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口腔内スキャナー「iTero(アイテロ)」が無くてもインビザラインはできる?

口腔内スキャナー「iTero(アイテロ)」が無くてもインビザラインはできる?

最終更新日

ある開業医の先生が、マウスピース矯正(インビザライン)を導入しようと検討している。メーカーからは光学式口腔内スキャナー「iTero」の導入を強く勧められたが、価格が高額で踏み切れずにいる。ある日、その先生は非常勤で訪れた別の歯科医院でインビザラインの型取りを従来通りシリコン印象材で行い、上下顎の印象採得に30分近くかかってしまった(通常iTeroであれば5分程度で完了する)と感じた。患者も術者も疲弊し、「やはりiTeroがあれば…」と痛感する一幕である。一方、国内ではiTeroを導入していない歯科医院も多く存在し、それでもインビザライン矯正を提供しているのが現状である。iTeroが無ければインビザラインはできないのか? 本記事ではiTero未導入でインビザライン矯正を行う現実的な方法と、その臨床・経営的な影響について解説する。併せて、iTero導入によるメリットや投資対効果、導入判断のポイントについても整理する。読者である歯科医師が翌日から自院の矯正治療戦略に活かせる実務的知見を提供したい。

要点の早見表

ポイントiTeroなしの場合iTero導入時の場合
患者の負担シリコン印象材での型取りに伴う不快感・嘔吐反射のリスク。光学スキャンによる快適な型取り。嘔吐反射が強い患者でも対応可能。
治療開始までの期間印象採得後に石膏模型を作製し米国へ国際輸送する必要があり、治療計画作成までに時間を要する(+1〜2週間)。デジタルデータを即時オンライン送信し作業を開始できるため、治療開始を大幅に短縮可能(約1〜2週間の短縮)。
型取りの精度印象材の変形や手技のばらつきにより精度低下の恐れ。模型輸送中の形変化リスクもある。精度低下はアライナー不適合や追加型取りの原因となる。毎秒数千枚の撮影による高精細スキャンで、誰が行っても精度の高いデジタル歯型を取得できる。従来法よりアライナー装着時の不適合トラブルが減少したとの報告もある。
その場でのシミュレーション初診時に視覚的な治療シミュレーションを提示できず、口頭説明に頼るのみ。患者の治療ゴールのイメージが湧きにくい。スキャン直後に治療結果の3Dシミュレーション(ClinCheckの簡易版)を提示可能。患者の理解・動機付けが向上し、症例受諾率の向上が期待できる。
安全性印象材の誤嚥・誤飲や気道閉塞のリスク(極めて稀だが存在)。印象採得時に長時間口を開ける負担。光学スキャンは放射線被ばくがなく、誤嚥リスクもない安全な方法。短時間で完了し開口による負担も軽減。
初期投資・ランニングスキャナー購入費不要。印象材やトレー等は症例ごとの微小なコストのみ。製品価格は約500〜670万円(税別、2023年時点)と高額。さらに購入後13か月以降は月額約4万円のソフトウェアライセンス料が発生。消耗品としてスキャン用スリーブ代等が症例ごとに必要。
保険適用の有無インビザライン矯正自体が原則自費診療(保険適用外)であり、型取り方法による診療報酬の違いはない。保険診療の範囲で算定できる項目は基本的に無い。※同左。iTeroによるデジタル印象採得は保険算定上も評価されず、コスト回収は自費治療費に依存。
経営面の考慮症例数が少ないうちはコスト圧迫なし。外注で対応可能だが患者サービスや効率面の課題あり。症例数増加で投資対効果向上。治療効率化・患者満足度向上によるリピート・紹介増が期待できる。一般補綴への流用で医院全体のデジタル化促進も可能。

理解を深めるための軸

インビザラインの提供において、臨床的な軸と経営的な軸の双方から検討することが重要である。臨床面では、歯型採得の精度と迅速性が治療結果そのものに直結する。デジタルスキャンによる高精度なデータ取得は、アライナーの適合精度や再治療率に影響を与える一方、従来法の僅かな型ずれが歯の移動計画の狂いに繋がる可能性がある。また患者体験も見逃せない。嘔吐反射の強い患者にとってシリコン印象の苦痛は大きく、快適な型取りは治療継続や医院への信頼度に影響する。

一方、経営面では設備投資の負担と収益性が軸となる。iTero導入には数百万円規模の初期費用と維持費がかかり、それを回収するだけのインビザライン症例数や利益率を見込めるかが課題である。投資対効果(ROI)を計算する際、単に装置代を症例数で割るだけでなく、患者満足度の向上による症例受注増や治療効率化によるチェアタイム短縮といった定性的効果も加味すべきである。例えば、iTeroのシミュレーション提示により患者の治療開始同意率が向上すれば、結果的に矯正症例数と収益が増える可能性がある。またiTeroは補綴治療等にも応用可能であり、矯正以外の診療全体でデジタルワークフローを推進することで医院全体の生産性を高める効果も期待できる。これら臨床と経営の視点は時に緊張関係にあるが、最適なバランスを見出すことが医院経営の鍵となる。以下、具体的なトピックごとに深掘りしていく。

代表的な適応ケースとスキャナー未導入時の課題

iTeroを用いなくてもインビザライン矯正自体は提供可能である。実際、iTeroが普及する以前から世界中でインビザライン治療は行われており、従来のシリコン印象によってアライナーを作製していた。現在でも、症例数が少ない開業医や投資余力の限らない医院ではiTero未導入でインビザラインに取り組むケースがある。典型的な適応は、軽度〜中等度の不正咬合で比較的歯列の再現がしやすい症例である。こうした症例ではシリコン印象でも十分に精度を担保できる可能性があり、致命的な問題は起きにくい。一方、スキャナー未導入による課題が顕著になるのは以下のようなケースである。

まず、強い嘔吐反射や顎が小さい患者では従来の印象採得が困難である。大きなトレーを口腔内に挿入して数分間保持する従来法は患者にとって苦痛であり、最悪の場合は型取りを途中で中断せざるを得ないこともある。スキャナーがあれば短時間で負担少なく歯型採取が可能なため、嘔吐反射の強い患者でも矯正治療を諦めずに済む。

次に、精密な適合が求められる複雑症例では、わずかな型取り誤差が治療計画に影響する懸念がある。抜歯を伴うケースや複数歯の大きな移動を要するケースでは、歯列全体を高精度に再現することが重要だが、従来印象では施術者の技量や印象材の収縮・変形などで微小な誤差が生じうる。その点、iTeroによるデジタルスキャンは誰が行っても安定した精度が得られる特長があり、こうした精密さが要求される症例ほどメリットが大きい。

一方、ごく軽度の叢生や部分矯正など比較的単純な症例では、スキャナー未導入でも大きな問題なく治療を遂行できる場合が多い。加えて、現在日本国内ではインビザラインの公式デジタル連携が認められているスキャナーはiTeroのみであり、他社製スキャナーを既に持っていてもそれをインビザライン症例に活用できないという制約もある(米国等では一部他社スキャナーのデータ送信が可能だが、日本では非対応)。したがって、iTeroを購入しない選択をする場合、基本的には物理的な印象採得で対応するしかない。医院の症例規模や患者層によって、あえてiTeroを導入せず従来法で運用することも現実的な選択肢となり得るが、その際は上述の患者要因・症例要因で生じる課題に留意し、必要に応じて印象採得時に鎮静下で行うなどの対策も検討すべきである。

標準的なワークフローと品質確保の要点

iTero未導入の場合のインビザライン治療フローは、まず従来通りシリコン印象材による上下顎の型取りから始まる。採得した歯型から石膏模型を作製し、これを国際宅配便で米国アライン・テクノロジー社のラボに送付する。アライン社側で模型をスキャンしデジタルデータ化した後、ClinCheck(クリンチェック)と呼ばれる3D治療計画が作成される。担当医はオンライン上でClinCheckを確認・修正し、最終承認後に米国工場でアライナーが製造される。完成したマウスピースは再度国際輸送で医院に届き、患者に装着開始となる。この一連の流れでは、物理的な模型輸送とデータ化プロセスに時間を要するため、初回アライナーがお手元に届くまで通常で4〜6週間程度を見込む必要がある。特に印象採得からClinCheck提示までにタイムラグが生じる点に注意が必要である。

品質確保の観点からは、シリコン印象の精度管理が最大の要点となる。具体的には、適切なサイズのトレー選択、十分な圧接による印象採得、歯肉縁下まで気泡なく記録するテクニックが求められる。また、硬化後の印象材変形を防ぐためにタイマー管理を徹底し、模型注入前に歯科用石膏の膨張率にも留意する。模型作製後は可能な限り早く梱包・発送し、輸送中の衝撃で割れや変形が起きないよう緩衝材を用いて保護する。印象不良が判明した場合は、迷わず再採得して精度を担保する姿勢が重要だ。初回ClinCheck作成後に適合不良が疑われる場合も、早期に追加型取り(または再スキャン)を行う決断力が治療遅延を最小限に抑える。

iTero導入時のワークフローでは、大きく様変わりする。患者の口腔内を専用の光学スキャナーで直接スキャンし、数分以内にフルアーチの3次元デジタルモデルを取得する。取得直後にデータをクラウド経由でAlign社に送信でき、模型輸送は不要となる。これにより印象採得からClinCheck作成開始までの待機時間がほぼゼロとなり、前述の物理輸送に伴う1〜2週間の遅れが解消される。医院側で行うべき品質管理は、スキャナー本体とソフトウェアの安定稼働である。iTeroは基本的に自動較正機能を備えており、日常的な手動キャリブレーションは不要とされる。しかし、光学機器ゆえにスキャナーヘッド(カメラ部)の清掃や定期メンテナンスは欠かせない。スキャナー先端には使い捨てのカバー(スリーブ)を装着し、患者ごとに交換することで清潔さと感染対策を維持する。スキャン中にデータの取り残しがないよう、リアルタイム表示される3Dモデルを確認しながら漏れの部位を追加撮影するのも肝要である。万一スキャンデータに欠損やノイズがあっても、その場で撮り直しが効くため、デジタルだからといって過信せず都度モニターを確認する習慣をスタッフに徹底させることが重要だ。

さらにiTeroの利点として、データ保存性と共有の容易さが挙げられる。取得した口腔内スキャンデータはクラウド上に保存され、必要に応じて何度でも参照・再利用できる。例えば追加アライナー(リファインメント)作成時に再度シリコン印象を送る手間がなく、診療効率が上がる。対して物理模型は一度送ってしまえば手元に残らず、万が一紛失・破損すれば再採得が必要になるリスクがあった。デジタル化によりこうしたリスク管理も容易になる点は品質確保の側面から見逃せない利点である。

安全管理と患者説明の実務

インビザライン治療における安全管理というと、主に偶発症や情報管理が該当する。まず偶発症のリスクに関して、スキャナー未使用時であっても大きな違いはないが、印象採得時のリスクプロファイルが異なる。従来法では、稀ではあるが印象材の誤飲・誤嚥や喉頭部への流入といった事故の可能性が報告されている。特に深い咽頭反射を誘発した際に患者がパニックに陥ると、印象材を飲み込む危険性がゼロではない。歯科医師側は印象材が硬化するまで患者から目を離さず、異常時には速やかにトレーを外す準備をしておく必要がある。また長時間口を開けさせることで顎関節部に痛みが出る患者もいるため、印象採得後は顎を休める配慮や簡単な運動(開閉口運動)の指導を行うとよい。

一方、iTeroスキャン時の安全性は極めて高い。使用する光学センサーは非侵襲的で、放射線も用いないため被ばくの心配がない。スキャナーの先端は口腔内で小刻みに動かすだけであり、大きな器具を咥え込む従来法とは比較にならないほど患者の肉体的ストレスは小さい。強いて言えば、スキャン時に発せられる光が万一眼に直接入っても問題ないレベルかなどの注意点だが、iTeroは医療機器承認の過程で人体への安全性が確認されており、直視しても健康被害はないとされている。むしろ安全管理上のポイントは、データの取り扱いにある。患者の口腔内データは個人情報であり、クラウド上に保管されるとはいえ外部流出しないよう適切なアクセス管理やパスワード管理を行う。インビザラインのプラットフォーム自体は高いセキュリティで守られているが、院内でデータをダウンロードして保存する場合は暗号化ストレージを使うなど配慮したい。

患者への説明については、iTeroの有無でコミュニケーション手段に違いが出る。従来法の場合、初診時に取った歯型からClinCheckシミュレーションが完成するまで患者は自分の歯列がどう移動するか視覚的に把握できない。歯科医師は口頭や模型でおおまかな治療方針を説明するが、多くの場合患者は次回来院時(数週間後)に初めてClinCheck画像や動画を見て治療計画を了承する流れとなる。これは言い換えれば、患者が治療開始を決断するまでにタイムラグがあることを意味する。その間に不安が増したり、治療自体を思い留まったりするケースも皆無ではない。

iTeroを用いた場合、初回相談の場でその場でスキャンデータから簡易的な矯正シミュレーションを生成し、患者と一緒に画面で確認できる。たとえば「あなたの歯はこのように動いていき、最終的にこの位置関係になります」という3Dモデルを見せることで、患者は治療後の自分の口元を具体的にイメージできる。これは単なるサービス向上のみならず、患者の治療同意を得る上で非常に有効な手段である。ある調査では、iTero上で矯正シミュレーションを見せられた患者の60%がそのままインビザライン治療を開始する決断をしたという結果が報告されている。従来の説明のみの場合と比べ大幅な同意率アップが見込めるわけだが、一方で歯科医師側は患者の期待値を適切にコントロールする責任がある。シミュレーションはあくまで理想的計画であり、実際の治療経過次第では追加のアライナーが必要になる可能性なども事前に説明しておくべきであろう。安全管理の一環として、治療の予測と現実にギャップが生じた際のリカバリー策(リファインメントやワイヤー矯正への切り替え等)についても契約前に言及し、インフォームドコンセントを徹底することが望ましい。

費用と収益構造の考え方

iTero未導入でインビザラインを行う場合の費用構造はシンプルだ。医院側はアライン社に症例ごとの技工代(アライナー作製費用)を支払い、患者には矯正治療費としてそれを上回る額を請求する。国内のインビザラインフルの治療費相場は総額60~100万円程度と言われるが、その大部分はアライナー作製の原価と医院の技術料で占められる。シリコン印象にかかる材料費は印象材やトレーと石膏代、宅配便送料程度であり、1症例あたり数千円から1万円以下であろう。したがってスキャナー無しの場合、症例単位の変動費はごく小さい。技工代に関しても、アライン社はPVS印象であっても追加料金を課してはいない(過去には物理模型からのデジタル変換費用が別途かかる時期もあったが、現在は症例費に含まれている)。つまりiTeroを導入しなくても、症例あたり原価が大幅に上昇することはない。

iTero導入時の費用構造は一転して固定費中心になる。前述のように本体価格は500万円以上と高額で、さらに1年目以降は月4万円(年間48万円)のライセンス料が継続的に発生する。5年間運用した場合、初期費用とライセンス料を合計して約700~800万円規模の投資となる計算である。この固定費を回収するには、それに見合う利益をインビザライン症例から上げなければならない。仮に1症例あたりの医院利益(患者支払いから技工代等を差し引いたもの)を30〜40万円と試算すれば、20症例で600〜800万円に達する。すなわち概ね20症例以上の新規ケースを獲得して初めて元が取れるイメージである。年間5症例ペースでは回収に4年以上、10症例ペースでも2年は要する計算だ。もちろん実際にはiTeroは減価償却資産であり、数年で買い替えるものではないのでもっと長期的視点で捉えるべきだが、技術革新による陳腐化や保証期間等も考慮すると5〜7年程度での償却を見込むのが現実的だろう。

このように数百万円単位の固定費負担が発生するため、症例数が少ない場合には1症例あたりコストが非常に高くつく。逆に言えば、症例数が増えるほど1症例あたりの負担は逓減し利益率が向上する。例えば年間2症例しか行わない医院では、ライセンス料だけで1症例あたり24万円もコストが上乗せされてしまう計算になる(48万円/年÷2症例)。一方、年間20症例行えば1症例あたり2.4万円の負担で済む。さらにiTeroをインビザライン以外の診療にも活用すれば、コスト配分はより効率化できる。具体的には補綴治療(クラウン・ブリッジ・インレー)のデジタル印象や、インプラントのサージカルガイド用印象、ナイトガード等の口腔内装置作製などでiTeroを使えば、その分各治療から収益が生まれる。特に保険外の補綴(セラミック修復等)を多く手がける医院であれば、口腔内スキャナー導入による効率化と精度向上が補綴部門の収益増加に寄与する可能性がある。その意味で、iTero導入の採算性はインビザライン症例数だけで判断すべきではなく、医院全体のデジタル活用戦略の中で考えるべきである。

また費用対効果を考える際には、目に見えづらい収益構造の変化にも目を向ける必要がある。たとえばiTero導入によって患者説明がスムーズになり同意率が上がれば、矯正相談から成約に至る割合が上昇し収益機会が増えるだろう。また従来より治療開始が早まることで患者満足度が向上し、口コミ紹介が増え新患獲得に繋がるかもしれない。さらにiTeroを広告や院内POPでアピールし「最新設備による矯正」を打ち出すことで、技術に敏感な患者層を惹きつける効果も期待できる(ただし医療広告ガイドライン上、過度な宣伝表現は禁物であり客観的事実を述べるに留める必要がある)。一方で、コスト回収に焦るあまり不必要な症例までマウスピース矯正に誘導することは本末転倒である。患者利益を第一に考え、あくまで適応症例にのみ提供するという倫理観を保ちながら、設備投資を収益に結びつけていくバランス感覚が求められる。

外注・共同利用・導入の選択肢比較

iTero無しでインビザラインを行う際の選択肢として、外注や共同利用といった形態も考えられる。まず外注の例としては、歯科技工所や他院にデジタルスキャンを委託する方法がある。例えば自院にスキャナーが無い場合、患者に他のスキャナー保有施設へ出向いてもらいスキャンだけ実施してデータを受け取る、といったことも理論上は可能である。しかし先述の通り日本ではiTero以外のスキャナーではインビザライン用データ送信ができないため、仮に他院で他社製スキャンをしても無駄になる。実現するとすれば、近隣のiTero設置医院に依頼してスキャンさせてもらい、そのデータを自院のアカウントに移管するという手順だが、極めて煩雑で現実的ではない。また患者に別の医院へ行ってもらうのは心理的ハードルも高く、責任の所在も不明瞭になる。ゆえに現実には外注よりも従来通り自院で印象を取って送付する方が確実であり、多くの医院がそのように対応していると推察される。

次に共同利用について。複数の歯科医院で1台のiTeroをシェアするという発想だが、物理的に機器を持ち回るのは実際的ではないだろう。iTeroは精密機器であり頻繁な移動は故障リスクも高めるし、ネットワーク設定や消毒の問題もある。現実的なのは同一法人内の複数医院で共用するケースである。例えば本院と分院があるような場合に、本院に設置したiTeroで分院患者もスキャンし、データはクラウド共有するという方法だ。患者には多少の移動をお願いすることになるが、法人内であれば説明もつきやすく、症例数がまとまれば投資回収もしやすい。同様に、グループ医院で1台導入して持ち回りという事例も稀には聞かれる。ただしスケジュール調整や管理責任が曖昧になる可能性もあり、トラブル防止の観点ではお勧めしにくい。以上のように、外注・共同利用はいずれもハードルが高く、結局は「導入しない代わりに従来法で対応」もしくは「自院で機器導入」の二択に落ち着く場合が多いだろう。

なお、iTero導入自体にも購入以外の選択肢が存在する。メーカーやディーラーによってはリース契約や分割払いプランが提供されており、一度に大きな出費を避けて月額払いとすることで資金繰りを平準化できる。リースの場合、月々の支払い額はライセンス料込みで数万円台後半〜十数万円になることが多い。インビザライン症例の診療収入でこの額を毎月カバーできるかを試算し、難しければ導入時期を遅らせる決断も必要である。また、中古市場で程度の良い旧型iTeroを安価に手に入れる選択肢も考えられるが、ライセンス料は結局必要なため長期的には最新モデルを新品導入するのとコスト差は小さいという意見もある。これら代替オプションも含め、自院の状況に合わせた柔軟な選択を検討したい。

よくある失敗と回避策

最後に、iTero未導入でインビザラインを行う際、および導入後に陥りがちな失敗例とその回避策について整理する。

【ケース1】型取り精度の不備によるリカバリー発生

iTeroが無い環境で起きやすい失敗として、最初のシリコン印象の精度不良が挙げられる。例えば鋳造後の石膏模型で気泡や歪みが見つかり、アライン社から「型取りをやり直して再送してほしい」と指示が来るケースである。これにより治療開始が余分に数週間遅れるだけでなく、患者からの信頼も損ないかねない。

【回避策】 印象採得直後に歯科医師自身が材料上の陰影を確認し、怪しい箇所(気泡で歯が欠損している、歯頸部まで写っていない等)があれば即座に再印象する。アライン社提供の印象トレー(インビザライン用に専用トレーが供給される)を正しく選択し、患者にも事前に鼻呼吸とリラックスを促すことで一発で精密な型取りを成功させる確率を高める。また、模型を送った後もClinCheckが上がってくるまでの間に患者と適宜連絡を取り、不測の遅延があれば説明・フォローすることで信頼関係の維持に努める。

【ケース2】iTero導入後に活用不足で宝の持ち腐れ

念願でiTeroを導入したものの、スタッフが使いこなせず放置されているという失敗も散見される。忙しい診療の中で「従来のアルジネートと石膏で十分間に合っている」と使用を後回しにしてしまい、高価な機器が埃を被る事態である。

【回避策】 メーカーや販売店が実施するトレーニングを院長だけでなくスタッフ全員が受け、日常的に練習すること。iTeroにはデモモードも搭載されており、実患者でなくとも練習用の架空データでスキャン操作を習熟できる。歯科衛生士や助手でもトレーニング次第でスキャンは可能なので、院内で「1日1スキャン」運動のように目標を決め、どんな小さなケースでも積極的に使ってみる。例えば補綴の仮合わせ時に咬合確認用スキャンを撮ってみる、保定装置作製に使ってみる等、用途を拡大することで徐々に操作に慣れることができる。院長自身も忙しいからとスタッフ任せにせず、定期的に自らスキャンを行い操作性をチェックすることが大切だ。習熟してしまえばiTeroは従来法より格段に効率的であるため、腰を据えて導入初期に習得すれば後が楽になる。

【ケース3】投資回収を急ぐあまり不適切な症例までインビザラインに

これは経営的失敗と言えるが、高額な投資をしたプレッシャーから、明らかにワイヤー矯正向きの症例まで無理にインビザラインで治療しようとするケースがある。結果として予後不良やアライナー大量追加となり、患者不満と医院の手間増大を招く。

【回避策】 投資回収計画はあくまで適切な症例範囲内での症例数増加によって行うとの原則を守る。適応外の噛み合わせや骨格性不正咬合に手を出さず、それらは専門医やワイヤー併用など適切な方法に委ねる潔さも必要である。むしろiTeroの活用で症例選択の精度を上げることができる。シミュレーションを活用し、この患者はマウスピースでは難しいと事前に判断できれば、患者にも正直に説明して別治療を提案する。無理な症例を抱え込まないことで、結果的に医院の評判を守り、長期的には信頼による患者増にも繋がるだろう。

【ケース4】iTeroの維持管理コストを失念

導入時の本体代金に気を取られ、ソフトウェアライセンス料や故障時の修理費を見込んでおらず経営を圧迫する例である。

【回避策】 初期見積もり時に、少なくとも5年分程度のライセンス費用と、延長保証プランの加入費用を算出して総額ベースで判断する。メーカー保証外の故障が発生した場合の修理費も事前に情報収集しておき、設備リスクに備えた資金をプールしておくと安心である。近年のiTeroは信頼性も向上しているが、精密機器ゆえに突然のダウンはゼロではない。万一スキャナーが使用不能になった際、代替として急遽シリコン印象に切り替える準備(スタッフが従来法でも採型できるよう練度を保つなど)も怠らないことが肝要だ。

導入判断のロードマップ

以上の分析を踏まえ、「iTeroを導入すべきか否か」悩む歯科医師に向けて、検討プロセスを段階的に示したい。

1. 自院の矯正ニーズと戦略の明確化

まず現在の患者構成やニーズを把握する。年間何人ほどが矯正相談に訪れているか、そのうちマウスピース矯正希望者はどの程度か。もし矯正を積極的に提供していないなら、今後それを柱に据える意向があるか。医院の中長期計画でインビザライン症例をどのくらい取り込みたいかビジョンを描く。矯正専門医を雇用または連携して本格展開するのか、一般歯科医が自身で限られた症例を扱う程度なのかでも機器投資の判断は変わる。

2. 症例適応の見極め

次に、想定する症例がインビザラインで適切に治療できる範囲かを検討する。軽度〜中等度の叢生や空隙歯列など日常的に遭遇する症例が主であれば、マウスピース矯正を導入する意義は大きい。一方で骨格性III級や開咬など外科的介入が必要なケースばかり紹介されてくる状況なら、無理にインビザラインを導入しても活用できない。自院で完結できる症例範囲を明確に線引きし、その範囲の中でどれだけ症例数を伸ばせそうかを推定する。

3. 需要予測と収支シミュレーション

次に、今後の年間インビザライン症例数をいくつと見込むかシナリオを立てる。例えば「まず1年目は5症例、プロモーション強化で3年後に年間20症例」といった具合である。そしてその症例数ならiTero導入で何年で投資回収できるか、逆に導入しない場合は機会損失がどれほどかを試算する。シミュレーション上で5年以上たっても回収が難しいようであれば、現時点での導入はリスクが高い。逆に早期に黒字転換しそうなら前向きに捉えられる。但し、上述のようにスキャナーの活用で症例数自体が増える可能性もあるため、悲観的なケースと楽観的なケースの両面で検討しておく。

4. 資金計画と購入方法の検討

シミュレーションの結果導入に前向きなら、具体的な資金計画を立てる。自己資金で一括購入するのか、リース・ローンを組むのか検討する。金利や税務上の優遇措置(医療機器の特別償却など)が受けられるかも確認する。加えて、導入時期も重要だ。年度末よりは新年度開始時やキャンペーン時期を狙うと値引きや特典がある場合もある。また、導入後しばらくは保守サポートが無料で付帯することが多いので、その期間内にしっかり使い倒して習熟するスケジュールも念頭に置く。

5. 院内体制とトレーニング準備

購入のめどが立ったら、納品に向けて院内体制を整える。まず設置スペースとネットワーク環境を確認する。iTeroは専用カート型でスペースを取るため、診療ユニット脇に常設できる十分な空間があるか、電源ケーブルの取り回しは安全かをチェック。Wi-Fiでも動作するが有線LANの方が安定するため、LAN配線も用意したい。次にスタッフへ事前共有し、操作トレーニングの日時を確保する。メーカー担当者に依頼し、納品当日に取扱説明と実習の機会を設けるのが一般的だ。スタッフの誰が中心となってスキャン業務を担うか役割分担も決めておく(歯科衛生士が主に担当し、ドクターがClinCheck修正に専念できるようにする等)。

6. 導入後のモニタリング

導入したら終わりではなく、その後定期的に収支や運用状況をモニタリングする。例えば半年〜1年ごとに「何症例スキャンしたか」「印象採得に比べてチェアタイムは何分短縮できたか」「患者からのフィードバックはどうか」を評価し、必要に応じて運用を見直す。思ったほど症例が伸びなければマーケティング施策を追加する、スタッフの負担が大きければ人員配置を変えるなど柔軟に対応する。機器のソフトウェアアップデート情報にも目を配り、常に最新の状態で活用することも大切だ。

以上のロードマップを辿ることで、闇雲に導入するか否かを悩むよりも、論理的かつ計画的に意思決定ができるはずである。

参考文献

  1. タワーサイド歯科室 矯正ブログ「iTero(アイテロ)無しでインビザラインするデメリット」(2024年7月12日)
  2. ルナ歯科・矯正歯科クリニック「インビザライン-透明な矯正治療」(奈良県香芝市)(閲覧2025年8月)
  3. 銀座クリアデンタル矯正歯科 矯正コラム「やっぱり iTero がいいですね。」(Dr.山崎のブログ) (閲覧2025年8月)
  4. CoCo Dental Clinic ブログ「日本国内ではiTeroだけがインビザラインの認定接続が可能」(2022年2月)
  5. The CLEAR Institute Blog “Which scanners can you use with Invisalign?” by Stephane Reinhardt (2025年7月28日)
  6. Fordy 製品詳細「iTero エレメントシリーズ」(2023年7月21日時点価格)
  7. いちろう歯科・矯正歯科 コラム「インビザライン矯正の費用は?保険適用について解説!」(2023年6月20日)
  8. Dentistry.co.uk “Survey suggests visualisation technology improves patient treatment acceptance” (2018年11月13日)
  9. インビザライン・ジャパン株式会社「iTeroエレメント口腔内スキャナー 製品情報」(閲覧2025年8月)