
3Shapeの口腔内スキャナー「TRIOS(トリオス)」の使い方!取扱説明書やログイン画面はどこ?
忙しい診療日の夕方、補綴用の最終印象採得が立て続けに入り、従来のアルジネートやシリコン印象では硬化時間と後処理に追われるばかりか、嘔吐反射の強い患者への対応にスタッフ全員が緊張した経験はないだろうか。ある開業医は、鋳造冠の印象を3度取り直した挙句に患者の負担とチェアタイムが大幅に増えてしまったことをきっかけにデジタル印象の必要性を痛感した。3Shape社の口腔内スキャナー「TRIOS(トリオス)」は、こうした臨床現場の悩みを解決しうる先進機器である。本記事では、TRIOSの基本的な使い方から押さえるべき臨床ポイント、運用上の注意、保守コストや収益への影響までを解説する。また、公式の取扱説明書の所在や、初期設定時のログイン画面の意味についても説明し、明日からデジタル印象を活用できる知見を提供する。
要点の早見表
項目 | ポイント概要 |
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臨床上の利点 | 嘔吐反射を誘発せず患者に優しいデジタル印象。高精度3Dデータにより補綴物適合性の向上が期待できるかもしれない。カラー印象で歯面の状態やシェード(色調)も把握可能。う蝕検知や矯正シミュレーション等の付加機能で診断や説明の質が向上。 |
主な適応症 | インレー・クラウン・ブリッジなど一般補綴から、インプラント上部構造、矯正用の模型作製、マウスピースやガイド作製まで幅広く対応可能。従来印象と比べ極度の出血や唾液管理困難な症例では注意が必要だが、基本的には従来法と同等以上に適用範囲が広い。 |
使用上の留意点 | スキャナーは起動後すぐに使用可能(TRIOS 5では事前のキャリブレーション不要)。スキャン前にチップ(先端)を装着し十分温める(機種により自動保温)。推奨のスキャン経路に沿って撮影し、欠損部位なくデータ取得する。約8週間または500ケースごとに精度確認用のキャリブレーション(TRIOS 5以外)と定期メンテナンスが必要。PCのスペックやネット接続も快適な動作に重要。 |
安全管理と衛生 | 光学式スキャナーのためX線被ばくはない。ただし内蔵電子機器によるペースメーカー干渉の可能性があり、植込み型医療機器使用患者では注意(メーカー禁忌)。患者ごとにスキャナーチップをオートクレーブ滅菌(TRIOS 5は最大100回、旧モデルは150回まで使用可)し、滅菌困難な部分は付属のディスポーザブルスリーブで覆う。スキャン時は手袋着用など感染対策を徹底する。 |
導入コスト (目安) | 本体価格はモデルにより約250万~620万円前後と高額(国内販売価格、税別)。ハイエンドのTRIOS 5 Wirelessは約600万円台、廉価版のTRIOS Coreでも200万円台中盤。性能向上とともに価格も上昇する傾向。PCやタブレットは別途用意が必要。ソフトウェア利用料(TRIOS Care)は初年度無償だが2年目以降年額20万円台(税別)で保守サポートとアップデートを受けられる。 |
時間効率 | 印象材硬化や石膏模型作製の時間が不要で、多くの場合チェアタイム短縮につながる。単冠程度であれば慣れれば数分でスキャン完了し、その場でデータ確認と送信が可能。再印象もリアルタイムに部分再スキャンできるためリテイク率の低減が期待できるかもしれない。一方、広範囲の無歯顎顎堤などは撮影時間が長引くこともある。 |
保険適用 | デジタル印象自体に専用の算定項目はない。従来印象と同様に補綴物や矯正装置の作製料に含まれる扱いである。CAD/CAM冠など保険適用範囲が拡大している分野でもデジタル印象を活用できるが、算定上は追加報酬なし。ただし初期う蝕検出など一部機能は診断補助であり、保険算定には用いられない(加算対象外)。 |
医院経営視点 | 印象材やトレー等の消耗品コスト削減、発送コスト削減、補綴物適合精度向上による再製作削減などで中長期的に経済効果が期待できるかもしれない。患者説明ツールとして治療受容率向上による増収効果も見込める。初期投資が高額なためROI(投資回収)には症例数や自費率、活用範囲次第で2~5年以上を要する計算となる。導入しない場合の代替策は従来印象を継続することであるが、デジタル化の潮流により将来的な競争力に差が生じる可能性がある。 |
理解を深めるための軸
デジタル印象の導入は、臨床的メリットと経営的メリットという2つの軸から評価できるかもしれない。臨床面では、TRIOSによるカラー3Dスキャンが精密な補綴物作製や患者への視覚的説明に寄与し、従来法では見落としがちな細部まで確認できるかもしれない。また患者の苦痛軽減や感染リスク低減といったアウトカムの向上が期待できるかもしれない。一方、経営面では数百万円規模の投資とランニングコストに見合う費用対効果が常に問われる。例えば、チェアタイム短縮により生み出された余裕で新たな患者を受け入れられるか、精度向上で補綴物の再調整や再製作に費やす時間・材料費を削減できるか、といった具体的な指標で判断する必要がある。
この両軸の評価が食い違う場面もある。臨床的には「最新のワイヤレススキャナーで被せ物の適合精度を上げたい」と考えても、経営的には「旧機種でも目的は達せられるのではないか」「高価な機能(たとえばう蝕検知や矯正シミュレーション)が自院の患者層に必要か」と慎重になるだろう。しかし、これらの軸は対立するものではなく、臨床価値の向上が中長期的に医院の評判を高め患者数増加につながる可能性や、業務効率化がスタッフ残業削減や働きやすさ向上となり結果的に経営改善となることを考え合わせる必要がある。TRIOS導入検討にあたっては、臨床・経営の両面から得られるメリットと潜在的リスクを一覧化し、自院の戦略と照らして意思決定することが求められる。
代表的な適応症と禁忌
TRIOSによる光学印象は、従来の印象採得に代わり得る広範な適応症を持つ。実際の使用目的は「口腔内の三次元形状を光学的に採得し、そのデータを診療や患者説明に活用したり、CAD/CAMによる補綴物設計・製造に供すること」である。具体的には、単冠から部分的なブリッジ(一般には5ユニット程度まで)やインプラント上部構造、さらには矯正用のモデルやマウスピース製作まで対応可能である。カリエスリスク評価に用いるう蝕検知モードも搭載されており(TRIOS 4以降の機能)、取得したカラー3Dデータ上で初期むし歯の疑いを可視化できるかもしれない。ただしこれは診断の補助ツールであり最終診断には用いず、保険上の「エナメル質初期う蝕管理加算」には該当しない。あくまで患者への予防指導や説明用として活用する。
禁忌・注意事項としては、電子機器であるスキャナーゆえにペースメーカーや植込み型除細動器(ICD)装着患者への使用は公式には禁止されている。強力な電磁波を発する機器ではないが、メーカーは電波干渉の可能性に配慮している。また、十分な開口量が確保できない患者(開口障害や小児など)ではカメラの挿入自体が困難な場合がある。歯肉からの出血が多量なケースでは光学的に歯面が識別できずスキャン精度が落ちるため、従来のシリコン印象の方が確実な場面もあるだろう。無歯顎の顎堤の印象も相対的に苦手とされ、解剖学的ランドマークが少ないため変形や誤差が蓄積しやすい。これらの場合には口腔内スキャナー特有のテクニック(義歯用のマーカー併用等)や追加スキャンが必要となる。以上のような特殊状況を除けば、一般的な補綴・修復治療においてTRIOSは従来法と同等以上に広く適応できるかもしれない。また、印象採得後に得られる石膏模型が不要になるため、感染性疾患の患者でも模型送付時の感染リスク低減につながる点はデジタル印象の付随的メリットである。
標準的なワークフローと品質確保の要点
TRIOSを用いたデジタル印象のワークフローは、基本的に「患者情報入力 → スキャン実施 → データ送信」の流れである。まず専用ソフトウェア(2023年以降は「3Shape Unite」プラットフォーム)上で患者を登録し、補綴物の種類や装着予定のラボを選択する。次にスキャナー本体の準備としてスキャナーチップ(先端部分)を装着し、必要に応じて校正(キャリブレーション)を行う。TRIOS 5では校正は不要とされており起動後すぐにスキャンを開始可能であるが、TRIOS 3やCoreなど旧モデルでは約8週間または500スキャンごとに3D精度校正とカラー校正を実施することが推奨されている。また初回使用時や久々の使用時にはスキャナー内部の温度を安定させるためウォーミングアップが必要である。TRIOS 4以降のモデルではチップにヒーターが内蔵され短時間で曇りを防ぐが、TRIOS Core(TRIOS 3相当)では十分な予熱時間を確保する。
スキャンの手順では、メーカー推奨の走査パターンに従うことがデータ取得の鍵となる。例えば一連の流れとして、奥歯の咬合面から順に前歯部へ、次に舌側・頬側へと一定の距離と角度を保ちながらゆっくり移動させていく。TRIOS 5では1秒間に最大2400枚もの画像を連続撮影し3Dモデル化する「ScanAssist」機能が搭載され、多少カメラが揺れても自動で位置合わせしてスキャンエラーを起こしにくい設計になっている。それでも乱雑な順序で撮影したり狭い範囲で行ったり来たりするとデータの一部に歪みや重複が生じるため、常に一定方向に進み必要な覆罩量(オーバーラップ)を保ちながらスキャンする習慣をつける。撮影中はリアルタイムで3Dモデルが画面に構築され、欠損部位は色付きマッピングで表示されるため、随時取り残しがないか確認する。万一一部のデータが欠けても、その部位のみ部分的に再スキャン(補綴物の適合に重要な領域)できる点がデジタルの強みである。
取得データの品質確保には、口腔内環境の管理も重要である。従来の精密印象同様、歯肉圧排や乾燥、明瞭なマージンの描出が必要だ。唾液や血液が多いままだとスキャナーが歯面と軟組織を誤認してしまい、模型データにノイズが混入する原因となる。必要に応じてバキュームで除湿し、パウダーレス運用が可能とはいえ鏡面の金属修復物がある場合は反射を抑える工夫も精度向上に寄与する。全顎的な印象では顎間関係の記録もデジタルで行うが、TRIOSでは咬合スキャン(一口分咬んだ状態を左右1~2か所ずつ撮影)により上下のデータを自動的に咬合位置合わせできるかもしれない。口腔内スキャナーは、その場でスキャン結果を詳細に拡大・回転しながら確認できるので、支台歯のマージンラインが明瞭か、咬合干渉しそうな隣接歯との関係が正しく記録されているか、といった点を患者がチェアから離れる前にチェックする。問題があれば即座に追加入力や撮り直しが可能であり、ここでの丁寧な検証が後日の補綴物トラブルを未然に防ぐことにつながる。
安全管理と患者説明の実務
光学印象は非侵襲的で患者への肉体的負担も小さいが、医療機器としての安全管理と適切な患者説明が不可欠である。まず機器自体の衛生管理では、患者ごとに交換可能なスキャナーチップを高圧蒸気滅菌するのが原則である。TRIOSシリーズのチップは耐久性が高く、TRIOS 3/4では概ね150回まで、TRIOS 5では100回までのオートクレーブ滅菌に耐える仕様となっている。100回というと一見少なく感じるが、1日5症例スキャンした場合でも20日分に相当し、複数のチップをローテーションしながら使用すれば現実的な運用は可能である。チップ先端は傷が付きにくいサファイアガラスで密閉されており、本体内部への細菌侵入リスクを抑えている。さらにTRIOS 5では超薄型のディスポーザブルスリーブ(カバー)が付属し、チップ以外の部分も覆って交差感染のリスク低減が図られている。スキャナー本体やポッド(接続ユニット)も継ぎ目のない筐体デザインで清拭消毒しやすく、シリコン部品は取り外して洗浄できるなど、院内感染対策に配慮した設計である。日々の診療後にはアルコール等で表面を清掃し、定期的に光学窓の汚れも点検・清掃することが求められる。
電気的安全管理としては、前述のとおり植込み型医療機器への電波干渉に注意する。実際に深刻なトラブルの報告はないが、メーカー添付文書では禁忌とされている以上、該当患者には十分な説明と同意のもと必要性を検討すべきである。ワイヤレスモデルの場合、スキャナーとPC間はWi-Fi通信を利用するため、院内の無線環境の干渉や通信切断にも留意したい。スキャン中に接続が途切れるとデータ消失の恐れがあるため、通信状態を示すLEDリングの表示(TRIOS 5ではリング色で接続状況やバッテリー残量をフィードバック)に注意し、必要なら一時停止して安定してから再開する。TRIOS 5は本体を保持する手に微振動で「データが取れていない」ことも知らせてくれる機能があり、撮り残しをその場で気づける。バッテリー切れについてもLEDとソフト上の警告が出るので、予備バッテリー(TRIOS 5には3本同梱)と充電体制を整えておく。なお、ワイヤレス運用時にバッテリーが切れた場合は素早く交換すれば作業継続できるが、長時間の連続スキャンでは有線接続モデルや有線モード(TRIOS 4は有線/無線両対応)に分がある。自院の症例規模に応じ、運用時間とバッテリー本数を計画することが大切だ。
患者への説明においても、デジタル印象ならではの工夫が可能である。スキャン中はリアルタイムに患者にも口腔内のカラー3D画像を見せながら進めると、患者の興味関心を引き出しインフォームドコンセントに役立つ。例えば「この奥歯の噛み合わせ面にヒビが入っているのが分かりますか?」とその場で映像を共有すれば、従来の印象模型では難しかった説得力のある説明ができるかもしれない。TRIOSには患者エンゲージメントアプリ(スマイルデザインや矯正治療シミュレーション、経年的な口腔変化のモニタリングなど)が用意されており、これらを活用することで患者の治療選択肢への理解と受容率を高めることができるかもしれない。スキャンデータはクラウド経由で患者本人に提供することも可能であり、たとえば矯正治療前後の咬合変化を可視化して共有するといった新しいサービス展開も考えられる。ただし、患者データをクラウドに保存・送信する場合は情報セキュリティに留意し、患者への事前説明と同意を得ることが望ましい。3Shape社の提供するクラウドサービス(Communicate/Unite)は海外規制(HIPAA/GDPR)にも準拠しデータは地域内サーバーに保存されるなど安全策が講じられているが、国内の個人情報保護の観点からも運用ポリシーを明確に定めたい。最後に、患者に対しては「デジタル技術で精密な型取りを行います」と説明しつつも、「場合によっては従来法の型取りに切り替える可能性」や「保険診療上は同等の扱いである」ことも伝えておくと誤解を防ぐことに役立つ。デジタル印象は患者満足度向上につながる一方で、あくまで診療の手段であって目的ではないことを周知し、過度な期待とならないよう注意する。
費用と収益構造の考え方
TRIOS導入に際して真っ先に問題となるのが費用対効果(コストとリターン)の分析である。まず初期費用だが、本体価格はスペックや付属品によって大きく異なる。TRIOS 5 Wirelessでは販売代理店の公表価格で約620万円(税別)とされており(2025年9月現在)、TRIOSシリーズは高価な傾向がある。一方で2025年発売の普及モデルTRIOS Coreは約250万円弱(2025年9月現在)とかなり抑えられた価格で提供されている。CoreはTRIOS 3相当の性能に限定し機能を削減することで、同価格帯の他社スキャナー(Medit, Aoralscan等)と競合するエントリーモデルとなっている。このように選択肢は広がっているが、いずれにせよパソコンやタブレット端末、場合によってはカート(Move+など)も別途必要であり、周辺機器を含めた初期投資額を見積もる必要がある。さらにソフトウェアの年間ライセンス費用にも注意が必要だ。TRIOS購入時には1年間の保守サポート「TRIOS Care」が付帯するが、2年目以降は年額20~25万円程度(税別)の更新料が発生する。これを支払わずにいるとソフトのアップデートや延長保証、リモートサポート等が受けられなくなるため、多くの医院では維持費として計上している。加えて、チップやバッテリーなどの消耗品購入費、将来的なスペア部品交換費用も考慮すべきだ。例えばチップ5個・バッテリー3個は本体に付属するが、数年運用すれば買い足す場面が来るだろう。
これらコストに対し、どのような収益改善効果が得られるかを多面的に考える必要がある。直接的なメリットとしては、1症例あたりの印象材・石膏代が減ることが挙げられる。シリコン印象材やトレー、石膏模型の材料費・廃棄コストは症例により数百~千円程度と小さいが、月に何十件・年間ではまとまった額になる。仮にデジタル化で年間1000症例分の印象材を削減できれば、材料費だけで数十万円のコスト圧縮となる。また、宅配便等で遠方ラボに模型を送っていた場合は発送費用と時間が節約できるかもしれない。クラウド送信に切り替わることで納期短縮につながり、患者の治療完了までの来院回数を減らせる可能性がある(これは患者満足度向上に直結する)。間接的な経済効果としては、補綴物の適合精度向上とエラー低減が挙げられる。従来の印象のように硬化不良や変形による再採得・補綴物の再製作が減れば、無償の作り直しに伴う材料・技工費や再診のチェアタイム損失が防げる。例えば月に数件でも補綴物の手直しが減れば、その時間で新たな有償処置を提供できる余裕が生まれる。患者側にとっても再来院や追加処置が減ることで信頼性が高まり、紹介患者の増加やリコール率の向上といった長期的な収益拡大効果も期待できるかもしれない。
さらに、デジタル化が医院のマーケティング戦略に資する点も見逃せない。スキャナーを導入することで医院の先進性をアピールすることに役立つ可能性があり、「精密な治療」「負担の少ない治療」を求める自費志向の患者やインプラント・矯正治療希望者を呼び込む契機に役立つだろう。実際、TRIOSはインビザラインなど主要アライナー矯正にも対応しており(TRIOS Coreは非対応だが上位モデルはスキャンデータ提出可能)、矯正診療の拡大を目指す医院には必須のツールとなりつつある。また、スキャンデータを用いたモックアップの作製や審美シミュレーションは自費補綴の成約率を高める有力な手段だ。こうした付随収益まで含めて試算すると、単純な保険診療の範囲に留まらない回収シナリオが描けるだろう。逆に言えば、導入しても活用範囲が狭く保険診療の補綴にしか使わないということであれば、ROI達成には相当の時間を要する。高額投資を回収するには、自院の症例構成や提供サービスをデジタルに合わせて拡充する戦略が求められる。
外注・共同利用・導入の選択肢比較
口腔内スキャナーの導入を判断する際には、「自前で購入する以外にどんな選択肢があるか」も検討材料となる。1つの選択肢は現状維持(従来法の継続)である。従来の印象採得と石膏模型作業をラボに委ねる方法は確立された手法であり、設備投資ゼロで今まで通り診療を行える。しかしデジタルデータが得られないため、その先のCAD/CAM工程やデータ活用に制約がある。例えば患者説明用のデジタル模型やシミュレーションは外注では難しく、アナログ模型写真などで代替することになる。また昨今は保険CAD/CAM冠の大臼歯適用拡大(2024年)などデジタル前提の治療が増えており、ラボ側でも型から起こした模型をスキャンしてデジタル設計するケースが増加している。つまり医院側がアナログ運用でも結局ラボでデジタル化している裏事情もあり、効率という点では二度手間ともいえる。
共同利用という観点では、院内で複数ドクターが1台を共有することが一般的だ。大規模な歯科医院や分院を複数持つ法人では、高価な機器を一括導入して各ユニット・各院でシェアする運用も考えられる。TRIOS 5は「TRIOS Share」機能により1台のワイヤレススキャナーを院内ネットワーク経由で複数PCから利用できるため、診療ユニット間を持ち運びして使い回すことがしやすくなっている。ただし同時並行で使えるわけではないため、スキャン待ちが発生しないようスキャン業務を集中的に行う時間帯を作るなど工夫が必要である。分院間での機材融通は物理的に運搬が伴うため現実的ではないが、例えば導入判断の過程でメーカーからデモ機を一時貸与してもらい試用することは可能と予想される。あるいは近隣で既にスキャナーを導入している同業の歯科医院と提携し、一部症例を依頼することも理論上は考えられる。しかし補綴の印象採得は診療の根幹であり、患者紹介の手間や責任の所在を考えると、他院に依頼することは現実的ではない。むしろ信頼できる歯科技工所との連携が選択肢となる。デジタルに詳しいラボであれば、従来印象から起こした模型をラボ内スキャナーで高精度にデジタル化しCAD設計してくれるし、医院がスキャナー導入した際には導入支援やワークフロー構築に協力してくれるパートナーともなり得る。要するに、現時点で導入しない場合でも、デジタル技工への対応力の高い外部ラボを確保しておくことは重要だ。将来的に導入する際の移行もスムーズになるだろう。
最後に、他社製スキャナーの検討も選択肢となる。TRIOSは実績と機能面でトップクラスだが価格も高いため、予算制約が厳しければ低価格帯のスキャナー(例えばMedit i600は税別158万円)を検討する価値はある。近年はエントリーモデルでも性能が向上しており、「型取りのデジタル化」自体はどのメーカーでも一応達成できるかもしれない。ただし各機種でユーザーインターフェースやデータ連携性、サポート体制に差があるため、安価だからといって安易に飛びつくのは危険だ。特にグローバル展開の矯正メーカー(アライン社など)や大手ラボシステムとのデータ互換性、ソフトの日本語対応、サポート窓口の迅速さなどは、導入後の運用品質に直結する。TRIOSはその点で信頼性が高く、国内代理店(松風やストローマン)によるきめ細かなサポートと、日本語化されたソフトウェア/トレーニングリソースが用意されている強みがある。それゆえ最終的な選択は単なる導入費用の比較ではなく、自院のニーズを満たす機能と長期的なパートナーシップの価値をどう評価するかにかかっている。
よくある失敗と回避策
高価なスキャナーを導入しながら十分に使いこなせないケースも散見される。その典型が、スタッフ教育と運用フロー整備の不備による失敗である。導入当初は院長自ら物珍しさもあって積極的に使用するものの、忙しい診療の中で徐々に手が回らなくなり、次第に棚の奥にしまわれてしまうというパターンだ。これを避けるには、誰がどのタイミングでスキャン業務を行うかを明確に決め、標準作業手順(SOP)を作成しておくことが重要だ。例えば補綴物の印象は基本的に担当歯科医師が行うとしても、術前のスキャナー準備や術後のデータ送信・片付けは歯科衛生士や助手に任せるなどチームで役割分担すると効率が上がる。場合によってはスタッフが練習用に互いの口腔をスキャンし合い、歯科医師以外でもスキャン操作に習熟しておくことも有効だ(実際、海外では歯科助手がスキャンを担当する医院も多い)。TRIOSソフトのユーザーアカウントは複数作成でき、チームメンバーごとにログインできるので、誰がいつスキャンしたか履歴管理しやすい利点もある。
次に多い失敗は、機器トラブルや精度低下に対する備え不足である。たとえばキャリブレーションを長期間怠った結果、カラーや寸法精度に狂いが生じて補綴物適合に支障を来すケースや、スキャナーチップの劣化に気づかず使い続けたためにデータにノイズが増えていたケースなどが報告されている。これらは定期点検のスケジュール化とパーツ交換の計画で回避可能と予想される。キャリブレーション日は院内カレンダーに登録し、ソフト上のリマインダーも活用する。チップの使用回数管理も重要で、100回程度使用したら新品と入れ替えておくのが無難だ。TRIOS 5はチップを5個同梱し、また追加購入もできるのでケチらず更新する方が結果的に安上がりである。また、データは必ずクラウドあるいは院内サーバーにバックアップし、ソフトのアップデート前後には念のため重要データのエクスポートを行っておく。万一スキャナー本体が故障した場合に備え、従来印象の道具一式を予備として保持しておくことも当然ながら必要だ。デジタルに完全移行したからといって印象トレイ類を全て捨ててしまうのは軽率であり、機器修理の間に診療が止まっては本末転倒である。
運用上の落とし穴としては、ラボとの連携不備も挙げられる。導入当初、「とりあえずスキャンはできたが、その後の流れが分からない」という声は少なくない。これはラボ側との事前調整不足によるところが大きい。スキャンデータをどの形式で送ればよいのか、ラボが使用するCADソフトとの互換性は問題ないか、模型が必要な場合はラボ側で3Dプリント対応できるか、といった点を事前に打ち合わせておかなければならない。幸い3ShapeのTRIOSデータは業界標準のSTL形式を基本としており、ほぼ全てのCADソフト・ラボが受け入れ可能である。それでも細かなオーダー情報(マージンラインの指示や咬合圧痕の有無など)の伝達には、ソフトのコメント機能や添付写真を活用するなどの工夫が要る。コミュニケーション不足から生じるトラブルはアナログ時代から存在するが、デジタルでも同様なので、導入後はむしろ積極的にラボとの情報共有を図る姿勢が必要だ。可能なら担当技工士に医院まで来てもらい、TRIOSでスキャンした生データを見せながらディスカッションすることで、お互いの理解が深まり精度向上につながるだろう。
最後に、人間側の要因として「デジタルだから完璧」という誤信にも注意したい。実際にはオペレーターの技量や患者条件に大きく左右され、ミスをすれば不正確なデータが得られてしまう点はアナログと同じだ。例えばスキャン忘れの部分があったり、咬合圧接点の取り込みが不十分だったりすると、当然補綴物は合わない。デジタルだから大丈夫と慢心せず、チェックリストに基づいて確実にデータを検証する態度が重要である。また、得られたデータを最大限活用しようという意識も必要だ。折角スキャンしたのにそのデータを保管・分析せず、一度使ったら放置では宝の持ち腐れになってしまう。例えば定期検診時に前回のスキャンデータと比較し歯列の移動や咬耗の進行を評価すれば、咬合調整やマウスピース作製の提案につなげられる。TRIOS導入を契機に、デジタルデータを活用した新たな診療価値を生み出す姿勢が大切だ。
導入判断のロードマップ
では、具体的にTRIOS導入の是非をどう判断すればよいだろうか。経験と支援の観点から、ロードマップの一例を示す。
【ステップ1】自院のニーズ分析
まず現在の症例内容を洗い出し、デジタル印象の恩恵が大きい領域を特定する。例えばクラウン・ブリッジの年間症例数、インプラントや矯正の有無、自費補綴の割合などを確認する。もし補綴症例が少なく保険の小さな修復中心であれば、高額な投資は負担になる。一方、自費の大きな症例が多いなら患者満足度向上が直接収益につながるため導入優先度が高まる。また嘔吐反射の強い患者が多い、小児や高齢者が多い、といった患者層も考慮する。
【ステップ2】周辺環境とリソースの確認
次に、デジタルワークフローを支える環境を点検する。現在取引中の技工所でデジタルデータ受け入れは可能か(多くは可能だが特定のフォーマット指定等に応じられるか)。院内のネットワーク回線速度は十分か(光回線推奨)。PCの性能は要件を満たすか(最低でもCore i7クラスCPU、16GB以上RAM、GPU搭載を推奨)。スタッフにITリテラシーはあるか。場合によっては院内LANの整備やPC買い替え、スタッフ研修計画も含めて準備が必要となる。
【ステップ3】製品情報の収集
複数メーカーのスキャナーについて、スペック・価格・サポート内容に注目する。3Shape TRIOSのラインナップ内でもTRIOS 5, TRIOS 3, TRIOS Coreで機能と価格が異なる。例えば「う蝕検知機能は使わない」「ワイヤレスでなく有線で構わない」と割り切ればCoreモデルでも目的は果たせる。また他社(Medit, iTero, Primescan等)の評判や実機デモ情報も収集する。各社のユーザーコミュニティやレビュー記事、できれば知人の実際の使用感も参考になる。動向として、2025年3月の国際デンタルショー(IDS)では早くもTRIOS 6が発表されており、技術革新が続いている点も念頭に置きたい。陳腐化リスクもあるため、常に最上位を狙うのではなく購入タイミングも重要だ。
【ステップ4】試用とシミュレーション
候補機種が絞れたら、実際にメーカーやディーラーに依頼してデモ機を借りる/見学する。可能であれば自院で1日使わせてもらい、スタッフ全員で扱ってみる。その上で、導入した場合の運用シミュレーションを行う。例えば1日の診療スケジュールに組み込んでみてどの作業が変わるか、患者一人あたり何分短縮できそうか、逆にトラブル時にどこで詰まりそうかを想定する。各ユニットに設置するのかカートで持ち回るのかも検証する。導入後すぐには慣れず時間がかかることも踏まえ、習熟曲線も考慮した上でメリットが享受できるか判断する。
【ステップ5】投資回収計画の策定
最終段階では、費用と効果を数値で擦り合わせて導入決定を行う。初期投資総額(機器代+付帯設備費)と年間維持費を算出し、それを何年で回収するか目標を立てる。例えば総投資700万円を5年で回収するには、年間140万円の収益改善が必要となる。この内訳を、材料費削減○万円、増加売上○万円(新規矯正○件、自費クラウンアップセル○件等)、効率化による増収○万円(チェアタイム短縮で○人追加診療)といった具合に試算する。もちろん机上の計算通りにはいかないが、目標値を設定することで導入後のPDCAサイクルを回す指標となる。なお、医療機器の大型導入には減価償却や税制優遇(高額医療機器の特別償却など)の検討も必要だ。必要なら税理士等とも相談し、資金計画に組み込む。
以上のロードマップは一例だが、ポイントは場当たり的に導入を決めないことに尽きる。院長のビジョンと数字の裏付けをもって導入判断を下し、その後も定期的に効果検証していくことで、デジタル機器は初めて真価を発揮すると言える。
出典
- 松風 (2017): 「TRIOS 3 オーラルスキャナ 添付文書」 – 2017年版の公式取扱説明書(医療機器承認添付文書)
- 松風 (2024): 「TRIOS 5 製品情報ページ」 – 松風公式サイトのTRIOS 5紹介(仕様・特徴・構成品など)
- 技工士ドットコム (2025): 「3Shape社 TRIOS Core 特集」 – TRIOS Core発売時の解説記事、価格・仕様やTRIOSシリーズ比較
- フォルディ (2025): 「製品詳細 TRIOS 4」 – 歯科関連製品情報サイトによるTRIOS 4の製品ページ。TRIOS Care費用等の詳細記載
- 3Shape社 (2023): 「3Shape Communicate ポータル」 – 3Shape公式サイト サービス案内。TRIOSのクラウド連携とログイン方法の説明
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