
ストローマンの口腔内スキャナー「SIRIOS(シリオス)」とは?価格や性能を解説
誰もが経験したことであろう。補綴物の印象採得で慎重にシリコン印象材を使ったにもかかわらず、マージン部に小さな気泡が混入し、再度の型取りを余儀なくされる。患者は長時間口を開け続けて疲弊し、診療スケジュールも乱れてしまう。従来法の物理的な印象採得には精度や患者負担の面で限界があった。
このような悩みを解決しうる手段として、歯科用の口腔内スキャナーによるデジタル印象が注目されている。ストローマン社の新しい口腔内スキャナー「SIRIOS(シリオス)」は、まさにこうした臨床現場の課題を解消し、医院経営にもメリットをもたらす可能性がある製品である。本稿では、その特徴や性能を臨床的・経営的視点から詳しく解説する。
SIRIOSの製品概要
Straumann SIRIOS(ストローマン シリオス)は、ストローマン・ジャパン株式会社が2025年に発売したワイヤレス型の口腔内スキャナーである。一般的名称はデジタル印象採得装置で、クラスIIの管理医療機器として承認を取得している(承認番号(30600BZX00151000))。従来、ストローマン社は高価格帯の3Shape社「Trios」や手頃なMedit社製スキャナーの販売を行ってきたが、近年のグループ戦略により自社ブランドでSIRIOSを投入した背景がある。
SIRIOSは口腔内の歯列や軟組織を撮影し、デジタルデータ(光学印象)として記録・保存できる機器であり、補綴、インプラント、矯正など様々な臨床領域で活用が可能である。ストローマン社のデジタルプラットフォーム「Straumann AXS(アクシス)」に統合されており、取得したスキャンデータをクラウド経由で安全に管理・共有できる点も特徴である。
SIRIOS本体はグレーを基調としたペン型デザインで、付属の専用ホルダー兼充電器、交換式スキャナーチップ等とともに提供される。発売日は2025年1月6日で、価格は正式には公表されていないが、市場では本体のみで200~250万円前後となることが予想される(高性能ノートPCや初年度サポートを含むパッケージ価格が設定される場合もある)。この価格帯は従来のハイエンドスキャナー(しばしば400~500万円)と比較しても導入しやすい水準であり、サブスクリプション(年間使用料)も不要である。
主要スペックと臨床での意味
軽量コンパクトなワイヤレス設計
SIRIOS本体の重量はバッテリー込みで約245gと非常に軽量である。ペングリップ型の細身のボディは手に馴染みやすく、長時間の連続使用でも術者の手首や腕への負担が少ない。従来の有線スキャナーに見られたケーブルの取り回しによる煩雑さや断線リスクがない点も、日常診療でのストレス軽減につながる。ワイヤレス通信は専用の接続ハブを介して行い、約7メートルの範囲で安定した接続が可能である。これによりユニット周りで自由に動きながらスキャンでき、患者が車椅子の場合なども柔軟に対応できる。
交換式チップと防曇機能
スキャン先端には口腔内の状況に応じて選べる2種類のチップ(標準サイズと小型チップ)が用意されている。小児や開口量の小さい患者でも挿入しやすく、臼歯部遠心などアクセスが難しい部位も撮影しやすい。チップはオートクレーブ滅菌が可能で、一つにつき約150回の再使用が目安となっている。チップ内部には曇り止めのための小型ファンが内蔵されており、使用前の予熱時間なしでスキャン中にレンズの曇りを防いでくれる。これらによりスキャン途中で視界不良となる事態が起こりにくく、スムーズな撮影につながる。
高速スキャンと高精度
SIRIOSは先端の光学センサーと高度な画像処理ソフトウェアにより、高速かつ高精度のスキャンを実現している。理想的な条件下ではフルマウス(上下顎全歯列)のスキャンを20秒未満で完了できる性能を有する(社内テストに基づく数値であり、実際の患者では30秒程度かかる場合もある)。リアルタイムで取得画像がソフト上にカラー表示され、画像圧縮技術の工夫によりデータ処理も滑らかである。高精度スキャンによりデジタル印象の精度は石膏模型に匹敵し、補綴物の適合性向上が期待できる。メーカーはフルアーチスキャンで20ミクロン台の精度を謳っており、実際に他の主要スキャナーやラボ用スキャナーとの比較でも遜色ないレベルとの報告がある。これだけの精密さが担保されれば、補綴物セット時の調整削合が減少し、再製作のリスク低減にも寄与する。
ボタン配置と操作性
本体側面には左右両側に「デュオスキャンボタン」が搭載されている。どちらの手でもボタン操作がしやすく、スキャン中に持ち替えたりボタン位置を探したりする手間を省く優れた人間工学的設計である。ボタンをワンタッチするだけで撮影の開始・停止ができ、もう一つのモード切替ボタンでスキャン工程(上下顎の切替やバイト採得モードなど)を迅速に移行できる。さらに本体上部にはLEDインジケーターがあり、スキャン進行状況や現在のモード、バッテリー残量を色や点灯パターンで示す。初めて使うスタッフでも直感的に状態を把握でき、スキャン作業に集中しやすい。
バッテリー駆動時間と充電
付属の充電用ホルダーに本体を挿入するだけでワイヤレス充電が行える仕組みである。一度のフル充電で最大約2時間の連続スキャンが可能で、症例数に換算するとおよそ50~60ケース分に相当する。通常の診療ペースであれば丸一日充分に使用できる計算であり、診療の合間にホルダーへ戻しておけば常に満充電に近い状態で運用できる。また、ホルダーから持ち上げると瞬時にスリープ状態から復帰する「インスタント・ウェイクアップ」に対応しており、患者を待たせずすぐに撮影を開始できる。
キャリブレーションフリー
SIRIOSには通常の運用でユーザーが行う校正(キャリブレーション)作業が一切不要である。精密機器である口腔内スキャナーは定期的なキャリブレーションを求められる製品も多いが、本機は出荷時に調整済みで、通常使用において再調整の必要がないように設計されている。万一の落下や衝撃で内部光学系が狂った場合にはメーカー対応となるが、日々の診療で煩雑なキャリブレーション作業に時間を割く必要がない点は大きなメリットである。常に安定した精度で使用できる前提とはいえ、ユーザーは経時的な精度ドリフトの検知ができないという側面もあるため、定期的なチェック用スキャンを行い状態を確認する運用が望ましい。
AIとソフトウェア機能
SIRIOS用のソフトウェアには、ストローマンが培ってきたデジタル歯科のノウハウが反映されている。スキャンデータ上でのマージンライン自動検出や不要データの除去などAI支援ツールが搭載されており、術者の作業時間短縮に資する。また、取得データを基にした咬合接触部の可視化(カラーマッピング)やアンダーカットの確認、模型のトリミングといった基本機能も備える。ソフトウェア自体は直観的なユーザーインターフェースで、患者情報の入力からスキャン実行、クラウド保存に至るまでシンプルな手順で完結する。現在のバージョンではシミュレーション機能(矯正治療後の歯列予測やスマイルデザイン等)やCADデザイン機能は搭載しておらず、あくまで「印象採得専用デバイス」という位置づけである。しかし、これは裏を返せば余計な画面遷移や設定に煩わされないということであり、現場ではスキャンに徹することでかえって効率的とも言える。
データ互換性と運用方法
SIRIOSで取得したスキャンデータは標準的なSTL形式をはじめとするオープンフォーマットでエクスポート可能である。これは、特定メーカーのシステムに依存せず、歯科技工所や他社CADソフトウェアでも幅広く活用できることを意味する。実際、ストローマンのクラウド「AXS」上で連携する歯科技工所を選択して送信したり、データをダウンロードしてメール等で共有するといった柔軟な運用が可能である。例えば、技工所がexocadや3ShapeのCADソフトを用いている場合でも、本スキャナーのデータをそのまま設計に取り込むことができる。ストローマン自身も「NOVA CAD」などの設計ソフトウェアや3Dプリンターとの連携ソリューションを展開しており、将来的にAXS経由でワンクリック連携ができる機能拡張が予定されている。
院内ワークフローの観点では、SIRIOS導入により従来の印象トレーやアルジネート・シリコン材料の扱いが大幅に削減される。スキャン操作自体は歯科医師はもちろん、適切なトレーニングを受けた歯科衛生士やアシスタントでも対応可能である(もっとも、日本国内の法規制上、印象採得の完全な委任には制限があるため、現場ではあくまで補助的なスキャン操作に留める運用が求められる)。初期導入時にはスタッフ全員で基本的な操作方法とデータ管理方法を共有し、院内プロトコルを整備しておくとよい。例えば、患者ごとのスキャンデータのファイル命名規則やクラウド上での共有範囲の設定(技工所や専門医との連携権限)などを決めておくことで、運用がスムーズになる。
日常のメンテナンスは比較的容易である。使用後のチップをオートクレーブ滅菌すること、スキャナー本体表面をアルコールワイプ等で清拭消毒すること、以上が主なルーティンである。キャリブレーション不要とはいえ、光学機器として乱暴な扱いは禁物であり、保管時はホルダーに戻し衝撃を避ける。バッテリーはリチウムイオン充電池のため消耗品であり、数年後には劣化による交換が想定されるが、付属の予備バッテリーと適切な充電サイクル管理で日常診療には支障ない。ソフトウェアのアップデートはインターネットを通じて提供され、追加費用なしで最新機能や安定性向上の恩恵を受けられる。メーカーの提供するクラウドサービスも基本利用料は無料で、症例データは容量制限なく長期保管が可能となっている。
SIRIOS導入により、これまで外注に依存していたステップを院内完結に切り替えることもできる。例えば、補綴物製作に必要な咬合器付き模型がデジタルデータで得られるため、院内に3Dプリンターがあれば即日模型出力が可能である。あるいは、インプラント手術の術前シミュレーションからガイド作製までをデジタルで一貫でき、「coDiagnostiX」にスキャンデータを取り込んでガイド設計し院内でプリントアウトする、といった応用も視野に入る。ただし、自院でそこまで設備投資をしなくとも、クラウド経由でストローマンの提携ラボやサービス(Smile in a Boxなど)を活用することで外注ベースでもデジタルワークフローを構築できる。要は、SIRIOSは院内・外注いずれの体制にも柔軟に適合するツールであり、クリニックごとのデジタル活用度に応じた運用が可能である。
SIRIOS導入による経営インパクト
高額なデジタル機器導入となれば、医院経営への貢献度をしっかり吟味する必要がある。SIRIOS導入によって具体的にどのような費用対効果(ROI)が得られるか、いくつかの視点で試算を行う。
まず、一症例あたりの直接コストについて考える。従来法でクラウンの精密印象を行う場合、シリコン印象材(重質・軽質)や個人トレー等の材料費として数百円程度は発生し、さらに石膏模型作製や咬合採得用ワックスなど、技工所での模型作業料に組み込まれるコストもある。一方、口腔内スキャナーを用いた場合、撮影自体に材料費はかからない。唯一の消耗品はスキャナーチップの滅菌劣化費用で、1チップあたり150回の使用可能回数から逆算すると1症例あたり数十円程度である。したがって、「材料費」という観点ではデジタル印象の方が安価になる。ただし、実際には初期投資であるスキャナー本体の減価償却費を症例あたりに按分する必要がある。仮に本体価格を約240万円、耐用年数を5年、年間の精密印象件数を600症例(50症例/月)とすると、1症例あたりの機器償却費は8,000円となる。これは単純比較すれば従来の印象コストを上回る額ではあるが、この試算にはデジタル化による時間短縮や収益増加効果が含まれていない。
診療効率の面でSIRIOSがもたらすメリットを金銭換算してみよう。1症例あたりの印象採得時間が例えば従来法では10分かかっていたのが、スキャンなら5分に短縮できるとする。1症例あたり5分の短縮は、50症例で約250分、すなわち約4時間の削減となる。月単位では4時間×12ヶ月=48時間/年の診療時間が創出される計算である。この時間を新たな患者診療や自費カウンセリングに充てれば、年間数十万円以上の売上増加も見込める。また、デジタル印象によって補綴物の適合精度が上がれば、再装着や調整にかかる追加チェアタイムも削減でき、これはそのまま人件費コストの圧縮につながる。患者一人あたりの処置時間が短縮されれば診療ユニットの回転率が上がり、結果として日々の来院患者数を増やす余地が生まれる。特に保険診療中心の医院では「回転率向上=収益増」に直結するため、この時間削減効果の意義は大きい。
さらに、自費診療獲得への波及効果も考慮すべきである。例えば、SIRIOS導入により歯列矯正のマウスピース型矯正(クリアアライナー)に新たに取り組めるようになるケースがある。アライナー矯正では精密な歯型データが必須であり、従来は煩雑なシリコン印象と石膏モデルの輸送を要したが、スキャナーがあればその場でデータ送信して治療計画を立案できる。ストローマンは自社ブランドの矯正器具ClearCorrectを展開しており、SIRIOSからポータルへ症例データを直接送る機能も用意している。これにより矯正治療の提供がスムーズになれば、1症例数十万円規模の自費診療を新たに獲得できることになる。また、インプラント治療においても、術前のデジタルシミュレーションから即時荷重用プロビジョナル製作までワークフローを短縮できれば、患者に包括的な自費治療パッケージを提案しやすくなる。患者満足度の向上も見逃せないポイントである。嘔吐反射の強い患者でも苦痛なく型取りができた、自分の口腔内の3D画像を見せられて治療内容を理解しやすかった、といったポジティブな体験は口コミやリピート来院につながる。結果として増患や自費率向上という形で中長期的な収益増加に貢献する可能性が高い。
ROIの観点では、初期費用をいかに早期回収するかが重要となる。先述のように、時間短縮や材料費削減、新規自費メニュー獲得による増収など複数の要素を総合すれば、SIRIOSの投資回収は決して非現実的ではない。仮に上記の効果で年間100万円の収益改善が得られれば、約2.5年で投資回収できる計算になる。実際の効果は医院の診療内容によって変動するため、自院のケース数や自費診療割合を踏まえた試算が必要だが、単なる「コスト増」ではなく「将来への戦略的投資」として前向きに捉えるべきであろう。
SIRIOSを使いこなすポイント
導入初期の習熟と院内教育
最初の数週間から数ヶ月は、意識的にスキャンの頻度を上げ、症例を重ねて習熟を図ることが重要である。例えば、保険の小さなインレー症例であっても積極的にSIRIOSでスキャンしてみる。最初は従来法と並行して印象採得し、補綴物の適合を比較検証するのも良い。院内で複数のスタッフが扱う場合、全員が同じ操作手順・プロトコルを共有する研修を行う。ストローマンは購入医院向けにトレーニングプログラムやオンラインセミナーを提供しているため、そうした機会を活用して最新の操作テクニックや活用術を学ぶのも有効である。
術野条件の整備
光学スキャンは「見えているもの」しか撮影できないため、従来以上に術野の管理が結果を左右する。具体的には、歯肉圧排や出血・湿潤のコントロールが重要だ。従来の印象材よりは唾液や血液に対する許容度は低いので、必要に応じて排唾や圧排糸、レーザー止血などを駆使して、スキャンに適した状態を整える。また、スキャン前に歯面の粉末処理は不要だが,金属修復物が多い症例では反射光でノイズが生じる場合がある。その際は一時的に指で遮光したり、スキャンアングルを工夫して対応すると良い。深いマージンや歯間部隣接面など映りにくい箇所は、口腔内ミラーで反射像を補助的に映し込むように撮影するテクニックも有効である。
機器のルーチンワークフローへの統合
SIRIOSを「特別なケースだけの機械」にしないことが大切だ。院内でのデジタル運用が軌道に乗るまでは、毎日のようにどこかのタイミングでスキャン作業を組み込んでしまうのがおすすめである。例えば、定期検診の際に口腔内全体をスキャンして保存し,患者説明や将来の比較用模型として活用する。あるいは補綴物装着前に適合評価の目的でスキャンし、補綴物と歯牙のギャップを可視化して患者に品質説明する,といった具合にだ。これらは必ずしも収益直結ではないが、患者の信頼醸成やスタッフの活用スキル向上につながる。日常診療に溶け込ませることで、院内のデジタル活用文化が根付いていく。
患者コミュニケーションへの活用
口腔内スキャナーの利点の一つに、視覚的なコミュニケーションツールとなる点が挙げられる。患者は自分の歯列をリアルタイムで3D画像として見る機会は滅多にないため,スキャン画面を見せながら説明することで関心と理解が高まる。例えば、「ここに虫歯があります」「この被せ物の適合が悪く隙間がある」などをその場で示せば,治療の必要性を直感的に伝えられる。SIRIOSの鮮明なカラー画像は患者教育にも威力を発揮するだろう。また、スキャンデータから将来の治療シミュレーションを提示することも可能だ。現在のソフトに直接のシミュレーション機能はないが,クラウド経由でSmilecloudなどのサービスと連携し,矯正治療後の歯並び予測を患者と一緒に閲覧するといった使い方もできる。最新機器の活用を積極的にアピールすることは医院のブランディングにも寄与し、患者から「先進的で信頼できる」という評価を得る一助となる。
トラブル時のリスクヘッジ
デジタル機器には不測のトラブルがつきものなので、万全のバックアップ策を講じておく。例えば、スキャンしたデータは自動でクラウド保存されるとはいえ,万一のファイル破損に備えてローカルにもエクスポートデータを残す。スキャナー本体やPCが故障した場合に備え,重要な印象では予防的にシリコン印象を同時採得しておく、あるいは隣接歯や対合歯のみ簡易印象を取っておくといった工夫も考えられる。SIRIOS自体の信頼性は高いが、PCのスペック不足で処理落ちしたりソフトが強制終了するケースもゼロではない。日頃からPCのメンテナンス(不要ファイル削除やアップデート管理)を行い,常に安定した状態で運用することが肝要である。
適応症例と適さないケース
適している症例・場面
クラウン・インレー等の補綴
単冠修復から3本程度までのブリッジであれば、デジタル印象で高精度に対応可能である。特に支台歯形成から時間を置かずにその場でスキャンすれば、歯肉の戻りや唾液汚染も最小限となり、精度の高い印象が得られる。適合精度の向上により、補綴物装着もスムーズでチェアタイム短縮が図れる。
インプラント症例
インプラント埋入後のポスト印象(アバットメントやスキャンボディの印象)において、スキャンボディを装着して撮影することで型採りが完結する。SIRIOSは複数のStraumann社製スキャンボディを自動認識し、Lab側ソフトで正確な3次元位置に復元できる仕様である。アナログの印象トレーやシリコン材が不要になり,患者の負担軽減と感染リスク低減にも繋がる。1~2本程度のインプラント上部構造であれば適合精度も問題なく、補綴工程をデジタル化できる。
マウスピース矯正・診断用模型
全顎の歯列アーチを短時間でスキャンできるため、矯正治療の診断用模型採得やマウスピース型矯正装置製作に威力を発揮する。嘔吐反射の強い患者でも負担が軽減されるため、小児矯正や嚥下反射の敏感な成人患者にも適している。また、取得したデータはクラウド上に保存されるため、患者の治療前後の歯列変化を比較したり、リテーナー紛失時に再製作する場合にも役立つ。
術前シミュレーション(ガイデッドサージェリー)
インプラントのガイデッドサージェリーでは、口腔内スキャナーでの術前印象とCBCTデータを重ね合わせて手術ガイドを作成する。SIRIOSはデータ精度が高く、coDiagnostiXなどのシミュレーションソフトに取り込んでもズレが少ないため、正確なガイド製作が可能となる。難易度の高いケースでも安全確実な手術計画が立案できる点で、患者・術者双方にメリットがある。
適さない症例・注意点
歯肉縁下の深い支台歯
マージンが深く歯肉縁下に位置する支台歯では、十分な歯肉圧排をしても光学的に捉えきれない場合がある。このようなケースでは,従来通りシリコン印象材で印象を採り石膏模型を起こしてからラボ用スキャナーでデジタル化する方法や,支台歯部のみ局所的に口腔内スキャンと組み合わせるハイブリッドな方法も検討すべきである。SIRIOS自体は高精細だが、「見えないものは撮れない」ことを念頭に置き,無理にデジタル化するより補完的に従来法を併用する柔軟さが望ましい。
無歯顎の義歯症例
全部床義歯の製作において,粘膜の静的・動的機能印象まで含めてデジタル化するのは現在の技術では難易度が高い。無歯顎の顎堤はランドマークが少なく,スキャンデータがずれたり,筋圧形成のような機能印象を再現できないためである。現実的には個人トレーによる印象採得と石膏模型作製を経て,そこから義歯製作CADへ移行するケースが多い。ただし,義歯安定剤なしで維持が良好な患者に限れば,試適義歯をスキャンして複製義歯を作るデジタルフローも試みられている。
多数歯欠損での長大ブリッジ
片顎で連結するユニット数が多い長大ブリッジ(例えば10単位を超えるようなケース)では,スキャンデータを繋ぎ合わせるアルゴリズム上,わずかな累積誤差が生じ得る。口腔内スキャンでもダイレクトに作製可能ではあるが,適合精度にシビアなケースでは試適段階でフィットが悪く再製作となるリスクも否定できない。慎重を期すなら,分割印象+デジタル合成や,要所での咬合採得材料併用なども考慮すべきである。現状,4~5歯程度までの連続欠損なら大きな問題なくデジタル印象が可能だが,それを超える場合は事前に補綴物製作ラボと方針を相談しておくことが望ましい。
患者要因による制約
口腔内スキャナーは患者協力度にも影響される。開口や顎位を指示通り保持できない小児や,筋運動が激しい舌や口唇の患者では,スキャンに通常以上の時間がかかることがある。従来印象でも同様の問題はあるが,デジタルの場合,データが途切れ途切れになったり,動的な軟組織がノイズとして映り込む場合がある。これらは適宜データクリーニングや追加スキャンで補えるものの,患者への事前説明として「動かずに5秒だけじっとしてください」といった声かけをするなど協力を得る工夫が必要である。また,光学スキャンは強い光を発するため,光過敏症の患者や極度に明るい光を嫌がる患者には事前に断りを入れるといった配慮も求められる。
保険診療での算定制限
日本の診療報酬体系では,口腔内スキャナーによる光学印象に対する明確な評価項目が未整備な分野がある。例えば,矯正診断用模型の光学印象は保険算定されない,補綴の印象採得料はデジタルでも加算がない等の制約が現状として存在する。そのため,保険診療のみで経営しているクリニックでは,導入による直接的な収入増は見込みにくい。もっとも,前述したような効率化による間接的な経営改善効果は享受できるため,算定の有無だけに捉われず総合的に判断すべきである。
以上のように,SIRIOSは多くのケースで有用だが,決して万能ではない。不得意な状況では従来法を柔軟に組み合わせ、患者にとって最善の結果を得ることが最優先である。
クリニックのタイプ別に考えるSIRIOS導入の判断ポイント
すべての歯科医院にとって口腔内スキャナーが即座に必要不可欠というわけではない。医院の診療方針や患者層によって,SIRIOS導入の優先度や活用シナリオは異なる。以下,いくつかのタイプ別に導入判断の指針を述べる。
保険診療が中心で効率最優先の歯科医院
日々多数の患者を診療し,保険診療の範囲で治療を提供している忙しい医院にとって,SIRIOSは「診療効率化」の武器となり得る。毎日のように発生するクラウンやインレーの印象採得をデジタル化すれば,1件あたり数分でも1日単位・月単位では大きな時間短縮になる。前述したように回転率向上はそのまま収益増に繋がるため,スタッフ数やユニット数に余裕がなくとも,デジタル化で隠れた無駄時間を削減できる。また,複数の印象材や石膏模型を管理する手間が省けることで,スタッフの業務負担軽減やミス削減にも寄与するだろう。一方で,保険診療主体の場合は大きな自費収入アップは見込みにくく,投資回収は効率化によるコスト削減効果に負うところが大きい。導入の是非を検討する際は,自院の月間補綴症例数や人件費率を洗い出し,スキャナー導入で具体的にどの程度時間と費用が節約できるか試算してみることを勧める。薄利多売型の経営であっても,数年スパンで見れば十分ペイする公算は高い。
高付加価値の自費診療を展開する歯科医院
審美歯科や高度な自費補綴・インプラント治療を積極的に提供している医院にとって,SIRIOS導入は患者満足度と医院ブランド力をさらに高める切り札となる。質の高い治療を提供するには精密な印象とそれに基づく適合の良い補綴物が不可欠であり,デジタル印象はまさにその点で有利だ。たとえばオールセラミックスクラウンのように精密さが要求されるケースでも,デジタルならではの微細な形態再現によってフィット感が向上し,調整時間が短縮される。患者にとっても,嘔吐反射の心配なく短時間で型取りが済む体験は大きな付加価値となる。さらに,最新の設備を導入していること自体が医院の先進性アピールとなり,信頼獲得に繋がる。料金面でも,自費診療であればスキャナー導入コストを治療費に適切に反映させることが可能だ。たとえばデジタル技術管理料的な位置づけで若干の料金調整を行っても,患者は最先端技術による治療と理解すれば納得しやすいだろう。従来から口腔内スキャナーを活用している競合医院も増えてきており,デジタル化はもはや高付加価値診療には標準装備となりつつある。自院がその波に乗り遅れないためにも,SIRIOSのような最新機器を積極的に取り入れる価値は十分にある。
インプラント・口腔外科に力を入れる歯科医院
インプラント治療や骨造成,親知らず抜歯など外科処置を多く手掛ける医院にとっても,SIRIOS導入は戦略的メリットが大きい。インプラント分野では治療計画から補綴までデジタルで連携させる潮流が強まっており,口腔内スキャナーはその起点となる。術前の診査でスキャンを行い,CBCT画像とマッチングさせてサージカルガイドを作製すれば,安全かつ低侵襲でインプラント埋入が可能となる。特に全顎的なAll-on-4/6症例や難症例ではガイドの有無が予後に大きく影響するため,デジタル技術の活用は標準になりつつある。また,インプラント埋入当日に即時負荷用の仮歯を作る際も,スキャナーで口腔内を採得しておけば即座に仮補綴物のCAD設計・出力に回せる。患者は手術当日に歯が入る安心感を得られ,医院側も複数回の型取りや仮義歯調整にかける手間が減る。SIRIOSはClearCorrectやSmile in a Boxなどストローマン社のデジタルサービスと連携できるため,インプラント以外にも歯周組織再生やガミースマイル治療など包括的な治療計画を立てやすくなる。口腔外科領域では直接的な応用は少ないものの,抜歯即時インプラントのシミュレーションや術後の創部観察用にスキャンデータを活用するケースも増えている。外科に力を入れる医院ほど先端技術の導入に積極的であるべきで,SIRIOSはそうした医院のデジタルインフラを盤石にする1台となるだろう。
よくある質問(FAQ)
デジタル印象の精度は従来の印象採得と比べてどうか?
従来のシリコン印象と比較しても、最新の口腔内スキャナーで得られるデジタル印象の精度は遜色ないとされる。実際、多くの研究や実験で単冠修復から部分的な歯列においてミクロンレベルの誤差範囲に収まることが示されている。ただし、臨床現場では操作テクニックや被写体条件(唾液や血液の付着状況など)に精度が左右される点には注意が必要である。SIRIOSの場合、製品仕様上はフルアーチでも20~30ミクロン程度の高精度を謳う。適切に術野を整えれば、従来法でありがちだった石膏膨張や印象材収縮による誤差がなく、むしろ一貫した精度が得られる利点がある。ただ、長大なブリッジや無歯顎など難症例では、依然として従来法による補完やデータ検証を行う姿勢が望ましい。
SIRIOSのデータは他社システムでも利用できるのか?
可能である。SIRIOSはオープンなデータ運用を前提としており、スキャンデータは標準的なSTL形式で出力可能だ。これは国内外ほぼすべての歯科技工所やCAD/CAMソフトで扱える汎用フォーマットであり、特定メーカーのシステムに縛られることはない。実際、SIRIOSで取得したデータをexocadや3ShapeのCADソフトに読み込んで設計したり、他社のミリングマシンで補綴物を削り出すことも問題なく行われている。また、ストローマン社自身もクラウドプラットフォームAXSを通じて他システムとの互換性向上に努めており、今後さらなる連携強化が期待できる。要約すれば、SIRIOSの導入によって「特定の技工所しか使えない」「別のCADソフトが使えなくなる」といった心配は不要である。
導入後のサポートやメンテナンス体制はどうなっているか?
ストローマン・ジャパン株式会社による包括的なサポート体制が整備されている。購入医院には初期トレーニングやオンサイトでの使い方指導が提供されるほか、導入後もカスタマーサポートに問い合わせることでソフトウェアの操作質問やトラブル対応の支援を受けられる。また、定期的なソフトウェアアップデートが無償で提供され、新機能の追加や不具合改善が図られる。ハードウェア面では、保証期間内であれば故障時の無償修理・交換対応が行われ、保証期間後も有償で修理やバッテリー交換等のサービスが受けられる。ユーザーコミュニティも形成されつつあり、症例共有や情報交換を通じてお互いに知見を深める場も提供されている。メンテナンスに関しては、前述の通りユーザーが日常的に行うべき校正作業はないため、日々はチップの滅菌と清掃程度で手間は少ない。強いて言えば、PCを含めたシステム全体のバックアップ(データの複製保管や予備PCの用意など)を各医院で検討しておくと、万一のトラブル時にも診療への影響を最小限に留められるだろう。
機械が苦手なスタッフでも使いこなせるだろうか?
SIRIOSは直感的でシンプルな操作性を追求して設計されており、基本的なパソコン操作に慣れていれば問題なく習得できる。実際、特別なプログラミング知識や高度なITスキルは不要で、数回のトレーニング実習で多くのスタッフが自立してスキャン作業を行えるようになる。機械操作が不安なスタッフに対しては、まず患者模型で何度か練習を行い、ソフトウェア上でデータを確認するプロセスを体験させると自信に繋がるだろう。また、メーカーが提供する操作ガイド動画やオンライン講習を活用すれば、各自のペースで学習できる環境も整っている。重要なのは、院内でチームとして情報共有し、困ったときにお互い助け合う姿勢である。SIRIOS自体はユーザーフレンドリーな機器であるため、適切なサポート環境さえ整えれば、デジタルに不慣れなスタッフでも十分に戦力として活躍できるはずだ。
導入に踏み切るタイミングや注意点はあるか?
新規開業時やユニット増設のタイミング、あるいは印象トレーや材料のコストを見直したいと感じたときが、一つの目安となる。既存医院でも、例えば矯正やインプラント治療を本格的に始める前段階で導入しておくと、治療開始と同時にデジタルワークフローを走らせることができる。また、導入前にはクリニックのインフラ整備を忘れずに行う必要がある。高性能なPCの準備や院内ネットワークの速度確認、そしてスタッフ教育計画など、事前準備が成功の鍵を握る。資金面では、リースや割賦購入などのオプションも検討し、キャッシュフローへの影響を平準化することも可能だ。注意点として、導入直後は従来法とのハイブリッド運用期間を設け、いきなり全面的にデジタルに切り替えない方が安全である。徐々にケースを積み重ね、自院の症例に合わせた使いこなし術を蓄積することで、スタッフの心理的抵抗も少なく軟着陸できる。導入タイミングに「遅すぎる」ということはないが、市場動向を見ればデジタル化は年々加速している。興味を持った今が、その第一歩を踏み出す好機と言えるだろう。