
サンメディカルの歯科用セメント「ライトフィックス」の評判や使い方は?歯科医師向けに解説
歯の外傷や重度の歯周病患者が急に来院し、歯がぐらついて今にも抜けそうな状況に直面したことがあるだろう。そうした緊急の動揺歯固定ではスピードが命である。従来はワイヤーとコンポジットレジンで固定する方法や、スーパーボンド(自己重合レジン)での固定が知られている。しかし、ワイヤー固定は手間がかかり審美性にも難があり、スーパーボンドは確実だが硬化待ち時間が長く処置に時間を要するという課題があった。忙しい診療スケジュールの中、長いチェアタイムを割くことなく迅速に動揺歯を固定したい。これは多くの歯科医師が抱える共通の悩みである。
本稿では、サンメディカル株式会社の歯科用接着材料「ライトフィックス」に注目する。光重合型でわずか10秒程度の光照射ですぐに硬化し、シリンジから直接塗布できる手軽さを持つ本製品が、臨床現場でその悩みをどう解決し得るのかを検証する。さらに単なる材料の紹介に留まらず、経営的視点から導入効果や費用対効果にも踏み込み、診療スタイルに照らして導入すべきか判断するための材料を提供したい。ライトフィックスの臨床上の価値と医院経営にもたらす影響を、客観的エビデンスとともに詳述する。
製品概要
ライトフィックス(LightFix)は、サンメディカル株式会社が2016年に発売した光硬化型の歯科動揺歯固定用接着材料である。正式な薬事区分は「管理医療機器(クラスII)」であり、歯科用の一時的な歯の固定を目的としたレジン系接着剤に分類される。適応症としては外傷による歯の動揺の応急固定や、軽度の歯周病による動揺歯の暫間固定が想定されている。たとえば転倒やスポーツ外傷で前歯がグラグラになった場合、適切な期間(一般に数週間程度)歯を固定して安静に保つ必要があるが、ライトフィックスはそうした短期間の固定に特化して開発された製品である。また矯正治療後の保定装置が外れた際の一時的な固定など、短時間で迅速な処置が求められる場面でも有用とされる。
製品形態は1ペーストタイプのレジン接着剤であり、事前にA剤B剤を混和する必要がない。専用シリンジに充填されたペーストを患部に直接塗布し、歯科用光重合器で光照射するだけで硬化する簡便な操作系となっている。このためチェアタイムを大幅に短縮でき、緊急時にも迅速な対応が可能となる。販売形態は「ライトフィックスセット」として提供され、標準価格は12,000円(税別)である。セット内容には、ライトフィックス ペースト(クリア色)1.5mL入りシリンジ2本、エナメル質用エッチャントゲル(リン酸系、高粘度タイプ)3mLシリンジ1本、ならびに口腔内での直接塗布を可能にする使い捨てニードルチップ(ペースト用19Gとエッチャント用23G)が付属する。ペーストには透明(クリア)と歯冠色に近いティースカラー(淡黄色)の2色が用意されており、セットにはクリア2本が同梱される(ティースカラーは単品で別途購入)。クリアは装着後も目立ちにくい利点があり、ティースカラーは背景の暗さが透けて見える症例で目立ちにくいよう配慮された色調である。なお本製品の医療機器認証番号は227AFBZX00114000であり、薬機法に基づく承認・認証を経て市販されている。
主要スペック
ライトフィックスの特長を理解するために、いくつかの主要なスペックとその臨床的意義を押さえておきたい。本製品は「動揺歯の固定」に特化した接着材料であり、その硬化スピード、硬化物性(柔軟性・粘靭性)、接着メカニズムに特徴がある。それぞれが臨床現場で何を意味するのか、詳しく見ていこう。
短時間硬化と簡便な操作
ライトフィックス最大の特徴の1つが、その硬化スピードの速さである。光重合型のレジン接着材であり、ハロゲンやLEDなど各種光重合器で照射することで短時間で硬化が完了する。目安として、LEDライト(出力1000mW/cm^2以上)なら約10秒、ハロゲンライトでも20秒程度の照射で硬化する。しかも光照射をするまで硬化が始まらないため、操作時間にある程度の余裕がある。一液性で混ぜる手間がなく、シリンジから直接狙った部位に塗布できることと相まって、エッチングから接着完了までわずか数分で処置が終わる手軽さである。これは、患者の待ち時間と術者の作業時間を短縮し、忙しい臨床の現場で他の治療との両立を容易にする。また硬化待ちの間に歯が動いてしまうといった従来法の問題も、光照射後即座に硬化するライトフィックスなら回避できる。特に重度に動揺した歯の固定では、従来の自己重合型レジンでは硬化中に固定位置がずれるリスクがあったが、ライトフィックスは「その場で瞬時に固める」ことにより確実な位置での固定を実現する。
柔軟性と粘靭性を備えた硬化物
固定用材料には、硬化後のレジンの物性も重要である。通常のコンポジットレジン(フロアブルレジン)は硬化物が硬く脆性が高いため、動揺歯のように咬合や日常生活で繰り返し荷重がかかる環境ではひび割れたり破断したりしやすい傾向がある。これに対しライトフィックスは、新開発の「STFモノマー」を配合することで硬化物に高い柔軟性と粘靭性(ねんじんせい:ねばり強さ)を付与している。STFモノマーとはStrength(強度)・Toughness(靱性)・Flexibility(柔軟性)の頭文字を取った名称で、三井化学株式会社が本製品のために開発した特殊モノマーである。このモノマーの効果により、硬化後のレジンは適度にしなやかさを保ちながら、引っ張りや曲げなど複雑な応力にも追従して変形し、応力を緩和することで破断しにくい特性を実現している。言い換えれば、連続的な荷重を吸収できるクッション性を備えた接着ブリッジを作れるということである。実際、メーカーの社内試験でもライトフィックスの硬化物は繰り返し荷重に対して高い耐久性を示しており、暫間固定期間(数週間~1ヶ月程度)を通じて破断せず安定性を保つことが確認されているという(※社内データ)。またクリア色のペーストであれば硬化後も高い透明性を維持するため、装着している間も審美的に目立ちにくい利点がある。このようにライトフィックスは従来のフロアブルレジンの扱いやすさとスーパーボンドのようなしなやかさを併せ持った新しい固定材料なのである。
エナメル質への高い接着性能
動揺歯固定で最も懸念されるのは、固定中にレジンが剥がれてしまうこと(脱離)である。ライトフィックスは、接着の段階でもシンプルかつ効果的な設計が採られている。使用時には付属のリン酸系エッチャントジェルで歯のエナメル質表面を処理(30秒程度酸処理)し、水洗・乾燥後にペーストを塗布して光硬化させる。ボンディング剤(プライマー)を別途併用する必要はない。これはペースト自体に含まれるSTFモノマーがエナメル質との強固な化学結合に寄与するためで、エッチング後の脱灰層にペーストを直接塗布することで高い歯質浸透性を発揮し、エナメル質中に約3µm程度のレジンタグを形成することができる。メーカーの比較では、通常のボンディング材+フロアブルレジンで固定した場合には歯面との境界が平滑なのに対し、ライトフィックスではレジンがエナメル質表層にしっかりと取り込まれてタグを形成していることが確認されている。これにより、数週間にわたる接着耐久性を確保している点がライトフィックスの強みである。一方で歯面処理としてはエナメル質へのエッチングのみが推奨されている。象牙質への直接の使用は想定されておらず(付属のエッチャントもエナメル質専用となっている)、露出象牙質が広範囲に及ぶ場合や被着面に金属・陶材が含まれる場合には十分な接着力が得られない可能性がある。そうしたケースでは後述するように他の手段(たとえばスーパーボンドによる処置など)も検討すべきである。ただしライトフィックスのペーストは一度硬化しても再照射や追加盛りが可能であり、仮に一部が脱離しても硬化済みレジンをすべて削除しなくてもその上からリペアできる点は優れている。実際に固定期間中に一部が外れてしまった場合でも、脱離部位の歯面を清掃・必要なら再エッチングしてから同じペーストを継ぎ足し光照射すれば、短時間で再固定が可能である。
互換性や運用方法
ライトフィックスは単独で完結する院内処置用材料であり、特別な他社製品や機器との互換性に悩まされることは少ない。光重合に際しては、一般的な歯科用光照射器(ハロゲンランプ、LED、プラズマアークなど)を用いることができ、特別な専用光源は不要である。推奨される照射条件は前述の通りだが、強力なLED光源で10秒程度、ハロゲンランプなら20秒程度を目安に、必ず唇側と舌側(口蓋側)の両面から照射することが望ましい。これは、レジンを厚みのある帯状に盛り付けた場合に光重合のムラを防ぎ、確実に材料を硬化させるためである。硬化後のレジンはかなり強固に歯面に付着するため、固定期間が終了した際には回転切削器具により機械的に除去する必要がある。外す際はエナメル質表面の研磨を兼ねて慎重に削り取ることで、比較的短時間で原状回復が可能である(後述のFAQ参照)。
操作手順はシンプルであるが、いくつか留意すべき運用上のポイントがある。まず術野の隔離と乾燥の徹底である。エッチング処理を行う以上、唾液や出血による汚染を防ぐ必要がある。複数歯をまたいで固定する場合はラバーダムの装着が難しいケースも多いため、口腔内バキュームやロールワッテで可能な限り水分を排除し、処置中は患者の呼気も当たらないよう注意する。特にエッチング後から光重合完了までの間に唾液が入り込むと接着不良の原因となるので、短時間といえど油断は禁物である。
また、本製品のペーストは低チクソトロピーで糸引きしにくく、塗布後に流れ出しにくいよう調整されている。そのため、術者が狙った範囲に留まってくれる反面、一度盛り付けた後にレジンが自発的に延び広がってくれることは少ない。必要な範囲にきちんとレジンが行き渡るよう計画的に塗布することが重要である。とくに隣在歯との隙間(歯間乳頭部付近)にまでレジンが入り込まないように注意が必要だ。これは清掃性や後日の撤去のしやすさの点からも重要である。実際の臨床では、動揺歯を含めてその両隣の歯にまたがるように、唇側(頬側)の歯面を結ぶ帯状の固定とするケースが多い。必要に応じて、強度を増すために口蓋(舌)側にも同様にレジンを延長して補強することもできる。ただし全面を樹脂で覆ってしまうと患者の違和感や清掃の障害が大きくなるため、ケースに応じて範囲を決定すべきである。唇側だけの固定でも、ライトフィックス自体の柔軟性があるためある程度の荷重には耐えてくれる。最終的な形態調整として、光硬化後にはレジン表面の尖端やバリを研磨し滑沢に整えることが望ましい。表面が滑らかであれば、固定期間中のプラーク付着や患者の舌への刺激感も軽減できる。
ライトフィックスは基本的に単体で完結する材料だが、状況によっては他の固定法との併用も検討できる。例えば動揺が激しく長期の固定が必要なケースでは、まずライトフィックスで迅速に暫間固定を行い、その上からスーパーボンドなどで本固定を追加する方法がある。実際、スーパーボンドは硬化に数分要するため、その間に歯が動揺しないようライトフィックスで先に仮固定して位置決めするというステップを踏めば、確実性と即時性の両方を満たすことができる。また矯正治療後のリテーナー固定に使用する場合、細いワイヤーを歯面に沿わせてライトフィックスで固定することも可能である(ただし長期固定には向かないためあくまで仮の処置である)。このように、ライトフィックスは院内のさまざまな場面で柔軟に活用できる接着ツールとして位置づけられる。
経営インパクト
ライトフィックス導入による医院経営上の影響を考える。まず、コスト面では本製品は比較的安価であり、大きな資本投下を必要としない。セット価格12,000円(税別)に対し、1症例あたりに使う材料の量はごくわずかである。ペースト1本は1.5mL入りで標準価格4,850円であり、仮に1症例で0.1~0.2mL程度(前歯3本分を連結する帯状固定の場合)の使用だとすれば、レジン材料費は300~600円程度に収まる計算になる。エッチャントやニードルなどの消耗品も症例ごとの費用は数十円程度であり、総じて1症例あたり数百円の材料コストに過ぎないと言える。これは保険点数に換算しても十分吸収できる額面であり、費用対効果の高い処置材料と言えるだろう。仮に外傷歯の固定処置を保険算定(歯牙固定術など)すれば、数千円程度の収入にはなる可能性が高く、材料費との差額でみれば十分黒字を確保できる見込みである(※具体的点数は症例条件による)。
次に、チェアタイム短縮による経営効果も無視できない。従来法でワイヤーとレジンを用いて動揺歯を固定する場合、ワイヤーの調整・固定に手間取りチェアタイムが延びることが多かった。それがライトフィックスを用いれば処置時間は大幅に短縮され、他の患者のアポイントに影響を与えにくくなる。緊急対応がスムーズに行えることは、医院全体のオペレーション効率を高め、結果的に1日の診療可能人数を増やす効果につながる。例えば急患対応に追われて予定の患者を待たせるケースが減れば、患者満足度も向上しキャンセルや機会損失の防止にもなる。
また、ライトフィックスの導入は患者満足度と医院の信頼性向上にも寄与する。外傷で不安と痛みを抱えて来院した患者に対し、短時間で確実に歯を固定して安心させてあげられれば、患者の医院に対する信頼は大きく高まるだろう。「あの歯医者に行ったらグラグラの歯をすぐに固定してもらえて助かった」という体験は口コミにもつながり、増患効果すら期待できる。特に競合医院との差別化が難しい保険診療中心のクリニックでは、こうした緊急時の頼りになるサービスを提供できること自体が医院の付加価値となる。
ROI(投資対効果)の観点から見ても、ライトフィックスは投資回収が極めて早い製品といえる。初期投資はわずか数万円であり、材料自体に耐用年数の概念はない(使い切れば追加購入するのみ)ので減価償却の問題もない。発売元のサンメディカルによれば、未開封品の有効期限は概ね2年程度とされているため(※社内資料)、頻繁に使うものでなくとも在庫リスクは小さい。仮に月に1症例でも動揺歯固定の出番があるなら、患者離れを防いで将来の大きな治療(補綴やメインテナンス等)につなげるチャンスともなり得る。このようにライトフィックスは、低コストで高いリターン(患者満足と診療効率)をもたらすツールとして経営面でも導入価値が高い。
使いこなしのポイント
ライトフィックスを真に活用するには、いくつか臨床上のコツを押さえておくと良い。まず導入初期には、実際に模型や抜去歯で操作の練習をしてみることを勧める。ペーストの粘性や光照射のタイミングなど、事前に感覚を掴んでおけば本番の患者でもスムーズに扱える。特にシリンジ先端のニードルから出るペースト量は、押し出し加減で調整できるが、一度に出しすぎるとコントロールが難しくなるため少しずつ盛るのがコツだ。足りなければ継ぎ足せば良いが、盛りすぎた場合に一部を除去するのは困難なので、少量を重ねるイメージで適量を配置しよう。
院内体制としては、急患で動揺歯の患者が来た際にすぐ対応できるよう、スタッフにもライトフィックスの存在と基本手順を共有しておくことが重要である。例えば受付や歯科衛生士が緊急電話を受けた時点で「動揺歯固定にライトフィックスを使う可能性がある」と予測できれば、治療前にエッチャントやシリンジの準備を迅速に整えられる。これは結果的に患者の待ち時間短縮につながり、チーム医療としての質を高めることになる。
患者説明のポイントも押さえておこう。ライトフィックスで固定した歯は、基本的に数週間後に除去する前提であることを事前に患者に伝えておく必要がある。長期間放置すると徐々に着色したり、歯との境目から二次う蝕のリスクがゼロではないためだ。患者には「今は応急的に接着剤で歯を固定します。この材質は将来的に外しますので、○週間後に再度来院してください」と説明し、きちんとリコールを取ることが大切である。加えて、固定期間中の生活上の注意点も指導したい。具体的には硬い物や粘着性の食品は避けること、装置が外れる恐れがあるので固定している歯間部のフロスは控えること、歯磨きは通常通り行って良いが固定箇所はブラシを軽めに当てて清掃すること、等である。これらを丁寧に伝えることで、患者自身が固定の重要性を理解し協力してくれるようになる。
最後に、万が一「使いこなせない」と感じてしまうケースについても触れておく。例えばライトフィックスを導入したものの、思ったように使う機会がなくシリンジが余ってしまうという懸念があるかもしれない。これに対しては、日常臨床の中で積極的に適応を見出す工夫が有効だ。たとえば歯周治療中に動揺が強く咀嚼に支障を来す歯があれば、一時固定にライトフィックスを試みる。あるいは、インプラントオペ前に隣在歯が動揺している場合に術後の安静のため短期間固定しておく、など発想次第で応用範囲は広がる。使わなければただの在庫だが、ひとたびその利便性に気づけば「無いと困る」存在になるはずである。
適応と適さないケース
ライトフィックスの適応症と、逆に使用が適さないケースを整理する。適応となるのは前述の通り、短期間の暫間固定である。具体的には外傷による歯の動揺が典型例で、脱臼や亜脱臼、再植後の固定など2~4週間程度で外すことを前提とした固定に向いている。これは世界的な外傷ガイドラインでも「脱臼歯の固定期間は2週間程度、柔軟なスプリントで固定する」と推奨される状況であり、ライトフィックスはその要件を満たす柔軟性スプリントとして適している。次に、歯周病に起因する動揺歯への応用も考えられる。ただし慢性的な重度動揺歯を長期に固定するのは本来好ましくないため、ライトフィックスの出番は歯周治療の初期~中期に限定されるだろう。具体的には「スケーリング等で炎症を抑えれば安定しそうだが、現時点では咬合時に痛みがあるほど動揺している歯」に対し、一時的に固定して患者の咀嚼時の不快感を軽減する、といった場面である。実際に数週間の固定で咬合痛が軽減し、その後装置を除去しても動揺が落ち着くケースは経験的にも存在する。ただし歯周補綴的に長期固定が必要な場合(例えば下顎前歯部のスプリントなど)は、ライトフィックスではなくワイヤー&レジン固定や固定性ブリッジなどの恒久的手段を選ぶべきである。
他の適応としては、小児歯科領域での活用がある。乳歯の外傷や動揺、あるいは交換期にグラグラの乳歯を誤飲しないよう数日固定しておくといったニッチな用途にも用いられる報告がある(※製品添付文書より)。また矯正治療後のケースでは、保定装置(リテーナー)の一部破損時に新しいリテーナー作製までのつなぎとしてライトフィックスで仮固定する、といった応用も可能である。このように、「いずれ除去する前提」かつ「迅速さが求められる」状況こそがライトフィックスの真価を発揮する場面と言える。
一方、適さないケースも明確にしておきたい。最大のポイントは、長期固定や恒久固定には向かないという点である。ライトフィックス自体の柔軟性・耐久性には限界があり、数ヶ月~数年単位の維持には脱離や変色、劣化のリスクが高まる。したがって、予後不良な歯を延命的に固定し続けるような用途には適していない。例えば重度歯周炎で高度に動揺している歯を何とか温存しようという場合、ライトフィックスでは力不足であり、むしろ抜歯や他の補綴的対応を検討すべきかもしれない。また咬合力が直接加わる部位も注意が必要だ。前歯部のように比較的側方力中心であれば良いが、大臼歯部で垂直荷重がまともにかかる状態で樹脂固定しても、あっという間に剥がれてしまう可能性が高い。そうしたケースではクラウンやスプリント装置による固定が望ましい。さらに、被着面の状態にも左右される。エナメル質がほとんど残っていない歯(大きな修復物や補綴物ばかりの歯列)ではライトフィックス単独で十分な接着力を発揮できない恐れがある。この場合、金属や陶材への接着能力が高いスーパーボンドの併用や、機械的固定(ポストやスクリューの活用)を検討した方が安全だろう。実際、サンメディカルの資料でも「中・長期間の固定が必要な症例にはスーパーボンドを使用してください」と明記されている。
まとめると、ライトフィックスは「短期決戦型」の固定材であり、一時しのぎには最適だが永続的な解決策ではない。適応と非適応を見極め、使うべき場面で的確に使うことが重要である。その判断を誤らなければ、非常に有用な武器となるだろう。
導入判断の指針
ライトフィックスの有用性は理解できても、自院に本当に必要かどうか悩む先生もいるだろう。医院の診療方針や患者層によって、導入のメリット・デメリットは異なる。いくつか歯科医院のタイプ別に、本製品導入の向き不向きを考察してみよう。
保険診療が中心の効率重視型の医院
日々多くの患者を診察し、保険診療がメインとなっている医院では、ライトフィックスはぜひ備えておきたいアイテムである。まず、急患対応の武器として心強い。保険中心のクリニックには地域のかかりつけ患者が多く、転倒による歯のグラつきや外傷で飛び込んでくる患者もしばしば存在する。その際に迅速な処置で痛みを和らげ歯を救うことができれば、患者からの信頼は絶大となる。チェアタイム数分で完了する簡便さは、他の予約患者への影響も最小限に抑え、医院全体のスケジュール管理を助けてくれる。費用面でも1症例数百円のコストなら保険点数内で十分ペイでき、医院の収益を圧迫しない。むしろ、適切な算定によっては利益すら生む処置となり得る。さらに、緊急処置に対応できる医院としての評判向上は、患者数の増加や紹介の獲得にもつながるだろう。保険診療中心型の医院にとってライトフィックスは、低コストで診療効率と患者満足を両立できる頼れるツールである。
高付加価値の自費治療を提供する医院
インプラントや審美治療など自費診療に注力しているクリニックの場合、ライトフィックスの導入は一見メリットが少ないように思えるかもしれない。確かに、自費メニュー主体の医院では動揺歯の応急固定の頻度は高くないだろう。しかし、だからこそ非常時の安心材料として持っておく価値がある。自費治療を受ける患者は医院への期待も大きく、「何かあったらここで解決してほしい」と考えている。例えば治療中ではない歯が事故でグラついた場合でも、導入医院であれば「すぐに固定処置ができます」と対応できる。これは患者の医院に対するロイヤリティを更に高め、将来の大きな自費治療にもつながる信頼関係の構築に寄与する。また審美志向の患者に対して、ライトフィックスは透明で目立たない固定を提供できる点もプラスである。金属ワイヤーで固定された見た目に患者が不満を抱く心配がなく、治療中も人目を気にせず過ごせる。加えて、仮固定とはいえ歯を残す方向で努力する姿勢は、患者満足度に直結する。「すぐ抜いてインプラント」ではなく、一度は保存を試みるアプローチを示すことで、患者から「誠実な治療」をしてくれる医院と評価されることもある。もちろん、ケースによっては早期に抜歯・補綴へ進む判断も必要だが、選択肢としてライトフィックスを用いた保存的処置を提示できること自体がクリニックの価値を高める。
口腔外科・インプラント中心の専門医院
外傷や顎骨骨折などを扱う口腔外科寄りの医院や、インプラント手術専門のクリニックでは、ライトフィックスの優先度はやや下がるかもしれない。というのも、こうした医院では重度の外傷に対しては外科的固定(スプラインやボンドワイヤー固定、アーチバー装着など)を行うことが多く、ライトフィックスが活躍できる場面は限定的だからである。例えば顎骨骨折を伴うような大外傷では、頬粘膜側だけで固定するライトフィックスでは固定力が不十分であり、素直に外科的措置を取るべきだろう。またインプラント専門クリニックでは、重度歯周病の動揺歯は抜歯してインプラントに置き換える方針をとる場合も多く、そもそも歯を固定して延命させるというシナリオ自体が少ない。しかし全く無用かと言えばそうではない。例えば抜歯即時インプラントを予定していたが患者の都合で計画変更になり、急遽数ヶ月自家歯で頑張らせる場合など、短期間持たせるためにライトフィックスで固定する選択肢もある。また、抜歯を躊躇している患者に「一時的に固定して様子を見ましょう」と提案し、患者自身に踏ん切りを付けてもらう助けにする、といったカウンセリング上の有用性もある。以上より、専門特化型の医院でライトフィックスが登場する頻度は高くないだろうが、「無いよりはあった方が安心」という位置づけになる。コスト的負担が小さいことも踏まえ、保険的な応急処置にも対応できる医院として信用力を高めるためにも、導入は検討に値する。
よくある質問(FAQ)
Q. ライトフィックスによる固定はどのくらいの期間持続するか?
A. ライトフィックスは短期間(数週間程度)の暫間固定を目的としている。一般的には2~4週間程度の保持を想定しており、外傷による動揺歯の固定期間としても妥当な範囲である。実際、装着後2週間時点でもしっかり固定され違和感もないという報告があり、3~4週間程度は安定性を保つ。しかしそれ以上の中長期の固定には不向きであり、長期固定が必要な場合はスーパーボンドや他の永久固定手段への切り替えが推奨される。
Q. 接着時にボンディング剤やプライマーは併用すべきか?
A. いいえ、不要である。 ライトフィックスはエッチング後、ペーストを直接塗布して使用する設計となっており、別途プライマーやボンディング材を併用する必要はない。ペーストに含有されるSTFモノマーがエナメル質への高い浸透性と接着性を発揮するため、むしろ他のボンディング材を挟まない方がしっかりレジンタグが形成される。メーカーもボンディング材併用は推奨しておらず、手順通りエッチング→水洗乾燥→ペースト塗布で十分高い接着強度が得られる。
Q. 硬化したライトフィックスが一部剥がれた場合、再固定は可能か?
A. 可能である。 ライトフィックスのペーストは充填用フィラーを含まないため、一度硬化した樹脂の上からでも追加照射により直接修復が可能となっている。もし固定期間中に一部が脱離したり亀裂が入った場合でも、外れた部分の歯面を清掃し必要に応じて軽くエッチングを施した後、再度ペーストを継ぎ足して光照射すれば補強できる。硬化物同士の二次接着性が良好な点はライトフィックスの利点であり、処置のやり直しに要する時間と労力を最小限に抑えられる。ただし大きく剥がれた場合は一度すべて除去してからやり直した方が確実であり、ケースに応じて判断されたい。
Q. 補綴物や金属ワイヤーにも接着できるのか?
A. ライトフィックスは主にエナメル質への接着を想定した材料である。金属やセラミックへの接着用プライマーは付属しておらず、そのままではそうした表面に強固に結合することは難しい。例えばメタルクラウンの上や陶材面を固定のアンカーにするのはリスクがある。そのため、隣接歯が補綴物の場合は一部エナメル質が露出する部分を狙ってペーストを付与する、あるいは補綴物表面を粗造化して機械的保持を狙う、といった工夫が必要になる。どうしても異種材料同士の接着が避けられない場合には、スーパーボンドのように金属・レジン・陶材いずれにも高い接着性を発揮する接着剤の使用が望ましい。実際、スーパーボンドはCAD/CAM冠の装着など幅広い用途で用いられており、金属ワイヤー固定などにも適している。まとめると、ライトフィックス単独では金属・陶材への接着力は限定的であり、必要に応じて他材料の助けを借りるべきである。
Q. 固定期間終了後のライトフィックスはどのように除去するのか?
A. 残念ながら、ライトフィックスを薬剤で溶解するような方法はなく、基本的には切削除去となる。メーカーから公式の除去マニュアルは出されていないが、実際にはブラケット除去後のレジン除去と同様に、回転切削器具で樹脂を削り落としていくことになる。エナメル質表面にきちんと接着している分、除去の際にはエナメル質をわずかに研磨する形になるが、適切に行えばエッチングで生じた変化層を削り取る程度で済む。具体的にはダイヤモンドポイントや超微粒子の研磨ポイントを用い、慎重に樹脂のみを削り取るよう心がける。最後にポリッシングを施せば、固定前と変わらない滑沢な歯面を回復できる。なお、ライトフィックスはクリアであれば歯面との境目が視認しやすいため除去コントロールは容易であるが、ティースカラーの場合は歯との色調差が少ない分だけ確認に注意が必要である。いずれにせよ、患者に痛みを与えないよう十分な水冷下で丁寧に研磨除去することが肝要である。幸い固定期間が短いこともあり、レジン除去後に大きな脱灰斑や着色が残るケースは報告されていない(※筆者調べ)。心配であればフッ化物応用などでフォローすると良いだろう。