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松風の歯科用セメント「ビューティセムSA」は販売終了した?歯科医師向け解説

松風の歯科用セメント「ビューティセムSA」は販売終了した?歯科医師向け解説

最終更新日

突然の販売終了に戸惑う臨床現場

ある日、長年使い慣れた接着用セメントが注文できなくなっていると知ったら戸惑うであろう。実際、松風のビューティセムSA(自己接着性レジンセメント)は販売中止が進行し、臨床現場に混乱が広がった。保険診療でCAD/CAM冠を装着する際や、自費のセラミックインレーを接着する際に頼りにしていた材料だけに、「代わりは何を使えば良いのか」「性能や使い勝手は変わるのか」と不安になる声も聞かれる。

本稿では、ビューティセムSA販売終了の真相と背景、新たな後継製品の情報、それに伴う臨床および経営への影響を整理する。明日からの診療でどのように対応すべきか、具体策を提示する。

ビューティセムSA販売終了の要点早見表

項目ポイント・現状概要
製品概要ビューティセムSA(松風):自己接着性のレジンセメント。手用練和タイプ(ペースト二本)とオートミキシングタイプ(シリンジ)があり、色調はクリア・アイボリー・オペークの3種類。プライマー塗布なしで多くの補綴物に接着可能(※陶材には別途プライマー要)。硬化後24時間で中性域となり歯髄刺激を抑える設計。
販売状況販売終了済み。ハンドミキシングWパック(アイボリー)は2023年11月で販売中止、オートミキシング(アイボリー)は2024年2月、クリアは2024年10月、残るオートミキシングも2024年11月までに順次販売終了。現在(2025年9月時点)新品の入手は困難で、在庫僅少のみ。松風から公式アナウンスは販売中止製品リスト掲載のみで代替品の明示はない。
後継製品の位置付け松風は新製品「ビューティリンクSA」を2023年10月に発売し、事実上ビューティセムSAの後継として展開中。ビューティリンクSAも自己接着性レジンセメントで、S-PRGフィラー配合など基本コンセプトは踏襲。CAD/CAM冠や各種補綴への接着力が改良され、前処理材(ボンディング剤)なしで多用途に対応できる。厚みのある補綴や支台歯の少ない症例では追加のプライマー併用で接着強度を高めるシステムになっている
臨床適応ビューティセムSAは金属冠、インレー、アンレー、クラウン、ブリッジ、レジンやセラミックの補綴装置など幅広く使用可能であった。特にCAD/CAM樹脂冠など保険適用の新素材にも利用されてきた。禁忌としては十分な光照射が困難な薄いラミネートべニア(※ビューティセムベニアという光重合専用製品が別途存在したが2021年販売終了)や、長期変色を極度に嫌う審美症例では敬遠された傾向がある。また接着面積が極端に小さい補綴(ごく短い支台など)ではセルフアドヒーシブ単体での使用に限界があり、必要に応じ追加のボンディング処理が推奨される。
使用法と操作時間オートミキシングタイプではガンやシリンジ先端にミキサーチップを装着し直接支台歯や補綴内面に塗布できる。手練和タイプでは付属スパチュラでペースト2剤を混和する。操作余裕時間は約2分間程度で、光照射すると2秒程度で余剰セメントがタック硬化し除去でき、LEDライト照射10秒ほどで最終硬化に至る。圧接後すぐに強い接着力を発現するため、厚みのあるCAD/CAM冠でも初期脱離が起こりにくい。古いセメント除去時は補綴物が浮き上がらないようしっかり保持する必要があると添付文書で注意喚起されていた。
保管・取扱ビューティセムSAは従来、化学重合材の安定性確保のため冷所保管が推奨され、在庫時は冷蔵庫から使用前に常温に戻す手間があったと言われる。後継のビューティリンクSAでは新規重合開始剤の採用により常温(1~25℃)保存が可能となり、チェアサイドに保管してすぐ使える。使用可能回数はビューティセムSAもビューティリンクSAも同容量あたり大きくは変わらず、例えばハンドミキシング9mLシリンジ1本で100件以上のクラウン装着に使える計算である。一方、オートミキシングはチップ内廃棄分が生じるため5mLで20件前後の装着分となる。開封後の有効期限や保管条件を守り、使用直前にチップ内の押し出しを2~3mm廃棄して新鮮な混和物を使うのが品質確保の基本である。
コストと収益性ビューティセムSAの価格は1本あたり医院価格約1万円強(9mLシリンジ、税別定価で約12,000円)で、1症例あたり数百円程度と試算できる。後継品も概ね同等の価格帯である。材料費としては微々たるものだが、接着性レジンセメントの使用により補綴物の脱離や辺縁漏洩による二次う蝕リスクを下げられれば再治療の削減につながり、長期的にはクリニックの収益と患者満足度向上に寄与する。オートミキシングは手間削減できる反面やや割高だが、チェアタイム短縮と確実な練和による失敗低減の価値を考慮して選択する。
保険算定・制度接着性レジンセメント自体に直接の算定項目はなく、補綴物装着料に包含される。しかしCAD/CAM冠などでは接着性レジンセメントの使用が事実上前提となっており、周知された材料である。松風の製品コードも歯科用合着・接着材料として届出がなされており、医療機器クラスII管理医療機器に分類される。ビューティセムSAの販売終了に伴う保険診療上の特別な届出変更や手続きは不要だが、代替品も厚労省の規定する要件を満たす承認製品を使用する必要がある。
代替製品の選択肢松風ビューティリンクSA(自己接着性レジンセメント)が推奨される第一候補。他社品ではGCのジーセムONE Neo、クラレのクリアフィルSAセメントなど同カテゴリのセルフアドヒーシブセメントがある。操作性・接着強度・色調バリエーションに違いがあるため、症例に応じ比較検討する。特に審美的要求が高いケース(変色歯遮蔽や薄い補綴物)では、セルフアドヒーシブでは対応困難な場合もあり、ボンディング剤併用タイプの接着システム(例:パナビアV5など)を用いる選択も含めて総合的に判断する。
ROI(費用対効果)高額設備とは異なり初期投資回収の概念は薄いが、材料の切替で臨床成績が向上すれば経営的メリットがある。例えば新セメントで補綴脱離率が下がれば、無償再装着の減少や患者からの信頼向上によるリピート増加が期待できる。一方、新材料への移行期にはスタッフ教育や在庫管理(旧製品の在庫処分・新製品の発注)に手間がかかるため、そのコストと効果を比較評価して判断する。

【ビューティセムSA販売終了の背景】臨床と経営の視点

ビューティセムSAが市場から姿を消した背景には、製品ライフサイクルの成熟と技術革新の両面がある。臨床的には、近年CAD/CAM冠や高強度レジン材料など新たな補綴材料が普及し、それに対応して接着性能のさらなる向上や操作性の改善が求められていた。

セルフアドヒーシブ型セメントは簡便だが、ごく短期間での脱離が報告されることもあり、メーカー各社はより初期接着力の高い製品開発を競っていた。この流れで松風も新世代製品の投入を決断し、結果として旧製品であるビューティセムSAは役目を終えることになったと推測される。

一方、経営の視点では、メーカーにとって生産効率や在庫コストも無視できない要因である。ビューティセムSAは発売から約10年以上経過し(2013年頃発売と推定)、競合品も増える中で価格競争力や利益率の低下があった可能性がある。

限られた製造ラインリソースを新製品に振り向け、製品ラインナップを整理する目的で段階的な販売終了が行われたのだろう。松風は公式には「販売中止製品」としてリスト掲載するに留めたが、同時期に新製品ビューティリンクSAを上市していることから事実上の交代劇といえる。

臨床現場としては、新旧交代による技術的ギャップが懸念される。ビューティセムSAに習熟していた歯科医師やスタッフは、新セメントに切り替えた際、硬化時間や操作感の違いに慣れる必要がある。しかし幸いにも後継のビューティリンクSAは基本的な操作手順が大きく変わらず、色調展開も旧来同様かそれ以上に用意されている(オペーク色追加)。

S-PRGフィラー配合によるフッ素徐放・再石灰化促進といった付加価値も継承されている。むしろ改良点として、前処理材不要で様々な素材に接着可能な範囲が広がり、常温保存で取り扱いが容易になるなど、現場にメリットの大きいアップデートとなっている。したがって臨床面の移行障壁は比較的低く、適応症例の拡大と質の向上が期待できる。

経営面では、新製品への移行に伴うランニングコストや在庫リスクの変化に注意したい。例えばビューティセムSAの手練和用Wパックは大容量でコストパフォーマンスに優れていたが、使用頻度が低い医院では使い切る前に有効期限を迎えるリスクがあった。ビューティリンクSAでは単品パックや少量パッケージの選択肢も揃えており、無駄なく使える工夫がなされている(アイボリーはお得なダブルパック、他色は単品購入など選択可能)。

また旧製品在庫が残っている場合、それを廃棄せず使い切るかどうかの判断も経営判断となる。一般に製造中止品でも法的には有効期限内であれば使用は問題ないが、万一不具合が起きてもメーカーサポートが受けられない点は認識すべきである。新旧の併用期にはロット管理を徹底し、トラブル時の責任範囲を院内で共有することが求められる。

代表的な適応症と新旧製品の比較

ビューティセムSAは、その簡便さから保険・自費問わず広範な補綴装着に用いられてきた。代表的な適応は、インレー・アンレー、クラウン・ブリッジの合着、ファイバーポストの接着、メタルコアの装着などである。金属系では比較的従来型セメント(リン酸亜鉛セメントやグラスアイオノマー)でも装着可能だが、辺縁封鎖性や維持力を高める目的でレジンセメントを選択する歯科医師も多い。

セラミック系(e.maxなどのガラスセラミックス)やレジン系CAD/CAM冠では、接着力確保のためレジンセメントが事実上必須であり、ビューティセムSAもそのニーズに応えてきた。ただし陶材系にはシラン処理が必要なため、使用時は別売のポーセレンプライマー塗布が推奨されていた。一方、薄いラミネートべニアへの適応はビューティセムSA単独では想定されておらず、光重合型のビューティセムベニアが用意されていた経緯がある。

新製品ビューティリンクSAも適応範囲は基本的に同様である。メーカーは特にCAD/CAM冠やレジン系材料、金属冠など「各種補綴装置にマルチに対応」を謳っており、旧製品以上に幅広い用途を前面に出している。

実際、ビューティリンクSAでは松風独自の接着性モノマーと新規シランカップリング剤の配合により、ガラスセラミックスやレジン材料、金属に対して高い接着強度が得られると報告されている。つまりビューティセムSAでカバーしていたほぼ全ての適応症を引き継ぎつつ、より難接着と言われた素材(例:厚みのあるCAD/CAMレジン冠、PEEK樹脂など)にも対応できるよう改良されたと考えられる。

禁忌や注意点の比較では、大きな変更はない。セルフアドヒーシブ型ゆえの制約として、象牙質露出面積が極端に少ない支台歯(ほぼエナメル質のみの場合)では接着力が不十分となる可能性がある。その場合はビューティリンクSAでも歯質側に前処理ボンディング材(ビューティボンドXtreme)の使用が推奨されており、この点は旧製品と同様に症例を選ぶ必要がある。

また長期間の色安定性はデュアルキュア型の宿命として、微量の重合開始剤(アミン)の影響で経年変色しうる。ビューティセムSAも長年経過でやや暗調に変わる傾向が指摘され、前歯部の審美症例では嫌う向きもあった。ビューティリンクSAでも基本成分は類似するため、審美最優先のラミネートべニア等には引き続きライトキュア専用セメントや色調安定型レジンセメント(例:レジセムEXなど)の使用が望ましいだろう。

総じて、新旧製品で適応症そのものは大きく変わらないが、新製品ではより安心して多用途に使える下地が整ったといえる。ビューティセムSAで培った経験はそのままビューティリンクSAにも活かせるため、ユーザーが戸惑う必要は少ない。ただし、各症例に最適な手法を選択するという視点では、セルフアドヒーシブに固執せずオールラウンド型接着システムとの使い分けも今後は検討したい。

例えばブリッジのように広範囲を一度に装着する場合、操作時間に余裕のある手順が望ましいため、セルフエッチング+デュアルキュア型の高接着システムを選ぶ選択肢もある。適応症ごとに最適な接着法を再評価する契機として、今回の製品リニューアルを捉えるのも有意義である。

標準的なワークフローと品質確保のポイント

ビューティセムSAのワークフローはシンプルで、多くの歯科医師が日常診療で取り入れてきた。基本手順は、補綴物内面の処理(サンドブラストやエッチング、必要に応じプライマー塗布)、支台歯側の清掃・乾燥、そしてセメント適用・装着・硬化・余剰除去という流れである。

セルフアドヒーシブ型なので支台歯への前処理が不要(ボンディング材塗布なし)な点が大きな特徴だが、裏を返せば支台歯表面の清掃状態がそのまま接着成績に影響する。血液や唾液の混入は厳禁であり、ラバーダムやロールワッテで確実な隔離を行うことが品質確保の第一歩となる。

混和については、オートミキシングタイプであればミキサーチップから必要量を直接塗布できるため練和ムラの心配は少ない。ただしチップ先端部に滞留した未重合ペーストを最初に少量吐出して捨てる(いわゆる「ビーンズ出し」)ことが推奨される。

手練和タイプではペーストAとBを均一に混ぜることが重要で、付属の紙練板上で10秒程度かけてしっかり練和する。ペースト性状は適度に軟らかく扱いやすいが、冬場など気温が低いと粘度が上がる可能性があるため、室温に戻す工夫が必要であった。

装着後のタイミング管理も品質に直結する。ビューティセムSAでは操作時間(ワーキングタイム)は約2分間で、それを過ぎると粘性が上がり始める。従って複数補綴物の同時装着は2~3歯程度が限界となる。

適切に圧接したら速やかに光照射でタックキュア(数秒照射)を行い、余剰セメントを除去する。照射光が届かない深部や陰になる部位は、2~3分放置でもある程度自己重合が進みゲル化するため、その後に除去しても良い。いずれにせよ放置しすぎて完全硬化させてしまうと除去が困難になり、歯肉縁下にセメント片を残すリスクが高まる。細心の注意で余剰セメントを残さず除去しきることが、術後の歯周組織の健康維持にも重要である。

ビューティリンクSAでも基本的な操作手順は同様だが、メーカー資料によれば光照射無しでも接着直後から高い強度を発現するよう設計されている。つまり従来以上に早期の固定が得られる反面、余剰除去のタイミング猶予は大きく変わらないと考えられる。マニュアル上はワーキングタイム2分、タックキュア2~5秒、ライト完全硬化10秒程度といった数値が提示されており、これはビューティセムSAとほぼ共通する(若干の処方改善で延長が図られている可能性はある)。

したがって従来からのタイムテーブルを引き継いで作業すれば大きな問題はないだろう。注意点として、新製品ではボンディング材併用を検討する場面があることから、その場合のワークフローを事前にシミュレーションしておく必要がある。例えば支台歯にビューティボンドXtremeを塗布する場合、通常のレジンセメント装着よりステップが一つ増えるため助手との連携を再確認しておきたい。

最後に品質管理の観点では、ロット番号と使用期限の管理、保管条件の順守が基本となる。ビューティセムSAは旧来冷蔵保管が原則だったため、うっかり常温放置して重合が進んでしまったという失敗談もある。ビューティリンクSAになって常温OKとはいえ、高温環境や直射日光は避け、遮光して保管するのが望ましい。

また開封後はなるべく早く使い切る計画を立て、長期在庫にならないよう発注量を調整することも経営的な品質管理といえる。以上のように、新旧製品で多少の違いはあるものの、基本を押さえた運用で高い接着品質を安定して維持できるはずだ。

安全管理と患者説明の実務

接着性レジンセメントの取り扱いにおける安全管理は、大きく二つの側面がある。ひとつは患者に対する安全・安心、もうひとつは術者・スタッフに対する安全である。

患者側の安全では、セメント由来の有害事象をいかに防ぐかが焦点となる。具体的には、未硬化樹脂の残留による歯髄刺激や接着不良による補綴物脱離、歯肉縁下のセメント片残存による炎症などがリスクとして挙げられる。ビューティセムSAは化学硬化型モノマーを含むため、ポリエチレングリコールジメタクリレート等にアレルギーを持つ患者では稀に接触症状を起こす可能性が指摘されてきた。

しかし使用後は24時間で中性硬化し歯髄刺激を低減する処方設計であり、生体親和性は高い部類に属する。

またS-PRGフィラーから溶出するフッ化物イオンや他のミネラルイオン(ストロンチウム等)は、う蝕抑制や再石灰化促進に資する可能性が示唆されている。患者説明の際には「接着剤にフッ素などが含まれており、歯に優しく安全性にも配慮された材料です」といった説明ができるだろう。但し、重度のメタクリレート系アレルギー患者にはレジン系ではなくガラスアイオノマー系セメントを検討するなど個別配慮が必要である。

もう一点、補綴物脱離や辺縁漏洩の発生は患者に二次的な負担を強いる重大な安全上の問題である。接着性レジンセメントの利点はまさに脱離リスクを下げられる点にあるが、もし術式が不適切であれば逆効果になりかねない。

例えば唾液汚染があった状態でセメントを使用すると接着力は著しく低下し、早期脱離につながる恐れがある。術後に補綴物が外れる事態は患者の信頼を損ない、再装着のための再来院という負担もかかる。従って上述した隔離やタイミング管理、除去残しゼロの徹底が結果的に患者の安全・安心につながることを、院内で再確認しておきたい。

患者への事前説明では、「最新の接着技術で冠を装着します。この接着剤は歯にも優しく、長持ちするよう工夫されています」といったポジティブな情報提供が望ましい。万一脱離が起きた場合の無償対応ポリシーなども周知しておけば、患者の不安軽減につながる。

術者・スタッフ側の安全としては、レジンセメントの取り扱いで直接触れないことが基本だ。ビューティセムSAのペーストが手指に付着すると、未重合樹脂が皮膚刺激やかぶれを起こす可能性があるため、必ずグローブ越しに扱い、付着した場合は速やかに拭き取り洗浄する。

またアルコール系溶媒が含まれている場合は蒸発による換気にも留意する。眼に入った場合もただちに水洗が必要であり、救急措置をとる旨が添付文書にも記載されている。幸いビューティセムSAは刺激臭も弱く取り扱いやすい材料で、大きな職業曝露リスクは報告されていない。同種のビューティリンクSAも成分は類似すると考えられ、通常の診療室環境で問題なく取り扱える。

ただし光重合を併用するため、照射光から目を保護するアイシールドや偏光フィルター付きライトを使うことが望ましい。強力なLED光を間近で頻回に見ることは術者・スタッフの目に負担となるため、安全管理の一環として留意すべき点である。

総合的にみて、ビューティセムSAからビューティリンクSAへの切替に伴い新たに生じる安全上の懸念は大きくない。むしろ脱離や二次う蝕の低減といった患者利益が期待できるため、適切な使い方を徹底することで安全性は一段と向上すると考えてよい。患者説明では専門用語を避けつつ、材料の進歩によって治療の質が上がっていることを伝えると効果的だ。「今まで以上に接着がしっかりする新しい接着剤を使っていますので、ご安心ください」といった一言で、患者の安心感は大きく高まるだろう。

費用構造と収益への考え方

消耗品としての接着性レジンセメントは、一件あたりの費用は小さいが積み重なればクリニックの経費に影響する項目である。そのため、ビューティセムSAからビューティリンクSAへ切り替える際にもコスト意識を持った検討が求められる。

まず材料単価だが、前述の通り大きな差はない。9mLシリンジ1本あたりの標準価格はどちらもおおよそ1万円強であり、実売価格は仕入先ディスカウントにより多少上下する程度である。

仮に1本で100症例に使用できれば1症例100~150円ほどとなり、保険診療の収入(例えばCAD/CAM冠装着料)に比して微々たるコストである。ただしだからといって無頓着に使って良いわけではなく、適正管理によるロス削減が利益確保に繋がる。例えばチップタイプでは未使用分がどうしても廃棄になるため、症例数が少ない医院では手練和タイプの方が経済的となる場合がある。またダブルパックをまとめ買いしても使い切れず廃棄すれば逆に高くつくので、自院の月間補綴装着件数から年間消費量を見積もり、適切な発注サイクルを計画することが重要だ。

次にチェアタイムと人件費の観点では、セルフアドヒーシブ型セメントのメリットが効いてくる。ビューティセムSAをグラスアイオノマーセメントと比較すれば、術式は増えるものの接着性と速硬化によってやり直しリスクや待ち時間が減る利点があった。

例えばグラスアイオノマーでは硬化に数分以上要し完全硬化まで患者を待たせる必要があったが、ビューティセムSAなら10秒光照射で即座に次工程に進めた。これは患者一人あたりの滞在時間短縮となり、ひいては1日の診療可能人数を増やせる潜在力となる。同様に、補綴物脱離が減れば無償修理対応に割かれる時間も減少する。

再治療が1件減るごとに新規の治療を1件受け入れられれば、その分収益が上がる計算である。ビューティリンクSAでは初期脱離リスク低減がさらに図られているため、理論上は再装着率の一層の低下が期待できる。これらを定量化するのは難しいが、長期的な投資対効果(費用対効果)として接着性レジンセメント導入の意義を捉えることができる。

ただし、新製品への切替時には一時的にコストが重複する点に留意が必要だ。具体的には、旧製品の在庫分が使い切れず廃棄となるロス、新製品評価のため少量ずつ購入して単価が割高になる期間、スタッフトレーニングの時間コストなどである。これらは移行期の一過性コストだが、見逃すと収益を圧迫する。

対策として、旧製品在庫は計画的に使い切る(残量から逆算して何件分あるか把握し、いつから新製品に切り替えるか決める)、新製品は最初は必要最低限の数を仕入れてトライアルし、問題なければ徐々に発注量を増やす、といった段階的導入が望ましい。

メーカーやディーラーに相談すれば、旧製品からの切替サポートや新製品の少量サンプル提供などが受けられる場合もある。こうした外部リソースも活用しつつ、スムーズかつ無駄のない移行を図ることが経営上重要である。

さらに長期視点では、患者満足度向上による経営効果にも触れておきたい。接着不良による補綴脱離は患者の信頼を損ね、最悪の場合口コミで悪評が広がるリスクもある。一方、「あそこの歯科医院で治療した歯は長持ちする」という評価を得られればリピーターや紹介患者の増加につながる。

接着性レジンセメントの適切な使用は地味ながらこうした評価に寄与しうる要素であり、ビューティリンクSAのような最新材料を導入すること自体が医院のクオリティ向上につながると考えることもできる。費用だけに目を向けず、導入による付随効果まで含めて総合的に捉えるのが経営的視点と言えるだろう。

外注・他院連携 vs 院内導入の選択肢比較

(※本節は主に設備導入テーマ向けの項目だが、本ケースでは消耗品の切替であり「外注」や「共同利用」の概念が直接当てはまらない。参考として、セルフアドヒーシブセメントを使わず補綴装着を行う方法があるか検討する。)

接着性セメントの使用そのものを回避し、外注や他院に任せるという選択肢は通常ない。補綴物の装着は歯科医師の本来的業務であり、院内で完結するのが前提である。ただ、発想を転換するとセルフアドヒーシブセメントをあえて導入しないという方針も理論上はあり得る。

例えば金属修復主体の医院で「自分は従来型セメントしか使わない」という方針を貫く場合、ビューティセムSA廃盤でも何ら影響は受けない。他にも、セラミック修復でもすべてボンディング併用の接着操作(レジンセメントだがきちんとエッチング・ボンディングを行う方法)で統一し、セルフアドヒーシブは使わないというポリシーの医院もある。その場合もビューティセムSAが無くても困らないだろう。

しかし現在の歯科臨床において、セルフアドヒーシブ型の簡便な接着セメントを全く使わずに済ますのは非現実的である。保険収載されたCAD/CAM冠(小臼歯〜第一大臼歯)には接着性レジンセメントの使用が推奨されており、これを避けては通れない。

また高齢者や有病者で長時間の処置が難しい場合、簡略な操作で装着できるセルフアドヒーシブ型は有用である。他院や技工所にこの工程を委ねることもできない以上、院内で適切な製品を用意するのが責務と言える。

強いて言えば、歯科医師の裁量でセルフアドヒーシブ型を他社製品で代替する選択はありうる。ビューティセムSAを使っていた医院が、その終了を機にGCやクラレなど他社のレジンセメントにスイッチすることは可能だ。その場合の比較ポイントとして、他社品の多くはボンディング材併用型またはそれがオプション設定されている点がある。

例えばGCのジーセムONE Neoはセルフアドヒーシブとしても使えるが、より高い接着力を求める場合は専用プライマーを事前塗布するオプションがある。同様にクラレのSAルーティングMultiなども、場合によりボンディング材を追加して使用できる。

松風もビューティリンクSAで同様のアプローチを採っており、ボンディング材併用システムを提示している。したがって製品間の優劣というより臨床判断で使い分ける時代に入ったといえる。この視点で各社製品を比較検討し、自院の症例傾向や術式哲学に合致するセメントを選ぶことが重要となる。

結論として、外注や共同利用といった代替策は現実的でないため、院内で新たな製品を採用するのが唯一の解決策となる。松風のビューティリンクSAはビューティセムSAユーザーにとってもっとも移行しやすい選択肢であり、基本性能も向上しているため筆者としても推奨できる。

他社製品を検討する場合も、それぞれ長短があるため製品情報を集め慎重に判断したい。いずれにせよセルフアドヒーシブ型セメント自体の利便性は大きいため、これを手放すことなく次の一手を選ぶことが肝要だ。

よくある失敗と導入失敗の回避策

ビューティセムSAの使用経験者から聞かれるよくある失敗談をいくつか紹介し、その回避策を考えてみよう。これらは新製品に切り替えても起こり得ることであり、事前に対策しておけば導入も円滑になる。

1. 余剰セメントの除去に手間取り硬化してしまった。

ある術者は、複数歯ブリッジの装着時に除去に手間取り、一部セメントが硬化して取り残したままになってしまったという。後日、患者の歯肉が腫れて発覚し除去する羽目になった。原因はタックキュア後の放置時間が長すぎたことだ。ビューティセムSAは短時間で硬化が進行するため、タック硬化させたら一気に全周の余剰を取る必要がある。回避策として、ブリッジ装着では2人掛かりで左右同時に除去する、必要なら一度外して裏側の余剰も取ってから再設置する、といった工夫がある。ビューティリンクSAでも同様に速硬化型なので、除去は迅速にが鉄則だ。取り残しを防ぐため、照射前に大まかにカマやフロスで除去しておくと良い。

2. 補綴物が装着直後に浮き上がった(完全に定着しなかった)。

これは、セメント硬化中に補綴物を抑える指を離してしまったケースで起こり得る。ビューティセムSAは光照射併用で早く硬化するとはいえ、厚みのある部分では内部硬化に数分かかる場合がある。その間にじわりとクラウンが浮いてしまうことがある。対策は明確で、装着から初期硬化完了まで確実に抑えておくことである。特にインプラント上部構造などは浮きやすいので要注意だ。助手と協力し、術者が余剰除去している間も逆側から指圧してもらうなど工夫する。新製品でも基本は同じで、説明書にも「補綴物を押さえながら除去せよ」と明記されている。

3. 混和不良で硬化不良を起こした。

ビューティセムSA手練和タイプで稀に報告されるのが、混ざり切っておらず一部硬化しない部分が残る失敗である。これはペーストの計量ミス(AとBの出し量の不均等)や練和ムラが原因だ。回避策として、ペーストを出す際はチューブの残量による硬さ差を考慮しながら均等量を絞り出し、スパチュラでしっかりと練り合わせる習慣をつける。オートミキシングならこの失敗は起きないため、スタッフに練和技術の不安があるなら最初からオートミキシングを選ぶのも一つの手だ。ビューティリンクSAにも手練和用とオートミックスタイプがあるので、自院のスタッフスキルや業務効率に応じて選択したい。

4. 色調選択ミスによる審美不良。

セルフアドヒーシブセメントは基本的に不透明度がやや高い傾向があり、使用色によっては補綴物の見た目に影響する。ビューティセムSAでもクリア・アイボリー・オペークがあり、クリアは透明性が高く審美だが強度ではアイボリーがわずかに勝るなど特性差があった。ある症例でオペークを使ったところ、想像以上に白濁してしまい境界部が目立ったという報告があった。対策は事前の色調シミュレーションだ。例えば模型上で少量のセメントを補綴物内面に塗ってみると、色味がどの程度変わるかわかる。新製品ビューティリンクSAでも色調は3色あるが、カタログによればオペークは遮蔽性が高く金属色や変色歯のマスキングに適し、クリアは高透光性で審美に優れるとされる。症例に応じた色選びを誤らないよう、メーカーの色調ガイドを参考にすると良い。また複数色を常備し、場合によって使い分ける柔軟性も求められる(在庫管理コストとの兼ね合いになるが、重要症例では惜しまず揃えたい)。

以上のような失敗例はいずれも適切な知識と準備で回避可能である。ビューティセムSAでの失敗経験があるなら、新製品導入にあたってその教訓をスタッフ間で共有し、再発防止策を講じておくことが望ましい。新しい材料だからと言って魔法のように失敗が無くなるわけではない。人為的ミスをゼロに近づける努力こそが、材料導入を成功させる鍵となる。

導入判断のロードマップ

ビューティセムSAの販売終了に直面し、新たな接着用セメントを何にするか決断する必要が生じた場合、その判断プロセスを段階的に整理してみよう。単に「後継品が出たから切り替える」で済めば楽だが、医院ごとの事情に応じた検討が求められる。

1. ニーズの洗い出し

自院で接着性レジンセメントを使用する症例を洗い出す。月あたりのインレー装着数、クラウン装着数、CAD/CAM冠症例数、自費補綴症例数などを書き出し、どの程度この種のセメントが必要か把握する。例えばCAD/CAM冠を積極的に行っているなら高接着力型は必須だし、金属修復中心なら接着性能より扱いやすさ重視かもしれない。医院の症例構成を定量化することで、最適な製品像が見えてくる。

2. 製品オプションの比較

現在入手可能な接着性レジンセメントをリストアップする。松風ビューティリンクSAだけでなく、主要他社の製品スペックや価格も調査する。比較項目は、接着強度(特にCAD/CAM冠への初期接着力)、操作時間、硬化時間、必要機材(専用ガンの有無)、色調展開、保管条件(冷蔵要否)、1本あたり実質コストなど多岐にわたる。これらを表にまとめれば、自院ニーズにマッチする製品がおのずと絞り込まれるだろう。ビューティリンクSAは全体的にバランスが良く、前処理材オプションも用意され汎用性が高い点が評価できる。

3. 試用と評価

可能であれば候補製品を少量購入し、実際の臨床で試してみる。松風であれば担当者に依頼して少量サンプル提供を受ける手もある。試用にあたってはスタッフ全員に周知し、使用感や結果をフィードバックしてもらう。例えば「ビューティリンクSAを5症例使ってみたが、余剰除去タイミングは従来品と同じ感覚で問題なかった」「ミキサーチップが旧品と互換性があり在庫活用できた」「患者さんからの苦情や違和感訴えも特にない」といった生の情報が貴重な判断材料となる。また技工士から補綴物内面処理の指示について意見を聞いておくことも有益だ。陶材にはシラン処理が必要など基本事項は共有しておきたい。

4. 最終決定と導入計画

試用評価を踏まえて最終的に採用する製品を決定する。決定にあたっては価格交渉も抜かりなく行う。新製品導入時にはディーラーがキャンペーン価格を提示することも多いので、複数社から見積もりを取ってみると良い。採用製品が決まったら、旧製品からの移行スケジュールを策定する。例えば「在庫ビューティセムSAがあと20ケース分あるので来月末までは使い切り、その後ビューティリンクSAに全面移行」など時期を明確に決める。並行使用期間が長引くとスタッフの混乱を招くので、できれば短期間で切り替えたい。切替日を決めたら院内ミーティングで周知し、当日は旧在庫を棚から下げて新製品に置き換える。余裕があればそのタイミングでスタッフ対象のミニ勉強会を開き、使用手順や注意点を再確認すると万全だ。

5. 導入後のモニタリング

新製品使用開始後しばらくは、トラブルがないかモニタリングする。装着後の経過観察で脱離や痛みの訴えがないかチェックし、問題あればすぐ原因を分析する。またスタッフから操作上の意見が出れば傾聴し、必要ならメーカーに問い合わせて情報を集める(例:「気泡が入りやすいがコツはあるか?」等)。導入直後に得られた知見はマニュアルに追記し、今後の標準手順に反映させる。例えば「ビューティリンクSAでは光照射は必ず○秒以上行うこと」等、製品特性に合わせた院内ルールを整備することが大切である。

以上のロードマップに沿って進めれば、ビューティセムSAから新しいセメントへのスムーズな移行が期待できる。重要なのは、単なる材料の置き換えではなく院内プロトコル全体のアップデートと捉えることだ。新製品を導入する過程で、接着操作の基本をスタッフと再確認し、器材や手順の無駄を見直す機会にすると良い。そうすれば単に材料が変わるだけでなく、医院全体の診療品質向上につながるだろう。

出典

【1】 松風「セメント、仮封材-販売・修理中止製品のご案内」(公式サイト) – ビューティセムSA各製品の販売中止時期を掲載
【2】 松風「ビューティリンクSA」特設サイト (公式) – 新製品ビューティリンクSAの特徴や前処理材併用による接着強度向上について解説
【3】 松風「ビューティリンクSA」製品仕様ページ (公式) – ビューティリンクSAの包装・保存条件・使用可能回数などスペック情報
【4】 Ciモール商品ページ「ビューティセムSA Wパック」 – ビューティセムSAの概要説明(プライマー不要、24時間後に中性化し歯髄刺激低減)
【5】 東京ドクターズ Web記事「接着性レジンセメントおすすめ15選」(2025年3月) – ビューティセムSAオートミキシングの硬化時間・色調に関する解説
【6】 松風「S-PRGフィラー」紹介資料 – ビューティリンクSAを含む製品に配合されたS-PRGフィラーの口腔内環境改善機能について