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酸化亜鉛ユージノールセメントの特徴は?ガラス練板や金属スパチュラを使うのはなぜ?

酸化亜鉛ユージノールセメントの特徴は?ガラス練板や金属スパチュラを使うのはなぜ?

最終更新日

ある根管治療の途中処置で、独特のクローブの香りが診療室に立ちこめたことがあった。患歯に詰めた白い仮封材から漂う香りであり、その正体は酸化亜鉛ユージノールセメントである。歯髄鎮静効果への期待から古くから用いられてきた材料だが、一方で補綴物の装着前に「ユージノール入りの仮着材は使わないでおこう」と意識した経験はないだろうか。

また、新人スタッフが紙製パレットとプラスチック製スパチュラで練和を始め、先輩に「あえてガラスの練板と金属スパチュラを使うように」と指導された場面に戸惑ったこともあるかもしれない。臨床現場では当たり前に共有されるこれらの知識だが、なぜその方法が選ばれているのかを論理的に振り返る機会は少ない。

本稿では、酸化亜鉛ユージノールセメント(以下、ZOEセメント)の特徴と扱い方について、臨床的意義と経営的観点を統合して解説する。仮封や仮着に日常的に使われるこのセメントの利点と限界を再確認し、明日からの診療でスタッフとも共有できる実践的ポイントを提供する。

要点の早見表

項目        ポイント概要
主な用途仮封(根管治療中の暫間封鎖など)や仮着(補綴物の一時装着)に多用される。根管充填用シーラーとして用いる製品も存在する。う蝕除去後の裏層(ベース)にも歴史的に用いられてきた。
適応症例深いう蝕処置後に歯髄の鎮静を図りたい場合や、次回までの短期的な穴埋めが必要な場合に適する。無髄歯の仮着や仮封では歯髄刺激の問題がないため汎用しやすい。根管治療中の痛みを抑えたいケースでは封入後の鎮痛効果が期待できる。
適応外レジン修復や接着操作が控えている症例では不適である。ユージノール残留がレジン系材料の重合を阻害し接着不良を招くためで、レジン充填やレジンセメントを予定する部位には避ける。また長期の封鎖には向かない(強度が低く溶解・摩耗しやすい)ため、長期間放置する恐れがある場合も不適となる。ユージノール過敏症(接触皮膚炎など)の患者にも使用できない。
材料の性質粉末成分は酸化亜鉛、液はユージノール(丁香油)を主成分とする。混合により亜鉛イオンとユージノールがキレート結合して硬化する特殊なセメントである。硬化後も消炎・鎮痛効果が持続するとされ、痛みのある歯に対する鎮静効果が特徴。一方で強度は低く脆性であり、長期の機械的負荷に耐えない(だからこそ容易に除去可能で仮封に適する)。歯質との化学的接着性もほとんどなく、密封は機械的封鎖に依存する。
練和方法粉末・液剤タイプの場合、所定の粉液比で計量し練和する。紙練板またはガラス練板上に粉と液を取り、粉を2〜3回に分け徐々に液に練り込む。練和時間の目安は30秒程度で、練和物が均一なペースト状になるまで練り上げる。金属製スパチュラが基本で、粉の固まりをしっかり圧砕し混和するには剛直な金属製が適している。ペーストタイプ製剤ではチューブから等量を押し出し即座に練り合わせる。
練和時の留意点ZOEセメントの練和反応は発熱を伴わないため、リン酸亜鉛セメントのように熱吸収目的でガラス板を使う必要はない。紙練板上でそのまま練和でき、金属製でもプラスチック製でもスパチュラは使用可能である。ただし高温多湿環境では硬化が速まるため注意が必要である。器具に付着した水分やアルコールは硬化を著しく促進するので厳禁である。真夏は粉液を冷蔵保管し直前に出す工夫や、練板自体を冷却し作業時間を延ばす方法もある(但し冷やしすぎれば練板表面の結露に注意)。
操作特性作業時間は室温で概ね2~3分程度だが、口腔内では湿度と温度の影響で比較的速やかに硬化する(数分で初期硬化)。硬化までは圧をかけず安静に保つ必要がある。練和直後は流動性が高く操作しやすいが、時間経過で粘性が上がり盛り上げ成形しやすくなる。硬化後は易削性であり、付着した余剰セメントも除去しやすい。仮着用途では外す際に容易に破断でき、本格的な接着力は発揮しない。
安全性ユージノールは軽微な局所麻酔様作用を持つ反面、組織に対し細胞毒性が報告されている。硬化物が根尖部からはみ出すと周囲組織に炎症を生じうるため注意する。軟組織に直接長時間触れれば刺激となるため、縁下に余剰が残らないよう操作する。ごく稀にユージノールに対するアレルギー(皮膚発疹など)があり、その既往が疑われる患者には使用しない。
患者説明ZOEセメントはあくまで一時的処置であることを説明し、強い咬合力や粘着性食品で脱落するリスクがあると伝える。ユージノール由来の香りや味については事前に知らせ、苦痛ではなく薬効成分である旨を説明して安心させる。特に痛みのある歯では鎮静効果が期待できることを伝えると患者の不安軽減につながる。逆に「しみ止めの薬を入れておきます」と説明することで処置の意図を明確にできる。
費用・経済性ZOEセメントは低コストな材料である。粉末50gあたり約2,500~3,000円程度であり、1回の使用量は数百mg以下のため1症例あたり数十円程度と試算できる。保険診療では根管治療や補綴過程の一環として位置づけられ、個別に高額な算定項目とはならない。安価だが適切に用いれば治療予後を安定させ再治療リスクを下げる効果があり、コストパフォーマンスは高い。
代替材料非ユージノール系仮着材(ノンユージノールセメント)は、ユージノールを含まずレジン硬化阻害や刺激を抑えた代替製品である。レジン接着を予定する補綴ではこちらを用いる。一方、仮封材の代替としては、樹脂系の仮封用レジンやグラスアイオノマーセメント、あるいは水硬性仮封材(いわゆる「キャビトン」系)などがある。それらは機械的強度や密封性に優れるがユージノールの鎮静作用はない。症例に応じて使い分けることが望ましい。

理解を深めるための軸

ZOEセメントの評価軸として、臨床的有用性と経営的効率性の二つが挙げられる。臨床面では、本材料の鎮痛・鎮静効果により患者の術後経過を穏やかにできる点が大きな利点である。例えば、深い齲蝕処置後に本材を裏層すると、患者の自発痛や違和感が軽減しやすい。この鎮静効果は患者満足度に直結し、結果的に医院への信頼醸成にもつながる。一方、レジン充填を控えた症例で誤ってZOEセメントを用いると接着不良を招き、補綴や修復のやり直しが発生しかねない。これは臨床的失敗であると同時に医院経営においても人的・時間的コストの損失となる。

経営面では、チェアタイムの効率化とリスクマネジメントの視点から本材を位置づけることができる。混和や除去が容易であるため処置時間を短縮でき、仮封の脱離や術後疼痛による緊急再来院を減らす効果も期待できる。材料費自体は微々たるものだが、適材適所の使用により再治療やクレーム対応に費やすコストを抑制できる点で投資対効果は高い。また、ユージノールセメントを在庫しない場合に起こり得るのは、代替手段で患者の痛みを十分に緩和できず信頼を損なうリスクである。以上のように、本材の活用は患者ケアの質を高めつつ無駄なコストを防ぐ戦略と言える。

トピック別の深掘り解説

代表的な適応と禁忌の整理

酸化亜鉛ユージノールセメントの適応として代表的なものに、暫間的な封鎖と一時的固定がある。暫間封鎖(仮封)は、根管治療の合間やインレー修復の次回まで穴を塞ぐ場合に行う処置であり、ZOEセメントはこの目的にしばしば選択される。化学的接着に頼らず機械的嵌合で留まる程度の強度で硬化するため、除去時に歯質を傷めず短時間で取り外せる利点がある。また根管治療中の仮封では、貼薬(薬剤封入)と組み合わせて本材で密封することで、患歯の疼痛を和らげ細菌の再感染を防ぐ一石二鳥の効果を狙う。一時的固定(仮着)は、たとえば補綴物(仮蓋や仮歯、プロビジョナルクラウン)を本番まで仮留めする用途である。ZOEセメントは微弱ながらも固着力を持つため、仮歯を数週間安定させるには十分であり、外す際には破断して容易に撤去できる。

このように「外す前提」で一時的に密封・固定したい場面が本材の適応である。加えて、一部の製品は根管充填用シーラーとして設計されており、亜鉛華ペースト系シーラーとして根管内に充填して使用する(硬化後に固形物となるタイプ)。これらは主に無髄歯の根管治療で用いられ、歯根外部に漏出した際の生体親和性や封鎖性が課題となる点で通常の仮封材とは異なる。

禁忌となるケースの筆頭は、レジン材料による修復や装着を予定している場合である。ユージノールが樹脂の重合反応を阻害することは周知の事実であり、ZOEセメントを覆層や仮着に用いた後でレジン接着を行うと接着強度の低下や硬化不良が生じる。実際、ユージノール系シーラー使用後のファイバーコア接着が阻害されたとの報告もある。

したがって、コンポジットレジンによる直接修復やレジンセメントによる間接補綴装着の前段階では本材を使わないか、使用しても完全に除去・清掃する必要がある。近年は樹脂への悪影響を避けるため、ユージノールを含まない仮封・仮着材(ノンユージノール系)が広く市販されており、レジンとの両立を図れるようになっている。

また長期の仮封にも不向きである。ZOEセメントは口腔内で徐々に溶解し、脆く崩壊していく傾向があり、数か月単位で放置すれば辺縁からの漏洩や二次齲蝕リスクが高まる。長期仮封が避けられない場合はグラスアイオノマーセメントなど耐久性のある封鎖材が望ましいだろう。その他、ユージノール過敏症の患者では禁忌である。ごく稀ではあるが、歯科用クローブ油に接触すると皮膚炎を生じる患者報告があるため、問診でオウシュウヨモギアレルギー(クローブアレルギー)などの有無を確認し、疑わしい場合は代替材を用いる。また、露髄箇所への直接適用も推奨されない。ユージノールは歯髄鎮静作用が期待できる反面、強い刺激となる可能性もあり、直接覆髄には適さないという見解が一般的である。歯髄保護が必要な場合は水酸化カルシウム製剤やMTAセメントなどを併用し、その上から本材を仮封に使うのが実際的である。

標準的なワークフローと品質確保の要点

練和の基本手順は粉末と液を所定量用意し、少量ずつ混ぜてペースト状にするだけと単純である。粉末・液状タイプの場合、製造元が推奨する粉液比(重量比や滴数)が存在する。一般的には粉末1gに対し液0.5mL前後(製品により異なる)で練和すると標準的な稠度が得られる。まず紙製またはガラス製の練板上に粉末と液をそれぞれ分けて出し、粉を約3等分して液に細かく振り入れる。金属製スパチュラで円を描くように混ぜ、粉を追加するたびにダマがなくなるまで押し付けながら擦り合わせる。全量を混ぜ切ったら、スパチュラで持ち上げて垂らし落ちるかどうかで粘度(ちょう度)を確認する。仮封用途ならやや硬め(垂れ落ちない程度)の練和物が操作しやすく、仮着用途ならやや軟らかめ(糸を引いて垂れる程度)が適する。ペーストタイプ製品では計量の手間がなく、等長のペースト2本を練板上で混ぜ合わせるだけで所定の性状になる。同じく金属スパチュラで練り、色ムラが消えるまで練和する。ペースト型は操作時間内であれば徐々に粘度が上がる設計のものが多く、練りたてはさらさらしすぎる場合は数十秒待ってから使用すると良い。

品質確保のポイントとして、まず器具管理が挙げられる。練板とスパチュラは使用前に清潔かつ乾燥した状態にし、余分な水分やエタノールが付着していないことを確認する。わずかな水分でも硬化反応が促進され操作時間が短縮してしまう。アルコール消毒後は充分に蒸発させ、湿熱滅菌した器具も乾いた不織布などで水滴を拭う。練板はガラスでも紙パレットでも大きな差はないが、紙の場合は吸水性があるため長時間放置すると液成分が紙面に広がりやすい。練和開始から塗布・充填まで一気に行う段取りを整え、混ぜたまま放置しないことが肝要である。紙練板の利点は使い捨てでき交叉汚染リスクが低い点であり、一方ガラス練板は熱伝導性に優れ必要に応じ冷却できる点がメリットである。ZOEセメント自体は反応熱がほとんど出ないが、室温が高い時期には練板を事前に冷却することで硬化を若干遅らせ操作時間を延長できる。

ただし冷たい練板を出すと表面に結露しやすいため、使用直前にしっかり拭き取る配慮が必要である。スパチュラについては、粉砕・混和の効率を考え金属製が基本である。ステンレス製スパチュラは適度な重みと剛性があり、練板に押し付けて擦る動作でも撓まず力を均等に伝えられる(プラスチック製では弾力があり粉を練り込む際に腰砕けになりやすい)。ただし例外的にグラスアイオノマー系セメントでは金属ヘラを用いるとセメントに金属イオンが溶出して着色してしまう恐れがあるため、プラスチック製を使う。またポリカルボキシレート系セメントでは金属ヘラにセメントが強固に付着して清掃困難になるため樹脂ヘラが指定されている。ZOEセメントにおいては金属との化学反応や着色は起こらず、むしろ金属製の方が練和しやすいため特段の理由がなければ金属スパチュラを選ぶとよい。

最後に保存管理について触れる。粉末は吸湿すると凝集塊を生じ易くなるため、使用後は直ちに蓋を閉める。液剤の主成分ユージノールは揮発性があり長期保存で徐々に成分変化する可能性があるため、遮光容器を密栓し室温で保管する。多くの製品は有効期限(使用期限)2~3年程度が設定されている。期限切れや不適切保管により硬化不良(いつまで経ってもベタつく等)が起きた場合は新品に交換する。適切に保存された材料であればロットごとの性能差は少なく、日常診療において安定した硬化性と鎮静効果が期待できる。

安全管理と説明の実務

酸化亜鉛ユージノールセメントは比較的安全に使用できる歯科材料ではあるが、いくつか留意すべきリスクと対応策がある。患者への安全配慮として重要なのは、セメントが不測の形で口腔内に残存・漏出しないよう管理することである。仮封時は練和物を窩洞内に充填し咬合面を覆うが、その際に圧接しすぎて軟化したセメントが歯肉縁下へあふれると、後で歯肉炎や痛みを誘発することがある。

ユージノール自体に殺菌作用はあっても細胞毒性も併せ持つため、軟組織への長時間の接触は炎症反応を引き起こしうる。溢れ出た場合は硬化しきる前に速やかに除去し、水洗やうがいで残渣を洗い流す。根管充填用シーラーとして用いる場合も、根尖孔からの押し出しが生じないよう慎重なテクニックが求められる(術後に根尖部の疼痛や腫れを起こす原因となるため)。万一、硬化物の一部が軟組織に固着して取れない場合は、無理に剥がさず経過をみて自然脱離を待つか、必要に応じて除去処置を行う。

また、患者説明の場面では本材の味や香りについて触れておくと良い。ユージノールは丁字油由来の独特な香味があるため、初めて経験する患者には驚きや不快感を与える可能性がある。しかしその芳香は鎮痛効果に由来するものであり、決して刺激物ではないことを伝えれば患者の安心感につながる(事実、ユージノールは市販の歯痛薬にも伝統的に使われてきた)。「薬用のクローブオイルの香りです」と説明し、場合によってはクローブの現物写真を見せるなど工夫すると会話の糸口にもなる。

さらに、仮封処置の説明も欠かせない。ZOEセメントで封鎖した部分はあくまで一時的な処置であり、強い咬合力や粘着力には耐えられない。患者には「本日の処置部分は仮のフタなので、ガムや餅など粘着質の食品は反対側で噛んでください」と具体的に指示する。万が一外れてしまった場合の連絡先や応急処置法も伝えておくと安心である。こうした説明と配慮は患者トラブルの未然防止につながり、ひいては医院の信頼向上にも資する。

安全管理の観点からは、ユージノールアレルギーについての注意も必要だろう。ごく稀ながらユージノールで接触性皮膚炎を起こす例が報告されており、過去に歯科材料や香辛料へのアレルギーがあった患者では注意を払う。問診票に香料アレルギーの項目を設けておけば事前に察知できる可能性がある。実際に本材適用後に異常が見られた場合には直ちに使用を中止し、生理食塩水などで十分に洗浄して経過観察を行う。重篤な場合は皮膚科専門医へのコンサルトも検討する。

費用と収益構造の考え方

酸化亜鉛ユージノールセメントは診療用材料の中でも安価な部類であり、1症例あたりのコスト負担はごく小さい。材料代は診療報酬に直接計上されるものではなく、処置全体の包括点数に含まれる経費である。例えば、う蝕処置後の一時的な裏層や根管治療中の仮封は、それ自体で算定項目が立つわけではない(処置の一環として包含される)が、適切に行うことで治療の成功率を高める重要なステップとなっている。このような「影の立役者」とも言える材料に対してコストを惜しむべきではない。むしろ、本材を使わずに患者の疼痛管理を怠った場合、後日の緊急対応や追加処置が発生し、トータルでは非効率となりかねない。

経営的視点では、再診リスクの低減こそが最大の収益貢献である。ZOEセメントの鎮静効果により術後疼痛や不快症状が減れば、予定外の来院や処置の手戻りを防ぎ、限られた診療枠を有効活用できる。また、患者満足度が上がれば紹介やリピートにもつながり、中長期的な医院収益にプラスとなるだろう。幸い本材は長期保存が可能で腐敗の心配もなく、在庫管理も容易である。まとめて購入しておき必要時に惜しみなく使う方が、結果的に医院経営の健全化につながる。

代替材料との比較検討

酸化亜鉛ユージノールセメントには代替となる材料も多く存在し、それぞれ長所短所が異なるため症例に応じた選択が求められる。まず仮封材として、本材と頻繁に比較されるのが水硬性仮封材(カルシウム硫酸系)である。代表的な製品「キャビトン」に代表される水分で硬化するペーストは、操作が簡便で自己硬化により短時間でしっかり固まる。咬合面の耐摩耗性もZOEより高く、数週間程度の封鎖なら確実に維持できる。しかし鎮痛作用はなく、深い齲窩での歯髄鎮静には寄与しない。患者の自発痛リスクが低いケースでは水硬性仮封材が適するが、痛みが懸念されるケースではZOEの方が安心感がある。

またグラスアイオノマーセメント(GIC)も仮封に応用される。高い接着力と強度を発揮し封鎖性は抜群だが、除去が困難で本格修復時に窩壁を傷つける恐れがある。短期で確実に外す予定があるならGICよりZOEが適切である。仮着用途に関しては、近年主流の一時固定用セメントは非ユージノール系が多い。レジンモノマーを含む製品もあり、接着性や硬化速度で優れるものの、その分外れにくく除去残渣の清掃に時間を要する場合がある。ユージノール系はやや旧来品ながら、あえて残存接着力を低く抑えてあるため外しやすさにメリットがある。最終装着がレジン接着ではなくグラスアイオノマー系セメント等の場合、敢えてユージノール系仮着材を使う選択も依然合理的である。一方、患者によってはユージノールの匂いを嫌う場合もあり、そうした声には無味無臭の他材で応じる配慮も必要だ。裏層材として見ると、近年は樹脂含有の象牙質接着ライナーやMTAベースの専用材料が台頭し、ZOEセメントの出番は少なくなった。しかし、本材は厚盛りしても収縮が僅少で中間的なパテ状に硬化し、仮封と裏層を兼ねられる点が独特である。患者の疼痛リスクや次回処置までの期間などを考慮し、最新材料とレトロな本材のどちらが適するかをケースバイケースで判断することが求められる。

よくある失敗と回避策

臨床で酸化亜鉛ユージノールセメントを扱う中で、ありがちな失敗パターンとその防止策を整理する。まず混水比の誤りによる失敗が多い。粉を入れすぎると混ざり切らずポロポロした砂状になり、適切な硬化物が得られない。一方、液が多すぎると硬化不良でベタついたままとなり、仮封として機能しなくなる。粉液比は目測ではなく付属の計量スプーンやスポイトで正確に計量し、適量を守ることが肝要である。

特にペーストタイプの場合でも、チューブから出す長さをきちんと合わせないと硬化不良の原因となるため注意する。次に練和不良による失敗も見逃せない。練りムラが残ったまま適用すると硬化不均一で脆弱な部分が生じたり、一部が軟らかいまま長時間残存したりする。スパチュラで粉塊を押し付けながら十分に攪拌し、均質なペーストになるまで練ることが基本だ。練和時間が短すぎないように留意し、目安の30秒をしっかり使う。特に冬場は液が粘性を増し混ざりにくいので、練和時間を延長するくらいでちょうど良い。

三つ目は硬化不全の放置である。所定時間が経過しても指に付着するようなら硬化不全が疑われる。そのまま仮封に使ってもシール不良となり、二次感染や痛みの原因になる。硬化不全の原因は主に粉液比不適切か練和不足だが、材料劣化(高湿度下で保管し粉が変質、液中に水分混入など)も考えられる。この場合、新しい材料で練り直す決断も必要である。幸い材料費は僅少なので、少しでも疑問があれば廃棄してやり直す方が安全策である。

仮着使用における典型的な失敗は、最終装着時に残存ユージノールの影響を受けてしまうケースである。仮着段階では順調にいっても、いざ本接着にレジンセメントを用いた際に接着不良が起き、補綴物が脱離・二次う蝕につながる事態だ。これは仮着材中のユージノールが歯面に残留していたことが原因であることが多い。

回避策としては、仮着材除去の段階で有機溶剤を用いた清拭やサンドブラスターでの清掃を行い、ユージノールの痕跡を極力取り除くことである。製品によっては仮着後の清掃方法が添付文書に示されているので遵守する。また、最初からノンユージノール仮着材を用いればこの問題は発生しない。最終接着が樹脂系で行われることが決まっている場合は、迷わず代替材を選ぶことが肝心だ。

患者管理上の失敗も挙げておきたい。仮封が外れて患者から緊急連絡が入るケースは、医院にとっても患者にとっても望ましくないアクシデントである。多くは食事中の脱落だが、その背景には患者への事前指導不足がある。粘着性食品の摂取を控える注意や、一部欠けても放置せず連絡するよう伝えていなければ、患者は「一時的なものだから大丈夫だろう」と放置し症状悪化を招くこともある。

実際、仮封脱離に気づかず放置した結果、せっかく根管内に密封した薬剤が流出し治癒が遅れたり、内部が再感染して最初からやり直しになった例もある。回避策として、必ず術後の注意事項を書面でも渡すことが有効だ。口頭説明だけでは忘れられてしまうため、仮封や仮着後の過ごし方を箇条書きにした用紙を手渡すとよい。さらに、万一外れた場合の再来院がスムーズにできるよう、緊急連絡先や診療時間も記載しておけば患者は安心できる。このように事前の一手間でリスクを下げる工夫が、患者満足度の向上と医院の信頼維持につながる。

出典一覧(最終確認日: 2025年9月)

  • 【1】 GC デンタル製品 学術資料「歯科材料ハンドブック2018」3. セメント(酸化亜鉛ユージノールセメントの用途・特性に関する記載)
  • 【2】 一般社団法人 全国歯科衛生士教育協議会監修『歯科材料』(医歯薬出版)試読用PDF(酸化亜鉛ユージノールセメントの練和法に関する記載)
  • 【3】 歯科オンライン専門メディア 1D 歯科用語集「酸化亜鉛ユージノールセメント」(材料の硬化機構や性質に関する解説)
  • 【4】 GC社Q&Aサイト 学術情報(グラスアイオノマーセメント練和時の器具選択に関する解説)
  • 【5】 日本歯科薬品 シーラーの選択に関する解説書PDF(ユージノール系材料の効果と副作用に関する記載)
  • 【6】 1D 歯科用語集「酸化亜鉛ユージノールセメント」添付文書情報(使用方法・注意事項)
  • 【7】 GC 社製品カタログ「EUGENOL CEMENT ユージノールセメント」(50g粉末と25g液のセット価格に関する記載)
  • 【8】 Yahoo!知恵袋「歯科用セメント練和におけるスパチュラ選択理由」(回答者による金属ヘラ使用のメリット説明)