
歯科医院の「サブカルテ」とは?電子化するメリットやカルテとの違いを分かりやすく解説
ある日の診療後、患者から前回のブラッシング指導内容を確認したいと電話が入った。スタッフは患者を待たせたままカルテ庫へ走り、紙のサブカルテからメモを探し出す羽目になった経験はないだろうか。サブカルテとは院内情報を共有するために歯科医師や歯科衛生士が治療経過や患者との会話内容を記録するツールである。カルテを補完するこの記録は診療の質を支える一方、紙運用では「探す・出す・戻す」に時間を奪われ、本来の診療業務以外に1日何時間も費やしてしまうケースも少なくない。実際、多くの歯科医院で紙のサブカルテの保管場所不足や準備作業の負担が深刻になっている。紙での管理が主流だったサブカルテだが、近年は8割以上の歯科医師が電子化を進めるべきと考えているとの調査もあり、業務効率化と医療サービス向上の観点からデジタル移行が注目されている。本記事ではサブカルテの基本とカルテとの違いを整理し、電子化によるメリットを臨床面と経営面の双方から解説する。明日から活用できる実務的なポイントを提示し、読者の診療と経営の意思決定を支援したい。
要点の早見表
項目 | ポイント |
---|---|
サブカルテの役割 | 患者ごとの詳細な治療経過や注意点、セルフケア状況、生活習慣、患者からの要望などを記録し院内で共有するツール。カルテ(診療録)の情報を補完し、チーム医療の連携と患者ごとの対応の一貫性を保つ。 |
カルテとの違い | カルテは法定の診療記録で処置・所見を中心に記載し5年間の保存義務がある。一方、サブカルテは院内メモであり記載内容や形式は任意である(法的義務はない)が、診療に重要な情報源として実質的にカルテと同様に管理すべきもの。 |
紙のサブカルテの課題 | 保管スペースの逼迫(患者増加で紙ファイルが膨大になる)、紛失・劣化リスク(火災・水害や紛失事故による情報消失の恐れ)、共有の非効率(検索や同時閲覧に時間がかかり、手書き文字の判読ミスも生じやすい)。日々のカルテ出し・片付けに時間を取られ、業務負荷やヒューマンエラーの要因となる。 |
電子化のメリット | 情報検索・共有の迅速化(キーワード検索や複数端末から同時閲覧が可能になり、必要情報に即アクセス)、保管・セキュリティ向上(物理スペース不要でバックアップによるデータ保護が可能、アクセス権設定で情報漏洩リスク低減)、業務効率化(カルテ準備や探す作業が不要になりスタッフの負担軽減)、患者サービス向上(待ち時間短縮や迅速な問い合わせ対応が可能となり、個々の患者に合ったきめ細かな対応が実現)。 |
電子化のハードル | 初期導入コスト(スキャナーやタブレット、ソフトウェア導入費用)、スタッフの習熟(操作トレーニングと紙からの意識改革が必要)、システム障害時の対応策(バックアップやダウンタイム時の運用ルール整備)、データ管理責任(個人情報保護への対応や定期的なバックアップ運用)。 |
費用対効果の考え方 | 導入費用は規模による(クラウドサービス月額利用料が数万円程度、端末やスキャナー購入費用など)。一方で投資対効果として、スタッフの業務時間短縮による人件費削減・診療時間創出、紙代や保管設備コストの削減、患者満足度向上によるリピート率改善などが期待できる。政府のIT導入補助金などを活用すれば費用負担を抑えつつ導入可能(2025年現在)。 |
運用方法の選択肢 | 紙運用継続(現状維持)の場合は定期的な整理整頓・紛失防止策が必要。紙とデジタル併用では紙サブカルテをスキャン保存して閲覧は電子で行う方法が移行期に有効。完全デジタルでは予約システムや電子カルテと連動したサブカルテ機能を用い、リアルタイムで記録・共有するのが理想。院内体制や予算に応じて段階的に移行できる。 |
理解を深めるための軸
サブカルテを理解するには臨床的な観点と経営的な観点の二つの軸から考えるとわかりやすい。臨床面では、サブカルテは患者ごとのきめ細かな情報を蓄積し、診療の安全性と質を高める役割を担う。例えば全身疾患やアレルギー、生活習慣、前回の来院時に患者が示した不安や疑問点まで記録しておけば、次回の診療で適切な配慮や追加説明ができる。これは再治療の防止や偶発症リスクの低減につながり、患者に対して一貫したケアを提供する基盤となる。一方、経営面で見ると、サブカルテは院内業務の効率とチームワークに直結するツールである。情報が紙に散在していては、スタッフが探すために動き回り時間を浪費し、人為的ミスも増える。スムーズな情報共有ができればチェアタイムの有効活用やスタッフ間の引き継ぎミス防止につながり、結果的に医院全体の生産性が向上する。臨床の質を維持しつつ業務効率を高めるには、サブカルテの適切な運用が鍵となる。この臨床と経営の二軸は表裏一体であり、どちらかが欠けても患者満足度と医院経営の最適化は達成できない。以下では、具体的な論点ごとにサブカルテの活用と電子化について深掘りする。
サブカルテの役割とカルテとの違い
サブカルテは歯科医院独自の「補助カルテ」とも言える存在である。正式な診療録であるカルテには患者の住所・氏名・年齢、主訴、診断名、処置内容、処方、診療日時などが法令に従って記録される。一方、サブカルテにはそれ以外の詳細情報が自由に記載される。例えば、ブラッシングやフロスの習慣、喫煙や食事といった生活背景、歯科衛生士によるセルフケア指導内容と患者の反応、治療計画の補足説明、患者の経済的事情や家族構成に関するメモ、さらには次回来院時に注意すべき事項まで含まれる。カルテが「治療の事実」を残す帳票だとすれば、サブカルテは「患者との物語」を記録するノートに近い。
カルテとの大きな違いは、法的な位置づけと情報の性質である。カルテは歯科医師法により治療完結日から少なくとも5年間の保存義務がある公式記録であり、診療報酬の請求や医療訴訟時の証拠としての要件を満たすよう厳密な記載と保存が求められる。それに対してサブカルテは法律上必須の書類ではなく、各医院の裁量で作成・保存されている内部資料である。ただし実際には、サブカルテにしか書かれていない注意事項が診療の判断に影響することも多く、その意味で臨床的な重要度はカルテと同等である。例えば患者が転倒しやすい高齢者であることをサブカルテで把握していれば、診療時に転落防止の配慮ができる。こうした情報がカルテに書かれないからと言って軽視されるべきではなく、むしろチーム医療では欠かせない。したがって多くの医院ではサブカルテもカルテと一緒に長期間保管し、事実上カルテの一部のように扱っている。サブカルテとカルテは目的と記載内容が異なるものの、互いに補完し合って患者情報を完全な形で維持する両輪である。
サブカルテ運用の流れと情報品質の確保
紙のサブカルテ運用では、初診時に患者ごとのファイルを用意し、その中に所定の用紙(サブカルテ用紙)を綴じ込む形が一般的である。多くの医院では自院のニーズに合わせたサブカルテのテンプレートを用意し、例えば「全身疾患・内服薬」「口腔内所見」「セルフケア状況」「患者からの質問・要望」「次回予定処置・留意点」といった項目を設けて記入している。診療ごとに担当の歯科医師や歯科衛生士が所見や指導内容、患者の様子を手書きで追記し、診療終了後にそのファイルをカルテ棚に戻すという流れである。朝には当日来院予定の患者分のファイルをまとめて準備し、診療後に再び収納する作業が必要になる。
この運用で情報の質を確保するには、スタッフ全員が一貫した記載を行うことが重要である。記入漏れを防ぐため、上記のようなテンプレート項目はチェックリストの役割も果たす。また、判読性の観点からはできるだけ丁寧な記載を心がける必要があるが、忙しい診療中には走り書きも避けられず、別の担当者が後から読めないという事態も起こりうる。そうした場合には担当者同士で情報を口頭補足するか、必要に応じてカルテ記載に転記しておくといったフォローが求められる。情報の正確さという点では、サブカルテに記録すべき事項とカルテに記載すべき事項の住み分けも院内ルールとして定めておく必要がある。例えば処置内容や投薬など診療録に必須の事項は漏れなくカルテに記載し、サブカルテにはその周辺情報や経過補足を書くという棲み分けだ。こうすることで、仮にサブカルテを見なくてもカルテだけで医療上必要な情報は網羅され、サブカルテは追加の参考情報として機能する。紙運用の段階でも、記録のタイミングや内容統一のルールを決め、定期的に記載内容をレビューすることで情報品質の確保に努めることができる。
デジタル化すると運用フローは大きく変化する。院内のPCやタブレットから該当患者のサブカルテ情報にアクセスし、キーボード入力やペン入力で直接データを追記できる。予約システムと連携した電子サブカルテであれば、当日の予約一覧から患者を選ぶだけで記録画面が開き、紙ファイルを探す手間が省ける。診療後のファイル整理も不要であり、記録した内容は自動的に保存・集積される。テンプレートも電子フォームとして実装されており、記入漏れ防止のアラート機能や定型文の挿入機能を備えるシステムもある。結果として、記録作業そのものの標準化と効率化が図られ、情報の網羅性・正確性が高まる。もっとも、デジタル化しても人が入力する以上、入力忘れや誤入力のリスクは残るため、紙のときと同様に定期的な記載内容チェックやスタッフ教育は必要である。質の高い情報を継続して蓄積するには、アナログ・デジタルを問わず記録ルールの設定と遵守が肝要である。
情報共有と安全管理のポイント
サブカルテ最大の目的は院内スタッフ間で患者情報を共有し、チーム医療の精度を高めることである。紙のサブカルテでは、この共有に様々な制約があった。例えば、ある患者について歯科医師と歯科衛生士が同時に記録を閲覧したい場合でも、紙ファイルは一人ひとつしか持ち出せないため順番待ちが発生する。また、保管庫から診療台まで距離がある大規模医院では、必要なときにすぐ手元にファイルがなく対応が後手に回ることもある。電子化すれば、こうした物理的制約は一気に解消する。院内LANやクラウドを通じてサブカルテにアクセスできる電子システムでは、複数の端末から同時に同じ患者情報を開いて閲覧・書き込みすることも可能である。診療中に歯科医師が治療しながら、隣で歯科衛生士がサブカルテを参照し次回の処置計画を確認するといった並行作業も現実的になる。さらに、分院展開している場合でも、ネットワーク経由で他院の患者情報を即座に共有でき、紹介や転院時の情報引き継ぎもスムーズになる。
安全管理の観点では、紙とデジタルで留意点が異なる。紙のサブカルテは院外への持ち出しが原則ないため情報流出リスクは限定的だが、紛失や災害による情報消失リスクがつきまとう。また、鍵のかかる保管庫で管理しなければ不特定の人物による閲覧リスクがある。デジタル化すれば物理的な消失リスクはバックアップによって大幅に低減できる。サーバーやクラウド上に日次あるいはリアルタイムで複製を保存しておけば、仮に端末が故障してもデータは守られる。ただし逆に、データが外部から不正アクセスされるリスクや、操作ミスで誤って大量の情報を削除してしまうリスクなど、サイバーセキュリティ上の課題には備えが必要である。具体的には、アクセス権限を職種や役職に応じて設定し、重要情報へのアクセスは院長のみ許可するといったコントロールや、操作履歴の監査機能を用いて漏えいや不正を書き込みがないか定期確認することが挙げられる。さらに個人情報保護法の観点から、クラウドサービスを利用する場合でもデータの取り扱い責任は医院側にあるため、契約先のセキュリティ水準やデータの所在(国内サーバーかどうか等)も確認しておきたいポイントである。
患者への説明という点では、通常サブカルテの存在を患者に逐一知らせる必要はないが、院内で共有している情報のおかげで質の高い対応ができていることは間接的に患者にも伝わるものだ。例えば前回来院時に交わした何気ない会話の内容をスタッフが覚えていてくれたと患者が感じれば、それは裏でサブカルテを活用して情報共有している成果である。また、デジタルサブカルテでは口腔内写真やレントゲン画像を添付して経過を記録できる機能もあり、そうした資料を診療チェアサイドで患者に見せながら説明することで一層わかりやすい情報提供が可能になる。情報共有と安全管理はトレードオフの関係にあるが、信頼できるシステムと運用ルールの下で両立させることが医院の信用にもつながる。紙であれデジタルであれ、患者情報を扱う責任を自覚しつつ、チーム全員で有効活用できる環境を整えることが重要である。
デジタル化の費用対効果と収益への影響
サブカルテ電子化の投資判断を行う上で、費用と効果のバランスを具体的に見積もる必要がある。まず費用面では、大きく初期導入費用と運用コストに分かれる。初期費用には、PCやiPadなどの端末購入費、スキャナー導入費(紙資料の取り込み用)、ソフトウェアライセンス料やクラウドサービスの初期設定料などが含まれる。規模によるが、中小規模の歯科医院であれば数十万円〜百数十万円程度が初期投資の目安となるケースが多い。運用コストとしては、クラウドサービスの月額利用料(数万円前後が一般的)、機器の保守費用や通信費が挙げられる。これらの費用は決して小さくないが、一方で電子化によって得られる業務効率化効果を金銭に換算すると、長期的には費用対効果が高い可能性がある。
例えば、紙のカルテ出し・片付け・情報検索に費やしていた時間が1日あたり30分削減できたとしよう。週5日診療なら月10時間以上の業務短縮となる。これは人件費に換算すれば月数万円相当であり、年間では数十万円に上る。電子化により受付や歯科助手の残業が減ったり、人員配置に余裕が生まれれば、その分の人件費削減や他業務への再配置が可能になる。また、情報の見落とし防止によって治療のやり直しやクレーム対応が減れば、間接的に診療効率と収益が向上する。さらに患者サービスが向上することでリコール(定期メンテナンス来院)の応召率が上がったり、自費治療の提案機会を逃さずフォローできるようになるなど、収益面でプラスに働く要素も考えられる。例えばサブカルテに「次回インプラント相談希望」と患者が発した要望を記録しておけば、確実に次回提案につなげられる。これは患者満足度にも直結し、治療機会の拡大による収益増にも寄与する。
経費削減の面では、紙資材の節約と保管スペース縮小も無視できない。大量の紙ファイルを保管するための棚や庫室は医院スペースを圧迫し、場合によっては賃料などコスト要因となる。電子化でそれらが不要になれば、空いたスペースをユニット増設やカウンセリングルームに転用することもできる。カルテ庫が不要になることで、将来的な医院拡張や移転時の物理的制約も軽減されるだろう。初期費用に対してこれら効果が何年で投資回収できるか(投資対効果の回収期間)をシミュレーションしておくと安心だ。一般に、電子カルテやサブカルテのIT投資は3〜5年程度でコスト回収し、その後は純粋な効率利益が出るとされる。とはいえ医院の規模や方針によって異なるため、自院の患者数・労務費・家賃などから緻密に算出するとよい。なお、日本政府や自治体は中小医療機関向けにIT導入補助金制度を設けており、条件を満たせば導入費の一部が補助される(2025年時点の情報)。こうした公的支援も活用しながら、費用対効果のバランスがプラスになる範囲で無理のない投資計画を立てることが重要である。
紙運用/スキャン併用/完全デジタルの比較
サブカルテ管理の改善策として、大きく3つの選択肢が考えられる。1つ目は紙運用の継続であり、現状の紙サブカルテを維持しつつ運用ルールを工夫して効率を高める方法である。具体的には、カルテ庫の整理整頓を徹底し検索しやすいようインデックスを付けたり、サブカルテ用紙のフォーマットを改良して記載漏れを減らすといった改善が考えられる。また、患者情報をスタッフ間で共有する定例ミーティングを行い、紙に書ききれないニュアンスも口頭で補完することで情報共有の質を上げる努力も必要だ。紙運用継続の利点は初期費用が不要な点だが、根本的な時間ロスや紛失リスクの解決にはならないため、ある程度の限界があることは意識しておくべきである。
2つ目の選択肢は紙とデジタルの併用(移行期)である。既存の紙サブカルテを順次電子化しつつ、新規患者からデジタルで記録するハイブリッド運用だ。この方法では、まず過去の紙サブカルテをスキャンしてPDF等のデータに変換し、電子システムに取り込んで保管する。これにより古い情報も電子上で検索・閲覧ができるようになる。同時に、今後の記録はタブレット等で直接入力する運用に切り替える。ただし完全に紙をやめるまでの移行期間中は、一部の古い患者では紙ファイルも併存するため、紙とデジタル両方を扱う手間が発生する。移行をスムーズに進めるには、例えば最後の来院から一定期間経過した患者の紙サブカルテは電子化だけして新規追記は行わず休眠ファイルとする、現行通院患者は直近のタイミングでデジタル記録に切り替える、といったルールを決めると良い。またスキャン取り込みには高速スキャナーの活用で一括デジタル化するなど、集中的な作業を経て早期に紙運用を縮小させることが望ましい。併用期間はスタッフにも負担となるが、トレーニング期間と割り切り徐々にデジタル操作に慣れてもらう期間と考えるとよい。
3つ目は完全デジタル運用である。これは電子カルテやクラウド型業務システムのサブカルテ機能をフル活用し、紙の記録は一切使用しない形態だ。完全デジタル化のメリットは前述のように大きいが、同時に注意点もある。機器トラブルや停電時に閲覧できないリスクへの対策として、非常用電源の確保や定期的なデータエクスポート(例えば紙に要点を印刷した控えを非常用に保管)が挙げられる。また、全スタッフがデジタルでの記録方法を習得しなければ情報が分散する恐れがあるため、導入前に十分な研修を行い、運用開始後も困りごとをフォローする体制作りが必要である。完全デジタルでは、患者から求めがあった際にカルテ開示と同様サブカルテの電子記録も開示対象となり得る点にも注意したい。紙でも理論上同じであるが、電子では全記録が綺麗に残るため患者が希望すれば提供可能な状態にある。記載内容に不適切な表現(患者の性格的特徴のメモなど)がないか、スタッフ間で記載すべき内容のガイドラインを共有しておくと安心だ。以上のように、紙継続は手軽だが抜本的解決策にはならず、完全デジタルは理想的だが準備と対策が必要になる。多くの医院では一時的に併用を経て最終的にデジタル移行を目指すのが現実的なシナリオと言える。
サブカルテ運用でありがちな課題と対策
サブカルテの運用には利点が多い一方で、いくつかありがちな課題も存在する。まず紙運用時代によくあるのが、「書く人によって内容や量にばらつきがある」という問題である。忙しいスタッフほど最低限の記載しか残さず、結果として患者情報に抜け漏れが生じるケースだ。この対策には院長やチーフが記載例を示し、どこまで書くべきか基準を共有することが有効だ。例えば「全身疾患の変化、処置中の患者の表情や訴え、次回予定と患者了承内容は必ず記載」などルール化し、守られているか定期チェックする。
次に、「サブカルテに書いた情報が活かされない」ことも課題となりうる。記録をつけても誰も振り返らなければ宝の持ち腐れである。朝礼やミーティングで当日の担当患者のサブカルテ要点を共有する時間を設ける、あるいは予約表とサブカルテを紐づけておき事前に担当者が目を通す運用を徹底することで、記録が実際のケア改善に結びつくようにする。電子化すれば予約一覧から容易に前回記録を参照できるため、この課題はかなり緩和されるが、それでも情報を見る習慣をスタッフに根付かせることが大切だ。
デジタル移行に伴う課題としては、「システムに十分慣れず紙に逆戻りしてしまう」ケースがある。新システム導入当初はどうしても入力に時間がかかったり検索方法が分からないといったストレスが生じるため、ついスタッフがメモ用紙に書いて後でまとめて入力しようとしたり、最悪紙サブカルテに回帰してしまうことも考えられる。これを防ぐには、導入前のトレーニングに加え、導入直後のサポート体制を手厚くすることがポイントだ。ベンダーのサポート窓口を積極的に利用し疑問をすぐ解決する、院内で「システム担当」を決めて困ったときに教え合う、一定期間は紙も併用して徐々に慣らすなど、現場の不安を取り除く工夫が求められる。また、経営者側も慣れるまで一時的に記録時間が伸び生産性が落ちることを織り込んで、余裕のある予約枠設定にするなどの配慮が望ましい。
情報管理面の落とし穴として、「うっかりミスによるデータ消去」や「アクセス権設定の不備」が挙げられる。電子システムでは誤って記録を削除・上書きしてしまうリスクがゼロではない。重要なデータはすぐには完全消去されない仕様(ゴミ箱から復元など)になっていることを確認し、万一消してしまった場合のリカバリ手順を周知しておく必要がある。アクセス権については、全員が何でも閲覧・編集できる設定だと情報漏えいや改ざんのリスクが高まる。特にスタッフ個人メモ的な事項まで書かれるサブカルテだからこそ、閲覧権限は業務上必要な範囲に限定し、パスワード管理を徹底することが対策となる。こうしたデジタルならではの課題は、導入前にベンダーと相談し適切なシステム設定を施すことでかなり防止できる。
最後に、「患者への情報提供や院内教育にサブカルテが十分活かされていない」という課題も考えられる。せっかく蓄積したデータも、振り返って分析や教育に使わなければ更なる診療向上につながらない。例えば一定期間のサブカルテを見返し、よく出る患者の質問やクレームを洗い出してスタッフ教育に役立てたり、患者説明用資料の改善ネタを探すこともできる。また、患者へのフィードバックとして「前回こうおっしゃっていましたがその後いかがですか」といった対話に活かせば、患者は自分のことをよく見てくれていると感じ安心感を得られる。これは医院への信頼醸成につながり、結果的に医院の評判向上にも貢献するだろう。日々の診療記録に追われがちだが、一歩引いて蓄積情報を活用する視点を持つことでサブカルテの価値は倍増する。
導入判断のロードマップ
サブカルテの電子化を検討するにあたっては、段階的な判断プロセスを踏むことが望ましい。以下にロードマップの一例を示す。
1. 現状分析
まず自院のサブカルテ運用の現状を客観的に評価する。紙サブカルテの冊数や保管状況、直近の情報共有ミスや検索に手間取った事例がないか、スタッフから不満の声が上がっていないか確認する。例えば「カルテ庫が一杯でこれ以上ファイルを増やせない」「字が読めず内容を聞き直した」等の問題点を書き出す。加えて1日のカルテ準備・片付けに要する時間や頻度も数値化すると、問題の深刻度が共有されやすい。
2. ニーズの明確化
次に電子化によって何を改善したいのか目標を定める。情報検索の迅速化なのか、保管スペース解消か、あるいはスタッフ間の情報共有円滑化か、優先順位をつける。経営的視点ではROI(投資対効果)目標も設定する。例えば「紙管理で週5時間の無駄を削減し、半年で初期投資回収」など具体的な目標を掲げるとよい。
3. ソリューションの調査
市場には複数の歯科向けデジタルサブカルテソリューションが存在する。電子カルテ一体型からサブカルテ専用アプリ、汎用のノートアプリ活用まで選択肢は様々だ。信頼性・操作性・コストの観点で自院に合う候補を絞り込む。同業の知人から評判を聞いたり、メーカーのデモンストレーションを取り寄せて実際の画面感を確かめることも重要である。スタッフ代表にも意見を聞き、使いやすさの観点を取り入れると現場で受け入れられやすい。
4. 計画策定
導入すると決めたら、いつ・どの範囲から開始するか計画する。例えば「来年度から完全電子化」「まず〇月にスキャン作業、〇月から本格運用」という具体的なスケジュールを立てる。また費用面では補助金申請の締め切りや、リース契約の有無なども考慮に入れ、資金計画を練る。古い紙資料の取り扱い(廃棄かデジタル保存か)ポリシーもこの段階で決めておく。
5. 環境整備
本稼働前に院内ネットワークや必要機器をチェックする。院内Wi-Fiの電波が診療室まで安定して届くか、iPadを複数台使うなら台数分の設定と充電ステーション準備、サーバーやクラウドのID発行とアクセス権設定など、事前準備を入念に行う。紙と電子の両立期間に備え、スキャン専任スタッフの手配やアルバイト投入を検討してもよい。
6. スタッフ研修
操作マニュアルを作成し、全スタッフに研修を実施する。実際に入力や検索を練習し、模擬患者で一連の記録共有を試行してもらう。研修では単に使い方だけでなく、電子化の目的(業務効率化やミス削減)が共有されるよう説明し、スタッフの不安や疑問にも答える場とする。現場の声を聞いて設定変更や運用ルールの微調整も行い、皆が納得した形で開始できるようにする。
7. 移行とフォロー
実際に電子サブカルテ運用を開始したら、最初の数週間〜1ヶ月程度は様子を観察する。想定外の不具合や、入力遅れが発生していないか確認し、問題があればすぐ対策を講じる。スタッフからフィードバックを募り、必要なら追加トレーニングや設定変更を行う。紙の併用期間中は、二重記録漏れ(紙に書いて電子へ転記し忘れなど)に注意が必要なので、ダブルチェック体制で臨む。
8. 評価と定着
電子化後しばらく経過したら、当初の目標に照らして効果を評価する。例えば「カルテ準備に取られる時間が〇割減少」や「患者からの電話問い合わせに即答できるケースが増えた」など定量・定性の指標で確認する。良い効果が出ていればスタッフをねぎらい、更なる改善提案を募る。まだ課題があれば原因分析し、運用ルールの修正や追加研修など定着に向けた手を打つ。こうしてPDCAサイクルを回しながら、新しい運用を医院文化として根付かせていく。