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歯科医師に定年制度はある?
一般的な会社員には60~65歳の定年がありますが、歯科医師という職業には法律上の定年制は存在しません。歯科医師免許は一度取得すれば生涯有効で、運転免許のような更新制度もないため、理論上は70歳・80歳・90歳でも診療を続けることが可能です。極端に言えば、歯科医師免許を持ち続ける限り何歳になっても歯科医師として働き続けられるということです。
もっとも「生涯現役」も可能とはいえ、現実には高齢になるにつれて視力の低下や手先の細かな動作の衰え、体力の減退などが避けられず、診療への支障が出てくるのも事実です。歯科医師の仕事は前かがみの姿勢を長時間保つため肩こりや腰痛など肉体的負担も大きく、50代後半~60代になると「夕方になると疲れが取れない」という声もよく聞かれます。そのため、多くの歯科医師は自らの健康状態や技術の維持状況を見極めて「そろそろ引退すべきか」を判断し、適切な時期に引退を決断しています。つまり歯科医師の場合、何歳で引退するかは本人の裁量に委ねられており、誰かに定年を強制されることはありません。
歯科医師の平均年齢は?現役歯科医の年齢層
厚生労働省の統計によれば、令和2年(2020年)末時点で日本の歯科医師数は107,443人で、歯科医師全体の平均年齢は52.4歳です。特に約9万人が働く「診療所」(クリニック)に限ると平均年齢は54.3歳と全体平均より高く、高齢化が進んでいます。この平均年齢は年々上昇傾向にあり、昭和末期~平成初期には46歳台だったものが直近では50歳台半ばまで上がっています。背景には30~40代の若手歯科医師の減少と50代以上の増加があり、平均年齢は毎年約0.6~0.8歳ずつ上昇している状況です。特に現役で働く歯科医師に占める60代の割合が近年顕著に増えており、歯科医師の年齢構成の高齢化が明らかです。
実際、歯科医師の高齢現役率は非常に高くなっています。厚生労働省の最新データ(令和4年医師・歯科医師統計)によると、診療所で働く歯科医師の年齢構成では60~69歳の層が最も多く全体の25.0%を占め、70歳以上の歯科医師も14.1%にのぼります。つまり定年年齢とされる60代・65歳以降でも現役を続けている歯科医師が非常に多いことが分かります。これは他業種では考えにくい特徴で、歯科界では高齢になっても引退せず診療を続けるケースが珍しくないのです。
なお、働き方によって歯科医師の平均年齢には差があります。病院勤務など勤務歯科医師(後述)の平均年齢はおよそ45.8歳と報告されており、診療所を主とする全体平均より若めです。一方、開業歯科医師(自ら医院を経営する歯科医)の平均年齢は令和4年時点で54.8歳とさらに高齢層に偏っています。勤務歯科医の年齢層が若い理由の一つとして、40歳前後で独立開業や他分野へ転身する歯科医師が多いことが挙げられます。多くの歯科医師はキャリアの中盤で自院を構える道を選ぶため、勤め人として働き続ける歯科医師は相対的に少なくなり、高年齢層が開業医に集中する傾向があるのです。以上のように、歯科医師全体では50代半ばという高い平均年齢となっており、歯科業界の現役世代の高齢化が今後もしばらく続くと見られています。
勤務医は何歳まで働けるのか?
歯科医師にも様々な働き方がありますが、「勤務医」として病院や他院に雇用されて働く場合、定年の有無や年齢は勤務先の規則に左右されます。公的機関か民間医療機関かによっても違いがありますので、それぞれ確認してみましょう。
公務員歯科医師の定年は65歳(特例で70歳まで)
大学病院や公立病院などに勤務する歯科医師は、公務員としての身分規定が適用されます。そのため法律上、原則として65歳で定年退職するルールになっています。近年の法改正により、医師・歯科医師等の一部の職種には「特例定年制度」が導入され、刑務所など矯正施設等で勤務するケースでは最大70歳まで定年が延長できるようになりました。実際に地方公務員法等の改正(2023年施行)で段階的に定年引上げが進められており、一定の条件下で70歳まで勤務継続が可能になっています。とはいえ、一般的な公務員歯科医師の定年は65歳であり、基本的には65歳を迎えた時点で一旦退職となるのが通例です。
民間の勤務歯科医師は60~65歳が目安
民間の歯科医院や病院に勤務医として勤める場合、定年制度は職場によって様々です。就業規則で定年を設けていない医院もあれば、60歳を定年と定めているところもあり、この点は勤務先ごとに異なります。一般には民間の歯科医院でも60歳前後を一区切りとすることが多いようですが、実際には多くの医療機関で再雇用制度(継続雇用制度)が導入されており、定年後も嘱託医や非常勤医として65歳程度まで勤務を続けられる環境が整っています。例えば一旦60歳で定年退職しても、嘱託契約で引き続き同じ医院に週数日勤務し65歳までは働ける、といったケースが一般的です。
最近では、民間の歯科医院でもベテラン歯科医師の経験を活かすため、定年を定めず柔軟に雇用を続ける医院も増えてきています。ただし一方で、歯科医院に長く勤務する歯科医師自体がそれほど多くない点にも注意が必要です。前述の通り、多くの歯科医師は40代頃で独立開業するため、勤務医として60代まで勤め続ける人は少数派と言えます。実際、病院に勤務する歯科医師の平均年齢が45.8歳と若いのは、40歳前後で開業など新たなキャリアに踏み出す人が多いためと分析されています。このように勤務医の場合、制度上は65歳程度まで働くことが可能ですが、それ以前にキャリア上の転機を迎えて退職・転身するケースも多いのです。
勤務医として長く勤める予定の歯科医師は、自身の職場の定年規定や再雇用制度について把握しておくことが大切です。また、公的な制度で65歳以上まで働ける道が開けつつあるとはいえ、雇用される立場の場合はいずれ退職を迎えることになります。その際に備えて、定年前からセカンドキャリアや再就職の準備を進めておくと安心です。いずれにせよ、勤務医の場合は遅くとも60代半ばまでに一区切りという意識でキャリアプランを考えておくと良いでしょう。
開業医は何歳まで働けるのか?
自ら歯科医院を経営する開業医の場合、定年がないため基本的には引退の時期も自分の裁量で決めることができます。勤務医と違って雇用主から「○歳で退職してください」と言われることはなく、歯科医師免許さえ有していれば法的にもいつまでも診療可能です。このため、開業医の中には70代を超えても現役で活躍する人が珍しくありません。極論すれば体力と気力さえ続けば80代でも90代でも自院で診療を続けられるわけですが、実際には多くの開業医が70歳前後のタイミングで第一線を退く傾向があります。
開業医は定年なしで70代まで現役が可能
開業医の平均年齢は54.8歳と高く、診療所従事者の年齢分布を見ると60代の歯科医師数が最大です。また前述の通り診療所で働く歯科医師の14%は70歳以上に達しており、引退せず70代まで現役を続ける歯科医師が相当数存在します。一般の会社員であれば60代で完全リタイアするのが普通ですが、開業医にとっては60代はまだ現役の範疇と言えるでしょう。実際、開業医の多くは70歳前後まで診療を続けるケースが多く、70代半ば頃にようやく引退を考え始めるというのが一つのモデルになっています。
70歳を超えて診療を続ける開業医も多い
前述のデータのように、70代になっても地域医療を支える開業歯科医師は少なくありません。経験も技術も豊富で患者からの信頼も厚いベテランドクターほど、できる限り長く診療を続けたいという思いが強い傾向があります。その一方で、高齢の開業医が引退を考えるきっかけとして多いのが自身の健康状態と医院の後継者問題です。自分の体力・気力が限界に近づいたと感じたり、手先の感覚が衰えて治療に支障を感じたりした場合、患者さんに迷惑をかける前に引退しようと決断するケースがあります。また、後継者がいない場合は「このままだと医院を閉めるしかない」という状況になり得るため、やむを得ず引退に踏み切ることもあります。
開業医は好きなだけ働ける自由がある反面、引退のタイミングを自分で判断しなければならない責任も伴います。患者さんに最善の治療を提供できなくなる前に勇気を持って第一線を退くことや、医院を畳む場合はスタッフや患者への影響に配慮した計画が求められます。定年がないからといって無制限に働けるわけではなく、自身と周囲のために適切な引き際を見極めることも開業医の重要な心得と言えるでしょう。
歯科医師はどんなときに引退を考える?
歯科医師が引退を決断するタイミングは人それぞれですが、大きなきっかけとなるのは健康面や業務上の限界を感じたときです。前述のように年齢とともに体力や視力は低下し、細かな手作業の多い歯科診療では致命的な問題になり得ます。「自分の技術で患者さんに最高の治療を提供できているか?」という問いを突きつけられたとき、真摯な歯科医師ほど重く受け止めるものです。ここでは、歯科医師が「そろそろ引退かな…」と考える代表的な場面を見てみましょう。
体力・視力の衰えを感じたとき
身体的な衰えは引退を考える最も典型的なタイミングです。例えば、手元の細かい作業中に手指の震えを自覚したり、老眼の進行で細部が見えづらくなったりすると、治療の精度に影響が出かねません。また長年の診療で蓄積した腰痛・肩こりが悪化し、長時間の治療姿勢を保つのが辛くなるケースもあります。50代後半にもなると「夕方になると疲労が抜けなくなった」と感じる歯科医師が増えてくるといい、そうした体力の限界を感じたときに引退を真剣に検討し始める人が多いようです。
患者さんの口の中という狭く繊細な領域を扱う歯科診療では、ほんの僅かなミスや見落としが大きなトラブルにつながる可能性があります。自分の身体能力の衰えによって患者さんにベストな治療を提供できなくなるリスクが高まったと感じれば、「事故を起こす前に身を引こう」と考えるのはプロフェッショナルとして自然な判断でしょう。実際、多くの歯科医師が視力・筋力・持久力など身体的な衰えを引退のきっかけに挙げています。自覚症状がなくても定期的に健康診断を受け、自分の体調変化を把握しておくことが望ましいでしょう。
早期引退を選ぶ歯科医師もいる
一方で、体力に余裕があっても比較的若いうちに引退を計画する歯科医師も存在します。実際、40歳ごろから既に「いつ引退するか」を見据えて準備を始める人もいます。たとえば、公的年金の受給開始に合わせて経済的準備を整え、50代で早めにリタイアするケースがあります。このような早期引退を選ぶ背景には、「一定の収入や貯蓄が確保できたので、第二の人生をゆっくり楽しみたい」という考えや、「自分は経営に専念し、治療は後進(息子など)に任せたい」という思いがあります。実際に、自身の息子が歯科医師である場合に比較的若いうちに臨床を退いて医院経営に回り、治療は後継の息子に引き継ぐといったケースも見られます。
さらに、最近では歯科医師の働き方や価値観も多様化しており、「人生100年時代」を見据えて60歳前後でスパッと引退し、趣味や家族との時間を充実させる人もいます。「いつまでも働くことが幸せ」と感じる人もいれば、「第二の人生を楽しむために早めに引退したい」という人もいるのです。要するに、引退のタイミングは各人のキャリア観やライフプランによって様々であり、正解は一つではないということです。
歯科医師求人に年齢制限はあるのか?
歯科医師の求人募集において年齢制限はあるのでしょうか。結論から言えば、現在の日本では原則として求人票に特定の年齢条件を明記することは禁止されています(例外的な場合を除く)。高年齢者雇用安定法等により年齢差別のない募集が求められているためですが、実情として求人側が想定するターゲット年齢層は存在します。特に非常勤など経験年数を問わない募集では、比較的若手の歯科医師を求める傾向が強いようです。
求人票では若手が求められる傾向
歯科医師の求人票を見渡すと、若い世代向けの募集が目立つことが分かります。とくに非常勤の歯科医師求人では現状、30代までの歯科医師を想定した募集が多く見られます。新人の歯科医師や若手を迎え入れ、育成しながら長く勤めてもらいたいという歯科医院側の意図があるためで、必然的に募集時の年齢上限が低めに設定されがちです。実際、「新卒~5年目くらいまでのドクター歓迎」といった表現で暗に若手を募集している求人も多々あります。
一方で、即戦力となる経験者を求めている歯科医院であれば、年齢上限は比較的高くなる傾向があります。たとえば特定の専門分野で豊富な経験を持つ歯科医師を非常勤で招きたい場合などは、必ずしも若手である必要はないため50代以上でも採用される余地があります。要は、その求人で歯科医院が何を求めているか(若手を育てたいのか、即戦力が欲しいのか)によって、想定する応募者の年齢層が変わってくるということです。
非常勤求人は上限60~65歳が目安
とはいえ、どんな場合でもまったく年齢を問わないというわけではなく、多くの歯科医院は暗黙的に60代半ばをひとつの目安にしています。実際、求人票に定年制ありと明記している医院では「定年60歳・再雇用65歳」としている例もありますし、定年を公表していなくても「さすがに70歳以上の新人採用は難しい」というのが本音でしょう。たとえ経験豊富なベテラン歯科医師であっても、新たに非常勤として採用する場合は上限を60~65歳程度に区切っているケースが多いようです。現実問題として、70~80代の歯科医師が新規に他院の非常勤求人に応募しても採用されるケースはかなり限られているのが実情です。
この背景には、やはり加齢による体力・技術の衰えが避けられないことがあります。一般的な定年年齢である60~65歳前後は、歯科医師にとっても体力の曲がり角となる時期です。そのため求人側も「長く勤めてもらうのは難しいだろう」と判断し、それ以上の年齢層の採用には慎重になる傾向があります。もっとも、既に勤めている歯科医院であれば定年後も嘱託として残ることはできますが、新規の職場を65歳以降に探すのは難しいのが現状です。以上より、歯科医師が転職や再就職を考えるならば、遅くとも60代前半までが現実的なタイミングと言えるでしょう。
高齢の歯科医師が働き続けるには?
「定年」が無いとはいえ、前述のように新たな勤務先を見つけるのは65歳を過ぎると厳しくなってきます。しかし、歯科医師として培った経験や技術を生かしながら高齢期も働き続ける道はいくつか存在します。ここでは、実務を引退した後でも歯科医師が活躍できる代表的な方法を紹介します。
週2~3日働く非常勤勤務という選択
まず、多くの歯科医師が選んでいるのが勤務日数を減らして非常勤として働き続ける方法です。完全に引退してしまわず、週に2~3日程度のペースで診療を行う非常勤歯科医師の働き方は高齢の歯科医師の間で人気があります。自身の開業した医院を持つ場合でも、院長職は後進に譲って自分は週数日の診療だけ担当する、といった形で負担を調整するケースがあります。また他院の非常勤医として勤務日を絞って働くことも可能です。例えば「毎週○曜日のみ診療に来てもらう」契約で外部のベテラン歯科医師に非常勤勤務してもらう医院もあります。
このように勤務時間・日数を減らすことで、肉体的な負担を軽減しつつ現場に関わり続けることができます。特に、往診(訪問歯科診療)などニーズの高い分野で週に数日だけ高齢の歯科医師が活躍するケースもあります。超高齢社会の日本では、要介護高齢者宅や施設を訪問して口腔ケアや簡易な治療を行う訪問歯科の需要が伸びており、引退後もこうした分野で貢献する歯科医師もいます。非常勤ならば自分のペースで働けるため、「完全リタイアするには惜しいが常勤でフルに働くのは厳しい」というシニアの歯科医師にとってちょうど良い働き方と言えるでしょう。
経験を活かして若手を育成する道
教育・指導の分野で活躍するのも、高齢の歯科医師に適した道の一つです。培ってきた豊富な経験や高度な技術を、これからの世代に伝えていく役割です。例えば、ある程度の年齢になった歯科医師が若手歯科医師の技術指導役を担ったり、歯科衛生士学校や歯学部で講師を務めるケースが見られます。臨床現場で直に患者を診る仕事から一歩引き、後進の育成にフォーカスする働き方です。
実際、「週に数日は非常勤で臨床に出て、残りの時間は新人教育に充てる」というベテラン歯科医師もいます。また、各地の歯科医師会やスタディグループで研修会の講師・実習指導を担当するなど、セミリタイア的な働き方をする人も少なくありません。こうした役割は体力面の負担が比較的少ない一方で、豊かなキャリアで得た知見を存分に活かせるため、本人の生きがいにもなり得ます。「技術は現役、体力はセミリタイア」といったバランスで、歯科界に貢献し続ける道と言えるでしょう。
医療コンサルタントとして新たな役割
さらに、歯科医療以外の形で業界に貢献する道もあります。臨床を離れ、培った知識を活かして医療相談員やコンサルタントとして活躍する歯科医師もいます。例えば、長年の経営経験を元に歯科医院向けの経営コンサルタントになる、あるいは保険制度や医療行政に詳しい歯科医師が行政機関や企業のアドバイザーになる、といったケースです。
歯科医療機器メーカーや製薬会社などで研修講師や学術アドバイザーを務める道も考えられます。直接患者さんを見る仕事ではありませんが、自分の専門知識をバックグラウンドに業界を支える重要なポジションです。近年では介護施設での口腔ケア指導や、地域包括ケアシステムでのオーラルフレイル対策プロジェクトに参画する歯科医師もおり、臨床引退後も多様な社会貢献のチャンスがあります。
このように、高齢になっても歯科医師として働く道は一つではありません。非常勤で臨床を細く長く続ける、教育者として後進育成に注力する、あるいはコンサルタント等で間接的に医療に関わるなど、自分の体力や志向に合わせた働き方を選ぶことができます。大事なのは無理のない範囲で社会とかかわり、自身の経験を活かせるフィールドを見つけることです。もちろん、思い切って完全リタイアして趣味に没頭するのも一つの人生です。いずれにせよ、キャリアの最後を自分らしくデザインすることが、悔いのない歯科医師人生の締めくくりにつながるでしょう。
歯科医師が引退前に準備すべきこと
最後に、歯科医師が引退を決める前に準備しておくべきことについて触れておきます。とくに開業医の場合、引退は自分だけの問題ではなく医院やスタッフ、患者さんにも関わるイベントです。引退後の生活設計も含め、早め早めに備えておくに越したことはありません。
後継者の確保と医院承継の計画
開業歯科医師にとって、医院の後継者をどうするかは最大の課題の一つです。日本歯科医師会の調査(2020年)によれば、歯科医院の管理者の約9割が「将来の後継者が決まっていない」または「後継者が全くいない」と回答しています。この現状は非常に多くの歯科医院が後継者不足に直面していることを示唆しています。自分の子や親族に歯科医師がいればそのまま跡を継いでもらう選択肢もありますが、そう都合良くいくケースばかりではありません。そのため、親族以外の第三者への承継も視野に入れて早めに候補を探す必要があります。
後継者探しには時間がかかるため、引退を意識し始めたらできるだけ早く動き出すことが大切です。適切な後継者を見極めるには、単なる技術力だけでなく経営能力や人間性も含めて信頼できる人材かを判断しなければなりません。場合によっては複数年かけて引き継ぎ期間を設け、患者さんやスタッフにスムーズに顔なじみになってもらう配慮も必要でしょう。
仮に後継者が見つからず閉院を選択する場合でも、患者さんへの周知や医療機器・備品の処分、スタッフの再就職支援など多くの手続きが発生します。全国的に歯科医院の後継者不足は深刻で、後継者が決まらず困っているケースは半数以上に及ぶという報告もあります。簡単に廃業できない背景には、長年働いてくれたスタッフを路頭に迷わせてしまうことや、医院がなくなると地域医療の質に影響が及ぶ懸念があることなどが挙げられます。このため、引退を考え始めたら医院をどう処遇するか(誰かに承継するのか閉院するのか)について早めに計画を立て、患者さんやスタッフへの影響を最小限にする対策を練ることが求められます。
借入金の完済に向けた計画
開業医の場合、借入金の整理も重要なポイントです。歯科医院の開業や新規ユニット導入など設備投資の際に金融機関から借入をしていることは珍しくありません。現役のうちは診療収入で返済できますが、引退後は収入が大きく減るため、退職までに確実に完済できるよう計画を立てておく必要があります。場合によっては返済期間の延長や条件変更について金融機関と協議する必要もあるでしょう。退職金や年金で賄えるのか、不足分は貯蓄で補填できるか、といったシミュレーションを早期に行ってください。
特に、クリニック開業時に高額な借入をしている場合は要注意です。無収入になってからも借金だけが残るという事態は絶対に避けねばなりません。そうならないよう、50代以降はなるべく新規の負債を増やさず、引退時に借入金が残らない状態を目指しましょう。もしどうしても機器更新などで融資を受ける場合も、返済計画に無理がないか慎重に検討することが大切です。
引退後の生活費・収入源の確保
最後に、引退後の生活設計です。現役を引退すると毎月の診療収入は途絶えますから、老後資金をどう確保するかは誰にとっても大きな課題です。引退後の生活費をどのように捻出するのか、計画的に準備しておく必要があります。公的年金や退職金が頼りになりますが、それだけで十分な生活水準を維持できるかどうかは個人差があります。一般的に開業医は厚生年金ではなく国民年金であるため、会社員に比べて年金額が少ないことも留意すべき点です。
そのため、現役時代からの貯蓄や資産運用が老後の経済的余裕を左右します。例えば個人年金保険やiDeCo(個人型確定拠出年金)への加入、小規模企業共済への積立など、制度を活用した資産形成も検討しましょう。厚生労働省のモデルケースでは夫婦で悠々自適な老後を送るには公的年金以外に数千万円の蓄えが必要とも言われています。歯科医師の場合も例外ではなく、退職後に困らないだけの蓄えを計画的に準備しておくことが重要です。
また、引退後に何らかの収入源を維持することも視野に入れてください。前述のように非常勤で週数日働き続けるのも一つですし、医療系の執筆や講演、あるいは不動産収入など、本業以外の収入源があれば経済的な安心感が違います。現役中から趣味や特技を伸ばしておき、退職後にそれを副収入につなげた例もあります。いずれにせよ、お金の不安がない状態を作っておくことが、セカンドライフを豊かに過ごす秘訣と言えるでしょう。
なお、これらの準備は思っている以上に時間がかかります。理想を言えば引退の5年前から、後継者育成や患者さんへの周知、経済面の準備に着手するのが望ましいとも言われています。実際、計画的に動けば医院の円滑な引き継ぎや老後資金の確保も余裕を持って進められるでしょう。
引退は歯科医師人生の集大成とも言えるイベントです。その時期や形は人それぞれですが、悔いのないよう早めに考えておくに越したことはありません。歯科医師の引退に「正解」はないとよく言われます。80歳まで第一線で活躍する人もいれば、60歳で第二の人生を謳歌する人もおり、それぞれがその人なりの正解です。大切なのは、自分の健康状態とやりがい、そして患者さんへの責任とのバランスを考え、自分の価値観に基づいて納得のいく時期を選ぶことです。技術革新が進み高齢でも続けやすくなった今、歯科医師の引退年齢はますます多様化しています。ぜひ、自分らしい歯科医師人生の締めくくり方をじっくりと描いてみてください。