
3Mの歯科用セメント「ビトレマールーティングセメント」の評判・使い方は?
クラウンやインレーの装着後、歯肉縁から硬くなった余剰セメントを除去しようとして手こずった経験はないだろうか。患者には長時間圧迫咬合をお願いし、ようやくセットが完了したと思ったら、数か月後に「被せ物が取れた」「縁から二次う蝕が進んでいる」と再来院される――臨床現場では誰もが一度は直面する悩みである。こうした問題の多くはセメント選びと扱い方に起因すると言っても過言ではない。本稿では、グラスアイオノマー系レジンセメントである3Mの「ビトレマー ルーティングセメント」に焦点を当て、その評判と使い方について臨床および経営の視点から深く検証する。日々の補綴診療で直面する課題をどう解決できるのか、また医院経営にどのような効果をもたらすのか、経験に基づくヒントを紹介していく。
ビトレマー ルーティングセメントの概要
ビトレマー ルーティングセメントは、スリーエム(3M)社が提供する歯科用の合着用グラスアイオノマー系レジンセメントである。粉末と液を練り混ぜて使用するタイプで、保険診療で一般的な金属冠やインレーの装着に長年用いられてきた定番製品だ。正式な薬事区分はクラスIIの管理医療機器であり、歯科補綴物の合着用途として承認を受けている。基本セットには16gの粉末と9mL(約11g)の液が含まれ、練板紙や計量スプーンも付属する。なお、硬化時間を約1分短縮した「ファストセット」バージョンも用意されており、症例に応じて標準タイプとの使い分けが可能である。適応症として明示されているのはメタルクラウンやメタルインレー/アンレー、鋳造コアや既成ポストの合着、さらには矯正バンドの装着などである。要するに、従来型セメントが活躍していた幅広い補綴分野で安心して使える汎用性が特徴だ。ただし、セラミッククラウンやラミネートべニアといった審美性材料への使用は想定されていない。オールセラミックなど透光性の高い補綴物には基本的に適さないことを念頭に置く必要がある。
ビトレマー ルーティングセメント(写真はファストセット)の基本セット。粉末は遮光性の茶色遮光瓶、液はスポイト式ボトルに収められており、使い切りの練和紙と計量スプーンが同梱されている。粉末と液を指定の比率で手調合する伝統的なスタイルであるが、その分、一度に使う量を調節しやすく無駄が出にくい利点がある。ファストセットは通常品よりも硬化が早く、患者に噛んでもらう待ち時間の短縮につながる。
主要スペックと臨床性能
ビトレマー ルーティングセメントの性能を語る上で重要なポイントは、グラスアイオノマー系ならではの物性である。まず特筆すべきはフッ素徐放性だ。硬化後もセメント中から継続的にフッ化物イオンが放出され、補綴物の辺縁部で二次う蝕の発生を抑制する効果が期待できる。患者がう蝕リスクの高い場合でも、金属冠の縁下から再び虫歯が進行してしまう事態を減らせるかもしれない。このフッ素徐放性はグラスアイオノマーセメント特有のメリットであり、材料自体が予防歯科に一役買う点は臨床家にとって魅力である。
加えて、歯質接着性と生体親和性にも優れる。ビトレマーはレジン強化型であるため、従来の純粋なグラスアイオノマーに比べ機械的強度が向上しており、象牙質やエナメル質との化学的な結合力も備えている。具体的な保持力はメーカーのデータによれば、金属や歯質への十分な付着性を示しており、従来型セメント(リン酸亜鉛セメントなど)に引けを取らない。しかも歯髄に対する刺激が少ない低刺激性で、接着時に知覚過敏や歯髄炎のリスクを抑えられる点も見逃せない。リン酸を主成分とするリン酸亜鉛セメントでは装着後に一時的な疼痛が出ることがあったが、グラスアイオノマー系ならそうした心配が少ない。長期臨床でも歯髄の安定が確認されているため、安心して使えるという評判である。
物理的強度の面でも、日常臨床に足る性能を備える。硬化後の圧縮強度や曲げ強さは保険診療の範囲で用いる金属冠・インレーには十分で、通常の咬合力で破折したりすり減ったりすることはほとんどない。また硬化後の溶解度は実質ゼロに近く、長期間唾液中にさらされてもセメントが溶け出して消失する懸念が少ない。これは補綴物の辺縁封鎖性を維持する上で重要な要素であり、長年の臨床実績でビトレマーの信頼性が裏付けられているゆえんである。さらにX線造影性も有しており、硬化後のセメント残存部位をレントゲンで確認できる。万一、歯肉縁下にセメントの取り残しがあっても画像上で発見しやすく、早期に対応が可能だ。
ただし、あらゆる性能が万能というわけではない。接着強度についてはレジン接着セメント(いわゆるレジンセメント)には及ばないため、補綴物の保持形態が不十分なケースでは本製品単独で十分な固着力を得られない可能性がある。また審美性の点でも、ビトレマーは硬化すると不透明な黄白色を呈するため、オールセラミッククラウンやラミネートべニアのような透光性修復物ではセメントの色調が透けて審美を損ねる恐れがある。このように、ビトレマー ルーティングセメントのスペックは日常の保険診療に適した堅実なものである一方、自由診療で求められる高度な接着力・審美性には限界がある。そのため、症例に応じて他の接着システムとの使い分けが必要になる。
互換性と運用方法
ビトレマー ルーティングセメントは、従来からの粉液混和型セメントになじみのある術者であればすぐに運用に移せる互換性を持つ。既存の練和スパチュラと練板紙さえあれば追加の機材投資は不要であり、導入障壁は低い。操作手順はシンプルで、計量スプーン一杯の粉末に対し所定滴数の液を混ぜるだけだ。練和時間は約30秒以内が推奨されており、すばやく均一なクリーム状になるまで練る。粉と液のなじみが良いためダマになりにくく、初心者でも滑らかなペーストを得やすい印象である。適切な練和比と練り時間を守ることが肝心で、ここを怠ると硬化不良や強度低下につながるので注意したい。
混和直後の作業時間(ワーキングタイム)は室温下でおよそ2分程度確保されている。単冠であれば十分な余裕があり、複数ユニットのブリッジ装着でも慌てずに操作できる長さである。ただし高温多湿な環境では硬化が速まることがあるため、夏場はエアコン下で練和する、粉末を冷蔵保管しておくなどの工夫で安定した作業時間を確保すると良いだろう。補綴物内面への適合も良好で、ペーストは適度な粘性を持ちながら薄く均一なセメント膜を形成できる。一般的なクラウンであれば圧接時に十分な流動性があり、膜厚は20数ミクロン程度と公称されている。辺縁部までセメントが行き渡りつつも、厚みが邪魔をして適合を妨げる心配は少ない。適合試験材での確認どおりにセットできるはずだ。
補綴物をセットしたら、患者に軽く咬んでもらいながら初期硬化を待つ。ビトレマーは空気中に触れている部分の硬化がやや遅れる性質があるため、余剰セメントは少しゴム状に硬さが出てきた段階で除去するのがコツである。だいたいセット後2〜3分でペーストが半硬化状態(指で触れても糸を引かない程度)になるので、そのタイミングで探針やスケーラーを使ってはみ出した部分を一塊に剥がすように取り除く。硬化前に拭ってしまうとセメントが引き延ばされて残留しやすく、逆に硬化しきってからでは器具で削ぎ取るのに骨が折れる。適切なタイミングで除去すれば、白くゴム質の塊となった余剰セメントがポロリと取れる。歯間部や歯肉溝内にも残りにくく、患者の不快感や炎症リスクを軽減できる。この扱いやすさは本製品の評判を高めている要因の一つである。なお、もっと短時間で余剰物の除去を行いたい場合には、光重合器で各面5秒程度のタック光照射を当てる方法も有効だ。少し光を当てることで表面だけ硬化を促進し、セメントがゴム硬さに達するのを待たずに除去を開始できる。これは特にブリッジ装着時、ポンティック下など視認しにくい箇所の清掃に威力を発揮するテクニックだ。
本製品は金属系補綴物との相性が良く、非貴金属合金や金属表面の酸化層に化学的に接着する特性がある。一般的な保険金属冠であれば特別な前処理をしなくとも充分な接着力が得られる。ただ、より確実な接着を狙うなら、装着前に補綴物内面を微細にサンドブラスト処理し、必要に応じてメタルプライマーを塗布することで機械的・化学的な付着を高めることができる。近年増えているジルコニアクラウンについては、ビトレマーで合着可能だが、セラミック表面は疎水性でそのままでは接着しにくい。より安定させるにはMDP系プライマー(スリーエムなら「セラミックプライマー」)をジルコニア内面に塗布してからセメントを適用すると良い。ジルコニアやアルミナといった高強度セラミックは本製品で装着できる範囲ではあるが、どうしても保持力が欲しい場合は後述するようにレジンセメント系の併用も検討すべきだ。
運用上の細かいポイントとして、ビトレマーの保管条件にも注意したい。粉末は湿気を嫌うため、開封後はキャップをしっかり閉め、直射日光を避け室温(できれば冷所)で保管する。液はポリカルボン酸とHEMAを含むため揮発や経時変質の可能性があり、こちらも蓋を確実に締める習慣が必要である。使用期限を過ぎた材料は硬化不良の原因となるため在庫管理にも留意すべきだ。院内のスタッフへの教育という観点では、粉液セメントの取り扱いに不慣れな新人でも手順はシンプルなので習得は容易だ。むしろ昨今オートミックスやカプセル型製品に慣れた若手には新鮮かもしれないが、練和スパチュラの使い方から含めて手順を実演し、適切な混合比・混和時間を守るよう指導すれば問題なく使いこなせるだろう。感染対策としては専用の使い捨て練板紙を用いるためクロスコンタミネーションのリスクは低く、硬化後は余剰セメントも容易に除去できるので、チェアサイドの片付けも短時間で済む。
経営面でのインパクト
保険診療主体の歯科医院にとって、補綴セメントのコストと診療効率は経営に直結する要素である。その点、ビトレマー ルーティングセメントの導入は費用対効果(コストパフォーマンス)に優れる選択と言える。まず材料コストだが、基本セット(粉16g+液9mL)の希望価格は約10,300円である。一見それなりの金額に思えるが、1回のクラウン装着で使用するセメントはごく微量なため、この1セットで相当数の症例に使える。実際には1本のクラウンあたり数十円〜百数十円程度の材料費にしかならず、保険点数で算定される技術料・材料代の範囲で十分まかなえる安価さである。例えば月に20本の補綴物を装着したとしてもセメント代は数千円規模に過ぎず、医院の収益を圧迫することはない。それどころか、保険請求できるセメント加算が材料実費を上回る場合には、その差額が院側の利益として残る計算になる。つまりビトレマーのような低コスト材料を賢く使うことで、些細ではあるが利益率を向上させることも可能である。
加えて、本製品は特別な機器や消耗品を必要としないため、導入時や運用中の追加コストもほとんど発生しない。オートミックス式レジンセメントの場合、ミキシングチップの使い捨て費用や、専用ディスペンサーの購入といったコストがつきものだが、ビトレマーであれば手持ちのスパチュラと練板紙さえあれば済む。練板紙も数百円程度で数十枚入りのものを用意でき、患者1人あたりに換算すれば微々たる出費である。また、粉液タイプの利点として無駄が少ない点も挙げられる。必要な分だけ練和するため、余ったペーストがチップ内に残って廃棄されるといったロスがない。経営視点では「使い切れずに捨てる材料」が少ないことは地味ながら大きなメリットであり、医院全体の材料費削減に寄与する。
一方で、チェアタイム短縮による人件費圧縮や患者満足度向上といった効果も見逃せない。ファストセットタイプを用いれば患者に咬合圧をかけてもらう時間が通常より約1分短くて済む。1症例あたり1分というと僅かだが、塵も積もればである。特に多忙な保険診療の現場では、少しでも余裕が生まれれば追加のチェックや患者説明に充てることができ、結果として日々の診療回転率やサービス品質の向上につながる可能性がある。患者側にとっても、装着時に長く噛まされて顎が疲れるよりは短時間で済む方が快適であろう。「あそこの歯医者は被せ物のセットが手早い」といった印象の積み重ねは、患者満足度ひいては口コミ評価に好影響を与えるはずだ。
さらに、長期的な視野で見れば補綴物の予後安定による再治療コストの削減効果も期待できる。前述のようにビトレマーはフッ素徐放や高い封鎖性により二次う蝕リスクを低減しうる。これにより補綴物の寿命が伸びれば、医院としては頻繁なやり直し対応に追われずに済み、保証期間内の無償再製作といったコストも減らせるだろう。一方で、患者にとっても治療が長持ちすれば再来院の手間と費用が省けるわけで、WIN-WINの結果となる。仮に再治療が減れば、その分新規治療に時間を割けるため、医院経営の生産性向上にもつながっていく。
ただし経営面を語る上では、ビトレマーでは対応しきれない症例では別の投資が必要になる点も考慮したい。例えば接着力が不足するケースで高価なレジンセメントを使う場合、その分の材料費は上昇する。またオールセラミックの装着にレジンセメント+ボンディングシステムを用いる際は、術者・スタッフの手技も増えチェアタイムも延びるため、人件費換算ではコスト高となる。つまり本製品を導入する際には、どの症例に適用し、どの症例では他製品に切り替えるかという運用プロトコルを明確化する必要がある。適材適所で使い分けることで、初めて投資対効果が最大化される点を念頭に置きたい。
使いこなしのポイント
ビトレマー ルーティングセメントを真に使いこなすには、いくつか押さえておくべきポイントがある。まず初期導入時の注意として、製品特性と適応症を歯科医師自身が正しく理解することが重要だ。例えば、保持形態が乏しい支台歯へのクラウン装着では本製品のみではリスクが高いこと、審美修復には用いないことなど、基本事項をチーム全員で共有しておくべきである。その上で、標準的な症例に対しては迷わずこのセメントを選択するという判断基準を明確にしておく。逆に「ここはレジンセメントに頼ろう」という線引きもルール化しておけば、スタッフも含め院内で一貫した材料選択ができ、混乱を防げる。
術式上のコツとしては、先述した余剰セメント除去のタイミングが最大のポイントだ。実際に使い始めた頃によくある失敗として、「焦って早々に綿球やガーゼで拭ってしまい、却って薄く広がったセメントが後から固着して残ってしまう」というケースがある。これでは本末転倒なので、初めはタイマーで2分程度計り、ペーストがゴム状になる感触を確かめながら除去練習するのも良いだろう。慣れてしまえば触った感覚で適切な硬化度合いが判断できるようになり、スムーズに一塊除去が可能になる。歯間部へのフロス通過も、硬化から数分以内であればセメントがゴム弾性を示しているため比較的容易だ。無理に硬化後にフロスを通そうとするとセメント片が割れて残存する原因になるので注意したい。
また、環境管理も使いこなしの一環である。粉液比や練和時間だけでなく、温度・湿度が硬化挙動に影響することは意外に見落とされがちだ。例えば真夏日にクーラーの効いていないユニットで練和すると、想定より早くペーストが重合を始めてしまうことがある。こうした事態を避けるために、可能であれば夏場は粉末ボトルを使用直前まで冷蔵庫で保管しておく、練和は涼しい診療室内で行うといった配慮も有効だ。逆に冬場は寒すぎる環境だと硬化開始が遅れる可能性もあるため、室温管理を適切にして年間を通じて一定の作業感覚を保つことが理想である。
院内体制としては、歯科医師のみならず歯科衛生士やアシスタントもセメント操作に関与する場合がある。例えば補綴物をセットする際に補助で手伝うスタッフがいるなら、彼らにもビトレマーの扱いを共有しておくとよい。練和自体は歯科医師が行うとしても、ボトルの開閉方法、スポイト液の適量の量り取り方、練板紙のセット位置など、細かな点でスムーズな連携が図れる。新人スタッフには実習用に古い補綴物やダミー模型を使ってセットの練習をさせるのも有用だ。実際の患者を前に慌てないよう、一連の段取り(試適→乾燥→練和→填塞→圧接→余剰除去→固化確認)をシミュレーションしておけば、診療が滞るリスクも減らせる。
さらに、患者への説明においても工夫できるポイントがある。本製品自体は裏方の存在であり、患者が「どのセメントを使っているか」を意識することは通常ない。しかし信頼関係を築く上で、「補綴物を長持ちさせるためにフッ素が出るセメントを使っています」と一言添えるのは有効だ。専門的な話になりすぎない範囲で、「この白い接着材から歯によい成分が出て、虫歯になりにくくなるんですよ」と説明すれば、多くの患者は安心感を覚えるだろう。実際にフッ素による予防効果はエビデンスに基づくメリットなので、誇大ではない範囲でその長所を伝えることで患者満足度を高めることができる。ただし決して「絶対に虫歯になりません」などと断言してはならず、あくまで予防的な配慮である旨を説明することが医療広告ガイドライン上も肝要である。
最後に、失敗パターンから学ぶことも大切だ。例えば稀に聞かれるのが、「ビトレマーで装着したら数週間で補綴物が外れてしまった」というケースである。この多くは支台歯形成や適合に問題があったか、あるいは術式上なんらかの見落としがあった場合だ。セメント自体の不具合で即脱離することは考えにくく、概ね原因は適合不良・保持形態不足か唾液汚染である。特に唾液や血液の混入には注意が必要で、どんなセメントでも接着阻害要因となる。グラスアイオノマー系は湿潤下でもある程度硬化は進むが、やはり余分な水分は強度低下を招く。ラバーダムが困難な場合でも、ロール綿や吸唾器で術野をできる限り清潔乾燥に保つ努力が欠かせない。万一唾液が入った疑いがあれば、思い切って練和し直す勇気も必要だ。失敗を分析し次に活かすことで、本製品の性能を最大限引き出すことができるだろう。
適応症と適さないケース
ビトレマー ルーティングセメントが真価を発揮するのはどんな症例か、逆に使用を避けるべきケースは何かを整理しておこう。適応となる代表例は、やはり保険診療における一般的なクラウン・インレー症例である。具体的には、充分な高さと緩やかなテーパーを持った支台歯に装着する金属冠やメタルインレー、4〜5ユニット程度までの金属焼付鋳造ブリッジなどが挙げられる。これらの症例では補綴物そのものの強度が高く、辺縁も厚みがあり、セメントに極端な審美性や超高強度を要求しない範囲であるため、ビトレマーの特性がマッチする。実際に本製品は長年にわたりこうしたケースで使われ続け、そのたびに確実な結果を残してきたという実績がある。合着後の安定性も良好で、適切に装着できていれば何年にもわたり再装着の必要なく機能し続けることが多い。さらにフッ素徐放によって辺縁二次う蝕への安心感が得られるため、日常臨床で頻繁に遭遇する中高年の患者やリスク管理が重要な症例では、ぜひ使いたい選択肢となる。
また、鋳造コアや既成ポストの合着にも適している。コアやポストの固定にはそれほど審美性は必要なく、むしろ確実な接着と封鎖が求められる場面である。ビトレマーは歯質との化学結合力によりポストやコアを安定して固定できるうえ、硬化収縮が小さく隙間が生じにくいので、辺縁封鎖にも優れる。このため、根管内への細菌漏洩リスクを低減するという点でも有用だ。さらに矯正用バンド(金属バンド)にも利用できる。フッ素放出型セメントでバンドを装着すれば、矯正期間中のホワイトスポットリスクを下げられる利点がある。グラスアイオノマー系は唾液中でも硬化が進むため、湿潤環境下になりがちなバンド装着にも適合する。臨床上もバンド撤去時にはセメントが自然崩壊しやすく、歯面に残ったとしても清掃・除去がしやすいという報告がある。
一方、適さないケースとしてまず挙げられるのは、支台歯の保持形態に問題がある症例である。たとえば歯冠長が著しく短い、テーパーが強すぎる、またはほとんど平行に近く撤去力に抵抗しづらい形態など、機械的な維持が得にくい場合には本製品のみでの保持は心許ない。そのようなケースではレジン系の接着セメントによる積極的接着が求められる。実際、メーカーも「適合や保持に不安がある場合はレジンセメントを推奨」と注意喚起している。十分な保持が取れないところに無理にグラスアイオノマー系を使っても、後々補綴物の脱離に繋がれば患者・術者双方にデメリットが大きいため、素直に他の方法に委ねるべきだ。
次に、オールセラミッククラウンやラミネートべニアなどの審美修復も適応外と考えるのが賢明だ。これらは材料自体が半透明で光学的特性が重要なため、透明度の低いビトレマーでは美しい見た目を損ねてしまう。また、セラミックとの化学結合力も弱いため、審美領域ではレジンセメント+接着システムによる確実な接着が標準となる。例えば前歯部のセラミックラミネートでは、薄片を歯面に強固に接着させる必要があるが、本製品では接着力も審美性も不十分であり、適さない。ハイブリッドセラミックスや間接コンポジットインレーなども同様で、レジン系接着材との親和性を考慮すれば、ここでも他のレジンセメントに譲ったほうがよいだろう。
さらに、将来的に補綴物の撤去・再装着が見込まれるケースでも慎重な判断が必要だ。例えばインプラント上部構造のように、メインテナンス目的で一時的に外す可能性がある場合、あえてセメント固定するなら弱めの仮着用セメントを選ぶことがある。ビトレマーは硬化すると高い保持力を示すため、後から外す際には補綴物の破壊や支台へのダメージが避けられない可能性がある。インプラントクラウンなどではスクリュー固定を検討するか、どうしてもセメント固定にするなら仮着材で対応するほうが現実的だろう。同様に、抜歯予定の歯や大きな病変を抱える歯に暫間的な補綴物を装着する場合も、本製品を使うと外れなくなるリスクがあるので注意したい。
以上をまとめると、本製品は「きちんと形成された支台歯+金属系補綴物」という王道パターンで力を発揮し、それ以外の特殊条件下では無理に使うべきではないということである。幸い、保険診療の大半はその王道パターンに当てはまるため、ビトレマーは多くの症例で頼れる存在となる。一方で自由診療領域など特殊な場面では無理に使おうとせず、用途に適した他材と棲み分けるのが賢明だ。
読者タイプ別の導入判断ガイド
医院の診療方針や重視する価値観によって、本製品の導入メリット・デメリットは異なる。ここではいくつかのタイプ別に、ビトレマー ルーティングセメントが向いているかを考察する。
1. 保険診療中心で効率最優先の医院
日々多数の患者をさばき、一般補綴を主軸に据えるこうした医院では、ビトレマーは極めて相性が良い。まず材料コストが低く保険収支を圧迫しないこと、そして粉液練和にスタッフも含め慣れている場合が多く、導入時のハードルが低いことが挙げられる。効率重視の現場では、「確実に早くセットでき、トラブルが少ない」というセメントはまさに理想だ。ビトレマーなら硬化を待つ時間も短く、余剰除去もスムーズなのでチェアタイム短縮に直結する。患者回転率が上がれば、その分だけ売上増や予約の柔軟化が期待できるだろう。さらに長期的に見ても、フッ素徐放による二次う蝕抑制やセメント安定性の高さから補綴物の長持ちが図れる。保証期間内の補綴物脱離・再装着対応に追われる事態も減り、生産性向上につながる。総じて、保険メインの医院にとってビトレマーは「コストを抑えつつ信頼性を確保できる仕事人」のような存在であり、導入メリットは大きい。
2. 自費診療主体で高付加価値治療を提供する医院
セラミック修復や審美補綴、インプラントなどを積極的に行う医院では、ビトレマーの出番は限定的になる可能性が高い。自由診療では患者も高い審美性・耐久性を期待しており、セメントにも最高レベルの接着力や変色の無さが求められる。オールセラミッククラウンやラミネートべニアにはデュアルキュアのレジンセメントが標準で、ビトレマーでは役不足だろう。ただ、一概に無用というわけではない。このような医院でも保険診療や予防処置を一切しないわけではなく、ときに小規模な保険補綴や一時的な装着が必要になることもある。例えばメインテナンス目的で抜髄歯に仮冠を長期装着する際や、小児の乳歯にスチールクラウンを被せる場合など、過度な接着力はかえって不要な場面がある。ビトレマーはそうしたニッチなニーズに応えられる存在として手元に置いておく価値はある。特にフッ素による予防効果は自費志向の患者にもポジティブにアピールできる要素であり、「当院では虫歯予防に配慮したセメントも活用しています」と説明すれば付加価値として評価されるかもしれない。ただし、自由診療中心の医院がメインのセメントとして採用するには不向きな点は否めない。審美領域や高度な接着が必要なケースでは最新のレジンセメントを使い、あくまで補完的なツールとして位置づけるのが現実的である。
3. インプラント・口腔外科中心の医院
インプラント補綴においては、セメントレスのスクリュー固定が一般的になりつつあるものの、ケースによってはセメント合着を選択せざるを得ない場面もある。そうした際に問題となるのが、インプラント周囲炎のリスクファクターとなる残留セメントだ。ビトレマーは余剰除去が確実かつレントゲンで確認しやすいため、インプラント周囲にセメントを残しにくいというメリットがある。また接着性はレジンセメントほど強固ではないため、いざ撤去となった際にアバットメントや上部構造を破壊しなくても済む可能性が高まる(それでも基本的には一度合着したら外れない覚悟は必要だが)。一方で、インプラントでは補綴物の土台が金属(アバットメント)であり、歯のような再石灰化も望めないため、フッ素徐放の恩恵は限定的だ。むしろ生体親和性や封鎖性の高さによって周囲炎を防ぐという側面が期待される。口腔外科的処置との関連では、例えば埋伏歯の一時的固定や顎骨骨折の歯間固定など、特殊な用途でグラスアイオノマーセメントが用いられることもあるが、ビトレマーはそうした高応力状況には設計されていない。よってインプラント主体の医院では、あくまで選択肢の一つとしてビトレマーを棚に置いておき、通常はスクリュー固定や仮着材で対応し、必要な時に限定使用するというスタンスが現実的だろう。
以上のように、読者の医院の特徴によってビトレマー導入の判断材料は変わってくる。保険中心型なら積極導入、自費中心型なら補助的利用、インプラント中心型なら特殊用途時の選択肢――というイメージになる。それぞれの診療スタイルに照らして、本製品が自院の機材リストに加わることでプラスになるか、改めて検討してみてほしい。
よくある質問(FAQ)
Q1. ビトレマーのフッ素徐放性はどの程度二次う蝕予防に効果がありますか?
A1. フッ素徐放性はグラスアイオノマー系セメントの大きな特長であり、ビトレマーも硬化後に長期にわたり微量のフッ素イオンを放出します。これにより補綴物周囲の歯質の再石灰化を促し、う蝕の進行抑制に寄与するとされています。ただし、これはリスクを低減するものであって絶対に二次う蝕を防ぐ保証ではありません。臨床研究ではフッ素徐放型セメント使用群でう蝕発生率がやや低下する傾向が報告されていますが、効果の大きさは患者の口腔衛生状態やリスクプロファイルに左右されます。したがってフッ素徐放性はあくまで補助的な予防策と捉え、定期管理やブラッシング指導と組み合わせて活用することが重要です。
Q2. セラミッククラウンにもビトレマーを使えますか?
A2. 基本的にはお勧めしません。ビトレマーは金属冠やインレーなど不透明な補綴物に適したセメントであり、オールセラミッククラウンのような高審美修復には向きません。理由は2つあります。1つはセメント自体が不透明で淡黄色を帯びるため、薄いセラミックを通して色調が影響する可能性があること。もう1つは、レジンセメントに比べてセラミックとの接着力が弱いことです。特にセラミックラミネートべニアやe.maxクラウンなどエッチング+接着が前提の修復物では、専用のレジン接着システムを使わないと十分な耐久性が得られません。ただし、ジルコニアクラウンのように不透明で高強度なセラミックの場合、支台歯の形態が良ければビトレマーで装着すること自体は可能です。その際はあらかじめジルコニア内面にサンドブラスト処理を施し、MDP含有プライマーを使って表面処理することで、セメントの保持力を補強すると良いでしょう。それでも保持が不安な場合は無理をせず、より高接着力のレジンセメント系に切り替える判断が賢明です。
Q3. ビトレマーで装着した補綴物が外れやすいケースとはどんな場合ですか?
A3. 補綴物の脱離リスクが高まるのは、主に支台歯の保持形態が不十分な場合です。例えば歯が短くほとんど突起のようになっている、テーパーが強すぎてつるりとした円錐台のようである、といったケースでは、機械的な維持力が弱くセメントだけで維持するのが難しくなります。ビトレマーはある程度の接着力を持ちますが、レジン接着ほど極端に保持力を増強するものではありません。そのためこうしたケースでは、接着能力の高いレジンセメント(例: セルフアドヒーシブタイプやエッチング+ボンディング併用タイプ)を検討すべきです。また補綴物の適合不良も脱離の一因となります。適合が悪いとセメント層が厚くなり過ぎて力を支えられなかったり、セメントが完全硬化する前に動いて隙間ができたりします。ビトレマー使用時には補綴物の適合チェックを丁寧に行い、必要なら再調整してから装着することが大切です。さらに、唾液や血液による汚染も接着阻害につながります。装着前に支台歯や補綴物内面を清掃・乾燥し、可能な限り無菌的・無湿的な環境で操作することで、セメント本来の性能を発揮できます。
Q4. 他社のグラスアイオノマー系セメントとの違いはありますか?
A4. ビトレマーと同じカテゴリの製品として、GC社の「フジ」シリーズやクラレの「アドシールド」など複数のグラスアイオノマー系レジンセメントがあります。基本的な性能や使用方法は概ね共通していますが、いくつかの違いが存在します。ビトレマーの特徴としては、粉と液の練和しやすさと余剰セメント除去のしやすさが挙げられます。粉粒径や液の粘性が最適化されており、短時間でムラのないペーストが得られる点は臨床家から評価されています。また少し硬化した際のゴム状の硬さ加減がちょうど良く、取り残しなく一括除去しやすいという声も多いです。他社製品ではカプセルタイプで練和の手間を省いたものもありますが、ビトレマーにも後継としてクリック式ペースト2材タイプ(リライエックス ルーティングプラス)が存在し、そちらではさらに簡便な操作が可能です。一方、接着強度や物性に大きな差はないため、最終的にはユーザーの好みや既存の使用経験に左右される部分もあるでしょう。大切なのは、自院のスタッフや術式にフィットする操作感かどうかです。もし他社製から切り替える場合は、練和時間やセットタイミングの微妙な差異に注意し、慣れるまでは慎重に扱うようにしてください。
Q5. ビトレマー ルーティングセメントは今後も入手可能でしょうか?
A5. ビトレマーは長年にわたり販売されてきたロングセラー製品で、市場には現在も流通しています。ただし近年では、より操作性を高めた後継製品(例: 2ペーストタイプのRelyXルーティングプラス)や、各社の新世代セメントが主流になりつつあるのも事実です。そのため一部のディーラーでは在庫販売を終了しているケースも見受けられます。購入を検討する際は、取引のある歯科商店に在庫状況を確認すると良いでしょう。万一手に入りにくい場合でも、後継のRelyXルーティングプラスはビトレマーと同等の用途・性能を持ちつつ操作が簡便化された製品ですので、そちらを検討する手もあります。メーカーの3Mはこれら製品の供給とサポートを継続して行っていますので、心配な場合はメーカー代理店に問い合わせてみてください。現在ビトレマーを愛用中の医院でも、いずれ来る製品リニューアルに備えて、新旧両製品の特徴を把握しておくとスムーズに移行できるでしょう。