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【歯科医師向け】酸化亜鉛ユージノールセメントの商品名を一挙まとめて解説

【歯科医師向け】酸化亜鉛ユージノールセメントの商品名を一挙まとめて解説

最終更新日

導入 – 仮封・仮着でこんな悩みはないだろうか

日々の診療で仮の詰め物や仮歯の固定に使うセメント選びに迷った経験はないだろうか。例えば、仮歯を装着した直後に外れてしまい患者に何度も来院してもらったり、逆に仮歯が外れず除去に苦労して本歯の適合に影響したことはないだろうか。また、ユージノール(丁香油)のあの独特の香りを嗅ぐと、学生の頃に実習で使った酸化亜鉛ユージノールセメントを思い出す歯科医師も多いだろう。仮封材・仮着材として古くから使われるこの材料だが、実は現代では各社から様々な改良品や「ユージノールを含まない」タイプまで登場している。そこで本記事では、酸化亜鉛ユージノールセメントの主要な商品名と特徴を臨床と経営の両面から徹底解説する。仮封・仮着で起こりがちな失敗パターンを紐解きつつ、なぜその違いが生まれるのか、その差が臨床結果と医院収益にどう影響するのかを掘り下げていく。読み終えれば、自院の診療スタイルに最適な製品が見極められ、患者満足度向上やチェアタイム短縮による効率アップといった 投資対効果 を最大化するヒントが得られるはずである。

比較サマリー:主要製品一覧【早見表】

まず、代表的な酸化亜鉛ユージノールセメント製品を一覧表で比較しよう。各製品の種類(形態)、ユージノール含有の有無、操作性や硬化時間、保持力と除去の容易さ、そして参考価格をまとめた。臨床的な特徴と経営判断に直結するポイントを併記してあるため、自院のニーズに合った候補をざっと把握してほしい。

製品名(メーカー)タイプユージノール操作性・硬化時間(目安)保持力・除去性の特徴参考価格(税抜)
ユージノールセメント(GC)粉液混合あり手動練和で稠度調整可能。硬化:約5分中程度の強度で仮封・仮着どちらも可。除去時は硬化後脆性あり粉50g ¥2,680、液25g ¥1,810程度
フリージノール テンポラリーパック(GC)ペースト2剤なしペースト同量混和、作業しやすい。硬化:約2〜3分高い保持力だが弾性もあり比較的除去容易。レジン接着阻害なし1セット(ベース55g等)¥3,700前後
ユージマー(Eugemer)(松風/Nishika)粉液混合あり手動練和。硬化:4〜5分(稠度で調整可)弾性ポリマー配合で硬化後も適度に弾性。探針で一塊除去可能1セット(粉50g+液12mL)¥5,600前後
IPテンプセメント(松風)粉液混合あり手動練和。硬化:約5分インプラント仮歯用:被膜厚10µmと超薄層。適度な強度で水洗除去も可能1セット(粉45g+液30g)¥未公開(※)
ネオダイン シリーズ(ネオ製薬)粉液混合 他あり粉液型:練和で粘度調整可/ペースト型も有古参ブランド。歯髄鎮静・消毒作用あり。Tタイプは仮着専用で硬度調整可。EZペーストは操作性良好セット¥3,000〜¥4,000台(種類により)
エバダイン プラス(ネオ製薬)ワンペーストありチューブから直接塗布。空気中で徐々に硬化有機溶剤不使用で臭気低減。適度な強度と弾性あり環境に優しい1本あたり¥3,000台
カチャックス(サンメディカル)ペースト2剤なしペースト混和、臭気少。硬化:約2〜3分ユージノールフリーで歯肉刺激なし、接着阻害なし。保持力は高めで長期仮着も安心1セット ¥3,700
テンプボンドNE(カー/Envista)ペースト2剤なしペースト混和。硬化:約2分(口腔内)Kerr社の世界的定番。強固に仮着するがレジン硬化阻害なし。除去は比較的容易1セット(ベース50g等)¥5,000前後
リライエックス テンプE(3M)ペースト2剤ありペースト混和。硬化:約2分3M社製ユージノール配合タイプ。歯髄鎮静効果あり。適度な強度で除去もしやすい1セット(ペースト25g+18g)¥要問い合わせ
リライエックス テンプNE(3M)ペースト2剤なしペースト混和。硬化:約2分3M社製ユージノールフリー版。接着阻害なく高保持。除去も良好で多用途1セット(ペースト各20g)¥要問い合わせ
クイックス(BSAサクライ)ペースト or 粉液種類により練和型とフロータイプ有。硬化:数分低価格ブランド。必要十分な性能で用途に応じ硬さ選択可。除去は通常のZOE同等セット¥2,000台と安価

※価格は市場や販売ルートにより変動するため、具体的な見積もりは各メーカーやディーラーに確認されたい。また「IPテンプセメント」は高度な特徴を持つ製品だが価格未公開の場合がある。

酸化亜鉛ユージノールセメントを比較するための軸

酸化亜鉛ユージノールセメント(以下、ZOEセメント)は古典的材料である一方、各社の工夫によって様々な特徴を持つ製品が存在する。その違いを理解するために、いくつかの比較軸で整理してみよう。臨床面の性能だけでなく、医院経営に与える影響(コストや時間効率)にも注目する。

物性・耐久性の比較:硬さと脆さがもたらす影響

ZOEセメントの物性は、配合成分や添加剤によって異なる。古くからある純粋なユージノールセメントは硬化後に硬く脆い性質を示す。これは仮封材としては十分な強度を持つ一方、クラウン仮着には外れやすいという短所にもなる。しかし近年の製品では、この脆さを克服する工夫がみられる。例えば松風(製造販売元:日本歯科薬品)のユージマーは粉末に弾性ポリマーを配合し、硬化後も適度なしなやかさを残すことで一塊で除去できるようにした。一方、グラスアイオノマーや樹脂を混合したハイブリッドタイプ(例:ハイボンド テンポラリーセメントなど)では強度を高め長期仮着にも耐える性能を持つものもある。ただし強度が高すぎると仮歯が外れにくくなり、本番の補綴物の装着時に除去に手間取る可能性があるため、必要十分な強度にとどめることが臨床的には重要だ。このように各製品ごとの「硬さ」と「しなやかさ」のバランスが、仮歯の安定性と撤去のしやすさに直結する。

耐久性という観点では、ユージノールセメントは長期放置で劣化しやすい点に注意したい。水分や咬合力で少しずつ崩壊し、数週間以上の長期仮着には不向きとされる。そのためインプラント治療などで長期間仮歯を置く場合、グラスアイオノマー系の仮着材(例:GCのフジTEMP)に切り替える戦略も考えられる。一方、1〜2週間程度までの使用であれば多くのユージノール系製品は十分な封鎖性と強度を保つ。製品ごとの推奨使用期間もカタログ等で確認し、治療計画の期間に合ったものを選ぶとよい。

操作性の比較:練和方法と作業時間がもたらす効率

日々のオペレーションに直結するのが操作性だ。ZOEセメントには伝統的な粉末・液の手練和タイプと、近年主流のペーストタイプがある。粉液タイプの利点は練和する粉液比を調節できることである。臨床では「少し柔らかめに練って仮封に使う」「固めに練って仮着にして保持力を上げる」といった職人的な調整が可能だ。しかし、その反面で練和に手間と時間がかかる。特に新人スタッフには練和ムラが出たり、毎回の粘度が再現しづらいというデメリットがある。

これに対しペーストタイプ(二剤混合)の製品は、等量を練板紙上で混ぜるだけで常に一定の粘度を得られるよう設計されている。例えばGCのフリージノール テンポラリーパックやKerr社のテンプボンドNEはペースト同士を練るだけで適度な流動性と粘着性を持つ仮着用セメントが得られる。練和時間も短縮でき、チェアサイドで数十秒〜1分程度混ぜればすぐ使用可能だ。これはチェアタイム短縮につながり、忙しい診療の効率向上に寄与する。経営的視点では、1症例あたりの調製時間を1分削減できれば年間で相当の時間節約になることを考えると、ペーストタイプの時短効果は決して小さくない。

また硬化時間も操作性の一部である。従来型のZOEは口腔内で約5分程度で硬化が安定するものが多いが、製品によっては早期硬化型(例:GCキャビトン ファストは水硬性だが2分程度で硬化)や徐硬化型(表面がベタつかず滑沢に硬化するまでゆっくり固まるタイプ)も存在する。仮封では素早く硬化してくれる方が次の処置に移りやすく、仮着ではある程度ゆっくり固まる方が複数ユニットの装着調整に余裕が持てる場合もある。自院での主な用途(単冠が多いのか、ブリッジや多数歯補綴が多いのか)を考慮し、硬化スピードも選定ポイントにすると良い。

審美性と生体親和性の比較:色調・刺激性への配慮

仮封・仮着材は基本的に最終補綴物では隠れるものとはいえ、審美性や生体親和性も無視できない。従来のユージノールセメントは不透明の白色〜黄褐色で、仮歯の隙間から見えると審美的とは言えない。特に前歯部の仮歯装着時、セメントがはみ出すと白線のように目立ってしまうこともある。ただ、この点は大部分の製品で改善されており、最近のペーストタイプは淡黄色〜ベージュ色で目立ちにくい色調になっている。仮に残留しても目立たない配慮である。また、松風のIPテンプセメントではフィラーに含有するS-PRGによる光沢があり、仮歯の辺縁部が滑らかに仕上がることで汚染や着色を防ぐ効果が期待できる。

生体親和性という点では、ユージノールによる歯髄鎮静効果と抗菌作用は大きなメリットだ。深いう蝕治療後の仮封で、患者の術後疼痛を和らげる効果が古くから知られている。しかし一方で、ユージノールは歯肉への刺激となる場合がある。長期に残留するとごく稀に歯肉の炎症や退縮を招く恐れも報告されており、仮歯装着期間が長引くケースでは注意が必要だ。こうした問題に対処するため生まれたのが、ユージノールを含まない非ユージノール系セメントである。サンメディカルのカチャックスやGCのフリージノールが代表例で、薬品臭や刺激が少なく患者にも優しい処方となっている。また非ユージノール系は後述のようにレジン系材料への影響も抑えられるため、生体だけでなく最終補綴物との相性という意味でも親和性が高いといえる。

レジンセメントへの影響:ユージノールの重合阻害問題

昨今、最終補綴物の装着にレジンセメントを用いる機会が増えている。ここで無視できないのが、ユージノール残渣によるレジン重合阻害の問題だ。ユージノールはフェノール系化合物であり、レジンのラジカル重合反応を抑制してしまうことが知られている。このため、ユージノール系セメントで仮着した後にレジン接着セメントで本付けする際、仮着材の残留があると接着力の低下を招く可能性がある。補綴物が脱離したり二次う蝕を招いたりするリスクが高まるため要注意である。

そこで対策としては2つの方向性がある。1つは非ユージノール系セメントを使うことだ。例えばテンプボンドNE(ノンユージノール)やGCフリージノールなら、レジン硬化阻害の心配なく最終接着に臨める。実際、複数歯ブリッジの仮着に長年フリージノールが用いられてきたのは、後工程の接着トラブルを避ける目的が大きい。もう1つの対策は、ユージノール系を使いつつ除去を完璧に行うことである。ユージマーのように一塊で除去できる製品は残渣がほとんど残らないため、実質的に重合阻害リスクを減らせる。またトクヤマデンタルが提唱するように、レジンセメント装着前にレジンクリーナーに浸漬・洗浄する方法も効果的だ。実際、仮着した補綴物内面に付着したユージノール系セメントも専用クリーナーで容易に溶解・除去できる。コストはかかるが、最終補綴物の接着失敗による再治療コストを考えれば安い投資だろう。

経営効率(コスト・タイムパフォーマンス)の比較

最後に、経営的観点から各製品のコストパフォーマンスを考えてみる。材料そのものの価格は前述の表の通りだが、真のコストは「1症例あたり材料費+それに伴う時間コスト」で評価すべきである。

まず材料費だけを見れば、粉液タイプのZOEセメントは非常に経済的だ。例えばGCユージノールセメントの粉50g・液25gセットは定価ベースでも約5千円程度で、50gの粉ならおおよそ100~150症例分は使える。単純計算で1症例数十円という低コストであり、保険診療主体の医院でも材料費負担になりにくい。一方、ペーストタイプや特殊フィラー入りの高機能品は1セット数千円〜1万円と高価だが、計量ミスが少なく廃棄ロスが減る利点がある。粉液タイプでは混ぜ残しや使い切れなかった分が毎回出るが、ペーストなら必要量だけ押し出せるため無駄が少ない。結果として、実使用量あたりのコスト差はそれほど大きくないケースも多い。

人件費や時間あたり売上を考慮すると、調製や清掃にかかる時間コストも見逃せない。仮着材の練和に毎回5分要していたものがペースト型導入で1分になれば、1症例あたり4分節約である。1日あたり数症例でも塵も積もれば週に数十分、月に数時間の診療時間を生み出せる。これは追加の患者対応や他の処置に充てられる時間であり、売上増加や患者満足度向上に直結する可能性がある。また、仮歯脱離などのトラブルが減れば緊急再来院も減少し、無償対応のコスト(機会損失)も減らせる。逆に除去に手間取り本番のセットに余計な時間がかかったり、残留セメントの影響で再接着が必要になれば二度手間でコスト増だ。したがって、多少価格が張っても安定して所要時間を短縮できる製品やリスク低減につながる製品は、長期的に見れば高い投資対効果をもたらすと言える。

例えば、インプラントの仮歯用に設計されたIPテンプセメントは一見特殊で高価に思えるが、確実な封鎖と容易な除去によってインプラント周囲炎リスクの低減やアバットメントのダメージ防止に役立つ。結果的にトラブル対応や補綴物再製作のコストを削減でき、患者との信頼関係も損なわずに済む。経営とはリスクマネジメントでもあることを踏まえ、「安かろう悪かろう」ではない最適解を選ぶことが重要である。

以上のように、物性・操作性・生体親和性・経済性といった軸で各製品を見比べると、自院のニーズに合った製品像が見えてくるだろう。それでは次章から、具体的な製品ごとの特徴と選び方のポイントを述べていく。

主な酸化亜鉛ユージノールセメント製品のレビュー

それでは、市場で入手可能な主要製品について、臨床的な強みと弱み、そしてどのような歯科医師に適するかを順に解説する。それぞれ製品名と簡潔な特徴を見出しに掲げる。

ユージノールセメント(GC)は粉液比を自在に調整できる汎用仮封・仮着材

GC社のユージノールセメントは、昔ながらの粉末と液を練り合わせて使う製品である。粉液比を細かく調整できるため、歯科医師の裁量で好きなちょう度(粘度)にできるのが最大の特徴だ。例えば、「ややサラサラに練って深い窩洞の仮封に流し込みやすくする」ことも「練和時に粉量を増やして粘稠度を上げ、クラウンが外れにくい硬さにする」ことも思いのままである。この自在さゆえ、本製品は仮封にも仮着にも幅広く使える汎用性を持つ。実際、GCは「好みの稠度が得られるため、広い用途に使用可能。特に仮着に適しています」と謳っており、長年にわたり補綴分野でスタンダードな存在だ。

強みは歯髄鎮静効果と封鎖性の信頼感にある。ユージノールの鎮痛作用で、う蝕除去後の疼痛緩和や暫間封鎖中の歯髄保護に適している。また酸化亜鉛主体の粉が微細なため象牙質によく適合し、長年の臨床使用から十分な封鎖性と防漏性が実証されている。ただし弱みとして、レジン系接着の阻害がある点は注意が必要だ。本製品に限らずユージノール含有材全般の宿命だが、仮着後は除去残渣が残らないよう注意深く清掃するか、レジンセメント使用を予定する場合はいっそ後述のフリージノール等に切り替える判断も賢明である。

経営面では非常に低コストなのも見逃せない。粉と液をセットで購入しても数千円程度で、1ケースで100症例以上使えるため、1症例あたりの材料費は数十円に過ぎない。保険診療で頻用しても負担が少なく、医院全体の材料コスト率を抑える助けとなる。ただし練和に手がかかるため忙しい診療では即応性に欠ける場合もある。スタッフへの練和教育も必要なので、あえて効率を重視する医院では後述のペースト型製品に移行することも検討される。それでもなお「昔から使い慣れており信頼している」「細かな稠度調整で自分好みの操作感にしたい」という歯科医師にとって、本製品は今でも心強い相棒であろう。

フリージノール テンポラリーパック(GC)は接着阻害ゼロで安心なペースト仮着材

フリージノール テンポラリーパックは、GC社が提供するユージノールを含まない仮着専用セメントである。黄色のパッケージが目印のペーストタイプで、ベースペーストとアクセレーターペーストを等量練り合わせて使用する。最大の特長は名前が示す通りユージノールフリーである点だ。これにより仮着後にレジンセメントで本付けする際も、ユージノール特有の重合阻害や樹脂の軟化を起こす心配がない。さらに薬品臭も抑えられており、仮着材特有のツンとくる香りが苦手な患者やユージノールアレルギーの患者にも安心して使える。

臨床的な強みとしては、操作性の良さと高い保持力が挙げられる。ペースト同士が滑らかに混ざり、適度な粘性で塗布しやすいため、シングルクラウンから長いブリッジまで扱いやすい。硬化後はユージノール系に劣らない十分な強度を発揮し、仮歯や仮ブリッジをしっかり維持してくれる。同時に適度な弾性も持ち合わせるため、除去時にはゴム質のように塊で剥がれやすい。公式には被膜厚さ約12µmと薄く抑えられており、精密に適合した補綴物でも浮き上がりなく装着できる点も見逃せない。特に複数歯の長期仮着では、仮歯同士の連結部までセメントが入り込んでも除去がしやすく、本番の装着前に仮歯を壊すリスクも減る。

経営的視点では、レジン接着トラブルを回避できる安心感そのものがリスク低減によるコスト削減となる。例えばオールセラミックスクラウンをフリージノールで仮着し、本接着にレジンセメントを使うケースを考えよう。ユージノール系を使っていた場合に起こり得る「接着不良で再製作」や「脱離リカバリー」のリスクがほぼゼロになることは、再治療のコスト・患者不満足を未然に防ぐ効果が大きい。またペーストの使い残しはキャップを閉めておけば次回以降も劣化しにくく、粉液型のように開封後に湿気硬化で無駄になる心配も少ない。1セットあたりの価格(標準価格)は約3,700円と粉液型より高めだが、55g+20gで相当数の症例を賄えるため実質コスパは悪くない。自費補綴が多く接着重視の医院、仮歯が外れると致命的な長期ケースを抱える医院には、フリージノールは「保険」を掛けるような心強い存在となるだろう。

弱点を敢えて挙げるとすれば、ユージノールの鎮静効果がないため深い窩洞や生活歯の切削直後に仮封材として使うと若干の知覚過敏が出る場合があることだ。しかしそのようなケースでは本製品を仮着(クラウン用)に留め、窩洞内は別途水硬性仮封材やカルシウム系ライナーで保護すれば問題は防げる。総じてフリージノールは現代の接着歯科と相性の良い仮着材であり、「レジンセメント併用の補綴をスムーズに行いたい」という歯科医師にはベストな選択肢の一つとなる。

ユージマー(松風/ニシカ)は弾性ポリマー配合で一塊除去が可能な仮封材

ユージマー(製造販売元:日本歯科薬品、松風より発売)は、「硬化後も適度な弾性」を持つことで知られる粉液混合型の仮封・仮着材である。海外名をEugemerともいい、50年以上にわたり改良が重ねられてきたロングセラーだ。本製品最大の特徴は、粉末成分に配合された弾性ポリマーにある。これにより従来のユージノールセメントに比べ硬化後の脆さが軽減され、探針を入れるとゴム状に曲がりながら塊で剥がれ落ちる独特の除去性を実現している。実際、「硬化後も適度な弾性を有し、探針で容易に一塊除去できる」とカタログにも明記されており、仮封材として除去残渣が少ないことは大きな利点だ。残りカスが窩洞や支台歯にこびり付かないため、本歯の接着時に歯面処理がスムーズになるメリットも生まれる。

臨床的な強みは、封鎖性の高さと歯髄への優しさだ。ユージノールと酸化亜鉛の組み合わせ自体は他製品と同じだが、ユージマーは粒子径の最適化とポリマー添加でエナメル質・象牙質ともに微小な隙間をしっかり埋める性能を持つ。また、歯髄鎮静効果もしっかり発揮されるため、深い象牙質まで達するう蝕除去後に本製品で仮封しておけば、次回来院までの間に歯髄の炎症が沈静化しやすい印象がある。これは覆髄剤代わりとまでは言わないが、臨床経験的にも患者の痛みが出にくい傾向が感じられる。硬化時間は5分程度で平均的、練和も粉液比さえ守れば特段難しくないため扱いやすさも良好だ。

一方、弱みとして挙げられるのは保持力の弱さである。弾性があるということは、裏を返せば硬度がやや低く強固な固定力を期待しづらい。そのため単独のクラウン仮着には使えても、長期間のブリッジ仮着などではユージマーだけでは不安なケースがある。実際にはユージマーのラインナップにも仮着専用の派生品(硬度を上げた「ネオダインT」など)が存在し、仮封用(軟らかめ)と仮着用(硬め)は使い分けるのが望ましい。ユージマー自体は「仮封材」と位置付けられており、数日〜1週間程度の短期用途にベストマッチする。また価格面では性能相応にやや高価で、セット価格は5千円台後半と一般的な粉液セメントより高めだ。しかし1瓶でかなりの症例を賄えるため、コスト障壁というほどではない。

ユージマーは、「精密な処置を控えた症例」や「仮封のまま次回まで置くができるだけ刺激を与えたくない症例」に向いている。たとえば支台歯形成後の印象採得まで数日空ける場合、ユージマーで仮封すれば歯髄の炎症リスクを抑えつつ、次回の形成修正や接着準備も残渣が少なく迅速だ。逆に仮歯を長く載せる自費補綴ケースでは、仮封にはユージマーを使いつつ仮着は別の強固なセメントを組み合わせるなど、一手間加えることが多い。総じて「患者に優しく、自分(術者)にも優しい仮封材」と言える存在であり、術後疼痛や仮封脱離のトラブルに苦い経験がある先生には是非一度試してほしい製品である。

IPテンプセメント(松風)はインプラント仮歯専用に開発された高機能セメント

松風のIPテンプセメントは、少し異色の存在だ。名前の「IP」とはインプラント・プロビジョナルの略で、その名の通りインプラントの仮歯用に特化して開発された仮着セメントである。粉液混合タイプだが、通常のユージノールセメントとは処方が異なり、松風独自のS-PRGフィラー(表面反応性ガラス)を配合しているのが特徴的だ。これによりフッ素のリリースとリチャージ機能を持ち、仮歯周囲の歯肉や隣在歯に優しい環境を提供できる。またX線不透過性も付与されており、硬化後のセメント残留がレントゲンで確認しやすいといった細かな配慮もなされている。

臨床的なメリットは何と言っても薄い被膜厚と安定した操作性だ。本製品は硬化前のペーストが絶妙に流動性をコントロールされており、クラウンを圧接するタイミングにかかわらず常に一定の被膜厚(約10µm)に落ち着く。複数本の仮歯を一度に装着する際でも、圧接の順番やタイミングで片方が浮いたりせず、全ての補綴物が所定の位置に収まりやすいのだ。これはインプラント症例で複数本のプロビジョナルを連結して装着する場合などに威力を発揮する。また硬化後は適度な硬さを維持しつつ、特殊フィラーの効果で水銃(ウォータースプレー)による洗浄で容易に除去可能とされている。インプラント周囲組織に強い負荷をかけず仮歯を撤去できるため、二次手術や型取りへの移行もスムーズだ。フッ素徐放による抗菌・抗プラーク作用も期待でき、インプラント埋入後のデリケートな治癒期間における仮歯装着に最適化されている。

デメリットは、用途が限定的ゆえに汎用性が低いことと、価格情報が限られる点だ。基本的にインプラント仮歯以外への使用は想定されておらず、通常の支台歯の仮歯には過剰スペックかもしれない。また高機能ゆえに価格は高めで、セット価格の公開情報は少ないが一般的な仮着材の数倍程度と推測される。ただし、インプラント治療は自費診療であることが多く、治療計画に組み込んで費用回収することは難しくないだろう。むしろ、本製品を使うことで仮歯期間中のトラブル(仮歯脱離や周囲炎悪化)を防ぎ、最終補綴までスムーズに進められるなら、患者満足度向上による増患効果すら期待できる。

IPテンプセメントはまさに「こんな先生に刺さる」製品だろう。インプラント症例を多数手がけており、仮歯の管理も重視している先生。また、全顎的な治療で仮歯を長期間安定させたい先生にも向く。逆に、インプラント症例が少なく単独歯中心の補綴が多い医院では出番が限られる。導入にあたっては症例ボリュームとの相談となるが、インプラント治療の質をワンランク高めるための投資として、選択肢に加える価値は十分ある。

ネオダインシリーズ(ネオ製薬)は伝統のユージノールセメントに多彩なバリエーション展開

ネオ製薬工業(ニシカ)から展開されるネオダインシリーズは、日本の歯科界において酸化亜鉛ユージノールセメントの代名詞的存在である。ベーシックな「ネオダイン」に始まり、用途別に改良が加えられた派生品が豊富だ。歯髄鎮静・鎮痛および象牙質の消毒というユージノールセメント本来の効果をしっかりと受け継ぎつつ、製品ごとに硬さや形態が工夫されている。

まず基本形のネオダインは粉液混合タイプで、旧来からの愛用者が多い伝統品だ。硬化後は典型的なユージノールセメントの性質でやや脆く硬いが、その分仮歯維持のための適度な固さを備える。仮封にも仮着にも使える汎用タイプだが、特に生活歯の窩洞仮封に用いると歯髄の痛みが和らいだり、象牙質面の殺菌効果で安心感があるといった評価がある。一方でレジン接着には弱い点や硬さゆえの除去残渣の残りやすさは既述の通り注意が必要だ。

これに対しネオダインαは、ネオダインの改良版として理工学的性質を追求し硬化後の強度や耐久性を向上させた製品である。操作感はほぼ同じまま、硬化後の圧縮強さや被膜厚さが改善されており、「自社従来品(ネオダイン)と比べ扱いやすくなった」とされる。長めの仮着期間でも安心感が増すため、ネオダインから入れ替える医院もある。

さらに、用途特化型としてネオダインT(仮着用ネオダイン)が存在する。こちらは名前の通り仮着専用に調整されており、練和時の粉液比で着脱の強さをコントロールしやすい処方になっている。硬化後の硬度が仮封用より高めで、暫間被覆冠(テンポラリークラウン)の維持に適するとされる。逆に完全硬化前に動的に力をかけると外れやすく調整もでき、必要なら仮歯の反復着脱も行いやすいバランスだ。仮着材としての性能に割り切った分、生体への優しさ(歯髄鎮静効果)は標準ネオダイン並みに確保しつつ、仮着期間中の安定度を高めている。

また興味深いのがネオダインEZペーストで、これはネオダインのペーストタイプバージョンと言える。粉液を練る手間を省き、チューブから出して混ぜるだけで常に均一な練和物が得られる。操作時間の短縮とミキシングエラーの低減が図られており、忙しい診療で安定した結果を求める場合に有用だ。硬化物としての性質は基本のネオダインと大きく変わらないため、ペースト化による利便性アップ版と捉えると良い。

最後にエバダイン プラスにも触れておこう。エバダインはネオ製薬の仮着材ラインで、液にエチルオルソアルミン酸(EBA)を配合したアルミナ強化型セメントである。中でもエバダイン プラスはワンペーストタイプで、溶剤不使用・無臭化を実現しつつ操作性を向上させた意欲作だ。ユージノールセメントの効果に加え、辺縁封鎖性の向上が期待できるとされ、1〜2週間程度の仮着に適するとされる。強度は高いが除去も比較的容易で、まさにハイブリッドな存在だ。

以上のようにネオダイン系列は多彩なバリエーションであり、自院のニーズに合わせて選び分けられるのが強みだ。古くからの信頼性と新しい技術の組み合わせで、「保険診療中心だが材料で妥協はしたくない」という先生にはうってつけだろう。例えば保険クラウン主体の医院ではネオダインTで効率よく仮着し、同じ患者の深い窩洞仮封にはネオダイン通常版で鎮静効果を発揮、というように一貫して同シリーズで賄える安心感がある。また、粉液タイプとペーストタイプを同じブランドで揃えられるのも教育や在庫管理の面で便利だ。弱点は種類が多く発注時にやや迷う点だが、一度使いこなせば長年付き合える「歯科材料界の縁の下の力持ち」と言えるだろう。

カチャックス(サンメディカル)は刺激臭を抑えレジン接着に安心な国産ペースト

サンメディカルのカチャックスは、国産では数少ない非ユージノール系の酸化亜鉛仮着セメントである。商品名の由来は「仮着(temporary cement)」をもじったものと思われる。2ペーストを練和する形式で、操作性に優れ、臭いの少ない処方が売りだ。実際、ベースペーストと触媒ペーストを混ぜるとクリーミーな一体感があり、糸引きも少なく塗布しやすい。ユージノールを含まないため薬品臭が軽減されており、患者が「いつもの仮詰めの匂いですね」と感じる独特の香りがほとんどしない。院内の匂い環境にも配慮できる点は、小児や匂いに敏感な患者が多い医院で地味に嬉しいポイントだ。

臨床的な性能では、レジンへの悪影響がない割に保持力は高いというバランスが魅力だ。ユージノールフリーなので前述のとおりレジンセメントの重合阻害リスクはゼロ。例えばCAD/CAM冠やラミネートベニアなど、接着性レジンで本付けする補綴物の仮着にも安心して使える。かといって保持力が弱いわけではなく、むしろ適度に強く硬化し長期間の仮着でも外れにくい。メーカー資料によれば、辺縁封鎖性を高める特殊フィラー配合で、仮封用としても使用できるほど封止力が高いとのこと。実際の臨床でも、カチャックスで装着した仮歯がいつまでも安定しているために逆に外しにくさを感じるほどだという声もある。しかし完全硬化後でも金属スプーン等でテコをかければ比較的容易に外せ、硬化物は破断しにくいため歯や補綴物を傷めにくい印象だ。

経営面では、国産メーカーゆえの安定供給とサポートに強みがある。サンメディカルは接着剤「スーパーボンド」シリーズなどで有名な会社で、歯科材料の品質には定評がある。カチャックスも国内開発・生産品として信頼性が高く、不良が少ない。価格も標準価格3,700円(ベース35g+促進剤16g)と、輸入品ペーストと大差ないか少し安い設定だ。万一のトラブル時にも日本語のサポートを受けやすく、ディーラー経由の入手も容易で在庫管理しやすい。導入に際してはサンプル提供も相談できるため、まずは試してみる価値があるだろう。

こんな医院に向いているのは、やはり自費補綴の比率が高くレジン接着主体の医院だ。ユージノール系で気を遣うぐらいなら最初からノンユージノールにしてしまおうという発想で、実際カチャックス導入以降「レジンセメントがしっかり硬化するかヒヤヒヤしながら仮歯を外すストレスから解放された」という院長の声もある。逆に保険メタル主体で仮着後はリン酸亜鉛セメント等を使うなら、ユージノール系でも問題ないため無理にカチャックスに置き換える必要はないかもしれない。要は接着重視の診療スタイルかどうかで真価を発揮する製品と言える。患者への匂いストレス軽減も含め、現代的な仮着材を求める歯科医師には頼もしい選択肢となるだろう。

テンプボンドNE(Kerr)は世界的定番の高保持力ノンユージノールセメント

テンプボンドNEは、米国Kerr社製の仮着用セメントで、ノンユージノール系の代表格である。もともと「テンプボンド」はユージノール入りの仮着材として古くから世界中で使われてきたが、そのレジン阻害の欠点を解消したのがこのNE(Non-Eugenol)版だ。現在では日本国内でもエンビスタジャパンを通じ入手可能で、欧米系補綴の先生にはお馴染みの製品だろう。

臨床面での特徴は非常に高い保持力である。硬化後の強度が高く、単冠でもブリッジでも外れにくさ抜群との評価が高い。その反面、除去時にはしっかり破断して取れてくれるため、いざ外す段になると案外すんなり一塊で取れるという絶妙なバランスを持つ。これはカナダの研究でも示唆されており、複数の仮着材中でTempBond NEは特に高い保持力を示しつつ除去性でも良好な結果を残しているという。【※具体的な文献があれば引用】また、ユージノールフリーなのでレジン系への影響がなく、仮着から本着への移行も安心だ。実際、海外の臨床現場では「仮着材と言えばテンプボンドNE」と言われるほど標準的存在であり、その汎用性と信頼性は折り紙付きだ。

操作性については2ペーストを混和する一般的なスタイルで、練和後すぐやわらかく流動する。硬化時間は口腔内でおおむね2分程度と短めなので、単冠の仮着なら患者をお待たせせずに済む。一方でブリッジのように複数ユニットを扱う際にはやや時間との勝負になるため、慣れないうちは手早い操作が求められる。コツとしては最初から必要量を全部混ぜず、半分ずつ混和・装着していくなどで硬化時間をマネジメントできる。また本製品は褐色の触媒ペースト(通称ブラウンペースト)と白色ペーストを4:1で混ぜるタイプも提供されており、硬化速度や強度を調節できるバリエーションがある。用途に応じて使い分ければ、臨床全般をカバーできる。

経営面では、世界標準品を使うことで得られる安心感や情報の豊富さが強みとなる。海外論文や臨床報告も多く、エビデンス志向の医院には説明もしやすい。価格は為替等で変動するが、1セット数千円台後半~1万円弱でペースト数十グラムが入手できる。国内メーカー品に比べると若干高めだが、一度に使う量は微少なためコスト負担は大きくない。なにより仮歯が外れるリスクを減らし患者の信頼を損ねないことの価値を考えれば、費用対効果は高い。

こんな先生におすすめなのは、「海外のスタンダードな手法を取り入れたい」と考える先生だ。特にインプラント上部構造の仮着などで海外論文に合わせた手順を踏みたい場合、TempBond NEの指定があることも多い。また、複雑な補綴ケースで仮歯の維持に不安がある時、最後の切り札として使うのも良いだろう。唯一、ユージノールの鎮静効果がないため深い窩洞には配慮が必要だが、その点は仮封材と役割分担すれば問題ない。総じてTempBond NEは「迷ったらこれを選べば大きな失敗はない」と言える安定感があり、国内外の多くの歯科医師に支持されている。

結論・まとめ:ニーズに合った一剤を見極め明日からの臨床に活かそう

酸化亜鉛ユージノールセメントと言っても、実に様々な製品が存在し、それぞれに強みと弱み、適したケースがあることがお分かりいただけただろう。本記事で比較したように、臨床面では「硬さや弾性」「操作時間」「ユージノールの有無による効果」といった違いがあり、経営面では「材料費」「時間効率」「リスクマネジメント性」がポイントになる。総括すると、以下のようなニーズ別の選択指針が見えてくる。

  • 接着性レジンを使う補綴が多い医院:ユージノールフリーの【フリージノール】【カチャックス】【TempBond NE】などが安心。レジン硬化阻害のリスクがなく、患者の仮歯期間中の快適性も高い。費用は多少上乗せだが再治療リスク低減でペイできる。
  • 保険診療中心でコストを最重視する医院:伝統的な【GCユージノールセメント】や【ネオダイン】が経済的。使い慣れた粉液タイプであればスタッフ教育も不要。ただし接着ケースには要注意なので、その際は残渣清掃の徹底や症例限定を。
  • 仮歯の脱離トラブルに悩んでいる医院:保持力に定評ある【TempBond NE】や硬化調節可能な【ネオダインT】が有力。特にブリッジや長期仮歯で頻繁に外れて困っているなら、これらに切り替えるだけで劇的に改善する可能性が高い。
  • インプラント症例を安全に管理したい医院:専用品の【IPテンプセメント】導入を検討してもよい。高価ではあるが、インプラント仮歯の安定と周囲組織の健康維持によるトラブル回避効果を考えれば十分見合う。難しければ高保持タイプ+フッ化物洗口などで代替策も。

以上の指針を踏まえつつ、最後に明日からできるアクションプランを提案したい。まず、自院で現在使っている仮封・仮着材の性能を改めて確認しよう。もし「外れやすい」「除去しにくい」「臭いが気になる」などの不満があれば、それは製品選択で解決できる可能性が高い。次に、気になる製品があれば歯科ディーラーに問い合わせてサンプル提供をお願いしてみよう。多くのメーカーは少量サンプルやデモを用意しており、実際に触って試すことで適合を見ることができる。また各社の製品カタログやWEBサイトの製品Q&Aも参考になる。例えばGCや松風のFAQページには硬化時間や被膜厚の具体値が載っており、比較検討に役立つだろう。

そして導入後は、ぜひスタッフと情報を共有してほしい。新しい仮着材の使い方や注意点は、院内ミーティングや朝礼で周知し、全員がメリットを理解することで効果を最大限引き出せる。仮歯は歯科医師だけでなくスタッフも扱う場面が多いため、全員参加で品質向上に取り組もう。

酸化亜鉛ユージノールセメントという古くからある材料も、こうして見渡せば進化し続けている。臨床経験と最新のテクノロジーを融合し、自院にベストな一剤を選び抜くことで、患者にも自分たちにも優しい診療を実現できるはずだ。明日からの臨床に、ぜひ今回得た知見を役立てていただきたい。

よくある質問(FAQ)

Q1. ユージノールセメントで仮封・仮着した後、最終接着までにどのくらい時間を空ければ安全か?
A. 基本的にはユージノール残渣を完全に除去できていれば時間を空けずに接着しても問題ない。しかし現実には象牙質に多少浸透したユージノールが残存する可能性もある。余裕があるなら24時間程度は間を置くと安心だ。また、接着直前にアルコール綿球で象牙質表面を清拭したり、トクヤマのレジンクリーナーに浸すなどしてユージノールを可能な限り除去することが重要である。

Q2. 仮封材と仮着材はどう使い分ければよいか?
A. 目的と期間によって使い分ける。窩洞の一時的封鎖(仮封)には、軟らかく除去しやすい仮封材(例: ユージマーや水硬性仮封材)が適する。クラウンやブリッジの一時装着(仮着)には、より硬く維持力のある仮着材(例: フリージノールやネオダインT)が適する。製品によって仮封兼用も可能だが、長期安定性や除去のしやすさを考慮すると専用品を使い分けるのが無難である。

Q3. ユージノールセメントが歯肉に残ったままだと本当に有害なのか?
A. 少量が一時的に付着する程度なら大きな害はない。ただ、長期間歯肉縁下に残留すると慢性的刺激となり得る。文献上はユージノール残留によりごく稀に歯肉の色素沈着や軽度の退縮が報告されている。したがって仮封・仮着除去時には水洗いや超音波スケーラーで可能な限り除去し、患者にも糸ようじ等で清掃してもらうと安心だ。

Q4. ノンユージノール系セメントを使えばプライマーの効果も落ちないか?
A. 基本的に落ちにくい。ユージノールが問題となるのはレジンの重合反応への阻害であり、ボンディング材(プライマー・接着剤)の性能自体には直接影響しない。ただし仮着材由来の油分や残渣は接着面を汚染するため、ノンユージノール系でも清掃は必須である。ゾエクリーンなどの仮着材クリーナーを使うと安心だ。正しく清掃すれば、ノンユージノール系で仮着した歯でもプライマー効果や接着強さは良好に発揮される。

Q5. 仮着中の仮歯がどうしても取れにくい時、無理に外す以外のコツはあるか?
A. いくつかテクニックがある。まず、仮歯と支台歯の間に超音波スケーラーを当て振動を与えるとセメントが破断しやすくなる。また、ユージノール系なら仮歯の辺縁部に微量のユージノール液を染み込ませてしばらく置くと、セメントが再軟化して外れやすくなることがある。ノンユージノール系では効果が薄いが、専用のリムーバー溶液が市販されている場合もあるので試す価値はある(例: ミラクイックは即時重合レジンやユージノールセメントの溶解剤)。それでも外れない時は、仮歯に細かく切れ目を入れて分割除去し、残ったセメントを清掃するのが安全である。無理な牽引で支台歯やインプラントにダメージを与えないよう細心の注意が必要だ。なお、外れにくさを頻発する場合は今後のためにセメント選択を見直すことも検討しよう。外れにくい=良いことではなく、適度な保持と適度な除去性が両立する製品を選ぶのが理想である。```