は手技にスピードと正確さを求める傾向があり、接着操作でも段取り良く短時間で終えたいはずだ。エステセムIIの半硬化一括除去の操作性は、まさに忙しい外科中心の診療スタイルにもマッチする。総じてインプラント・外科系の医院では、インプラント補綴自体には慎重な判断が必要だが、補綴全般の質と効率を上げるツールとして本製品を導入する価値がある。ただし、インプラント周囲炎や口腔清掃状態などで補綴物撤去が想定されるケースには使用しないといったルールを決め、ケースバイケースで運用する知恵も必要だろう。

よくある質問(FAQ)

Q1. エステセムIIは初代エステセムと何が変わったのか?

A. 初代エステセム(エステセムI)からエステセムIIへの主な変更点は、プライマーとペースト性能の強化である。エステセムIIではボンドマー ライトレスIIという新しい2液型プライマーが導入され、前処理が簡略化された。従来は金属用・セラミック用と材質別に異なる処理剤を使い分ける必要があったが、エステセムIIでは一本化され迷いが減った。またプライマーを光重合するステップが不要となり、操作時間が約20秒短縮されたとの報告もある。ペースト自体も垂れにくく改良され、余剰セメントを一括除去しやすい半硬化維持時間(約2分半)の確保など操作性が向上している。フィラー充填率も初代より高められ(74wt%)、強度やレントゲン造影性が増している。総じてエステセムIIは、初代の弱点であった扱いづらさを改善し、よりユニバーサルでユーザーフレンドリーなレジンセメントへと進化したと言える。なお初代用のボンドマーライトレス(I)はエステセムIIにも使用できるが、性能を十分発揮するにはIIセットを併用することが望ましい。

Q2. エステセムIIのセメントだけを使って、他社のボンディング材と組み合わせてもよいか?

A. 基本的には推奨されない。他社製のボンディング剤(いわゆる単剤系の第8世代ボンドなど)を用いる場合、そのボンドが自己重合モードに対応していなければ金属冠など光の届かない環境で完全硬化しないリスクがある。エステセムII付属のボンドマーライトレスIIは、化学重合型の重合開始剤を含みエステセムIIペーストと相互作用するよう設計されている。異なる組み合わせではメーカー保証外となり、接着不良や硬化不全が生じても責任は負えない。どうしても既存のボンディングを使いたい場合、その製品の取扱説明書を確認し、デュアルキュアレジンセメントに対応しているか(必要なら化学重合用アクチベーターを併用するか)検討する必要がある。安全策としては、エステセムIIは付属のプライマーとセットで使うことが最も確実である。メーカーもそれを前提に性能評価を行っているため、接着システムを混用しない方がよいだろう。

Q3. エステセムIIで装着した補綴物の長期予後にエビデンスはあるか?

A. エステセムII自体の長期臨床データ(例えば10年以上の追跡研究)は、2025年時点では公表されていないようだ。発売からまだ数年程度であるため、今後学会発表等で報告される可能性がある。とはいえ、本製品はレジンセメントとして確立された化学体系(フォスフェートモノマーやシラン処理など)を用いており、同種の先行製品に照らせば耐久性は十分期待できる。実際、類似コンセプトの他社製レジンセメントでは5〜10年スパンで優れた補綴物維持率が報告されている。重要なのは材料自体の性能よりも術者の扱い方であり、防湿不良や前処理不足があればどんなレジンセメントでも脱離・辺縁漏洩を起こし得る。裏を返せば、適切に使用すれば長期安定は十分可能である。メーカーも社内試験として熱サイクル負荷後の接着強度データなどを公開しており、光が届かない状況でも高い接着力を維持する結果が示されている。従って現時点で公的エビデンスは限定的ながら、理論的裏付けと近似製品の実績から長期予後は良好と推測される。今後発表されるであろう臨床研究にも注視したい。

Q4. インプラントの上部構造にもエステセムIIを使って大丈夫か?

A. 基本的には、将来的な撤去の可能性があるインプラント上部構造への使用は慎重に判断すべきである。エステセムIIで装着すると非常に強固に固定されるため、必要があっても容易には外せなくなる。メインテナンス時に無理に外そうとすれば、最悪の場合は上部構造を破壊したりインプラント自体にダメージを与えかねない。したがって、一般的にはインプラント冠はスクリュー固定とし、セメント固定しか選択肢がない場合でも弱い仮着用セメントで装着する方が無難である。ただし、ブリッジタイプでスクリュー固定が難しく、かつ将来的な撤去リスクが低い症例(例えば全顎インプラントの最終補綴など)では、エステセムIIでしっかり装着してしまう選択もあり得る。その際は、万一除去が必要になった時は破壊撤去前提になることを患者と共有しておくべきだ。要するに、インプラントには原則使わないが、使うなら後戻りできない覚悟で臨むというスタンスである。なお、ティッシュコンディショニング目的の暫間インプラント補綴(ヒーリングデンチャーなど)にはもちろん不向きなので注意されたい。

Q5. 余剰セメントが硬化して歯肉縁下に残った場合、どう対処すればよいか?

A. まず予防的には、上述したように半硬化状態で一括除去する手技を徹底することで、縁下残留を極力減らすことができる。しかしそれでも見えないポケット内に微小なセメント片が残ってしまう場合がある。その際は、術後のX線写真で確認し、疑わしい部位はデンタルフロスや探針、超音波スケーラーなどで追加除去を試みる。エステセムIIは硬化後は非常に硬く強固であるため、無理に除去しようとすると歯肉を傷つけてしまう恐れもある。術後早期(数日以内)であればセメント自体が完全硬化しきっておらず多少脆い可能性があるため、発見次第できるだけ早く対応するのが望ましい。もし歯肉縁下深くに取り残して炎症を起こしている場合は、局所麻酔下でフラップを開いて除去する処置が必要になることもある。これは患者にとって大きな負担となるため、やはり最初の除去段階で取り残さない工夫が最重要である。具体的には、装着時に歯肉圧排コードを併用しておき隙間を作っておく、タックキュア後にフロスを通して縁下のゲル状セメントを掻き出す、といった対策が有効だろう。幸い本製品はレントゲンで白く映るため、術後チェックを怠らず早期発見・早期対処に努めれば深刻な事態は避けられるはずである。