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歯科の酸化亜鉛ユージノールセメントの特徴は?商品名や用途、成分まで解説

歯科の酸化亜鉛ユージノールセメントの特徴は?商品名や用途、成分まで解説

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診療で深いむし歯を削った際、歯髄に近い象牙質まで達すると処置後の疼痛や炎症が心配になる。そんな場面で活躍するのが酸化亜鉛ユージノールセメントである。独特のクローブ(丁子油)の香りは、多くの歯科医師にとって馴染み深く、根管治療中の仮封処置や一時的な痛みの緩和に用いられてきた歴史がある。例えば急性の歯髄炎で麻酔が効きにくい症例でも、酸化亜鉛ユージノールセメントをう窩内に仮封すると次回来院時に痛みが落ち着くことが経験的に知られている。臨床現場では「鎮痛鎮静効果のある仮封材」として位置づけられ、また一方で近年の接着修復時には取り扱いに注意が必要な材料でもある。本記事では、その特徴や具体的な用途、代表的な商品名から成分までを解説し、明日からの診療で最適な活用判断ができる知見を提供する。

要点の早見表

項目ポイント
主な用途仮封(根管治療時の暫間充填)、仮着(一時的な補綴物装着)、裏層・裏装(間接覆髄を兼ねたベース)など。
臨床的特徴ユージノールによる消炎・鎮痛作用で歯髄の痛みや炎症を和らげる。象牙質の消毒効果も持つ。
材料組成粉:酸化亜鉛、液:ユージノール(丁子油由来のフェノール類)。反応によりキレート結合を形成して硬化する。
硬化時の性質常温硬化型で練和時の発熱はなく、ガラス板や紙練板上で練る。金属製スパチュラでも練和可能。硬化時間は数分程度で操作時間は比較的余裕がある。
利点練和粉液比を調整することで硬さや粘度を調節可能。硬化後は良好な封鎖性を示し、歯髄鎮静効果により処置後疼痛の軽減が期待できる。
欠点機械的強度は低く脆い(長期間の維持には不向き)。ユージノール成分がレジン材料の重合を阻害し接着を妨げる。歯肉や粘膜への刺激となる場合があり、残存物は歯肉炎や退縮のリスク。
代表商品名ネオダイン(ネオ製薬工業)、IRM(デンツプライシロナ)、テンポラリーセメント(各社)など。ネオダインは国内で酸化亜鉛ユージノールセメントの代名詞的存在。IRMは強化型で長期仮封に使用可。
保険診療での扱い単体で算定できる診療行為はなく、根管貼薬処置や暫間充填等の一環として使用される。材料費は比較的安価で経営への負担は小さい。
経営面の視点適切に用いることで疼痛による緊急来院や再処置を減らし、患者満足度向上に寄与。汎用性が高く在庫管理も容易。一方、取り扱いミスによる補綴物のやり直しが発生すれば時間的・金銭的ロスとなる。

理解を深めるための軸

酸化亜鉛ユージノールセメントを評価するには、臨床的な効用と経営的な影響という二つの軸で考えると分かりやすい。臨床面では、本材料の歯髄鎮静効果と封鎖性がもたらす患者の疼痛緩和や感染リスク低減といったメリットが軸になる。一方で材料自体の強度限界やレジン重合阻害といった特性が、治療計画や他材料選択に影響する点も考慮が必要である。

経営面の軸では、このセメントを使うことで得られる診療効率とリスク管理が焦点となる。例えば、痛みの強い患者に鎮静効果のある仮封処置を施すことで緊急対応の頻度を下げられれば、医院全体のオペレーション効率が上がる。また短期間の仮封であれば安価な本材で十分対応可能であり、高価な材料を温存できコスト管理に有利である。ただし、誤った使用によって補綴物の接着不良や二次的な処置が生じれば、再治療の時間と費用が発生し経営上マイナスとなる。臨床上の特性と運営上の効率、この二軸のバランスを理解することで本材の適切な位置づけが見えてくる。

代表的な適応と禁忌の整理

酸化亜鉛ユージノールセメントは、その鎮静作用と封鎖性から幅広い臨床用途を持つ。代表的なのは仮封と呼ばれる一時的充填で、根管治療の合間に歯内を密閉する際によく使用される。感染根管の消毒薬を密閉する場合や、次回まで暫時様子を見る深い齲窩の封鎖に適している。また仮着用途として、補綴物(クラウンやインレー)の本装着前の一時固定にも用いられる。ユージノールの鎮静効果により有髄歯の支台歯でも痛みが出にくく、後日の補綴物撤去も容易である。

さらに、酸化亜鉛ユージノールセメントは裏層(ベース)や裏装(ライナー)として間接的に歯髄を保護する目的にも利用されてきた。う蝕除去後に象牙質の一部を補う仮の土台として本材を敷設し、その上に最終充填を行う方法である。ただし近年は樹脂系の封鎖材やグラスアイオノマーセメントの台頭により、ベース用途は限定的になっている。適応症としては、深い齲窩で直接覆髄せず経過観察するケース、抜髄せず保存を図る症例、痛みの強い歯髄炎症例の一時的処置などが挙げられる。一方で禁忌や注意すべきケースも明確である。最大の禁止事項はレジン系修復物との併用である。ユージノールがレジンの重合反応を阻害するため、コンポジットレジン充填やレジンセメントによる補綴装着を行う場合、本材を下地に使用してはいけない。もし仮封に使った場合でも、その後レジン接着操作に移る前に残留物を完全に除去し、必要なら一層削り取って健全な面を露出させる必要がある。

他の禁忌として、長期に機械的強度が要求される用途には不向きという点がある。例えば長期間装着する暫間補綴物を仮着する場合や、咬合力が大きく加わる部位の仮封には、通常の酸化亜鉛ユージノールでは脆すぎる可能性がある。またユージノールアレルギーの患者には使用を避けるべきである。ユージノールはフェノール系化合物であり、稀に接触過敏症を起こす例も報告される。こうした禁忌に該当する場面では、後述する非ユージノール系セメントや他の仮封材への置換を検討する。

標準的なワークフローと練和・操作上の要点

酸化亜鉛ユージノールセメントを用いる際のワークフローは比較的シンプルである。まず粉末と液を所定の比率で計量し、練板上で練和する。練和時の要点として、本材は反応時に発熱を伴わないため常温で扱いやすく、紙製の使い捨て練板を用いても硬化に支障はない。金属スパチュラも使用可能で、グラスアイオノマーセメントのように金属イオンの溶出による着色を心配する必要はない。練和は粉末に液を少量ずつ加えながら行い、適切な稠度(粘り気)になるまで混和する。臨床ではやや硬めに練って手で丸めて充填しやすい状態から、軟らかめに練って流動性をもたせ細部に行き渡らせる状態まで、症例に応じて練和度合いを調節する。

練和後のペーストは数分以内に徐々に硬化を開始するため、手早く所定の部位に適用する。仮封用途では乾燥させた窩洞や根管口に圧接し、適度に圧接・整形して封鎖する。仮着用途では補綴物内面に薄く塗布してから装着し、はみ出した余剰セメントは硬化前に除去する。操作時の注意点として、水分が付着すると硬化が早まる性質があるため、練和に使用する器具や粉末に湿気がないよう配慮する。また硬化前に動かすと封鎖性が損なわれるため、一定時間(通常5分程度)は咬合圧を避け静置することが望ましい。硬化後は白色不透明な固まりとなり、工具で一塊に除去できる。除去時は破片が周囲軟組織に残らないよう注意し、特に歯肉縁下に入り込んだ場合は確実に取り除くことが重要である。

安全管理と患者説明の実務

患者の安全面から本材料を扱う際に知っておくべきポイントは、大きく二つある。一つは歯髄や組織への影響であり、もう一つは他材料への影響である。前者について、酸化亜鉛ユージノールセメントは適切に用いれば歯髄の炎症を鎮める効果が期待できるが、万一直接歯髄に触れると強い刺激となりかえって痛みや壊死を招く恐れがある。従って露髄が確認された場合には本材を直接適用せず、水酸化カルシウム製剤やMTAなど生体親和性の高い覆髄材を用いるのが安全である。またユージノールは軟組織に対して刺激性があり、長時間付着すると一部の患者で歯肉が発赤・炎症を起こすことがある。仮封材が辺縁からはみ出した際には、可能な限り取り除いておくことで歯肉への影響を低減できる。患者には、仮封中に違和感や薬剤の刺激を感じた場合は早めに連絡してもらうよう説明しておくと安心である。

他材料への影響としては、繰り返しになるがレジン系材料への重合阻害が最大の注意点である。仮封後にコンポジットレジン修復やレジンセメント接着を予定する場合、術者は本材の痕跡が残らないよう十分注意する必要がある。特に象牙質面にユージノールが染み込むと接着システムの効きが悪くなる可能性があるため、アルコール綿やペースト状クリーナーで清拭したり、薄い象牙質層ごと削り直すなどの対策が有効である。なお近年、市販の仮着セメントにはユージノールを含まないタイプ(ノンユージノールセメント)も普及している。これらはレジンへの悪影響がないため利便性が高いが、逆に歯髄鎮静効果は期待できない。患者説明においては、本材を用いる場合「一時的な詰め物であり、痛みを和らげる薬を含んでいる」旨を伝えると良い。独特の香りについて尋ねられた場合は丁字由来であること、日常のクローブが原料で安全に使用されていることを説明すれば患者の不安も和らぐ。

強化型・非ユージノール型セメントと代表商品

酸化亜鉛ユージノールセメントには、従来型に加えて強化型や非ユージノール型のバリエーションが存在する。強化型とは文字通り機械的強度や耐久性を向上させた製品で、代表例がデンツプライ社のIRM(Intermediate Restorative Material)である。IRMは酸化亜鉛ユージノールにポリマー(粉末中の微細なレジン粒子)を配合することで靱性を高めており、通常の仮封より長期間の使用に耐える。乳歯の中間修復や一年近くに及ぶ暫間充填にも用いられるとされ、強化型ならではの応用範囲を持つ。ただし強化型であってもユージノールの化学的性質自体は同じであるため、レジン重合阻害への注意は必要である点は変わらない。

一方、非ユージノール型セメントはユージノールを含まずに同等の操作性を実現した材料である。例えばGC社のフリージノールテンポラリーパックやクラウン仮着用のテンポボンドNE(ノンユージノール)などが市販されている。これらはユージノール特有のレジン硬化阻害や歯肉刺激の欠点を解消しているため、最終接着がレジン系となるケースや患者の歯肉がデリケートな場合に有用である。ただ非ユージノール型では歯髄鎮静効果は期待できず、封鎖性・強度も若干異なるため、症例に応じた使い分けが必要になる。実際の臨床では、深い齲蝕で痛みが強いときは従来型ユージノールセメントで鎮静を優先し、補綴物仮着時で後に接着操作を控えるときは非ユージノール型を用いるなど、材料の特性に合わせた選択が肝要である。

代表的な市販製品として、ネオダイン(ネオ製薬工業)は我が国で古くから用いられる酸化亜鉛ユージノールセメントの筆頭である。ネオダインは歯髄鎮痛・鎮静効果と象牙質の消毒効果を併せ持ち、封鎖性の高い仮封・覆髄材として汎用されてきた。粉末と液を調整することで練和後の硬さを自在に調節できるため、症例に応じた操作性を確保しやすい点も評価されている。他には前述のIRM、各社から出ているテンポラリーセメント類(ユージノール配合・無配合の両タイプあり)がある。酸化亜鉛ユージノール印象材という派生製品も補綴分野では重要である。ネオダインインプレッションペーストなどが該当し、無圧印象法で無歯顎の粘膜面を精密に採得するための印象材として用いられる。これは組成としては同系統だが口腔内で硬化させて型を採る用途の製品であり、仮封・仮着材とは区別される。

よくある失敗と回避策

酸化亜鉛ユージノールセメントの取り扱いにおいて陥りやすいミスとその対策を整理する。まずレジン修復でのトラブルが典型例である。仮封に本材を使用した後、十分に除去したつもりでもわずかな残留で接着性レジンの硬化不良が起き、充填物が脱離したり辺縁漏洩を起こすことがある。これを防ぐには、先述のように除去後の象牙質面を研磨清拭し、必要ならサンドブラストやエッチング処理で表面をリセットするぐらいの慎重さが望ましい。あるいは最初からノンユージノール系で仮封し、レジン系材料との混在を避けるという選択も有効である。

次に仮封の脱落・二次う蝕のリスクである。酸化亜鉛ユージノールセメントは硬化後も比較的脆いため、厚みが足りなかったり咬合圧が強いと割れたり脱落したりすることがある。特に長期間患者がそのまま来院しないようなケースでは、仮封材の脱落に気づかずにう蝕が再発したり根管内が汚染されてしまう恐れがある。回避策として、仮封時には可能な限り十分な厚みと適合を確保し、患者にも「仮の詰め物なので硬い物は避け、違和感が出たら早めに連絡を」と指示する。また長めの経過観察が予想される場合には、強化型のIRMを用いたり、定期チェックで仮封の健全性を確認するといった配慮が求められる。

歯肉への悪影響も見落としがちなポイントだ。仮封材が歯肉縁上に飛び出した状態で硬化すると、その部分がフラップ状になって歯肉を圧迫したり炎症を起こす場合がある。特にクラウン仮着時に余剰セメントが歯頸部に残留すると、数日して歯肉退縮を招いた報告もある。したがって余剰は確実に除去し、患者にも歯肉の腫れや出血が続くようなら来院を促すことが肝要である。最後に材料取り違えにも注意したい。ユージノールセメントと見た目が似たペースト材(例えば水硬性仮封材のキャビトンなど)と誤用すると、意図した鎮静効果が得られなかったり逆に硬化しなかったりする恐れがある。院内のトレーに載せる際にはラベルを確認し、アシスタント任せにせず術者が特性を把握した材料を使うよう徹底する。

導入判断のロードマップ

新規開業医や材料の見直しを検討中の歯科医師に向けて、酸化亜鉛ユージノールセメントを導入・活用するかの判断プロセスを示す。まず現在の診療ニーズを把握することから始める。深い齲蝕の保存療法や根管治療症例が多く、疼痛管理が課題となっているのであれば、本材の鎮静効果は有用と言える。逆にう蝕は即時充填で完結し根管治療件数も少ないような診療スタイルでは、出番は限定的かもしれない。

次に代替手段との比較検討を行う。仮封用途であれば、水硬性仮封材(例:キャビトン)や光重合型レジン仮封材と比較して、それぞれの長所短所を洗い出す。本材は封鎖性や鎮静効果に優れるが強度や即時硬化の点で劣るため、臨床ケースによって適材適所である。補綴物の仮着では、ユージノール有無の選択肢が常にあるため、最終接着剤の種類まで含めたトータルのマテリアルプランを立てる。

その上で具体的な導入計画を立案する。既に同種のセメントを使用している場合は、メーカーや型番ごとの特徴を再確認し、必要なら強化型や非ユージノール型の追加を検討する。新規に導入する場合、信頼性の高いメーカー製品(ネオダインやIRMなど)を選択し、適量を発注する。在庫管理も重要で、粉液型の場合は液が経時で揮発・劣化するため、開封後は適宜買い替えるサイクルを決めておく。

スタッフ教育とプロトコル整備も欠かせない。歯科医師だけでなく歯科衛生士・助手も仮封材の種類と使い分けを理解していることが理想である。院内マニュアルにどんなケースで酸化亜鉛ユージノールセメントを用いるか、混和手順や後片付け方法、注意点(例えばレジン充填前には使わない等)を明示しておくと安全だ。最後に導入後のモニタリングとして、仮封後の痛みの推移や仮封材の脱落頻度などを経時的に観察し、必要に応じて他材への切り替えや手順の修正を行う。これらのステップを踏むことで、本材を適切に位置づけた医院運営と安全な臨床応用が実現できる。

参考文献(最終確認日:2025年9月3日)

  1. OralStudio歯科辞書「酸化亜鉛ユージノールセメント(補綴)」
  2. GCデンタルプロダクツ「歯科材料ハンドブック2018」3.セメント
  3. 久保田尚(くぼた歯科クリニック)「セメント(歯科用接着剤)ブログ記事」2025年7月17日
  4. 日本工業規格 JIS T 6610:2013 「歯科用酸化亜鉛ユージノールセメント」用途分類
  5. OralStudio製品情報「ネオダイン」(ネオ製薬工業)製品概要
  6. OralStudio歯科辞書「酸化亜鉛ユージノール印象材」概要・適応
  7. 歯科衛生士教育協議会 監修「歯科材料学」より酸化亜鉛ユージノールセメントの練和法