1D - 歯科医師/歯科技師/歯科衛生士のセミナー視聴サービスなら

モール

歯科用セメント「フジルーティング」の前処理や効果時間、使用方法を解説

歯科用セメント「フジルーティング」の前処理や効果時間、使用方法を解説

最終更新日

クラウンの合着(セメント接着)の場面で、誰もが一度は経験する小さなストレスがある。例えば、余剰セメントが硬くなりすぎて取り除きに苦労した経験や、まだ柔らかいうちに患者に噛まれてしまいクラウンがずれて再装着になった苦い記憶である。合着が上手くいかずクラウンが早期に脱離すれば、患者の信頼を損ね、医院にとって手直しのコスト・時間的損失となる。特に保険診療中心の医院では、チェアタイムのわずかなロスが日々の診療効率に響き、再装着の無償対応が収益を圧迫する。

本稿では、グラスアイオノマー系の歯科用セメント「フジルーティングEX Plus」に注目し、臨床現場の悩みをどう解決し得るか、さらに医院経営にどんな効果をもたらすかを詳しく解説する。前処理から硬化時間・使用方法まで取り上げ、読者の先生方が自身の診療スタイルに最適なセメント選択を行えるよう、臨床の知見と経営の視点を織り交ぜて考察する。

フジルーティングEX Plusとは何か

「フジルーティングEX Plus」(ジーシー製)は、レジン添加型グラスアイオノマーセメントに分類される歯科用合着セメントである。すなわちグラスアイオノマーセメント(以下、GIセメント)の特徴である生体親和性(歯や歯周組織に優しい性質)とフッ素徐放性(う蝕リスク低減につながる継続的なフッ素放出)を備えつつ、レジン(樹脂)の成分を一部加えることで物性と操作性を向上させた材料である。医療機器クラス分類はII類の管理医療機器で、保険適用の「歯科用合着・接着材料I(レジン系/標準型)」に区分されている(歯科診療報酬上の材料料は17点)。この製品単体で最終的な接着操作が完結する自己接着型のセメントであり、接着の際に別途ボンディング材を塗布する必要はない。

適応症として、金属冠・インレー・アンレーや鋳造冠橋(メタルクラウン・ブリッジ)、メタルコアの合着はもちろんのこと、高い接着強度を生かしてジルコニア修復物の合着にも用いることができる。さらには小児のステンレス鋼冠、レジン前装冠、金属床義歯の維持装置(クラスプ)、矯正バンドの装着といった場面でも応用可能である。一方、セラミック系修復では適応が分かれる。アルミナやジルコニアなど強化型セラミックス(高強度セラミックコアを有するクラウン)には適応できるが、エナメル質にエッチングして接着するタイプのオールセラミック(例:硝子陶材や二ケイ酸リチウム系)やラミネートベニアの装着には、本製品よりも専用のレジンセメントを用いた方が適している。これは後述するように、グラスアイノマー系セメントがエナメル質との化学的接着力ではレジン系ボンディングに劣る点、および審美性の観点(本製品は色調がライトイエロー1色のみで透明度調整ができない点)による判断である。

主要スペック

フジルーティングEX Plusの主要なスペックを、臨床的意義と結びつけて見てみよう。まず特筆すべきは硬化特性の速さである。本製品は口腔内にセットしてから約2分45秒で最終硬化に達する。従来型の自己硬化グラスアイノマーセメント(例:従来のフジルーティングEXや他社同種セメント)では硬化に5分前後を要するものもあった。実際、競合製品である3M社の「リライエックス ルーティングプラス」のオートミックス版は口腔内での自己硬化による最終硬化に約5分を要する。それに比べ、本製品は自己硬化のみで約3分弱とシャープに硬化が進行し、診療の待ち時間を大幅に短縮できる利点がある。術者にとって2〜3分という時間は、患者をイスに座らせたまま手持ち無沙汰になる微妙に長い時間である。本製品なら、余剰セメント除去後に硬化を待つ時間が約半分になり、次の処置や記録入力に素早く移行できる。

加えて本製品は、デュアルキュア対応すなわち光照射による硬化促進が可能である点もスペック上の特徴である。特にタックキュア(光による一部硬化)機能は、余剰セメントの除去性向上に寄与する。本製品に光照射を各面3秒ずつ行うと、ごく短時間でセメントがゲル状になり、余剰セメントをポロッと一塊で剥離できる。これは古いグラスアイオノマー合着材には無かった利点で、レジン添加による光硬化特性を生かした改良である。硬化の早さと相まって、タックキュア後は装着からわずか数十秒以内で余剰セメントを一括除去できるため、患者にも術者にも大きなストレス軽減となる。例えば唾液混入を避けにくい下顎遠心部や、小児・高齢者で長時間開口維持が難しい症例でも、短時間で確実に余剰セメントを除去し終えられる。逆にブリッジのポンティック下など複雑な部位に流れ込んだセメントも、一度光を当てて半硬化状態にすることで分断されず除去しやすくなる。このように症例に応じて「待つ除去(自己硬化)」と「光による即時除去」を選べる柔軟性は、本製品の大きな魅力である。

接着強度と機械的強度のスペックも見逃せない。本製品はエナメル質・象牙質ともに高い接着力を示す接着性セメントであり、ジーシー社の試験データでは前身のフジルーティングEXよりも接着強さが向上している。また、岡山大学から報告された試験によれば、フジルーティングEX Plusの歯質接着強さ(引張接着強度)は長年臨床実績のある3M社RMGIセメント「リライエックス ルーティング プラス」と同等以上の値を示した。同試験では本製品の曲げ強さ(flexural strength)と弾性率も測定されているが、これもリライエックス ルーティング プラスと同程度以上との結果である。つまり物性面でも競合製品に劣らないどころか凌駕する性能が示唆されている。高い接着強度は、近年需要が高まっているジルコニアクラウンの合着において特に臨床的価値を発揮する。一般的にジルコニア修復は表面処理法が限られ接着操作が難しいが、本製品のようなRMGIセメントであれば、機械的保持形態に依存しつつも化学的な密着性が得られ、長期的な残留モノマーによる影響も少ないため安心である。実際、海外では「RMGIセメントはジルコニア装着の第一選択になり得る」との評価もあり、過度に高価なレジンセメントに頼らずとも本製品で十分な臨床成果が期待できる。

さらに被膜厚(セメントの膜厚)の点でも、本製品は優れた薄膜性を示す。製品資料によれば、圧接下での被膜厚は約10µm程度と非常に薄く、これは咬合調整や適合不良のリスクを低減する。膜厚が厚すぎるセメントではクラウンが完全に適合せず高点を生じたり、経年的に沈下して辺縁適合を乱す恐れがある。フジルーティングEX Plusは練和直後のペースト粘度が低く、重い圧接力を加えなくても補綴物がスムーズに沈み込む適度な流動性を持つ設計である。実際、ISO準拠の試験(15kgf荷重)で膜厚3µmという非常に薄い値を示したというデータもある(※参考:同社従来品フジルーティングSの資料より)。この薄膜性と高い流動性のおかげで、支台歯にクラウンをセットする際にもわずかな力で完全に適合し、辺縁部の密着性も良好に保てる。臨床的には「しっかり圧接したのにクラウンが浮いてしまう」という失敗を避けやすく、調整削合の手間や再鋳造の無駄も防げるだろう。

最後に色調について触れると、本製品はライトイエロー1色のみの展開である。ほのかな象牙色で、多くのメタルクラウンやジルコニアクラウンの内面に使っても問題ない色合いだ。リライエックス ルーティング プラスがホワイト1色であるのに対し、若干黄味がかっているため、オールセラミック修復など半透明の修復物に用いる際はごく薄い層であっても色調へ影響しうる。この点は症例選択において留意すべきスペックである。しかし通常のメタル修復や不透明性の高いジルコニアクラウンでは色の影響は実質的に無視でき、審美症例以外では問題とならない。むしろ変色しにくいGIセメントであるため長期的にも安定した色調を保つとされる。

互換性と運用方法

フジルーティングEX Plusの操作手順は、基本的に従来のグラスアイオノマー系合着材と大きく変わらないが、いくつか確認すべきポイントがある。ここでは前処理、ミキシング・適用方法、他資材との互換性、導入時の院内体制など運用に関わる事項を整理する。

まず歯面の前処理について。本製品は自己接着性を有するため、接着操作でリン酸エッチングやボンディング剤は使用しない。一方で、適切な前処理を行うことで接着強度を最適化できる。メーカーは本製品用に「フジルーティング コンディショナー」という歯面処理剤(7gボトル入りの液体)をオプションで提供している。これは主成分がポリカルボン酸(ポリアクリル酸)で、エナメル質・象牙質表面のスミヤー層を軽度に溶解除去し、同時に象牙質表面をわずかに脱灰・脱蛋白することでグラスアイオノマーとの化学的結合を助けるものだ。具体的な使用法は、支台歯形成後の歯面にコンディショナーを20秒ほど塗布し、水洗・乾燥するという手順である(※乾燥は過度なエアブローは避け、軽くブローして表面を湿潤状態に保つことが推奨される)。前処理を施すことで、初期の接着性向上と術後知覚過敏のリスク低減が期待できる。なお金属補綴物側の処理に関しては、通常は特別なプライマーを要しない。金属内面はサンドブラストやアルミナブラスト等で清掃・粗面化しておけば本製品で充分に機械的固定力が得られる。どうしても懸念がある場合には、金属材料用プライマー(例:合着用メタルプライマーZなど)を使う選択肢もあるが、樹脂系セメントほど必須ではない。ジルコニアに対しても同様で、サンドブラスト処理面であれば本製品単独である程度の化学的ミクロメカニカルな接着が起こる。ただし低保持形態のジルコニア修復に対し確実な接着力を得たい場合は、グラスアイオノマーではなくレジンセメント併用型プライマー(MDP含有接着性レジンセメント)を検討すべきケースもあるだろう。

セメント練和・適用方法について、本製品はペーストペーストタイプである。包装内容は13.3g入りの二連カートリッジが2本と練和紙などが付属する。使用時にはカートリッジからAペースト・Bペーストを押し出し、練和紙上で素早く混和する。練和時間の目安は10秒程度で十分均一に練り上がる。ペーストはそれぞれ色分けされており、混ぜると色のムラがなくなるため練和ムラを目視で確認できる。これは新人スタッフのトレーニングにおいても有用な設計である。なおカートリッジからの押し出しには、専用の「CDディスペンサーIII」(いわゆるガンタイプの押出器具)か、付属品のプランジャー(スティック状の押棒)を用いる。ディスペンサーを使えば安定した吐出が可能で、1回の押出量をコントロールする「エコストッパー」という別売アタッチメントを装着すればごく少量(インレー1本分など)の経済的なディスペンスも容易である。例えば小さなインレー1つだけを装着する際、エコストッパーにより無駄のない適量だけを押し出せるため材料コストの節約になる。逆に大きなブリッジなどではストッパーを外し、一度に必要量をまとめて押し出して練和するとよい。自動練和ノズルは付属しておらず手動練和となるが、その分ノズル内残材のロスが無い利点もある(オートミックス型は便利な反面、チップ内に硬化して捨てる分の材料ロスが発生する)。練和したセメントは、ペースト状のまま補綴物内面へ塗布するか、支台歯側に塗り広げてから装着する。操作時間(作業時間)は室温・湿度にもよるがおよそ1分程度で座ぐされが始まるため、それまでに位置決め・圧接を完了したい。複数ユニットの場合は手際が要求されるが、その分タックキュア併用で除去の時間短縮が図れるため、トータルでは従来材より早く処置を終えられる。

保管・維持管理については、開封前後とも冷蔵保存の必要は基本的にない。極端な高温を避け、室温で直射日光を避けて保管すれば良い。未使用時にペーストがチューブ先端で硬化・詰まりしないよう、使用後はキャップをしっかり閉める。また消費期限もあるため在庫管理にも留意すること。使用した練和紙は使い捨て、プラスチックへら等の器具に付着した残セメントは硬化前に水洗またはアルコール綿で拭取って清掃する。硬化後の除去は困難になるので、アシスタント含め注意したい。

他製品・システムとの互換性という点では、デジタルデータやシステム接続といった概念はセメントには無縁である。ただ強いて言えば、他社のディスペンサーガンで代用できるかという問題がある。基本的にGC社のCDディスペンサーIIIを使用することが推奨されるが、カートリッジ寸法が合えば汎用の二連カートリッジガンでも使用可能な場合がある。また、本製品と併用する材料として一時的補綴物(テンポラリー)の仮着材との相性も実は重要である。仮着セメントが支台歯側に残留しているとグラスアイオノマー系の接着を阻害するため、本セメントを使用する前に仮着材をしっかり除去し、十分清掃する必要がある(超音波スケーラーや研磨ブラシを用いて清掃し、水洗・乾燥することが推奨される)。院内感染対策上は、本製品固有の問題は特にないが、練和時に手袋やマスクを着用し、飛散したペーストが粘膜や皮膚に付着したら速やかに洗浄する。成分中にHEMAなどアレルギー原因物質を含む場合があるため、頻回に取り扱うスタッフは皮膚曝露にも注意が必要である。

経営インパクト

歯科材料の導入判断には、その投資対効果(ROI:Return on Investment)の検討が欠かせない。フジルーティングEX Plusは比較的低単価の消耗材料ではあるが、それでも導入コストに見合う効果をきちんと検証すべきである。ここでは1症例あたりのコスト試算や、チェアタイム短縮による診療効率、再治療リスク低減による長期的利益といった観点で本製品の経営インパクトを評価する。

まず材料コストから考えよう。本製品のメーカー希望価格は1函(カートリッジ2本入)あたり11,800円(税抜)である。1函で使用できる症例数は、補綴物のサイズによって変動するが、おおよそクラウン30〜40本分程度と見積もられる(インレー中心ならより多く、ブリッジ連結冠ならやや少なくなる)。仮に1函で30症例とすれば、1症例あたり約400円の材料費に相当する。保険収載の材料料は17点(=170円相当)であるため、差額約230円が医院の実質負担となる計算だ。一方、従来のリン酸亜鉛セメント等はもっと安価だが、近年主流のレジンセメント類は1症例あたり500〜800円以上のコストになることも珍しくない。そう考えると、本製品のコストは多少の自費負担が発生する保険材料としては許容範囲であり、レジン添加によるメリット(接着性向上や操作性改善)を踏まえれば費用対効果に優れると評価できる。特にオートミックス型ではないため、使い切りチップの無駄が出ず、必要量だけ練和できる点も経済的である。エコストッパーの活用でさらに無駄が減らせることも、材料費圧縮に寄与する。

次にチェアタイム短縮の効果を見てみる。前述したように、本製品の硬化時間は従来品より約2分短縮されるケースがある。クラウン1装着あたり2分短縮できれば、仮に1日5症例あれば1日10分、週50分、月に3〜4時間もの時間を有効活用できる計算だ。歯科医院において時間=収益である。例えば1本あたりの処置時間短縮で1日あたりもう1人患者を受け入れられれば、それはそのまま増収に繋がるだろう。増患が難しい場合でも、空いた時間でカウンセリングや衛生指導に充てて自費提案の機会を増やすこともできる。スタッフの残業削減や患者の待ち時間減少といった効果も見逃せない。特に保険診療中心の医院では、「待ち時間ゼロ」のスピーディな治療提供は患者満足度向上と口コミ増にも繋がるため、間接的な経営メリットが大きい。

再治療率の低減も経営インパクトの重要な要素である。セメントの選択・使い方次第でクラウン脱離や二次う蝕発生の頻度が変われば、長期的な医院の収益に影響する。本製品は高い接着性とフッ素徐放性により、クラウンの残留率向上と二次う蝕抑制が期待できる。もし本製品の使用でクラウン脱離のリスクを下げられれば、無償再装着や補綴物作り直しといったコストのかかる事態を減らせる。患者側にとっても再治療が減れば満足度が上がり、医院への信頼性向上からリコール継続や紹介増にも繋がるだろう。フッ素徐放による二次う蝕リスク低減効果は絶対ではないが、少なくともリン酸亜鉛セメント等に比べれば有利な点である。特に高リスク患者(う蝕多発傾向)では、セメントからフッ素が供給されることで辺縁部の脱灰抑制に一役買う可能性がある。これらは短期的な数値に表れにくいものの、長期的視野に立てば医院の経営リスク低減策として注目すべきポイントである。

また、材料ロスや在庫管理コストの面でも留意点がある。本製品は2本入りで供給され、開封後も使い切るまで長期間保管が可能である(適切な保管条件下)。必要な時に必要な分だけ混ぜて使えるため、未使用在庫の廃棄リスクが低い。たとえばオートミックス型カートリッジでは、開封後に期限内に使い切れず一部廃棄することもあるが、手動混和型ならそうしたロスも少ない。総じて、本製品の導入に伴うコスト増加はわずかであり、それによって得られる診療効率化・患者満足度向上・リスク低減効果を考えれば、高い投資対効果が期待できると言える。医院の規模や方針にもよるが、「高価な最新設備の導入」ほど大掛かりな投資でなくとも、日々の診療の質と効率を底上げするツールとしてセメントを見直すことが、堅実かつ賢明な経営判断に繋がるだろう。

使いこなしのポイント

フジルーティングEX Plusを導入したら、その性能を最大限発揮する使いこなしを心がけたい。導入初期にはスタッフ間で操作法を統一し、小さな注意点も共有しておくことが望ましい。以下に、臨床現場で本製品を活用するための具体的なコツをいくつか挙げる。

① 支台歯の状態管理

合着直前の支台歯は清潔で乾燥しすぎていない状態が理想である。仮封や仮着材を除去した後は、アルコール綿球やスラリー状の軽石で歯面を清拭し、湿らせた綿球で残留物を完全に取り除こう。前処理のコンディショナーを使った場合も、しっかり水洗して余剰分を流し出す。ただしエアーで乾燥させすぎると象牙質が過乾燥になり、グラスアイオノマーの初期反応に支障が出たり知覚過敏の原因となりうる。歯面は適度に湿潤状態に保つ(表面が光っている程度)よう調整するのがポイントである。

② 練和と充填のタイミング管理

ペーストを混和したらタイマーで作業時間を管理する習慣をつける。特に初めて使う際は、何分で糸を引き始めるか、どの程度で粘度が上がるかを体感しておくと良い。目安として開始30秒〜1分程度で粘調度が増し始めるため、その前に補綴物のセットと位置決めを完了させたい。単冠なら慌てる必要はないが、ブリッジの場合は順番に一気にセットする手順をシミュレーションしておく。必要に応じてアシスタントに手伝ってもらい複数の補綴を同時押さえすることも検討する。圧接は指でしっかり行い、可能なら患者に咬んでもらってさらに圧を加える。初期硬化が始まる最初の1分間は確実な保持が重要なので、動揺しないよう指で支台歯ごと固定するくらいの意識で圧接する。

③ タックキュアの活用術

余剰セメントの除去タイミングは、症例により光を当てるか否かを判断する。コツとして、「除去に時間がかかりそうなケースほどタックキュア」と覚えると良い。具体的には、複雑な補綴物形態(ブリッジのポンティック部、大きなモノリシッククラウンの咬合面細部など)では、光照射して半硬化状態を作り出すことで、歯肉縁下に流れ込んだセメントも一塊で取りやすくなる。一方、単純な単冠で歯肉縁上に余剰が少ない場合は、無理に光を当てず自己硬化で1分ほど待ってから除去してもよい。光を当てる際は各面3秒以内というメーカー指示を厳守する。長く当てすぎると完全硬化してしまい除去が困難になるためだ。特に高出力のLED光照射器を用いる場合は2秒程度でも十分な場合があるので、様子を見ながら短めに照射しよう。照射後はできるだけ速やかにスケーラーや探針で余剰物を剥離させる。ポロッと外れない箇所は無理に引っ張らず、一旦別方向から光を当てて硬化度を調整しながら除去するなど、臨機応変に対処する。

④ 術後の仕上げ

最終硬化まで待った後は、咬合紙で軽く当たりを確認し、高点があれば即調整する。硬化後の本製品はかなり硬質だが、薄いセメント層であれば咬合調整のバーで容易に除去できる。逆に辺縁近くに残った微小なセメント片は、探針や超音波スケーラーで確実に除去することを忘れない。グラスアイオノマー系セメントはレジンセメントほど硬質ではないものの、歯肉縁下に取り残すと炎症やプラーク滞留の原因になる。特に矯正バンドやインプラントアバットメントのセメント固定では、周囲組織への影響に注意が必要である。装着後はプロービングやデンタルフロスで全周をチェックし、見落とした残留セメントがないか慎重に確認する。

⑤ スタッフ教育とマニュアル化

新しいセメントを導入した際は、院内マニュアルを整備して共有しておくと良い。前処理の有無、練和〜装着までの手順、タイマー管理、光照射の判断基準、除去のタイミングなど、ポイントを箇条書きにしてユニットサイドに貼っておけば、誰が担当しても一定のクオリティで操作できる。特にアシスタントが除去を補助する場合は、光照射タイミングの声かけや、除去開始の合図などチームワークを取り決めておくとスムーズである。また実際に使ってみて発生した失敗例やコツ(例えば「真夏は練和時間を短く」といった季節変動への対応など)も都度アップデートし、皆で共有すると良いだろう。こうした積み重ねが、結果的に臨床を安定させ医院全体のサービス品質向上に繋がる。

適応と適さないケース

どんな優れた製品でも万能ではない。フジルーティングEX Plusにも、最大のパフォーマンスを発揮できる状況と、他の材料に譲った方が良い状況とがある。本節では添付文書の注意事項や臨床経験を踏まえ、適応症と非適応(慎重適応)を整理する。

まず本製品が適しているケースとしては、十分な保持形態を有する補綴物の合着が挙げられる。例えば支台歯のテーパー角が適正範囲内で高さも充分あるクラウンや3ユニット程度までのブリッジでは、本製品単独で長期的な維持が期待できる。前述のように、金属冠・インレー、ファイバーコアの装着、アルミナまたはジルコニアフレームを持つセラミッククラウン、硬質レジン前装冠、小児用のステンレスクラウン、矯正バンドといった場面は、本製品の想定適応である。特に金属系やジルコニア系の修復物は、レジンセメントで積極的に接着力を稼がなくとも機械的嵌合と本製品の化学結合で十分機能することが多い。また唾液や血液のコントロールが難しい部位(例:下顎大臼歯遠心部の支台歯)でも、本製品はある程度の湿潤下でも硬化が阻害されにくく、ラバーダム困難な症例で真価を発揮する。加えて一時的に外れやすい仮歯を使いたくないインプラント上部構造の仮固定にも応用できる。完全固定だと将来除去が大変だが、本製品はレジンセメントほど強固すぎず、かつ仮着用セメントよりは安定して維持できるため、“やや弱めの永久固定”というニッチな使い方も現場では見られる。例えばインプラントのプロビジョナルクラウンを数ヶ月装着する際に、本製品を少量点付けしておけば比較的容易に撤去できる場合がある。ただしこれはメーカー推奨の正式適応ではないため、自己責任で行う応用編と言える。

一方で、本製品が適さないか慎重な検討を要するケースも存在する。代表的なのは、接着による保持が不可欠な症例だ。具体的には、保持形態が不十分な支台歯(低い形成やテーパー過大など)に対する補綴物装着では、本製品のみでは維持力が不足する恐れがある。このような場合は迷わずレジンセメント+ボンディングシステムによる積極的接着を検討すべきだろう。またエナメル質への強固な接着が要求される修復、例えばラミネートベニアやエッチングして接着させるタイプのオールセラミックインレーは、レジンセメントの独擅場であり本製品の出番ではない。審美性が重視される症例も要注意だ。本製品はライトイエロー不透明調なので、薄いセラミック修復物の下に用いると色調へ影響するリスクがある。とりわけ前歯部の透光性クラウンやベニアでは、本製品ではなく色調調整可能な審美用レジンセメントを選ぶべきである。

他にも長大なスパンのブリッジや過剰な咬合力がかかる症例では、強度や耐久性の面からレジンセメントが選択されることが多い。例えば上下総義歯の全部床金属ライナー固定やロングスパンブリッジの遠心端など、最悪破折時にリカバー不能となる場面では、より高強度の接着システムで安全策を取る考え方もある。またインプラント上部構造の永久装着については意見が分かれる。セメント固定のインプラント冠では除去困難な残留セメントが周囲炎を招くリスクが知られるため、近年は原則一時的(弱い)セメントを選ぶ流れもある。本製品はインプラントにも使用可能ではあるが、強固に付けすぎてしまうと将来の撤去が難しいため、患者リスクやメンテナンス計画によっては避ける選択も妥当だろう。メーカー添付文書上も、明確な禁忌事項は「重度のアレルギー患者」など一般的注意のみだが、以上のように症例に応じて適材適所を見極めることが肝要である。

医院のタイプ別に考える導入判断の指針

最後に、読者である先生方それぞれの診療方針に照らして本製品がマッチするかを検討してみたい。医院の志向や主な患者層によって、求める材料像は異なる。いくつかのタイプ別に、フジルーティングEX Plusの向き不向きを述べる。

1. 保険診療が中心で効率最優先の医院

日々多くの患者を回し、時間当たりの生産性を重視する医院には、本製品はうってつけである。硬化待ち時間の短縮とタックキュアによる余剰セメント除去の迅速化は、ダイレクトにチェアタイム削減に繋がる。保険診療では数分の差がそのまま売上に跳ね返るため、この効率化メリットは大きい。また保険適用材料なのでコスト面のハードルも低い。仮に材料費の自己負担分がわずかに増えても、作業時間短縮で十分ペイできる。さらに本製品は扱いやすく失敗が少ないため、新人スタッフが多い医院でも安心だ。前処理がシンプルで術式が標準化しやすく、混ぜムラも視覚的に確認できるため、技術レベルに左右されにくい。患者にとっても短時間で処置が終わり、術後の違和感も少ない(硬化収縮が少なく知覚過敏が出にくい)ため、不満が出にくいだろう。以上より、効率最優先の医院には導入強く推奨できる。逆に同じ保険中心でも、例えば歯周病重視でクラウン症例が少ない医院では出番が限られるかもしれない。しかしそうした医院でも年に数ケースは補綴処置があるはずで、その際に使いやすいセメントとして常備しておく価値はある。

2. 高付加価値の自費診療をメインとする審美系医院

オールセラミックや審美補綴を主体とする医院では、正直なところ本製品の出番は限定的かもしれない。セラミックインレー・クラウンやラミネートべニアでは、審美性と強固な接着を両立するデュアルキュアレジンセメント(色調バリエーションあり)を使う場面がほとんどで、本製品ライトイエロー1色では対応しきれない。また高額自費治療では「できる限り最善の材料を」という心理も働き、たとえ本製品で十分でも患者説明上あえて高価なセメントを選ぶこともある。それでも一部のケースでは有用だ。例えばジルコニアクラウンの装着には審美用レジンセメントを用いるメリットが小さいため、本製品で簡便に済ませる方が合理的な場合がある。またフルジルコニアの保険ブリッジが解禁されている現在、自費中心院であってもジルコニア補綴の機会は多い。そうした際にコストを抑えつつ確実に装着できる手段として持っておくのは悪くない選択である。さらに自費患者ほど一度の治療で完璧を期すことが求められるため、術後トラブルを避ける保険としてフジルーティングEX Plusを使う考え方もある。具体的には、術者が「この症例は接着よりも合着でトラブル回避した方が良い」と判断した場合、本製品で確実に仮着材残留やポストセメント残存を封じ、着実に装着する戦略だ。例えば複数ユニットのジルコニアブリッジで、術中の難易度やリスクを下げるためにあえてグラスアイオノマーで装着し、外れないことを優先するケースなどが考えられる。総じて審美系医院では主役にはならないものの、「縁の下の力持ち」的にバックアップ要員として備えておく価値は十分にある。高価なレジンセメントばかり使っていると材料コストも嵩むため、使い分けで経費節減を図る知恵も経営には重要だ。

3. 外科・インプラント中心の医院

口腔外科やインプラント治療を多く手がける医院では、補綴においても少し異なる視点が必要だ。たとえばインプラントの上部構造の装着では、スクリューリテインかセメントリテインか方針が分かれる。本製品は前述のようにインプラント冠の装着にも使えるが、セメント残留リスクにはより注意深くなる必要がある。外科メインの医院ではメインテナンスも重視するため、完全固定よりも将来的な撤去を見据えた仮着を選ぶドクターも多い。その観点では、本製品は強すぎる接着剤とも言える。実際、インプラント周囲炎予防のために敢えて一時的セメント(例えば酸化亜鉛ユージノール系など)で様子を見ることもあるくらいだ。従って、インプラント主体の医院では本製品は使用シーンを選ぶ。ただし口腔外科系の処置では全身管理下での治療も多く、時間短縮や確実性が求められることが多い。例えば難症例の埋伏歯抜歯と同時に補綴処置も済ませるようなシチュエーションで、迅速にクラウン装着まで終えたい場合、本製品のスピード硬化・容易除去は役立つ。高齢者や有病者が多い医院でも、処置時間を1分でも短縮する意義は大きい。また外科処置後の仮歯固定にも応用可能だ。抜歯即時インプラントのプロビジョナル装着や、外科的な口腔内装置の固定など、強度と除去性のバランスを取りたい場面で試す価値がある。まとめると、外科・インプラント系医院ではインプラント補綴以外の一般補綴においては本製品のメリットを享受でき、とくに時間短縮ニーズが高い場合にマッチする。インプラント補綴そのものに関しては、医院ポリシーによって適否が変わるため、採用前に一度チームでディスカッションしておくと良いだろう。

よくある質問(FAQ)

Q1. フジルーティングEX Plusで装着した補綴物の維持は長期的に大丈夫か?

A. 適切な症例に用いれば、長期予後は良好である。実際、従来からグラスアイオノマー系セメントで装着されたクラウンは何年も機能する例が多数ある。本製品はそれら従来品より接着強度が向上しており、メーカーや臨床家から長期安定性に関する肯定的な報告がなされている。ただし維持力はセメントだけで決まるものではない。支台歯の形態や修復物の設計、咬合関係などが適切であってこそ長期安定が担保される点には留意が必要である。低い歯やテーパーが大きすぎる歯に本製品を用いた場合、経年的に脱離のリスクが高まる可能性は否めない。そのため、症例選択と術式の工夫(必要ならスリーブ増やしや接着補強など)も合わせて検討されたい。

Q2. フジルーティングEX Plusを使うとき、歯面への前処理(コンディショナー)は必須か?

A. 必須ではないが、推奨される。本製品はコンディショナー無しでも接着性能を発揮できるよう設計されており、メーカー資料でも「前処理なしで高い接着力」と謳われている。臨床的にも、緊急時などコンディショナーを省略して装着してもうまくいった報告はある。しかし、安定した接着強度を得るうえでコンディショナー併用は有効である。わずかな手間で歯面の汚れやスミヤー層を除去でき、初期接着のムラを減らせるからだ。特に象牙質面が広い支台歯では、コンディショナーなしだとセメントの食い込みが阻害されやすいため、可能な限り使用を勧める。具体的には20秒間の塗布後に水洗・軽く乾燥するだけなので、患者への侵襲もなく簡便だ。コンディショナーを省くかどうかは術者の判断になるが、余裕があるなら使った方がベターという位置づけで捉えておくと良いだろう。

Q3. リライエックス ルーティング プラス(3M社)から乗り換えるメリットは?

A. 両者は同じRMGI系セメントで基本性能に大きな差はないが、フジルーティングEX Plusにはいくつかの利点がある。まず硬化スピードでは本製品が勝っており、最終硬化時間がおよそ半分程度(2分45秒 vs 5分)になる。診療効率をさらに上げたいならメリットと言える。次に操作性では、本製品は手動練和タイプであるため、専用チップ不要で経済的かつ機材トラブルも少ない。リライエックスはオートミックス式で混和は手軽だが、チップ代や混和不良リスクがゼロではない点で一長一短だ。さらに保険請求上の扱いは両者とも「接着性レジンセメント」で同じ17点だが、本製品は国産品ゆえに流通面・供給面の安心感がある(3M製品も近年は安定供給されているが、一部では輸入品の納期遅延を経験した医院もある)。加えて、試験データ上では本製品の方が接着強さ・曲げ強さで優位との報告もあり、性能面でも遜色ない。強いて言えば、リライエックスは真っ白な色調であるためオールジルコニアの厚い冠などでも色の影響がなく安心という意見がある。本製品のライトイエローはわずかに色味があるので、審美ゾーンでの使用頻度が高い場合には注意いただきたい。総合的には、既にリライエックスで満足している場合は無理に変える必要はないが、より速い処置やコスト削減を図りたいならフジルーティングEX Plusへの移行は有益だろう。一度トライアルして、スタッフ全員が扱いやすいと感じるかどうか確かめてみることをおすすめする。

Q4. 術後の知覚過敏や歯髄への影響が心配だが、大丈夫か?

A. 本製品は従来型のグラスアイオノマーセメント同様、術後の知覚過敏リスクは低いと考えられる。リン酸エッチングを伴うレジン接着システムと異なり、象牙質への過度な浸透や脱灰を行わないため歯髄刺激が少ない。実際、RMGI系セメントはほとんどポストオペ感度(術後疼痛)がないとの評価もあり、本製品でも患者からしみる等の訴えはほぼ聞かれない。ただし、術中に歯面を乾燥させすぎたり、逆に唾液汚染を許してしまうと、接着不良や微漏洩から刺激が出る可能性はゼロではない。また深いう蝕で露髄に近い象牙質の場合、どんなセメントでも注意が必要だ。必要に応じて水酸化カルシウム製剤でライニングした上で合着するなど、基本的な歯髄保護策は講じておくと安心である。総じて、本製品は歯に優しい材料と言えるが、扱いを誤らないことと、患者個々のリスクに応じた処置を組み合わせることが重要だ。

Q5. 他のスタッフでもきちんと使いこなせるか不安…トレーニングは必要?

A. 基本的な取り扱いは難しくなく、短時間の説明でスタッフでも十分習得可能である。実際、ペーストの色で混ぜ具合が確認できる点や、余剰除去のタイミングが視覚と時間で判断しやすい点など、新人にも優しい設計となっている。とはいえ、新規導入時にはやはりスタッフ向けの説明会を開くことを推奨する。メーカーの担当者や信頼できる卸業者に依頼すれば、院内勉強会でデモンストレーションを行ってもらえることもある。最低限、前処理の有無や練和〜セットまでの流れ、照射タイミングのコツなどを院長から説明し、実際にタイマーを使って疑似操作の練習をしておくと良いだろう。特に歯科衛生士や助手が補綴物装着の介助に入る場合、本製品の特性を理解していないとタイミングが合わず混乱する恐れがある。しかし一度コツを掴めば、むしろ従来セメントより扱いやすくミスの起きにくい材料である。「慣れればこちらの方が簡単」とスタッフが感じてくれれば、導入は成功したも同然だ。万一トラブルが起きた時のために、メーカーのテクニカルサポート窓口も案内しておけば安心できるだろう。スタッフと二人三脚で新しい材料を使いこなし、医院全体のレベルアップに繋げてほしい。