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GC(ジーシー)の歯科用セメント「ジーセム」の評判や手順・使い方をまるっと解説

GC(ジーシー)の歯科用セメント「ジーセム」の評判や手順・使い方をまるっと解説

最終更新日

セメント残りや脱離に悩む先生へ

クラウン装着後の余剰セメントの除去に手こずり、次の患者をお待たせしてしまった経験はないだろうか。あるいは、セットした補綴物が早期に脱離して焦ったことはないだろうか。接着性レジンセメントの進化に伴い、「操作が簡便で強力な接着」を両立する製品が登場しつつある。

本稿では、GC(ジーシー)社の歯科用接着セメント「ジーセム ONE(ワン)」を取り上げ、その評判や臨床手順を詳しく解説する。単なる製品紹介に留まらず、臨床現場でのメリットと医院経営への効果の両面から分析し、先生方が自身の診療スタイルに合った賢いセメント選択ができるようサポートしたい。

【製品の概要】ジーセム ONEとは何か

ジーセム ONEはGC社が提供する歯科接着用レジンセメントであり、補綴物の合着に用いるデュアルキュア型(光・自己重合両対応)の自己接着性セメントである。正式名称は「ジーシー ジーセム ONE」で、レジン系セメントに分類される。主な適応はインレー、アンレー、クラウン、ブリッジなどの永久補綴物の装着であり、金属・陶材・レジンあらゆる材質の補綴装置に使用できる。さらにファイバーポストや鋳造ポストコアの接着、インプラント上部構造の合着にも適応する汎用性を持つ。製品は大きく分けて2種類の供給形態があり、一つは「ジーセム ONE EM」と呼ばれるオートミックス(自動練和)タイプ、もう一つは「ジーセム ONE neo」と呼ばれるハンドミックス(手練和)タイプである。どちらもセメントペースト2剤を混合して用いる点は同じだが、EMは専用チップで自動混和・直接注入でき、neoはパッド上で手動混和してヘラで塗布するタイプである。

薬事区分としては「ジーセム ONE neo」が管理医療機器(クラスII)に該当し、認証番号は228AKBZX00104000である。一方「ジーセム ONE EM」は一般医療機器(クラスI)扱いで、届出番号は13B1X00155000189となっている。いずれも歯科医療従事者向けの専門的材料であり、使用に際しては添付文書やテクニカルチャートに従った適切な手順が求められる。製品ラインナップの色調は、ユニバーサル(A2)やホワイト(不透明ホワイト)をはじめ、症例に応じた複数のシェードが用意されている。国内一般流通品ではA2とホワイトの需要が高いが、メーカー提供情報によればトランスルーセント(透明)、AO3(濃色系)、ブリーチ系まで含め最大5色のバリエーションが存在する。審美症例ではトランスルーセントでセメントの存在感を抑え、金属コアの症例ではホワイト(オペーク)で下地を遮蔽するなど、色調選択により補綴物の美観に配慮できる点も特徴である。

【主要スペック】強力な接着力と簡便性を両立する設計

ジーセム ONE最大の特徴は、プライマー(前処理剤)無しでも歯質やジルコニアに接着できる自己接着性と、必要に応じて専用プライマーの併用で接着力をさらに高められる柔軟性にある。開発元のGC社は、従来から定評のある4- METやMDPといった機能性モノマーを本製品に採用している。これらリン酸エステル系の接着性モノマーがペースト中に含有されており、エナメル質・象牙質に対する化学的接着や、金属酸化層・ジルコニアへの化学結合を可能にしている。言い換えれば、ジーセム ONE自体に歯面処理剤のような働きが組み込まれており、金属修復ならプライマー無しで高い保持力を発揮する。またジーセム ONEには二重重合開始系が組み込まれており、光照射による迅速な硬化と、光の当たりにくい部位での自己重合硬化の両方が高水準で達成される。ISO準拠の試験による3点曲げ強さ(曲げ強度)も、光照射の有無にかかわらず100MPaを優に超える高い値を示しており、従来のレジンセメントと比べて機械的強度に優れる【注:参考データ】。この強度レベルは、小臼歯部程度の咬合力に十分耐えうるだけでなく、長期的な修復物の支台保持にも有利である。

操作性の面でも、ジーセム ONE neoとEM各々で工夫が凝らされている。neo(手練和タイプ)はメーカー独自のペースト設計により適度な粘性を有し、「練和しやすくヘラで扱いやすい」ことが強調される。実際に練和後のペーストは過度に流れ出さず適度にとどまる性状で、築盛しても垂れにくいため圧接時に補綴物が浮き上がるリスクを軽減している。一方EM(オートミックスタイプ)は、付属の混和チップを装着してシリンジから直接注入できる構造である。これにより常に均一比率の練和が実現し、手作業による混ざりムラや気泡混入を防いでいる。特にロングスパンブリッジなど大量のセメントが必要な症例でも、引き金操作ひとつで必要量を一度に押し出せるため、手早く確実に塗布可能である。混和チップ内で自動的にペーストAとBが混ざるため、術者ごとの練和精度のばらつきも無く、常にセメント本来の物性を最大限発揮できる点は大きな利点である。

余剰セメントの除去のしやすさもスペック上の重要ポイントである。ジーセム ONEは一定時間経過で半硬化状態(ゲル状態)になった時に一塊で剥離できるよう調整されている。具体的には、口腔内に補綴物をセットしてから約1分〜1分30秒で余剰部分がゴム状に硬化し始め、このタイミングで辺縁部のセメントを撤去すると、ちぎれずにつながったままポロッと一括除去できる。光重合を併用する場合は、辺縁部を各面1秒程度タックライト照射することで即座に表層がゲル化するため、より素早く除去が可能だ。これは除去性の良さと作業時間短縮に直結し、結果的に術後の残留セメントを極力減らすことにつながる。歯肉縁下や近接面に残った微小なセメント片は、将来的な歯周炎やインプラント周囲炎の誘因になり得るため、余剰セメントがまとまりやすい性状は臨床的に大きな利点である。

最後に注目すべきスペックとして、ジーセム ONEは専用プライマー併用時の重合特性に独自技術を有する。後述する「接着強化プライマー」を支台歯側に塗布すると、セメントの化学重合が触発されて“タッチキュア”効果と呼ばれる初期重合促進が起きる。これは光の届きにくい深部でも歯面側から硬化が進行する仕組みで、早期の接着安定性を高めるものだ。実験データでも、プライマー未使用時と比べ象牙質接着強さが大幅に向上し、熱サイクル後も高い接着値を保つことが示されている【注:メーカー研究所データ】。このように、単体でも臨床実用十分な性能を持ちながら、オプション併用で性能をブーストできる柔軟な設計がジーセム ONEの核となるスペックである。

【互換性や運用方法】あらゆる補綴物と簡便に連携

ジーセム ONEシステムを最大限に活用するには、補綴物側・支台歯側それぞれで適切な前処理を行うことが重要である。まず支台歯側(天然歯やコア側)について、標準の術式ではエッチングやボンディングは省略可能である。セメント自体が自己接着能を持つため、支台歯は軽く乾燥させる程度で基本的にそのまま適合させてよい。ただし、より強固な接着を狙う症例(例えば短い歯柱で保持形態が乏しい支台や、大きな咬合力がかかるケース)では、GC社の提唱する「ジーセム ONE 接着強化プライマー」の塗布が推奨される。この接着強化プライマーは1液性で、歯質面・支台築造面に塗布して10秒ほど放置し、強いエアブローで溶媒を飛ばすだけの簡単な操作である。エナメル質・象牙質はもちろん、金属やレジンコアが混在した支台面にも一律に塗布可能で、部位ごとに液を塗り分ける必要がない(※金属イオン阻害を抑制する成分と、歯質に対する接着性モノマーを両方含有する)。プライマー塗布後は光照射は行わず、そのままセメント適合に移行する点も簡便である。プライマーが残留して厚みをとらないよう強めのエア乾燥がポイントだ。併用によって象牙質接着力が大幅に増強され、前述のタッチキュア効果で初期硬化も促進されるため、予後に不安のある症例では心強い味方となる。

一方、補綴物側の前処理についても素材に応じた対応が必要だ。ジーセム ONEはセメント自体にMDP系モノマーを含むため、ジルコニアや金属修復物では追加のプライマーは不要とされる。臨床的には、ジルコニアクラウンやメタルクラウンの場合、内面をアルミナブラストなどで機械的に粗面化すれば、そのままジーセム ONEで接着可能である。実際メーカーも「金属修復物にはプライマー不要」と公表している。ただし、セラミックス(陶材)やレジン系補綴物の場合には、シランカップリング処理による表面改質が望ましい。GC社からは「G-マルチプライマー」というマルチ用途のプライマーが提供されており、これはガラス系陶材やハイブリッドレジンなどあらゆる補綴物表面に適合する。例えば、セラミックインレーの内面はフッ化水素酸エッチング後にG-マルチプライマーを塗布し、硬化させず乾燥させたうえでジーセム ONEで装着する。これによりセメントと補綴物の界面にシラン結合などの化学的ブリッジを作り、長期的な接着耐久性を確保できる。レジン系CAD/CAM冠(いわゆるハイブリッドレジンブロック冠)の場合も、内面をサンドブラスト後にG-マルチプライマー処理することで高い接着強さが得られる。もし手元にG-マルチプライマーが無い場合でも、少なくともセラミックにはシラン処理、硬質レジンにはマイクロブラスト処理を施してから本セメントを用いるべきである。総じて、ジルコニア・金属:ブラストのみでOK/ガラス・レジン:シラン系プライマー併用というのが補綴物側処理の指針になる。

実際の操作プロトコルは極めてシンプルである。ジーセム ONE neoの場合、付属の練和紙上にペーストAとBを等量絞り出し、数十秒間しっかりと練り混ぜる。練和直後から作業時間(ワーキングタイム)はおおむね1分半〜2分程度確保されているので、その間に補綴物内面全体にセメントを塗布する。小さなインレーでは、ヘラ先に少量のペーストをとって窩洞内壁に塗り広げるか、補綴物内面に盛ってから装着する。ジーセム ONE EMの場合は、シリンジ先端に使い捨て混和チップを装着し、最初に一押し分ほど空押ししてペーストが均等に押し出される状態にする(初めの一滴は比率が狂う可能性があるため廃棄)。その後、混和チップ先端を補綴物内面の奥まで差し込み、引き金を引いてセメントを必要量だけ注入する。インレー窩洞など細かい部位には先細ノズル(付属の「EMミキシングチップF用ノズルRC」)を用いると奥まで充填しやすい。オートミックスガンには「エコストッパー」と呼ばれる別売アタッチメントを装着でき、これにより引き金1クリックでインレー1個分、2クリックでクラウン1本分といった一定量を計量押出できる仕組みになっている。複数ユニットを同時装着する際も一つずつ確実に注入でき、材料の無駄遣いを防げる。なおジーセム ONEは使用前に冷蔵庫から取り出して室温に戻しておくのが望ましい。低温下では粘度が上がり混和不良や押出抵抗の増大を招くためだ(開封後も冷蔵保存推奨だが、使う前に数十分は室温になじませるとよい)。使用後のシリンジは先端を清潔な拭い取り用綿球などでふき、キャップまたは新しい混和チップで密閉して保管する。手練和に用いた練和スパチュラやパッド上の残セメントは重合硬化すると除去が困難になるため、硬化前にアルコール綿で拭取るなど即時の片付けを心がけたい。

院内教育やスタッフ運用の観点では、ジーセム ONEは特段難解なステップを要さないため導入ハードルは低い。歯科衛生士や助手が補綴物合着をアシストする場合でも、エッチング・ボンディングといった行程が無い分ミスが少ない。また前処理剤を使う場合でも1液を塗って乾かすだけなので説明しやすい。強いて注意点を挙げれば、接着強化プライマー使用時は必ず強くエアブローし、液 pool(たまり)を残さないことくらいである。万一プライマーを厚く塗りすぎてしまうと、セメント適合時に圧で余剰プライマーがにじみ出て歯肉を刺激したり、硬化不良を招くリスクがあるためだ。この点をスタッフに周知しておけば、基本的にはマニュアル化しやすい製品である。

【経営インパクト】コストパフォーマンスとチェアタイム短縮の効果

新しい歯科材料を導入する際、その費用対効果(ROI)は院長にとって重要な判断基準となる。ジーセム ONEの場合、まず材料コストから考察しよう。本製品の標準パック(ジーセム ONE neo 1函)は定価6,000円程度である。この中に含まれるペースト量はおよそ7〜8mL相当で、単冠症例であれば20〜30本分ほど使用可能と試算される。一方、保険診療で接着性レジンセメントを使用した場合には、補綴物装着の際に特定保険医療材料料として点数算定できる。令和6年診療報酬では、手練和タイプの接着性レジンセメント使用時に17点、自動練和タイプ使用時に38点が材料加算として認められている。1点=10円換算なので、ジーセム ONE neo使用なら170円、EM使用なら380円が診療毎に収入に上乗せされる計算になる。仮に1本のクラウン装着にジーセム ONEを0.3mL使用(コスト約200円相当)したとすると、neoでは実質数十円の持ち出し、EMでは材料費を上回る加算が得られることになる。オートミックスの方が点数は高いものの、チップ廃棄によるロス分や製品価格差を踏まえても概ね費用は相殺され、保険診療下では院内コストを圧迫しにくい材料といえる。

直接的な材料費以外に、時間的コストの削減も見逃せない。ジーセム ONEは工程がシンプルで操作時間が短縮できるため、1症例あたり数分のチェアタイム短縮が期待できる。例えば、従来エッチング+ボンディング+セメントと3工程かけていたものが、ジーセム ONEならいきなりセメント塗布に入れる。さらに余剰セメントの清掃もスムーズなため、複数ユニット装着時のトータル時間が明らかに短くなる。1症例あたり5分の短縮でも、月20症例で100分、年間にすると約20時間にもなる計算である。この時間を他の患者対応や自費カウンセリングに充てることができれば、機会損失を減らし医院全体の生産性向上につながるだろう。

再治療リスク軽減による経営効果も重要だ。接着力の不足したセメントを使っていたがためにクラウン脱離が頻発すれば、無償再装着や補綴物作り直しで医院の負担増となる。ジーセム ONEは先述の通り高い接着耐久性を備えており、メーカー試験では脱離クレーム率0.0004%という極めて低い数値も報告されている(あくまで理想環境下のデータではあるが、少なくとも接着信頼性は高い)。臨床でも適切に使用すれば補綴物の脱離や二次う蝕の発生を抑え、長期安定が期待できる。これは患者満足度の向上につながり、医院の信頼獲得や紹介増にも寄与するだろう。特に自費診療で高額なオールセラミッククラウン等を提供する際、接着不良によるトラブルは医院の評判に関わる。ジーセム ONEの導入でそのリスクを下げられることは、見えない保険への投資とも言える。

さらに、ジーセム ONEを用いることで新たなメニューへの展開も見込める。例えば近年需要が高まるCAD/CAM冠(保険のハイブリッドレジン冠)には接着性レジンセメントが推奨されているが、使い慣れていない歯科医院ではグラスアイオノマー系セメントで代用しているケースもある。しかしそれでは接着力不足で脱離リスクが高まる可能性がある。ジーセム ONEであれば保険CAD/CAM冠の装着も安全に行えるため、この治療を積極的に提供しやすくなるだろう。ひいては患者一人当たり単価の向上や医院の先進性アピールにもつながる。以上のように、ジーセム ONE導入は材料費以上の価値を生み出すポテンシャルがあり、診療効率と品質向上の両面からROIに優れた選択肢と言える。

【使いこなしのポイント】初期導入の注意点と臨床のコツ

ジーセム ONEを効果的に使いこなすには、いくつか臨床上のコツを押さえておきたい。まず初回使用時の感覚だが、従来の接着用セメントと比べて「どのタイミングで余剰セメントを取るか」が若干異なる。硬化がスピーディなため、口腔内にセットしてから1分ほどで周囲がゴム硬化し始める。このゲル化開始の見極めがポイントで、指先や探針で余剰部分を触ってみて、糸を引かず一括で剥がれそうな感触になった瞬間に一気に除去すると非常に綺麗に取れる。逆に、硬化が進みすぎてから削ろうとするとレジン系ゆえにカチカチに固まって取り残しやすい。初めの数症例は時間を計りつつ感覚を掴むと良いだろう。タックライト併用の場合は照射後すぐに除去に移る必要があるため、補綴物をしっかり保持した状態でライトを当て、1〜2秒照射→即除去という流れをアシスタントとタイミング良く行うとよい。

ジーセム ONE neoを使う場合の工夫としては、練和後のペーストをヘラで運ぶ際に糸を引きやすい点に注意する。特に小さなインレー窩洞では、ペーストを垂らさないよう細めのスパチュラや充填用の細流器具を用いると確実だ。どうしても糸を引いてしまった場合は、一旦ヘラをパレットで拭い、糸状のものはアルコール綿で除去してから再操作する。ジーセム ONE EMのチップは吐出精度が高い反面、チップ内に多少の材がロスとして残る。複数歯に連続して注入する際は、チップ内に硬化した塊が詰まらないよう装着後すぐに次の歯へ連続して注入するか、一度チップを外して洗浄してから再度装着する(ただし通常チップは使い捨て推奨)。エコストッパーを活用すれば無駄な押し出しを防げるので、材料を経済的に使いたい場合はぜひ併用したい。

支台歯側プライマーの使い分けもテクニックの一つだ。メーカーは非金属修復では接着強化プライマーの使用を推奨しているが、実際にはケースバイケースで省略も可能である。例えば、十分に高さとテーパーがある支台にメタルボンドクラウンを装着するような場合、セメント単体でも脱離リスクは低い。一方、全部セラミッククラウンでエナメル質面が多く露出するケースでは、自己接着セメントはエナメルにやや劣るためプライマー併用が望ましい。このように、「迷ったらプライマー使用」を基本に、不要と思える症例では省いて時短するという柔軟な運用ができる点がジーセム ONEの利点だ。また、既に院内でGCの「G-プレミオボンド」をお使いの場合には、これを歯面に塗布・エアブローしてからセメント適用することで接着強化プライマーの代用とする手法もある。G-プレミオボンドも同社のユニバーサルボンドであり、未重 polymerized層を残したままセメントを自己重合させれば高い歯質接着力を示すことが確認されている。ただしボンドをライトキュアせず使う点が通常の充填時と異なるため、スタッフには明確な指示が必要である(誤って光硬化するとセメントとの接着層が形成されない恐れがある)。

感染対策・院内体制の面では、ジーセム ONEはレジン材料ゆえ唾液・血液汚染に弱い点は他の接着材料と同様である。隔壁やラバーダムが困難な状況でも、少なくともエタノール綿球で支台歯を清拭し、乾燥状態を維持するよう努める。また練和に使用するパッドやチップはディスポーザブルなため、症例毎に使い捨てれば院内感染リスクも低減できる。ハンドミックス時に使う練和紙は小サイズのものだと一部成分が染み込んで配合比に影響する懸念もあるので、付属の専用練和紙かツルツルしたブロックタイプの混和紙を使用するとよい。

患者説明の観点では、接着性セメントの存在は裏方の要素ではあるが、「最新の強力な接着剤で装着しています」とひと言伝えることで安心感を与えることもできる。特に自費治療の場合、「接着操作にも細心の注意を払い、信頼性の高い材料を用いています」と説明すれば、治療品質への付加価値を感じてもらいやすいだろう。ただし薬機法上、院外への広告では材料名や効能を謳うのは制限があるため、あくまでチェアサイドでの対話の中でさりげなく伝える程度に留めたい。

【適応と適さないケース】得意な症例と注意すべき症例

ジーセム ONEが威力を発揮する代表的なケースとしては、まず保険の小さなインレーから大きなクラウンまで幅広い補綴物の装着が挙げられる。従来、保険診療下ではグラスアイオノマーセメントを用いることが多かったが、CAD/CAM冠など接着力が要求される素材には本来レジンセメントが適する。ジーセム ONEなら、保険診療内でレジンセメント接着を取り入れても手間が増えず収益面のデメリットも少ないため、日常臨床のほとんどのケースで適応可能だ。特にメタルインレー・クラウンではプライマー無しでも充分な保持力が得られるため、術式を簡略化しつつ脱離リスクを下げられる理想的な材料と言える。さらに、自費領域のオールセラミック修復(E.maxやジルコニアクラウン、ラミネートべニア等)にも適応できる。高強度ジルコニアやCAD/CAM冠には自己接着モノマーが奏功し、エナメル質主体のべニアにはプライマー併用で高いエッチング効果が発揮される。複数の材料が混在する複合支台(メタルコア+象牙質など)でも、一種類のプライマーで一括処理できるため煩雑にならない。したがって、単純な形態の補綴から複雑なケースまでオールラウンドに使用できるのがジーセム ONEの強みである。

一方で、適さないか慎重な判断が必要なケースも存在する。まず将来的な補綴物撤去の可能性が高い症例では注意が必要だ。例えばインプラント上部構造をセメント固定する場合、定期メンテナンスやマイローゼ時の撤去を考慮して弱い仮着材を使うことも多い。しかしジーセム ONEは高接着の永久固定用であり、一度装着すると除去には補綴物の破壊がほぼ避けられない。そのため、インプラントクラウンのように撤去前提の場面では本製品は不向きである(どうしても用いるならネジ孔の開放や撤去スロット加工など万一に備えた措置が必要)。また、極端に保持形態が不良な支台歯(例えば残根に近いような短い歯など)も要注意だ。ジーセム ONEは接着力こそ高いが、そもそもの機械的維持力が皆無なケースでは、たとえプライマー併用でも長期安定は保証できない。そうした場合はコアやポストで十分維持形態を回復してから本製品を使うか、あるいは他の接着システム(例:ラバーダム下での複合レジン築造一体型接着など)を検討すべきだ。

辺縁封鎖性の観点では、ジーセム ONEは二次う蝕リスクを低減するとされているが、フッ素徐放などの機能は持たない。そのためう蝕リスクが極度に高い患者で全周辺縁が歯肉縁下のようなケースでは、補綴設計自体を見直す必要がある(ジーセム ONEだけで二次う蝕を防げるわけではない)。また、ごく稀なケースだが、レジン系材料に対してアレルギーの既往がある患者には慎重になるべきである。ジーセム ONEにもHEMA等は含まれていないものの、メタクリレート系モノマーは含有しているため、稀ながら接触過敏症の可能性はゼロではない。この場合はグラスアイオノマー系セメントなど代替材で対応することも考慮する。

審美領域で言えば、変色リスクの懸念は頭に入れておきたい。ジーセム ONEは長期の色安定性を考慮して設計されているが、デュアルキュア型である以上、わずかながら化学重合用アミン系開始剤も含まれる。前歯部の薄いラミネートべニア症例など、セメント色調が直接審美に響くケースでは、専用の審美セメント(光重合専用の色調バリエーションが豊富なもの)を使う歯科医師もいる。ジーセム ONEでもトランスルーセントやホワイトなど色調選択は可能だが、繊細なシェードマッチが要求される超審美症例では他製品に軍配が上がる場面もあるかもしれない。もっとも、通常のクラウンやインレー程度であれば肉眼的にセメント色が問題になることはほとんどなく、むしろ経年的な着色耐性は高い部類である(従来のレジンセメントより変色しにくい改良が施されている)。したがって審美修復全般にも基本的には適応可能であり、一部ケースでの例外的判断を除けば「適さない症例がほぼ無い」のが本製品の懐の深さとも言える。

導入判断の指針(読者タイプ別)

歯科医院それぞれの診療方針や治療哲学に照らして、ジーセム ONEがマッチするかを考えてみよう。以下にいくつかのタイプ別に導入是非のポイントを示す。

1. 保険診療が中心で効率最優先の医院

日々多数の患者を診療し、保険の範囲内で可能な限り効率よく治療を進めたい先生には、ジーセム ONEは強い味方となる。先述の通り、本製品は保険収載の材料であり、自費材料を使用することへの経済的ハードルがない。オートミックス型を使えば1症例あたり38点と比較的高い材料加算が得られ、材料費負担を気にせず最新セメントを導入できる。何より装着操作の時間短縮が受付から会計までのスループットを高め、チェア回転率の向上に貢献するだろう。特に技術アシスタントと二人三脚でテキパキ補綴セットを回したいようなケースで、手順がシンプルなジーセム ONEはストレスフリーだ。練和の失敗や取り残しセメントのトラブルも減り、滞りのない保険補綴治療を実現してくれる。もし「うちはグラスアイオノマーで十分」と感じている先生も、一度CAD/CAM冠やブリッジ症例で本製品を試してみれば、その作業効率と安心感から離れられなくなるかもしれない。

2. 自費治療中心で高付加価値を提供する医院

オールセラミックや審美補綴を主体に据える先生にとって、接着操作の質は治療結果を左右する生命線である。ジーセム ONEは信頼性の高い接着性と術式の再現性を兼ね備えており、こうしたハイエンド補綴にも十分対応できる。特にジルコニアクラウンやラミネートべニアなど、難接着材や繊細な症例にも専用プライマーやマルチプライマーの組み合わせで一括システム化されている点が心強い。複数メーカーのプライマーを駆使して煩雑な手順を踏んでいたものが、ジーセム ONEシステムに統一することで院内プロトコルが標準化され、スタッフ間でも統一した品質で施術できるようになる。これは、医院全体として安定した治療成果を出し続ける上で大きなメリットだ。また審美面でもホワイトやトランスルーセントの色調で補綴物の陰影をコントロールでき、メタルコアの透けも抑制できる。患者への説明においても「最新の接着セメントで装着します」と付言することで、治療クオリティへの自信を示すことができるだろう。もちろん高度審美の中には専用ラミネートセメント等を選ぶケースもあるが、日常的な自費クラウン・インレーに関してはジーセム ONE一種で網羅できるため、在庫管理コストも低減できる。高付加価値診療を標榜する医院ほど、裏方の材料にもこだわり抜いてこそ患者満足につながる。ジーセム ONEは、そうした医院の品質基盤を支える頼もしいツールとなり得る。

3. インプラント・口腔外科中心で機能重視の医院

インプラント補綴や難症例の補綴治療を多数扱う先生にも、ジーセム ONEは多くの利点がある。例えばインプラントのスクリューリテインが難しくセメントリテインせざるを得ないケースでは、本製品の高強度接着が補綴物の安定装着に寄与する。また、前述の通りセメント除去性が良好なため、歯肉縁下に余剰セメントが残りにくい点はインプラント周囲炎のリスク管理にも好都合だ。チタンアバットメントやジルコニアアバットメントにもプライマー無しで密着し、長期間の機能にも耐えうるだろう。ただし将来的な撤去が想定されるケースでは使用を避けるなど、そこは術者の裁量になる。口腔外科領域で例えば多数歯欠損のブリッジやフルアーチ補綴を扱う際にも、ジーセム ONEはどんな材質の支台・装置でも一貫した手技で装着できるため、複雑な症例計画でも接着ステップの不安が軽減するだろう。強い咬合力が懸念されるブリッジ症例では、プライマーを駆使すれば高い耐久性が期待でき、再治療のリスクを最小化できる。総じて、機能面を最優先し「外れない補綴」を追求する医院には、本製品の提供する強固さと信頼性は大きな武器となる。ただし、インプラント領域で意図的に弱いセメントを選んでいる場合などは、その方針との整合性を検討した上で導入してほしい。

以上のように、ジーセム ONEは多様な診療スタイルにマッチし得る柔軟性を持つ材料である。保険から自費までオールマイティにこなす点は大きな魅力だが、各医院の重視ポイント(効率か審美か機能か)によって価値の感じ方は違ってくるだろう。自身の医院のニーズに照らし合わせ、必要なピースにはまるかを是非考えてみてほしい。

よくある質問(FAQ)

Q1. ジーセム ONEの接着耐久性は長期的に実証されていますか?

A1. ジーセム ONE自体の発売は比較的新しい部類(日本での登場は2019年前後)であり、10年以上の長期臨床データはこれから蓄積される段階である。ただし、使用されている接着モノマーや樹脂基材はGC社の従来製品で実績のある成分で構成されており、社内試験や大学研究では熱サイクル試験後も高い接着強さを維持するデータが報告されている。また実臨床でも数年スパンで良好な経過報告が聞かれており、現時点で特段の長期トラブルは報告されていない。さらに万一何らかの不具合が判明した場合には、薬機法に基づく情報開示や改良もなされるはずなので、メーカーサポートを注視しておくと良いだろう。総合的に、現時点で判明している範囲では長期予後も良好と考えられるが、引き続きエビデンス動向をフォローしていくことが望ましい。

Q2. 接着強化プライマーは必ず使うべきですか?

A2. いいえ、症例に応じて必ずしも毎回使用する必要はない。接着強化プライマーは、非保持的な支台やエナメル質主体の接着面など「より強固な接着が求められる場面」で効果を発揮する。一方、充分にマクロ的リテンションが確保されているケース(例えば高い支台歯のフルクラウン、全部金属修復など)では、プライマー無しでもジーセム ONE単体で必要十分な保持力を示す。そのため、症例のリスクに応じて使い分けるのが現実的だ。迷う場合は使用しておいて悪影響は無いが、手順を省略してスピード重視で行きたい場面では省く選択も合理的である。なおプライマーを使用しない場合でも、接着性能は従来の自己接着性レジンセメント(例えばリンクエース等)と同等以上であり、多くの保険修復では問題なく機能する。要は、「絶対に必要な場面では使う、そうでなければ省略可」という柔軟な運用で良い。

Q3. 補綴物の表面処理は具体的にどうすればいいですか?

A3. 補綴物の材質に合わせた前処理が重要である。金属系(ゴールド、パラジウム合金、チタンなど)やジルコニアセラミックスの場合、基本的にはサンドブラスト(アルミナ粒子による粗面化)を行うだけでよい。ジーセム ONEには金属酸化物と相性の良いMDPモノマーが含まれるため、追加のメタルプライマー無しでも高い接着力が発揮される。実際、メーカーは金属・ジルコニアにはプライマー不要と明言している。次にハイブリッドレジンやグラスファイバーポストなどレジン系素材の場合は、同様にブラスト処理で表面をざらつかせてから、可能であればシランカップリング剤を塗布するとより安心だ。レジンは無機成分が少ないためシランだけでは効果が限定的だが、GCのG-マルチプライマーのようにMDP+シラン配合のものを使えばレジン材料への接着性も高まる。最後にガラス系セラミックス(例:E.maxやポーセレン)の場合は、HFエッチングとシラン処理が不可欠である。具体的には、まずフッ化水素酸ジェルで内面をエッチングし水洗・乾燥、その後シランカップリング剤(またはG-マルチプライマー)を塗って軽くエアブローし揮発させる。この処理によりシリカ系陶材とジーセム ONEの間に化学結合が形成され、長期の接着耐久性が確保できる。以上をまとめると、金属・ジルコニア=ブラストのみ、レジン=ブラスト+あればシラン、ガラス系セラミック=エッチング+シランというのが推奨される表面処理手順である。

Q4. ジーセム ONEを使うと知覚過敏は起こりやすいですか?

A4. 一般的に、ジーセム ONEのような自己接着性レジンセメントは知覚過敏リスクが低いと考えられている。本製品は歯面への前処理(エッチングやプライマー)がなくとも象牙細管内に樹脂成分が浸透し、接着と同時に封鎖効果をもたらす。リン酸による過度なエッチングや水洗・乾燥操作を伴わないため、処置後に象牙細管が露出したままになるようなことがなく、術後しみるリスクは少ない。実際、従来型の接着セメント(例:多ステップの接着システム)に比べ、患者さんから「セット後にしみる」といった訴えは少ない傾向である。ただし、大きなう蝕処置を伴った症例やごく深い支台歯の場合は、どんなセメントを使っても一時的にしみる可能性はゼロではない。そのため術後の知覚過敏リスクをさらに下げたい場合、あらかじめ象牙質ボンディング材で歯面をシールしておく「即時象牙質封鎖(IDS)」を応用する方法もある。ジーセム ONEはG-プレミオボンドとの併用が可能なので、裏打ち的にボンドで象牙質をコーティングしてからセメントセットすることで、万全の封鎖と接着を図ることもできる。総合すると、正しく使用したジーセム ONE単独でも術後の知覚過敏は起こりにくく、むしろ患者さんに優しい接着方法と言えるだろう。

Q5. 一度ジーセム ONEで装着した補綴物を外すことはできますか?

A5. ジーセム ONEは永久固定用の接着セメントであり、硬化後に意図的に溶解させたり簡単に除去する方法は基本的に存在しない。従って、一度装着した補綴物を外すには、物理的な力で破壊的に除去する必要がある。具体的には、クラウンであれば切削用バーで冠にスリットを入れて劈開し除去するのが現実的手段となる。ブリッジの場合も同様で、ポンティック部分を切断して順次クラウン部を壊す方法になるだろう。ファイバーポストの場合は、ポスト撤去用ドリルなどで削り取るしかない。超音波振動などで緩むことを期待する向きもあるが、レジンセメントは超音波ではほぼ影響を受けないため、グラスアイオノマーのように簡単には脱離しない。また、稀に市販の溶解液(レジンセメントリムーバー等)が使えるとの情報もあるが、現実には深部まで浸透させるのは困難で、完全除去には至らないことが多い。以上より、ジーセム ONEで接着した補綴物は基本的に再利用できない前提でプランを立てる必要がある。もし将来的な撤去が予見されるケースでは、最初から仮着用セメントを使うか、ネジ固定式の補綴物設計にするなどの対応が望ましい。なお、ジーセム ONEで装着後にやむを得ず除去する際は、患者への負担(補綴物の作り直し等)が大きくなる点を事前に説明しておくことも大切である。