1D - 歯科医師/歯科技師/歯科衛生士のセミナー視聴サービスなら

モール

「SAルーティング」と「パナビア」は、臨床的にどのように違うのか?

「SAルーティング」と「パナビア」は、臨床的にどのように違うのか?

最終更新日

ある保険診療中心の歯科医院では、CAD/CAM冠の装着が増え、迅速に処置できるセルフアドヒーシブ型のSAルーティングを愛用していた。支台歯への前処理なしで簡単にセットでき、1本で数十歯に使用できるコスト効率が魅力であった。しかし、ある日、小臼歯部のCAD/CAM樹脂冠が数週間で脱離し再装着を余儀なくされた。この症例では支台歯が低い形成だったため、後処理の少ないSAルーティングでは保持力が不十分だった可能性があった。一方、自費診療中心の別の歯科医院では、高い接着強さと色調バリエーションを備えたパナビアシリーズが信頼の拠り所になっている。審美領域のラミネートべニアや短い支台歯の症例でも強固に接着でき、術後の安定性に優れることが選択の決め手となっている。日常臨床で頻繁に登場するこれら2つのレジンセメントだが、使い分けに悩むことはないだろうか。

本記事ではSAルーティングとパナビアの臨床的な違いを整理し、症例に応じた最適な選択と運用のポイントを解説する。臨床成績だけでなく、コストや診療効率といった経営面も含めて考察し、明日からの接着修復に活かせる知見を提供する。

要点の早見表

SAルーティングパナビア(V5 系)
接着方式セルフアドヒーシブ型(支台歯へのプライマー処理不要)。レジンセメント中にリン酸エステルモノマー(MDP)と長鎖シラン(LCSi)を配合し、エナメル質・象牙質から金属・ジルコニア・レジン系材料まで直接接着可能。アドヒーシブ型(支台歯に専用プライマーを塗布)。レジンセメントと併用する歯面処理剤にMDPを含有し、エナメル質・象牙質に強力に接着する。補綴物側も材料に応じてサンドブラストやシラン処理など前処理を実施。
適応症例保険診療のクラウン・インレー装着に広く適応。金属冠、CAD/CAM樹脂冠、ジルコニアクラウンなどで形成量充分な支台歯に適する。金属ポストやファイバーポストの植立にも使用可能(要十分な光照射と化学重合待機) 。自費を含むほぼ全ての間接修復に汎用可能。前歯部のオールセラミッククラウン・ラミネートベニア、インレー・アンレー、ブリッジ、矯正装置接着、支台築造(レジンコア)までカバーする。特に保持形態が不十分な支台や審美要求の高い症例で真価を発揮。
禁忌・注意エナメル質面積が大きい接着や保持形態不良症例は注意。象牙質への浸透・封鎖力はあるが、エナメル質への強固な接着はアドヒーシブ型に一歩譲る。短い支台歯やテーパー過大な形成では脱離リスクがあり、慎重な検討が必要。ラミネートベニアなど薄く光透過性の高い修復物は適応外(十分な審美性と接着強度確保が困難)。明確な禁忌は少ないが使用手順の遵守が必須。多ステップゆえの塗布忘れや混合ミスに注意。重度のモノマーアレルギー既往患者では使用不可。また歯面を乾燥させすぎない等、プライマーの取扱説明書に沿った管理が要求される。
操作工程簡便で短時間。支台歯を十分清掃・乾燥後、ミキシングチップで自動練和したセメントを塗布し即時セット可能。手練和タイプなら約10秒混和。光透過性のある補綴物では数秒の光照射で余剰セメントをゲル化させ除去。金属など光通過しない場合も装着後5分程度で化学重合が完了。ステップは増えるが近年簡素化。支台歯にパナビアV5専用歯面プライマーを塗布・エアブローし、二重混和型セメントを適用。自動練和チップで直接補綴物内面にセメント塗布しセット。数秒のタックライト照射で余剰除去後、全面を十分光照射。光が当たらない部位も新開発の触媒で約5分程度で硬化が進行する。
接着強さ従来型に匹敵する高接着。メーカー試験ではパナビアやスーパーボンドに匹敵する接着力との報告もある。特にMDP配合により金属酸化物(ジルコニア等)への接着性が高い。ただしエナメル質接着力は前処理ありのシステムよりやや低い傾向。長期耐久性確保のため、必要に応じ支台歯にユニバーサルボンドなどを併用し接着強化も可能。非常に強力。パナビアV5では象牙質接着力が旧製品F2.0の3倍とされる。術者によるエナメルエッチング併用でエナメル質にも高い付着力。界面封鎖性も高く、二次う蝕リスク低減に寄与する。臨床でも装着後の脱離が起きにくく、ファイバーポストや大臼歯部クラウンのような応力の大きいケースでも実績がある。
色調・審美性色調選択は限定的。ユニバーサル(汎用色)、ホワイト、不透明度の低いトランスルーセント等2~3色展開。審美領域ではセメント色が補綴物の透過性に影響する可能性がある。変色は起きにくいが、長期的審美性を最重視する症例ではシェード選択肢の少なさが制約となる。色調バリエーション豊富で高審美。ユニバーサルを基準にクリア、ブラウン、ブリーチ、オペークの計5色を用意。試適用のトライインペーストも付属し色調確認が可能。クリアやブリーチは高透過セラミックスの審美性を損なわず、硬化後の色安定性も良好(28日後でもほぼ変色なしと報告)。
余剰セメント除去短時間光照射で一塊に。光透過補綴の場合、2~5秒の仮光照射でセメントが半硬化しゲル状に固まるため、スケーラー等で容易に一塊で除去できる。金属修復では完全硬化前(装着後数分以内)に辺縁部を探針で除去する。硬化後も硬度がやや低めなためカリエス除去用バーで削合しやすい。タックキュアとOXYGUARDⅡ。余剰除去は3~5秒のタック光照射でセメントがゴム硬化状態になるタイミングを見計らい行う。辺縁部はブラシでのワイピングやデンタルフロス併用で清掃。旧製品では重合阻害層防止の酸素遮断剤(OXYGUARDⅡ)塗布が推奨されたが、V5では改良された触媒により通常は不要。ただし厚みのある部では念のためカバーし完全硬化を促すこともある。
患者への安全性刺激が少なく術後症状が出にくい。セルフエッチ系のため象牙質への侵襲が小さく、術後の知覚過敏はほとんど報告されない。フッ化ナトリウム配合により接着層からのフッ素徐放性を有するが、その効果は限定的。成分に過敏症のある患者には使用不可。誤嚥を避けるためタック硬化させ一塊除去を徹底する。確実な封鎖で二次う蝕抑制。歯質と補綴物を強固に一体化することで隙間からの細菌浸入を防ぎ、結果的に二次う蝕や辺縁漏洩リスクを低減する。プライマーに含まれるHEMAを洗い流さず使用するため歯髄刺激は抑えられている。アレルギー既往は禁忌。装着直後に強い荷重をかけない説明や、余剰セメント除去時の安全確保が必要。
1症例あたり費用低コスト。ハンドミックス型は1セットで約60歯分使用可能。ユニバーサル色3.6mLシリンジ入り製品も約15歯分の合着に相当し、1歯あたり数百円程度と経済的。前処理剤不要なため追加材料費もかからない。高コスト。ペースト2本とプライマーなどが一式のシステム販売となり初期費用は高め。1キットでクラウン約15歯分とされ、1歯あたり千円以上の計算となることもある。色ごとにペーストを揃える必要があり在庫管理コストも加味。高額だが再治療減少や自費診療収益で十分回収可能。
診療効率迅速。工程が単純で、プライマー塗布・待ち時間を要さないためチェアタイム短縮に寄与する。多部位同時装着でも効率が良く、アポイント間隔の短い保険診療に適合する。やや時間を要する。プライマー塗布と気化乾燥に数十秒、トライインペーストでの色確認(必要時)など手順が増える。ただしV5ではプライマーが1液ワンボトル化され工程は簡略化されている。確実なステップを踏むことでリメイク等の手戻りが減り、結果的に全体の診療効率向上につながる。

理解を深めるための軸

【臨床的な軸】セルフアドヒーシブ vs 従来型の差異

SAルーティングは歯面処理の省略による時短と簡便性が最大の特徴である。臨床現場では、支台歯処理を行わずに直接セメントを適用できるためヒューマンエラーが減り、複数補綴物の同時装着時にも効率が良い。一方で、接着強度の源泉がセメントペースト自体に依存するため、エナメル質への浸透・接着力は前処理を伴うシステムより低下し得る。また、セルフエッチ系ゆえ象牙質表層のスマイヤー層が一部残存し、深部象牙質へのモノマー浸透が制限される点も認識すべきである。結果として、辺縁部エナメル質の多いレジンラミネートベニアや、支台歯形態が保持に不利な症例では、セメント単体での接着ではリスクが残る。

対照的にパナビア(V5などアドヒーシブレジンセメント)は複合ステップで高い臨床成績を実現するアプローチである。歯面へのプライマー処理によりエナメル質を選択的にエッチング・象牙質に化学的結合サイトを形成し、セメントとの強固な一体化を図る。加えて補綴物側も素材に応じた処理(例:ジルコニアならサンドブラスト、ガラスセラミックスならHFエッチングとシラン処理)を施すことで、歯質・セメント・補綴物の三者が強固に接着する。この多工程により、たとえ支台歯が短小でも接着力で補綴物を保持できる点が臨床上の大きな利点である。

さらに、パナビアシリーズは複数シェードや専用プライマーの組み合わせで審美と汎用性を両立しており、術式を選ばない汎用性につながっている。要約すれば、「手順を省略して許容範囲の接着力を得る」SAルーティングと、「手間を惜しまず最大限の接着力を引き出す」パナビアという対照的なコンセプトが、それぞれの強みと制約を生んでいる。臨床家は症例ニーズに応じこの差を活かした選択を行うことが重要である。

【経営的な軸】時間・コストと再治療リスクのバランス

歯科医院経営の視点では、材料費と処置時間、そして長期的な再治療率低減による利益確保が天秤にかけられる。SAルーティングは1歯あたり数百円程度という低コストで、多数の症例を処理できる経済性が魅力である。保険点数に制約された治療では材料コストを抑える意義が大きく、患者説明においても「保険の範囲内の接着剤で問題ありません」と案内しやすい。また、チェアタイムの短縮は1日の診療回転数を上げる効果が期待でき、忙しい開業医にとって即応性の高い業務運用が可能になる。

対してパナビアは材料費が高価な上、1症例あたりのセット時間も僅かに延長するため、一見するとコスト高に映る。しかし、投資対効果(ROI)の観点では、パナビアによる堅牢な接着が補綴物脱離や二次う蝕の発生率を低下させ、再治療にかかる無償修復や患者クレーム対応のコストを削減する長期的メリットが大きい。

特に自費診療では補綴物の長期安定は医院の信頼獲得に直結し、再製作・再装着の無償対応が減ることで経済的損失も防げる。また、パナビアを使用すること自体が「当院では高性能セメントで装着します」といった付加価値提案となり、自費治療の差別化要素として患者に説明できる側面もある。つまり、短期のコスト効率を重視するならSAルーティング、長期のリスクマネジメントを重視するならパナビアという棲み分けになる。医院の診療構成(保険中心か自費中心か)、スタッフ習熟度、患者層の期待値に照らし、単純な材料費だけでなく将来的な収益構造まで見据えた選択が求められる。

代表的な適応と禁忌の整理

SAルーティングの適応は、支台歯の機械的嵌合力が十分あり、過度な接着力を要求しない一般的なクラウン・インレー症例である。具体的には、金属クラウンや小臼歯部のCAD/CAM樹脂冠、ジルコニアクラウンなどが挙げられる。これらは保険診療で日常的に行われる処置であり、チェアタイムの短縮とコスト低減の恩恵が大きい。一方禁忌または慎重適応となるのは、ラミネートベニアや前歯部オールセラミックスインレーなど、エナメル質接着のウェイトが高い症例である。

セルフアドヒーシブセメントはエナメル質表面へのエッチング効果が限定的なため、審美修復物をエナメル質主体に接着する用途には不向きである。また、明らかに保持形態が不良な支台や、高い咬合力が長期間かかるブリッジ支台などでは、脱離リスクを考慮して避けるか、少なくとも使用前に支台歯へボンディング材併用を検討すべきである。さらにSAルーティングは金属やジルコニアへの接着性は高いものの、ガラス系セラミックスへの直接接着力は単独では万全ではない。メーカーもシリカ系陶材にはフッ化水素酸エッチング+シランカップリング処理を推奨しており、それを行ってもなお懸念が残る場合はパナビアへの切り替えを検討する。

パナビア(V5)の適応は非常に幅広く、「保険から自費まで全ての間接修復物の装着」が網羅される。とりわけ、加療が難しい症例ほどパナビアの恩恵が大きい。例えば、支台歯の高さが不足する大臼歯部クラウンや、支台歯ごと動揺歯を固定するようなブリッジ症例では、パナビアの強接着による維持力確保が長期安定につながる。また前述の審美領域(ラミネートベニア、ジルコニアやE.maxクラウンなど)では、色調選択肢と経時変色の少なさからもパナビアが第一選択となる。加えて、ファイバーポストやレジンコア築造にも使用でき、これらでは支台歯とコア材料の接着力が歯冠修復の土台の安定性を左右するため、専用プライマーを併用したパナビアでの処置が望ましい。

実際、パナビアV5は直接レジンコア材として用いた場合、装着10分後には形成を開始できる硬化安定性を示す。禁忌は明確には少ないが、強いて言えばラバーダムなど隔壁困難で唾液汚染リスクの高い状況や、ボンディング材の溶剤に過敏な患者などが挙げられる。前者ではどんなレジンセメントも同様だが、手順が多いほど汚染リスクは増えるため、ラバーダム等で確実に防湿できないケースでは強い粘膜収着力を持つグラスアイオノマー系セメントを選択肢とすることもある。またパナビアのプライマーやセメントに含まれるメタクリル酸エステル系成分へのアレルギー既往がある患者は避ける必要がある。総じて、パナビアは「誰にでも使える万能選手」だが、使用環境の整備と術式遵守が求められる点に留意すべきである。

標準的なワークフローと品質確保の要点

SAルーティングのワークフロー

余計なステップを極力省いたシンプルさが売りの標準手順は、

(1) 支台歯を洗浄・乾燥をする。
(2) 必要に応じて補綴物内面を処理する(例:金属ならアルミナサンドブラスト、レジン冠ならサンドブラスト後にリン酸エッチングとシラン処理)。
(3) SAルーティングを適量練和(オートミックスなら直接適用)し、補綴物内面または支台歯に塗布。
(4) 補綴物を装着し適切な圧接を保持する。
(5) 光が通る部位は2~5秒仮光照射して余剰セメントをゲル化させ、辺縁部から一括に除去。
(6) 最終硬化を待ち(光の届かない金属内面では約5分)その後全面光照射を行う。
という流れである。

品質確保のポイントは、「混和ムラと汚染の排除」に尽きる。手練和タイプでは基剤と触媒ペーストを指示通り均一に混ぜないと重合不良を起こすため、タイマーで10秒以上練和し、気泡混入を防ぐ攪拌が重要である。オートミックスなら毎回最初の一押し分は空押しして充分混ざったペーストを使用する。また、プライマー不要とはいえ歯面清掃は十分に行う必要がある。

支台歯表面に唾液や血液によるタンパク汚染があると接着阻害となるため、必要に応じて弱酸性クリーナーで清拭・水洗乾燥する。加えて、補綴物側処理の厳守も品質に直結する。セルフアドヒーシブ系でも補綴材料ごとの前処理は添付文書に沿って実施しなければならない。特にCAD/CAM樹脂冠ではサンドブラストとリン酸エッチング後にセラミックプライマー塗布が推奨されており、これを省略すると樹脂冠側から脱離する恐れがある。以上を遵守すれば、SAルーティングでも安定した接着結果が得られる。

パナビアのワークフロー

基本に忠実に進めれば難しくないよう設計されている。
最新のパナビアV5の手順は、

(1)支台歯を洗浄・乾燥後、付属のV5トゥースプライマーをエナメル質・象牙質全体に塗布して20秒程度馴染ませる。その際エナメル質が多い場合は事前にリン酸エッチャントで約10秒エッチングすると接着力がさらに向上する(エッチング後は水洗・軽く乾燥)。

(2)プライマー塗布後はエアブローして溶媒を飛ばし薄く均一な塗膜を形成する。

(3) 補綴物内面は材質別に処理を行う。金属・ジルコニアならサンドブラストし清掃、ガラス系セラミックスならフッ化水素酸でエッチング後シラン処理。なおKuraray社のカタナクリーナーで装着直前に補綴物内面を清掃するとより確実だ。

(4) 二重筒タイプのパナビアV5ペーストをミキシングチップから吐出し、補綴物内面に塗布する。自動練和により練和ムラは生じにくいが、最初の一押し分は廃棄するのが無難だ。

(5) 補綴物を支台歯にセットし、軽圧をかけながら位置を調整する。はみ出た余剰セメントは光照射で半硬化させる前に粗取りしておく。

(6) タックライト法を用いる。ガラス系の補綴物なら表面から3秒程度光を当て、セメントを柔らかいゴム状にする。金属や不透明補綴では見計らい硬化で約2分後に同様の状態になるので、そこまで待ってもよい。

(7) スケーラーや探針、デンタルフロスで余剰セメントを除去する。歯間部はフロスを結び目で引っ掛けて引き抜くと効率が良い。

(8) 補綴物全体に十分な本照射を行う。光が届きにくい近心面遠心面や根面側にも照射できるよう照射器を角度付けて当てる。金属など光を通さない場合は、装着後5分以上待ってから最終仕上げに入ることで化学重合が完了する。必要に応じてこのタイミングでOXYGUARDⅡを接着部位に1分塗布し、酸素阻害層を除去すると完璧だ。

(9) 最後に辺縁を研磨し咬合調整を行って終了。

品質確保の鍵は、「適材適所の前処理」と「十分な重合」である。プライマーやシラン処理を怠れば十分な接着力は得られないし、反対に誤って他製品用プライマーを併用すると硬化系が狂うため禁忌である。また、パナビアで築造したレジンコアを形成する際は十分な待機時間を取ることも重要だ。

例えばSAルーティングでコアを接着した場合、装着後すぐに削ると外れてしまうことがあり、10分以上待ってから形成に移るべきという注意がある。パナビアV5でも触媒が改良されているとはいえ、メーカー推奨の待機時間を守り、確実な硬化を待つことでトラブルを防げる。以上のように几帳面な手順を踏むことで、パナビアは最大限の性能を発揮し臨床を支える。

安全管理と説明の実務

被ばくリスクなどはセメントには存在しないが、レジンセメント特有の注意点として術者・患者双方の安全管理が挙げられる。まず術者側では、未重合レジンモノマーによる皮膚刺激・アレルギーに注意する。臨床では直接触れることは少ないが、練和時に手袋に付着したペーストが皮膚炎の原因となることもあるため、直ちにアルコールで拭き取るなどの対応が必要である。

装着時は患者が不用意に嚥下や舌を動かさないよう説明し、可能なら口腔内バキュームでセメント片を吸引しながら進める。特にパナビアは粘性が高く薄く広がるため、除去し損ねた微小なセメントが歯肉縁下や隣接部に残留しないよう、口腔内写真やX線での確認が望ましい。どちらのセメントもX線造影性が付与されているため、残留セメントは術後のX線写真で発見可能である。

万一残留すると辺縁炎の原因になるため、特にブリッジポンティック部などはフロス通過を必ず確認することが求められる。患者への説明では、SAルーティング使用時は「歯に刺激の少ない接着剤で装着します」と伝え、パナビア使用時は「強力な接着システムでより長持ちさせます」とメリットを説明すると良い。加えて、装着直後はガムや硬い物を避け静かに咬んでもらうよう指示する。パナビアでは術後すぐに強い咬合力が加わっても外れる可能性は低いが、念のため初日24時間は効果的硬化・接着がさらに進行する旨を伝え、患者自身にも注意を促してもらう。

なお、両製品とも化学硬化型の成分を含むため、開封後は直射日光や高温多湿を避けて保管する必要がある。SAルーティングプラスの場合、25℃以下で保存すれば性能劣化しない触媒を採用しているが、夏場は冷蔵保存し、使用時に結露させない取り扱いが推奨されていた。パナビアも基本的に室温保管だが、同様に高温下では冷蔵庫で保管し、使用前に常温に戻すことが大切である。これらの保管・使用上の注意点もスタッフ間で共有し、院内で安全管理プロトコルを整備しておくとよい。

費用と収益構造の考え方

レジンセメントの選択は、単なる材料費だけでなく収益構造全体を俯瞰して考える必要がある。まず材料費に関して、SAルーティングは非常にコストパフォーマンスに優れる。例えばハンドミックス型のSAルーティングプラスは1セットでクラウン60歯分もの装着に使用でき、1歯あたり数十円から百円台程度という低コストである。たとえオートミックスシリンジを用いても15歯前後は使えるため、一件あたりの材料費負担は僅かになる。保険診療では補綴物の維持管理に対する直接の診療報酬は存在しない(装着料は補綴物料に包含)ため、コストを下げることはそのまま医院の利益となる計算だ。

一方パナビアV5は1キットにペースト2本とプライマー、付属品が含まれ数万円単位の価格となる。1キットで装着できる症例数はメーカー資料で15歯程度とされるため、1歯あたり換算では千円以上になるケースもある。保険診療だけで考えれば、セメントだけで千円は診療報酬上も痛手に映る。しかしパナビアの費用対効果は単純な数字では測れない。

例えば自費診療で一本10万円以上するセラミッククラウンを装着する際、千円の材料費を惜しんで将来の脱離リスクを上げることは得策ではない。逆に言えば、パナビアにより再治療が減り患者満足度が向上すれば、紹介患者の増加やリピート率向上といった形で医院収益に跳ね返ってくる可能性がある。また、保険診療においても近年CAD/CAM冠の適応拡大(大臼歯やエンドクラウンの新設など)が進んでおり、レジンセメントの使用場面は増える傾向にある。大臼歯用CAD/CAM冠は咬合力が強くかかるため、脱離が続けば結局は金属修復に切り替えるなど医院・患者双方に不利益となる。

そうした機会損失を防ぐためにも、初めから接着力の高いパナビアで装着しトラブルを未然に防ぐ戦略は十分に経済的といえる。また、パナビアは複数シェードがあり一部余る可能性があるものの、適切に冷暗所保管すれば有効期間内に使い切れる。小~中規模の医院であればユニバーサル色主体で運用し、必要な時だけ他色を購入するなど在庫リスクを抑えることもできる。まとめると、SAルーティングは「安価で必要十分な品質」を提供し利益率を即時に高め、パナビアは「高価だが失敗ロス低減」で中長期的な収益安定に資する。各医院の経営方針に照らし、両者の使い分けによるハイブリッド経営も選択肢となろう。

外注・他製品利用・導入の選択肢比較

セメント選択に関して外注や共同利用という概念は基本的に存在しないが、他種セメントや他社製品を組み合わせる選択について触れておく。

クラウンやインレー装着では大きく分けて
(1)レジンセメント
(2)レジン改良型ガラスアイオノマーセメント(RMGI)
(3)従来型グラスアイオノマーセメント(GI)
(4)リン酸亜鉛セメント等 が使用可能である。

保険診療では依然としてGI系セメントが主流で、操作が容易で耐湿性に優れるという長所がある。しかし接着力はレジン系に劣り、特に近年普及したハイブリッドレジン冠やジルコニアには界面の湿潤性や化学結合力が不足するため脱離が問題化している。一方、RMGIセメントはGIに樹脂成分を加えて接着力を高めた妥協案で、取り扱いも簡単だがやはり咬合応力の強い部位では脱離や溶解の報告がある。その点、レジンセメントは他のどの代替手段よりも高い接着力と封鎖性を提供するため、多少の手間とコストをかけても今後の補綴装着の主流になると考えられる。

実際、各社からもSAルーティングMultiやパナビアシリーズ相当の競合品(3Mリライエックス ユニバーサル、松風ビューティセムSA、ジーシー G-CEM ONE neo 等)が続々登場し、歯科界全体がレジンセメント主体に移行しつつある。その中で、本稿で扱ったKuraray Noritake社の2製品を両刀使いするメリットは、同一メーカーゆえの安心感と互換性にある。例えばSAルーティングで不足を感じた場合、後からクリアフィル系ボンドを追加塗布して接着力を底上げするといった応用も可能だ(もっとも初めからパナビアを使う方が合理的ではあるが)。

逆にパナビア使用中にプライマーが切れた際、手持ちのユニバーサルボンドQuickを代用するなどの融通も同社システム内でなら効く場合がある。ただし明らかに想定外の組み合わせ(例:SAルーティングにパナビアV5プライマーだけ併用)は避けるべきである。以上より、外注という選択肢はないものの、院内に複数種のセメントを導入しケースで使い分けることが、現在の接着修復ではスタンダードになりつつある。自院の症例分布とスタッフスキルに鑑み、SAルーティングとパナビアの両方、あるいは他社製も含めた複数種を揃える戦略は管理コスト以上のリターンをもたらすだろう。

よくある失敗と回避策

SAルーティングにおける失敗例として多いのは、「適応症例の見極めを誤った」ケースである。具体的には、明らかに保持力が不足する支台歯にそのままSAルーティングで装着して短期脱離を招く、といった事例だ。この回避策は単純で、前述のような症例では初めからパナビア等の高接着システムを選ぶか、どうしてもSAを使うなら支台歯に別途ボンディング処理を施すことである。また、混和不良や硬化不全も見逃せない失敗要因だ。

特に寒冷時にペーストの粘度が増していると十分混和できず、硬化遅延を起こすことがある。冬場は室温に戻す、または練和紙上でペーストを平らに伸ばしてから練り始めるなど工夫する。オートミックスではチップ内に滞留したペーストを放置すると硬化が進んで吐出不良になることがあるため、開封後は計画的に使い切ることが重要だ。操作ミスによるエラーでは、支台歯への湿気残存や補綴物への処理忘れが挙げられる。

特にセルフアドヒーシブだからといって歯面に水分が多く残っていると接着阻害になる。エアでしっかり乾燥させ、唾液が流入しないようラバーダムやロールワッテで隔壁して作業する。補綴物側も、例えばジルコニアクラウンに何も処理せず装着しては脱離して当然である。SAルーティングでも「下準備なく何にでもくっつく魔法の接着剤」ではないことを肝に銘じ、取扱説明書の指示どおり各種前処理を実施することで失敗は格段に減る。

パナビアにおける失敗例は、ほとんどがヒューマンエラーによるものだ。手順が多い分、「プライマーを塗り忘れた」「混和が不十分だった」「光照射を失念した」といったミスが起こりやすい。例えば、ある症例で技工士作製のメタルボンドクラウンをパナビアで装着した際、術者が歯面プライマーの塗布を失念したため数ヶ月で脱離に至ったケースが報告されている。このような事態を避けるには、チェックリストを用意し工程を一つずつ確実にこなすオペレーションを確立することだ。

近年はワンステッププライマーで簡便化されているとはいえ、塗布→エアブローを忘れると硬化不良や接着不良を招くため注意が必要である。また、硬化前の過負荷も失敗につながる。コア築造直後に支台形成して外れた例や、装着後すぐ患者が硬い物を噛んでクラウンが浮いた例など、レジンセメントはセット後も時間経過とともに強度が増すことを理解しておくべきである。

可能なら装着した補綴物には数分間の圧接維持を行い、患者にも直後の食事は控えてもらうと安全だ。パナビアのような高接着システムでは逆に除去の難しさがトラブルになることもある。例えば装着時に位置がずれて慌てて外そうとしても、半硬化が始まっていて動かず困ったという声もある。

対策としては、試適段階でしっかり適合と咬合を確認し、本番では迅速に位置決めすることだ。どうしても外す場合は無理に引っ張らず、一旦仮硬化させてからバーでカットアウトするくらいの覚悟が要るだろう。このように、パナビアでは「強力すぎるがゆえの扱いづらさ」が失敗を招く場合がある。従って使用に当たっては術式の訓練を重ね、スタッフも含めたチームでリハーサルや過去の失敗共有を行い、万全の準備で臨むことが求められる。

導入判断のロードマップ

接着用レジンセメントを院内にどのように導入・選定するかについて、段階的に整理する。

1. 自院の症例傾向を把握することから始める。

年間の補綴装着件数、その内訳(メタルクラウン何本、CAD/CAM冠何本、自費セラミックスはどの程度か)を洗い出し、接着力要求の高いケースがどの程度あるかを定量化する。例えばCAD/CAM樹脂冠が多い医院では、レジンセメントの導入は必須と言える。

2. 現在生じている問題点を洗い出す。

補綴物の早期脱離が年何件あるか、グラスアイオノマーセメントでマージンに二次う蝕が発生したケースがどの程度あるか、といった臨床上・経営上の課題を列挙する。もし脱離率が無視できない水準であれば、より接着力の強いセメント導入による改善余地があるだろう。

3. 具体的な選択肢を検討する。

セルフアドヒーシブ型の中から1種(SAルーティング等)と、アドヒーシブ型から1種(パナビア等)を候補に挙げ、各製品の特徴・価格・評判を比較する。日本国内であれば、症例数が多いKuraray Noritake社製品は情報も豊富で無難な選択と言えるが、他社の評判も参考になる。

4. 少量を試用してみる。

いきなり大きく切り替えるのではなく、まずは数症例分を取り寄せてテストすることを勧める。SAルーティングであればハンドミックス少量セット、パナビアであれば歯科商店のトライアルキット等を活用し、実際の操作感・硬化時間・患者の経過などを確認する。スタッフにも実習用模型で練習してもらい、手順に問題ないかフィードバックを得る。この試用期間でメーカー担当者から直接使い方のコツを聞いておくのも有用だ。

5. 導入可否を最終判断する。

試用結果が良好であれば正式に採用し、そうでなければ別製品を試すか、一部用途は従来セメント継続とする。導入決定後は

6. 院内プロトコルを策定する。

どのような症例にどのセメントを使うか、意思決定フローをマニュアル化する。例えば「支台歯が短いケースでは迷わずパナビア」「保険CAD/CAM冠はSAルーティングで効率優先」「前装鋳造冠は脱離しやすいのでパナビア併用」等、具体的な使い分け指針を共有する。

7. 導入後のモニタリングを行う。

新しいセメントに切り替えてから脱離や二次う蝕の発生率がどう変化したか、処置時間やコストに見合う成果が出ているかを定期的に評価する。例えば半年ごとに統計を取り、脱離ゼロが続いているなら成功と判断できるし、逆に手間ばかり増えて改善が乏しければ戦略を見直す必要がある。以上のロードマップに沿って慎重に導入を進めれば、自院に最適な接着セメント体制を構築できるだろう。

出典

  1. クラレノリタケデンタル 「セメント比較表」 – パナビア® V5、SAルーティング® Multi、パナビア® F2.0の製品仕様比較
  2. モリタデンタルプラザ 「美的CAD/CAMのなかまたち~セメント材料編~」(2016年2月19日) – SAルーティングプラスとパナビアV5に関するQ&Aブログ
  3. 東京ドクターズ 「接着性レジンセメントおすすめ15選|特徴や種類、選び方を解説!」(2025年3月25日) – SAルーティングMultiおよびパナビアシリーズの特徴説明
  4. Kuraray Noritake Dental 製品Q&A(wikipy) – SAルーティングMultiとパナビアV5に関する技術的QA集
  5. 厚生労働省告示 「令和6年度診療報酬改定の概要」 – CAD/CAM冠の適用拡大など保険制度の最新動向
    (注:出典のURLsは全て医療関係者向け公開情報であり、閲覧には適宜の権限が必要な場合があります)