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トクヤマデンタルの「マルチボンド」の評判や使い方、処理は?歯科医師向けに解説

トクヤマデンタルの「マルチボンド」の評判や使い方、処理は?歯科医師向けに解説

最終更新日

患者のクラウンが何度も脱離してしまい、毎回の再装着に追われる――多くの歯科医師が一度は経験する場面である。とりわけ支台歯の形態が不十分なケースや、生活歯で乾燥が難しい状況では、従来のセメントでは保持に不安が残ることがある。また、重度歯周病で動揺した歯を保存したい、矯正ブラケットを確実に接着したいといった場面でも、強固な接着と操作の簡便さを両立した材料が求められている。本稿では、そうした臨床現場の悩みに応えるトクヤマデンタルの接着用レジンセメント「トクヤママルチボンド」に焦点を当て、その臨床的価値と医院経営への影響を考察する。豊富な臨床利用実績に基づく本製品の特徴を紐解き、読者が自院の診療スタイルに適した接着戦略を描けるよう支援したい。

製品の概要

トクヤママルチボンド(以下マルチボンド)は、株式会社トクヤマデンタルが提供する歯科接着用レジンセメントである。PMMA(ポリメチルメタクリレート)系の材料で、クラウンやインレーの恒久装着だけでなく、歯周病などによる動揺歯の固定や、矯正用ブラケットの接着などマルチ用途に対応する点が最大の特徴である。日本の接着歯学分野では、同種の材料としてサンメディカル社のスーパーボンドと並び広く知られており、この2製品で国内シェアの大半を占めるとの指摘もある。マルチボンドには初代(製品認証番号21300BZZ00366000)と改良型のマルチボンドⅡ(同219AABZX00212000)があり、現在は操作性と靭性を高めた後者が主流である。初代はプライマー(A剤・B剤の2液タイプ)と粉・液を用いるシステムであったが、マルチボンドⅡでは新開発の1液型プライマーを採用し前処理手順が簡略化された。なお初代マルチボンド用の各種資材とマルチボンドⅡとの互換性はない(混在使用は不可)とされている。医療機器クラス分類は「管理医療機器」であり、歯科医師が適切な適応症で使用することが前提の製品である。長年にわたる臨床実績と改良に裏付けられた本製品は、確実な接着と多用途性を兼ね備えた接着レジンの代表格と言える。

主要スペック

マルチボンドのスペック上の特徴は、接着強さと作業性のバランスにある。メーカー公表値では、硬化初期から高い接着力を発現し、硬化後は速やかに次の工程へ移行できるだけの強度が得られるとされる。これは重合開始剤として化学重合型のTBB(トリ-ブチルボラン)を含むMMA系レジン特有の特性で、象牙質や金属への高い付着力と、硬化後の適度なしなやかさを両立する。例えば、従来のコンポジットレジン系セメントに比べて衝撃吸収性が高く、脆性材料であるセラミックス修復物の破折リスク低減にも寄与しうる。加えて、本製品は自己重合型のため光照射を必要とせず、光が届きにくい支台や深い根管内でのポスト接着にも適する。こうした特性は垂直歯根破折の接着治療など特殊な場面でも注目されている。

作業時間と硬化挙動にも配慮がなされている。マルチボンドは室温下での操作余裕時間が十分に確保されており、口腔内にセット後は温度や環境の影響でシャープに硬化するよう設計されている。実際、添付文書上は症例によって5~8分程度で硬化が完了すると記載されている。例えば動揺歯の固定やブラケット接着程度の少量使用では約5分、クラウンやブリッジの装着では約8分を目安に硬化するイメージである。一方、操作開始から硬化が始まるまでのワーキングタイムは適度に長く、口腔外で練和や塗布を行う際に慌てる心配は少ない。粉と液を練和してペースト状に調整する混和法と、筆先に液を含ませてから粉末をすくい取りそのまま塗布する筆積み法のいずれにも対応しており、症例規模や術者の好みに応じた使い分けが可能である。筆積み法に適した適度な流動性と粘度を備えており、狭い部位への塗布や複数歯の連結にも扱いやすい。硬化時間が短いことは術者の手を長く拘束しない利点となり、処置全体のスピードアップに貢献する。

また色調バリエーションが豊富である点もスペック上の注目点である。マルチボンド(初代)は粉末がクリア、アイボリー、デンティン、オペークアイボリー、オペークデンティンの5色展開で、それぞれ用途に応じた選択が可能になっている。たとえばクリアとアイボリーは一般的な補綴物の装着や仮固定向け、デンティンは支台歯に近い色調で審美性に配慮したいクラウン装着時に適合する。オペーク系のアイボリーとデンティンはX線造影性が付与されており、メタルコアの色調遮蔽やメタルインレー装着時のメタル透け防止など、金属色をマスキングしたい症例に有用である。なおマルチボンドⅡではパウダーの基本色がクリアとアイボリーの2種類(セット付属)に整理され、必要に応じて単品購入で他色を追加する形となっている。色調の選択肢があることで、審美修復においてセメントの色映りを抑える工夫や、X線フォロー時に残留セメントを確認しやすくする配慮が可能である。これらのスペックは、「強い接着力」「短時間硬化」「多用途対応」「色調の工夫」といった臨床現場で求められる要件をバランス良く満たそうとする本製品の設計思想を物語っている。

互換性や運用方法

マルチボンドを使いこなす上で重要なのが、被着体ごとの前処理法と適切な操作手順である。本製品にはセルフエッチングタイプのプライマーが付属し、エナメル質や象牙質への処理はこれ1本で完結する。従来の総合的処理(エッチング・水洗・ボンディング)と異なり、水洗が不要な簡便な手順であり、非切削エナメル質であってもプライマー塗布前にブラシや研磨材で表面清掃を十分行えば高い付着効果が得られる。実際の操作としては、支台歯や固定したい歯の表面を軽く研磨・清掃し、十分に乾燥させた後、プライマーを塗布して約20秒間浸透させる。その後、弱~中等度のエアーブローで余剰を飛ばしつつ均一な薄層を形成する(この際水洗は不要)。プライマーはマルチボンドⅡでは1液に統合されたが、初代ではA剤・B剤を混合して用いる2液タイプであったため、旧タイプを使用する場合は添付文書の指定に従い正確に混合・塗布する必要がある。

接着対象が金属やレジンの場合も基本的に同じプライマーを用いることができる。金属(貴金属・非貴金属)ではサンドブラストやラバーカップによる表面粗造化を事前に行うことで機械的結合力が高まり、より安定した接着が期待できる。レジン(硬質レジンやハイブリッドレジン)も研磨・清掃後にプライマーを塗布するだけで処理が完了する。一方、セラミックス(陶材)だけは例外で、プライマー塗布前にシランカップリング処理が必要となる。これは本製品のプライマーにシラン成分が含有されていないためで、オールセラミッククラウンやポーセレンラミネートベニアを接着する際には、あらかじめセラミック面にフッ化水素酸エッチングとシラン処理を施したうえでマルチボンドを適用する。適切な前処理を行えば、エナメル質、象牙質、金属、レジン、セラミックとあらゆる被着体に対し強固な接着を実現できる。なお、初代マルチボンドとマルチボンドⅡの間で粉・液・プライマーの組み合わせ互換はないため(混合すると硬化不良などのリスクあり)、一貫して同一シリーズの材料を用いることが肝要である。他社のプライマーや粉・液との組み合わせについてもメーカーは推奨しておらず、安全な接着結果を得るためには製品にセットされた構成品を使用すべきである。

操作方法は、直接法の接着操作に習熟した歯科医師であれば特別難しいものではないが、いくつか留意すべきポイントがある。まず、粉と液の混合比や塗布タイミングについては添付文書の指示に従う必要がある。標準的には、付属の計量スプーン1杯の粉に対し所定滴数の液を混和すると、クラウン1本程度の装着に適したペースト量となる。練和時は気泡が入らないよう練和紙上で素早く練る。室温が著しく低いと重合が遅延し作業時間が延びる反面、液が粘性を増して混和しにくくなる場合があるため、保存温度や使用直前の液温にも注意する(極度の冷却保存は不要で、常温での保管が推奨される)。一方、筆積み法の場合はディスポーザブルブラシの先端に液を少量含ませ、粉末容器に軽く接触させると筆先でペースト化が起こる。この操作を素早く行い、できたレジンペーストを接着したい部位に塗りつける。例えば動揺歯の隣在歯同士を固定する場合、適合の良いワイヤーや強化繊維をあらかじめ歯面に沿わせておき、その上から筆積み法でレジンペーストを盛り付けていくと確実な副子固定が可能である。複数歯の固定ではレジンが流れ落ちない程度の粘度を保ちつつ、一度に広範囲を覆いすぎないよう留意する。ブラケットの接着では、ブラケット底面とエナメル質面の双方に薄くプライマーを塗布した後、ブラケット底に少量のペーストを付与して所定の位置に強く圧接する。過剰なペーストは速やかに除去し、位置がずれないよう初期硬化まで保持する。ブラケット接着や動揺歯固定の場合、硬化開始から数分で仮固定的に固まりはじめるため、術者はその間は対象を動かさないよう細心の注意が必要である。

マルチボンドの硬化が完了したあとの後処理も押さえておきたい。例えばクラウンやインレーの装着では、硬化完了後に余剰セメントを除去し咬合調整を行う。硬化後のレジンは非常に硬く強固に付着しているため、スケーラーや超音波スケーラーで丁寧に掻き取る必要がある。硬化前に無理に拭い取ろうとすると、まだ流動性が残っている場合はかえって除去しづらかったり、必要部分まで取り去ってしまう危険がある。おすすめの方法は、圧接後すぐに大まかな余剰のみガーゼなどで拭き取り、その後は硬化を待ってから残留物を機械的に除去する手順である。レジン系セメントのため硬化後は研磨耐性も高く、細かな残留片はダイヤモンドポイントやストリップスで研磨して滑沢に仕上げると良い。装着直後のフロス操作は控え、咬合圧などで不要な力が加わらないよう患者にも説明しておく。感染予防の観点では、練和時に使用したスパチュラやブラシハンドルは重合前に速やかにアルコール綿などで拭き取り洗浄するか、ディスポーザブル製品を使い捨てることで院内感染リスクを最小限にできる。以上のように正しい前処理と操作・後始末を行えば、マルチボンドは難しい器械や特殊な環境を要さずに安定した接着効果を発揮してくれる。

経営インパクト

歯科医院経営の視点からマルチボンドを評価すると、材料コストに対するリターンの大きさがポイントとなる。まず価格面では、マルチボンドⅡの基本セットが約2万6千円前後で販売されている。セット内容には粉(クリア・アイボリー各3g)、液(8mL)、プライマー(3mL)など必要な一式が含まれており、初回導入費用としては他社のレジンセメント製品と概ね同程度か、やや手頃な水準である。一方、消耗品の単品価格を見ると、粉3gが色ごとに約4千円、液8mLが約1万1千円、プライマー3mLも約1万1千円となっている。粉・液は1症例あたりごく微量しか使用しないため、仮にクラウン1本装着に0.2g程度の粉と0.1mLの液を消費すると見積もっても、材料費は数百円以下に収まる計算である。実際には一度開封したプライマーの劣化や容器内残量のロスも考慮する必要があるが、それでも1症例あたり数百円程度のコストで高接着の恩恵を得られることは費用対効果が高い。特に、近年主流のデュアルキュア型レジンセメントでは1回使い切りカプセルやチップが1本数百円以上の単価になる製品も少なくない。マルチボンドは手混和式ゆえにそうした使い捨て部材費がかからない点も、ランニングコストの抑制につながっている。

このコストパフォーマンスの高さは、医院全体の収益管理にも影響を与える。例えば保険診療で装着した補綴物の再装着が頻発すると、再来院の対応に追われ本来の診療時間を圧迫するばかりか、再装着料は低額で収益的にもマイナスになりやすい。マルチボンドによって接着信頼性が向上し脱離トラブルが減れば、結果的に無償の手直しに費やす時間を削減できる。仮に月に数本のクラウン脱離を防げれば、その分の診療枠を他の有益な処置に充てられるため機会損失の防止になる。長期的には、補綴物や固定が安定していることで患者の満足度・信頼度も向上し、「あの歯医者は被せ物が外れにくい」といった好評が口コミにつながる可能性もある。これは新患増や自費率向上といった形で医院の経営基盤強化に寄与しうる。

さらに、マルチボンドの導入は新たな診療メニュー創出の視点でも捉えられる。例えば、保存治療の一環として動揺歯の固定術を積極的に提案できるようになる。従来なら抜歯や大型の固定装置(スプリント)を検討していたケースでも、マルチボンドを用いて簡易的に連結固定し経過を観察する選択肢が生まれる。患者にとっては「歯をすぐ抜かずに様子を見たい」というニーズに応える形となり、一定の自費負担であっても受け入れられるケースがあるだろう。同様に、矯正専門医でなくとも転移したブラケットの応急接着や保定装置の簡易修理を院内で完結できれば、患者紹介に頼らず自院で対応できる範囲が広がる。これらは直接の売上増のみならず、患者利便性の向上による医院評価アップにつながる施策である。

耐用年数や保守費用の面では、マルチボンド自体は消耗品の集合であり機器のような維持費は発生しない。ただし在庫管理には注意が必要で、特に液剤やプライマーは経年で重合し使えなくなる可能性があるため有効期限内での使い切りを心がける。適切に保管すれば購入後数年は品質が安定しているが、使用頻度が低すぎる場合はコスト回収に時間がかかりすぎる懸念もある。そのため、導入前には想定症例数(年間で何本の補綴装着・固定に使いそうか)を試算し、投資回収見込みを立てておくと良い。概してマルチボンドは1件あたりの利益圧迫要因が小さく、むしろ良質な治療結果による信頼獲得という無形のリターンが期待できるため、経営的リスクは低い部類の製品と言える。

使いこなしのポイント

マルチボンドの性能を十分に引き出すには、製品特性に即した使いこなしが重要である。導入初期には、まず院内スタッフを含めた取扱いトレーニングを実施すると良い。具体的には、デモ用モデルなどを使って実際に粉・液の練和や筆積み法の練習を行い、硬化までのタイミングや余剰セメントの処理手順をシミュレーションする。特にアシスタントが練和を補助する場合、混合比の誤りや混和ムラがないよう事前に十分な周知が必要である。粉や液の量は感覚的に少なく見えるが、過不足なく計量することで規定の物性が発揮される。メーカー提供の計量スプーンや滴下瓶を用いて、常に一定の分量を取る習慣をつけたい。練和後は速やかに塗布・装着の操作に移るため、術前に治療計画と段取りを綿密に決め、必要な機材(ラバーダム、防湿器具、ブラシ、へら類)は手の届く位置に揃えておく。硬化が始まってから慌てないよう、術者・アシスタント間で声掛けしタイマー管理するのも有用だ。

臨床テクニック上のコツとしては、まず前処理で歯面や他の被着面を清潔に仕上げることが挙げられる。エナメル質面はプラークや付着物を除去し、必要なら軽く粗面化することでプライマーの浸透効果が高まる。象牙質面は乾燥させすぎず適度な潤いを保つと良い(過度な乾燥はコラーゲンマトリックスの変性を招くが、マルチボンドのプライマーは水存在下でも性能を発揮するよう調整されている)。プライマー塗布後のエアーブローは近接しすぎず、弱めの圧で数秒かけて揮発させる。これによりプライマー成分が均一に残り、接着層の厚みも最小化される。粉・液の練和では、一度に多量を練らず必要最低限の量で都度調整する方が無駄が少ない。特に動揺歯固定では、粉を足しすぎると粘度が増して操作中に硬化が始まるリスクがあるため、小分けに筆先で混ぜながら進めると良い。クラウンやインレー装着時には、あらかじめ補綴物内面にも薄くプライマーを塗っておくことで適合向上と接着力アップが期待できる(※金属やレジンの場合)。セラミック内面には別途シラン処理を忘れないこと。補綴物装着の際は方向と位置を正確に合わせ、一度で確実に圧接する。グッと押し込んだら余剰が出るが、直後に大部分をワイピングして取り去り、その後は動かさず硬化を待つ。途中で一旦外して付け直す、といったことはできないため、一発勝負の心構えが求められる。ブラケット接着では、位置決め後は指で強圧しつつ静置し硬化開始を待つ。途中で指を離すとズレたり浮いたりする恐れがあるため注意する。

硬化完了後の患者説明にも目を配りたい。マルチボンドは化学重合であり、硬化後すぐに概ねの強度は出ているが、重負荷がかかる状況は可能な限り避けるよう指導する。例えば動揺歯固定を行った患者には、当日は硬い物をその部位で噛まないよう伝える。もっとも、添付文書上は数分で所定の硬化が得られるとされ、治療後会計時には既に十分固まっているレベルである。したがって日常的な食事や動作は問題ないが、「歯をぶつけて固定した」という背景を患者が忘れてしまわないよう念押しすることが肝要である。接着治療は術後の患者協力も成功に影響するため、その扱いについて納得いく説明を提供することでトラブルを未然に防げる。

最後に、万一意図せぬ事態が起きた場合の対処法も心得ておく。例えば、練和したレジンが硬化不良の場合、考えられる原因は計量ミスや攪拌不足である。この場合は潔く除去してやり直すしかないが、重合が半端に進んだレジンは非常に除去しにくいため、トラブル防止には計量の徹底とタイマー管理が重要となる。また、装着後の補綴物を将来的に除去・再装着する可能性がある場合、マルチボンドで接着すると容易には外せなくなる点も留意すべきである。強固に接着したクラウンやブリッジを外すには、基本的に切削除去が前提となる。患者の全身状態等で再装着リスクが高いと読める場合は、あえて仮着材を用いるなど術式そのものを切り替える柔軟さも求められる。マルチボンドを「使いこなす」とは、単に製品を上手に扱うだけでなく、ケースに応じて使う・使わないの判断を的確に下すことまで含まれるといえよう。

適応と適さないケース

マルチボンドの適応症は多岐にわたる。代表的なのは、補綴物の永久装着である。金属冠・インレーからハイブリッドレジンやジルコニア、セラミッククラウンまで、適切な前処理と組み合わせることで強固な接着が得られる。特に保持形態が不十分な支台歯(短い小臼歯部の支台や全部床義歯の維持修理など)では、接着力頼みの場面があり、マルチボンドの恩恵が大きい。また、重合収縮が小さく衝撃に粘り強いMMA系の特性上、陶材破折リスクの軽減や辺縁封鎖性の維持が期待できるため、脆いオールセラミックインレー・アンレーの装着にも適する。

支台築造(ポスト接着)も重要な適応の一つである。レジンコアやファイバーポストの接着にはデュアルキュア型の専用レジンが用いられることが多いが、ポストの長さや根管形態によっては光重合が十分届かず硬化不良のリスクがつきまとう。マルチボンドであれば完全な自己重合で狭隘な根管内でも確実に硬化し、象牙質との強固な接着も期待できる。実際、金属ポストの除去においてスーパーボンドで装着されたものは抜去困難であることが知られており、マルチボンドも同等の接着力があるとすればポスト脱離のリスク低減に寄与する。補綴修復以外では、動揺歯の暫間固定が挙げられる。重度歯周炎や外傷で歯がグラグラになった際、隣在歯と固定して経過を見る保存療法は有効だが、複雑な固定装置を作る時間的猶予がないケースもある。マルチボンドは即時に硬化するため、その場でレジンを盛り連結する応急固定が可能である。ワイヤーや強化繊維を併用すればより強度が増し、数ヶ月単位の長期固定にも耐えうる。さらに、矯正用ブラケットの接着にも適している。通常は光重合レジンで装着するブラケットだが、金属冠やレジン歯にブラケットを付ける必要がある場合、光重合型では十分な接着が得られないことがある。マルチボンドは金属やレジンにも高い付着力を示すため、例えば銀歯の表面に直接ブラケットを付与するようなケースでも有効な手段となる。このほか、破折歯の応急接着や補綴物の偶発脱離時の再装着など、「とにかく強く付けたい」場面での汎用接着剤的な役割を果たす。カリエスフリーであれば仮着の概念を超えて半永久的に機能するケースもあり、臨床応用の幅は広い。

一方で、適さないケースや注意すべき場合も存在する。まず、将来的な撤去を前提とする仮着や暫間処置には不向きである。前述の通りマルチボンドで一度付けてしまうと簡単には外れないため、例えばインプラント上部構造の仮固定や、補綴物の試適段階での一時装着には用いるべきではない。これらの場合、後で確実に除去できるよう酸化亜鉛ユージノール系セメントや専用の仮着材を使う方が安全である。同様に、将来的に修理・再処置の可能性が高い症例(全身状態が不安定で補綴物脱離の懸念が強い患者など)でも、マルチボンドによる強固な装着はかえってリスクになり得る。術後管理が困難な場合は、あえて接着力の弱いセメントで様子を見る選択肢も検討すべきである。

審美領域においても留意点がある。ラミネートべニアやごく薄いオールセラミック修復を装着する際、作業時間を十分に確保でき、色調も経時変化しにくい光重合専用セメントが好まれる傾向がある。マルチボンドのクリア色も透明度はあるが、自己重合型ゆえに操作時間に制約があり、微細な色調調整(シェードマッチング)の点で専用審美セメントに一歩譲る場合がある。したがって「操作性や審美性を最優先したい極薄修復物」では他の選択肢を検討してよいだろう。また、MMAモノマーに対するアレルギーのある患者にも注意が必要だ。稀ではあるが、歯科技工士など長年モノマーを取り扱う職業人でアレルギーが報告されている。患者口腔内で重篤な症状を引き起こすリスクはごく低いものの、もし既往歴でアクリルレジンに過敏な反応を示した例があれば使用を避けるべきである。マルチボンドのプライマーはアセトン系溶媒を含み酸性度も高いため、露髄した象牙質や深い窩洞への直接適用も禁忌と言える。万一軟組織に付着した場合はすぐ水洗し、患者に炎症兆候がないか経過観察する。

以上をまとめると、マルチボンドは「確実に外れず長期間維持してほしい」ケースに適し、「後で外す可能性がある」「色調マッチングをシビアに求められる」ケースには慎重な検討が必要となる。実際の臨床では他の接着材との使い分けになるため、自院の症例傾向や術者のポリシーに照らして、ベストな場面でベストな使い方を心がけたい。

導入判断の指針(読者タイプ別)

保険診療が中心で効率最優先の医院

保険診療主体で多数の患者をさばく必要がある歯科医院では、「早く」「安く」「トラブルなく」治療を完了させることが何より重要である。このような医院にとってマルチボンドは、再装着リスクの低減という点で大きな価値がある。保険クラウンは脱離が起これば無償再装着になるケースが多く、再来院の対応は医院側の手間損となる。マルチボンドで装着した補綴物は非常に外れにくいため、一度装着したら長期間安定しやすい。結果として無駄な手直しが減り、チェアタイムの浪費も防げる。また、本製品の材料費は1本あたり数百円程度で保険点数内に十分収まるため、コスト面の負担も軽微である。操作に若干の習熟は要するものの、適切に使えばむしろ余計な工程が省ける面もある。例えば光重合を要さないため、複数本のクラウンを同時接着しても一気にセットできる(光重合の場合は1本ずつ順次照射する必要がある)。短時間で効率よく高い治療品質を提供するツールとして、忙しい保険診療主体の医院ほど恩恵を感じられるだろう。唯一注意点を挙げるとすれば、あまりに強固に付けすぎて後戻り不能になる点である。補綴物の試適段階ではマルチボンドを使わず仮着材で対応し、最終装着の際に初めて本番で用いるといった使い分けが望ましい。総じて、効率最優先の医院においてマルチボンドは「縁の下の力持ち」として再治療削減に寄与し、ひいては診療全体のスループット向上につながる存在である。

高付加価値の自費診療を重視する医院

審美歯科や高度な保存修復を掲げる医院では、使用する材料にもハイエンドな品質が求められる。このような医院にとってマルチボンドは、いわば「職人の道具箱に入った定番の一本」と言える位置づけである。昨今は各種ボンディングシステム一体型の審美セメントが発売されているが、マルチボンドが持つシンプルで強力な接着性能は依然として魅力的だ。例えば、極端に短い支台や大きな補綴物で機械的維持が望めない場合、マルチボンドでなければ救えない症例もある。自費診療では治療結果の長期安定が患者満足とクリニックの評判に直結するため、「外れない」という信頼感は何物にも代えがたい価値である。また、マルチボンドのオペーク色粉末はメタルコアの遮蔽に有効で、オールセラミック治療における色調コントロールにも一役買う。高度な要求に応えるには複数の材料を症例で使い分ける必要があるが、その中にマルチボンドを持っておけば、いざという時の切り札になるだろう。ただし審美を最重視する症例(例:変色歯への薄いラミネートベニア等)では、前述のように専用の審美セメントを選択したほうが繊細な色調再現には向いている場合もある。したがって、高付加価値診療を標榜する医院では「強さ優先のケースではマルチボンド、美しさ優先のケースでは他材」といった使い分け戦略が有効になる。最終的には患者一人ひとりの要望に応じてベストな接着材を選択することが重要であり、その選択肢の一つとしてマルチボンドを備えておく意義は大きい。

外科・インプラント中心で特殊症例が多い医院

口腔外科やインプラント治療がメインの医院では、一般補綴とは異なる観点で接着材を選ぶ必要がある。例えば、外傷で破折した歯片の接着再植や、難治性根管治療後の破折歯の保存療法など、特殊なシチュエーションでは従来法では救えない歯を接着で繋ぎ留めるような治療が検討される。マルチボンドはそうした場面で心強いツールとなる。実際、スーパーボンドを用いた歯根破折片の接着固定は報告例があり、マルチボンドでも同様のアプローチが可能と考えられる。抜去歯牙を乾燥させずマルチボンドで接着し再植すれば、条件次第では長期的に機能回復する可能性がある。このように外科的な保存処置において、本製品の接着力と生体親和性(MMAレジンは重合時の発熱や収縮が比較的少なく、歯髄や周囲組織への刺激が穏やかとされる)を活用するメリットは大きい。加えて、インプラント補綴分野でもマルチボンドの活躍の場はある。特にインプラントと天然歯を連結するようなケースでは、動的負荷を緩衝する柔軟性のある接着材が望ましい。マルチボンドは硬化後も適度な弾性を保持するため、異種支台の連結にも適した特性を持つ。ただし、インプラント上部構造自体の装着については前述の通り再撤去を考慮しなければならないため、強固すぎる接着は避けるべきである。具体的には、インプラント単独クラウンは原則スクリュー固定か仮着材で装着し、どうしても接着固定せざるを得ない場合のみ自己責任でマルチボンドを使うといった慎重さが必要となるだろう。総じて、特殊症例が多い医院ではマルチボンドを「最後の切り札」として備えておく価値が高い。他の材料では太刀打ちできない難症例に対し、一筋の光明をもたらす存在になり得るからである。

よくある質問(FAQ)

Q. マルチボンドとマルチボンドⅡの違いは何か?互換性はあるか?

A. マルチボンドⅡは初代マルチボンドを改良した最新版であり、主な違いはプライマーが2液混合から1液タイプに簡略化された点である。またレジンセメント自体の靭性(粘り強さ)が向上し、動揺歯固定やブラケット接着といった応力のかかる症例にもより適するよう設計された。初代とⅡでは粉・液・プライマーの成分が異なるため相互に混ぜて使用することはできない。例えば初代のプライマーA/BをマルチボンドⅡの粉・液と併用すると硬化不良などのリスクがある。現在新規に導入するならマルチボンドⅡが推奨されるが、旧製品の在庫を使い切る場合は互換性なしに注意して使用する必要がある。

Q. セラミック修復物にも使えるの?どんな処理が必要?

A. マルチボンドはセラミック修復物(オールセラミッククラウンやインレーなど)にも使用可能である。ただし、セラミックス面には本製品付属のプライマーだけでは充分な接着性が得られないため、事前にシランカップリング処理を施す必要がある。具体的には、セラミック内面をフッ化水素酸でエッチング処理し、水洗・乾燥した後、市販のシランカップリング剤を塗布して乾燥させる。その上でマルチボンドのプライマーを塗れば、エナメル質や金属と同様に強固な接着が得られる。シラン処理を怠るとセラミックとの接着力が不十分となり脱離の原因となるため、この工程は必ず行う必要がある。なお、ジルコニアやアルミナなどガラス成分をほとんど含まないセラミックの場合はシランの効果が限定的なので、サンドブラスト併用やプライマー選択も含めた総合的な処理を検討すると良い。

Q. 補綴物を外す必要が生じたらどうする?外せるのか?

A. マルチボンドで装着した補綴物を外すのは非常に困難である。基本的に、再治療などで補綴物を除去する際は切削除去を覚悟する必要がある。接着層が極めて強固なため、例えばマルチボンドで装着したクラウンは引き剥がそうとしてもまず外れず、無理な力をかけると歯根破折などのリスクが生じる。そのため、本製品を使用する段階では「二度と外さない」前提で最終補綴物を装着するべきである。万一どうしても除去が必要な場合は、ダイヤモンドバーで補綴物を切開し分割するのが現実的な方法となる。近年はレーザー装置によるセメント軟化技術なども研究されているが、マルチボンドのようなMMA系レジンセメントに有効かは未知数である。いずれにせよ、装着前に患者へも「外す際は壊す形になる可能性」を説明しておき、了承を得ておくことが望ましい。どうしても将来的な撤去可能性が捨てきれない場合は、本製品の使用自体を再検討するのが安全である。

Q. 技術的に扱いが難しくないか?スタッフ教育は必要?

A. マルチボンドの扱いは、適切な手順を守れば決して難しくない。基本的な操作ステップ(プライマー塗布→粉液混和→塗布・圧接→硬化待ち)はシンプルであり、特別な機器も必要としない。ただし、初めて使う際には歯科医師自身が練習し要領を掴んでおくこと、そしてアシスタントスタッフにも練和やタイミングについて指導しておくことが望ましい。特に粉と液の正確な計量・混和は接着力に直結するため、スタッフ任せにせず術者が管理するか、スタッフに徹底した教育を行うべきである。メーカーから提供される取扱説明書やデモ動画があれば活用し、院内ミーティング等でシミュレーションしておくと安心だ。筆積み法での小範囲適用などコツがいる場面もあるが、慣れてしまえば短時間で処置が完了する手軽さが実感できるだろう。総じて、本製品は適度な習熟を要するものの、難解なテクニックは不要であり、院内で共通認識を持って取り組めば十分使いこなせる。初期段階でメーカーや販売店の技術サポートを受けるのも良い方法で、疑問点を解消し自信を持って臨めるようになるまで無理せず準備することが成功のポイントである。

Q. マルチボンドはどのくらい長持ちする?耐久性や実績は?

A. マルチボンド自体は化学的に安定したポリマーを形成するため、長期的な耐久性は高いと考えられる。実際、先行する類似製品のスーパーボンドは数十年にわたり臨床使用され、多くの長期症例で接着が維持されている報告がある。マルチボンド(およびマルチボンドⅡ)も発売以来相当数の症例実績を重ねており、メーカーから特段の不具合報告も出ていない。適切な術式で装着された補綴物であれば、接着層が先に劣化して外れるよりも、補綴物自体の摩耗や二次う蝕の発生が原因で再治療となるケースの方が多いだろう。ただし、耐久性を最大限発揮するには正しい手順(十分な表面処理、完全硬化の確認など)が前提となる。接着直後は問題なくとも、ラフな処置で接着した場合は数年スパンで接着力が低下する可能性もあるため注意が必要だ。長期予後に関して絶対的な保証はできないものの、少なくとも他の汎用レジンセメントと比べ遜色ない、むしろ状況によってはそれ以上の安定性を示す場面も多い。患者には「適切に使えば非常に外れにくく長持ちしやすい接着剤です」と説明でき、予防的メインテナンスを継続しながら経過を追っていくことで、長期にわたる補綴物の安定を期待できる。もし経年的に不安が生じた場合も、部分的な補修やリペアが効くのが接着治療の強みであり、状況に応じて柔軟に対応可能である。