アメリカの歯科医師の社会的地位について、歯学部の難易度や、日本との違いについて解説!
アメリカの歯科医師の社会的地位はどれほど高い?
アメリカでは歯科医師は伝統的に社会的地位が高い職業とされています。その一例として、米国の有力誌による職業ランキングで歯科医師がしばしばトップに挙げられます。実際、2015年の米国USニュースの調査では「アメリカ人がなりたい職業」第1位が歯科医師だったとの報告があります。これは医師や弁護士など他の専門職を抑えての順位であり、歯科医師がアメリカ社会でいかに人気と尊敬を集めているかを物語っています。日々の診療に携わる歯科医師は地域社会からも信頼され、「先生」として高い評価を受ける存在です。
人気職業ランキングで見てもトップクラス
歯科医師がアメリカで高い社会的評価を受ける背景には、その職業の安定性や人々のニーズが大きく関係しています。歯の健康や美容は生活の質に直結するため、優れた歯科医師は患者から感謝され尊敬されます。また、歯科医師は毎年の人気職業ランキングでも常に上位に位置しています。前述の通り2010年代には歯科医師が人気職の筆頭に挙げられたこともあり、現在でもその傾向は続いています。このようなランキングは若者の職業選択にも影響を与え、歯科医師を志望する学生がアメリカでは少なくありません。
高収入と働きやすい環境
アメリカの歯科医師は高収入である点も社会的地位の高さにつながっています。一般歯科医師の年収中央値は約15万5千ドル(約2,300万円)と報告されており(2022年時点)、これは日本の一般歯科医師平均年収(令和4年時点で約737万円)と比べて3倍以上に相当します。専門医になれば年収20万ドル台(約2,400万~3,100万円)に達することもあり、努力に見合った報酬が得られる仕組みです。加えて、週の労働時間は平均36時間程度とされ、週休二日制で働く歯科医師が多いと米国歯科医師会(ADA)の調査でも示されています。1日8時間勤務を週4日程度といった勤務形態が一般的で、金曜日は午前診療だけというクリニックも珍しくありません。このように短めの労働時間で高収入を得られることもあり、歯科医師はアメリカで効率よく稼げる魅力的な職業と認識されています。経済的な豊かさやワークライフバランスの良さは、社会的な成功の象徴とも言えるでしょう。
日本では歯科医師の社会的地位はどうなっている?
一方、日本における歯科医師の社会的地位は、アメリカと比べて相対的に落ち着いたものとなっています。もちろん専門職として一定の尊敬を集める職業ではありますが、その人気や経済的地位は近年低下傾向にあります。例えば、日本の歯学部では近年入学希望者が減少し、定員割れ(定員に満たない入学者数)の大学が続出しています。2010年代には私立歯科大学の大半で入試競争倍率が2倍未満となり、中には志願者数と合格者数がほぼ同じ(倍率1.0台前半)という大学もありました。極端な例では163人受験して162人合格(不合格者1人のみ)というケースも報じられており、事実上「希望すればほぼ入れる」状態だったと伝えられています。このような状況は、かつて「高収入で安定した仕事」と思われていた歯科医師のイメージが崩れ、志望者離れが起きた結果だと分析されています。
歯学部の定員割れが示す人気低迷
歯科医師を取り巻く日本の環境変化を端的に示すのが、歯学部の定員充足率の低下です。国公立大学の歯学部では定員を満たす状態が維持されていますが、私立歯科大学の多くで定員割れが慢性化しています。例えば令和5年度(2023年度)時点で、私立17歯学部中9校が定員割れとなっており、過去5年平均では私立の約11校が定員を満たせていない状況でした。この背景には「歯科医師は過剰気味で稼げない職業」という認識が広がり、受験生の人気が長年低迷したことがあります。実際、国は歯科医師数の抑制策として定員削減を行ってきましたが、それでもなお充足しない大学が多いのです。2000年代後半には歯科医師国家試験の難易度引き上げ(2006年の方針)もあり、それ以降、一部私立歯科大では入試難易度を下げて合格者を増やしてもなお欠員が出るという事態になりました。これらのデータは、日本で歯科医師を目指す若者が減っている傾向を物語っています。
収入や競争の現状
日本の歯科医師の収入面を見ると、開業医と勤務医で差はあるものの平均年収は約300万~1000万円程度と幅が大きく、中でも勤務医の場合は500~700万円台に収まることが多いとされています。厚生労働省の統計によれば令和4年時点で一般歯科医師の平均年収は約737万円です。かつては「歯医者は高収入」のイメージが強かった日本ですが、現在では都市部を中心に歯科医院同士の競争が激化し、いわゆる“歯科医師のワーキングプア”(十分な収益を得られない開業医)が社会問題として取り上げられることもあります。実際、1990年に約7.5万人だった歯科医師数は2010年に10万人を超え(約3割増加)、患者一人当たりの取り合いが生じていると指摘されています。特に歯科医院の多い都市圏では経営が厳しく、東京都では過当競争の結果「1日に1軒のペースで歯科医院が廃業している」とまで報告されています。供給過剰ともいえる状態の中で、歯科診療報酬(保険点数)は国の政策で抑えられており、保険診療中心では高収入を得にくい構造も影響しています。こうした要因が重なり、日本では歯科医師が以前ほど“儲かる職業”とは見なされなくなり、結果として社会的な憧れや地位の面でも停滞しているのが現状です。
アメリカで歯科医師の地位が高いのはなぜ?
アメリカと日本で歯科医師の社会的地位に差が生じているのには、いくつかの構造的な背景があります。大きな要因としては医療保険制度の違いと歯科医師の供給・需要バランスの違いが挙げられます。また、人々の歯科医療に対する意識や文化的価値観の差も無視できません。これらの要因が複合的に作用し、アメリカでは歯科医師が高い地位を得ているのに対し、日本では伸び悩んでいる状況につながっています。
国民皆保険の有無と歯科医療の価値観
アメリカでは基本的に国民皆保険制度がなく、歯科治療も公的保険の適用外か制限的なため、多くの人は民間の歯科保険に入るか自費で治療を受けます。この違いが歯科医師の収入と評価に大きく影響しています。日本のように国が歯科治療の報酬を一律に定める仕組みがないため、アメリカの歯科医師は質の高い治療を行えばそれだけ高い報酬を得られる傾向があります。言い換えれば、自らの腕と経営努力で収入や評価を上げる余地が大きく、これが歯科医師のモチベーションや社会的評価を高める一因となっています。日本では逆に、公的保険下ではどんなに精密な治療をしても報酬は横並びという状況が長く続き、歯科医師が自分の価値を発揮しにくいと指摘する声があります。このような制度の違いにより、米国では歯科医療が自由競争の市場で価値づけられるため、歯科医師=高い専門性と成功の象徴というイメージが根付いたと考えられます。
さらに文化的側面では、アメリカ人の歯科・口腔ケアへの意識は非常に高く、歯並びや白い歯は社会的ステータスの象徴とさえ言われます。実際、「整った歯並びは高い教育水準や権威ある職業の証」と捉える人も多く、歯が美しいことが個人の社会的成功を示す一要素となっています。この背景には、ハリウッド映画やセレブリティの影響もあり、誰もが輝く白い歯に憧れる文化があります。したがって人々は定期的に歯科検診や矯正、ホワイトニングに通い、歯科医師はそうしたニーズを支える重要な専門職として尊重されます。歯科に対する価値観そのものが社会的評価を左右していると言えるでしょう。
歯科医師数とニーズのバランス
もう一つの重要な違いは、歯科医師の数と需要のバランスです。日本では前述のとおり長年にわたり歯科医師数が増え続け、厚生労働省の試算では「現状維持に必要な年間新規歯科医師数は約1200人」なのに対し、実際は毎年約2400人が国家試験に合格して供給過多になっているとされました(※平成18年の検討会報告より)。結果として都市部を中心に歯科医院過剰となり、一人当たりの患者数が減少して収入低下を招いていました。一方、アメリカでは人口当たりの歯科医師数が地域によって不足気味の所もあり、全体として需給バランスは比較的良好です。例えば米国労働統計局(BLS)の職業見通しでは、2024~2034年に歯科医師の雇用は4%増と緩やかな成長が予測されており、需要に対して供給が極端に過剰になる懸念は大きくありません。むしろ地方や低所得者向けの歯科医療では歯科医師不足が課題になることもあるほどです。
またアメリカでは、歯科医師が自ら診療チェーンを展開したり専門特化するなど、多様なキャリアパスがあり、市場原理に応じて活動の幅を広げることができます。日本では歯科医師の増加に対し患者数の伸びが限定的で、一人ひとりの活躍機会が狭まってしまう状況が生まれていました。その結果、日本では「歯科医師=余っている職業」というイメージが広がり、社会的評価にも影を落としていたわけです。対照的にアメリカでは歯科医師は不足気味とされる専門職であり、そうしたレアさも相まって社会的な地位が高く保たれていると考えられます。
アメリカで歯科医師になる難易度は?
アメリカで歯科医師になるのは容易ではなく、その道のりは非常に高い競争率と厳しい課程によって特徴づけられます。歯科医師になるまでにはまず大学学部課程(プレ医歯学課程)を修了し、その後歯学部(デンタルスクール)に入学して4年間の専門教育を受ける必要があります。この歯学部への入学自体が狭き門で、全米各校への志願者数は定員の数倍から数十倍に達します。入試では学部時代の成績(GPA)や歯科適性試験(DAT)の高得点が要求され、トップ校では合格者の平均GPAが3.8〜3.9/4.0というほぼオールAに近い成績が求められるほどです。具体的にはハーバード大学の歯科大学院(大学院課程としての歯学部)では合格者の平均GPAが3.85と非常に高水準であり、最低でも3.6以上はないと合格は難しいと言われます。このように優秀な成績と適性を持った学生でも入れないことが珍しくないのが米国の歯学部です。
入学と修了から見る難易度
米国のデンタルスクール入学までのハードルは非常に高く、学部卒業時に優秀な成績を収めることはもちろん、ボランティア活動や研究経験、面接での適性評価など総合的な選考が行われます。歯学部の定員自体が限られており、例えば全米トップクラスのハーバード歯科大学院では受験者のうち3~4%程度しか合格できない(約97%が不合格)とも報告されています。多くの志願者が複数校に出願する中で合格の椅子を勝ち取るには、学業だけでなく人間性や熱意も含めて際立った存在である必要があります。
晴れて歯学部に進んだ後も、その修了は決して簡単ではありません。アメリカの歯学部は1~2年次に基礎医学・歯学を徹底的に学び、3~4年次には実際の臨床現場で患者を治療する実習を行うカリキュラムになっています。日本の歯学部が6年間かけて教える内容を4年間に凝縮しているため、その課程の厳しさは計り知れないものがあります。世界有数の名門校UCLAの学生でさえ「毎日課題や実習に追われ超多忙」と語るほどで、本場の学生にとっても歯学部の課程は相当な負担です。難しい基礎科目で単位を落とさないようにしつつ、臨床実習では実際の患者対応まで求められるため、精神的・肉体的にタフでなければ卒業まで辿り着けません。事実、クラスで脱落者が出たり留年する学生もおり、4年間で無事にDDS/DMD(歯学博士)の学位を取得できること自体が高い能力と努力の証と言えるでしょう。
国家試験から見る難易度
アメリカで歯科医師になるには、歯学部を卒業した後に国家試験(NBDE: National Board Dental Examinationなど)と各州の臨床試験に合格してライセンスを取得する必要があります。国家試験(現在は統合型のINBDEに移行)は歯学部在学中に受験し、多くは卒業までにクリアしますが、各科目で広範な知識が問われます。もっともアメリカの場合、最難関は歯学部入学までと在学中の課程と言われ、卒業生の多くは試験に合格して歯科医師免許を取得しています。州によっては臨床試験の代わりに卒後1年間の臨床研修(レジデンシー)修了をもって免許要件とするところもあり、ニューヨークなど一部の州では新卒歯科医師は研修プログラムに進むケースもあります。全米規模で見ると、歯学部をきちんと卒業した学生が歯科医師になれないケースは少なく、これは日本のように国家試験で大きく足切りされる構造ではないことを意味します。むしろ歯学部への入学段階で選抜が行われているため、卒業時には必要な知識・技能を身につけた者だけが揃い、その上で試験も突破できるという流れです。
もっとも、専門医を目指す場合はここからさらに難関が待ち受けます。矯正や口腔外科などの専門レジデンシーは、アメリカ卒の優秀な歯科医学生でも上位数%に入らないと進むのは難しいとされ、専門医プログラムへの入局競争も激烈です。このように、一般歯科医師になるまでであれば入学時の難易度がピークですが、キャリアアップの道でも随所に厳しい選抜が存在するのがアメリカの特徴です。
費用面から見る難易度
アメリカで歯科医師を目指す上で忘れてはならないのが学費・生活費の負担の大きさです。米国の歯学部(大学院)に4年間通うための授業料は、州立か私立かによっても異なりますが、総額で15万~35万ドル(約2,250万~5,300万円)程度が必要だとされています。たとえばハーバード大学歯学部では4年間の学費が約46.5万ドル(約6億1,563万円※2022年レート)にのぼるとの試算があります。私立の歯学部は総じて医学部より高額とされ、アメリカ全体の平均でも歯学部の学費は医学部より高いというデータがあります。これに加えて生活費や教材費、国家試験の受験費用などもかかるため、在学中に1,000万円単位の借金を抱える歯学生も珍しくありません。卒業時には数十万ドルの学資ローンを背負う歯科医師志望者も多く、これも一つの「難易度」と言えるでしょう。
ただし、こうした投資に見合うだけの収入が得られる可能性が高いことも事実です。前述のように米国の歯科医師は平均して年間数十万ドルを稼ぐことも可能であり、順調にキャリアを積めばローンも返済してなお経済的利益を享受できます。したがって費用面のハードルは高いものの、それでも高収入と社会的地位というリターンを期待して多くの学生が歯学部進学に挑戦しているのが現状です。
日本の歯学部の難易度はどのくらい?
日本で歯科医師になる難易度は、入学試験と卒業後の国家試験という2段階に分けて考える必要があります。前述の通り、ここ数十年で歯学部志望者は減少傾向にあり、入学時の競争は一部大学を除きそれほど高くない状況になっています。しかし、入学後に待ち受ける歯学部の課程修了と歯科医師国家試験の関門は依然として厳しく、全て順調に乗り越えて晴れて歯科医師免許を得るまでには相応の努力が必要です。日本の場合、入学時よりも卒業時の国家試験に合格することの方が大きなハードルになっている点がアメリカとの相違点です。
入学のハードルと卒業の難しさ
日本の歯学部入試は大学や国公立・私立によって難易度に差があります。伝統ある国公立大学の歯学部(例えば東京医科歯科大学や大阪大学歯学部など)では依然として高い競争率を維持し、偏差値も医学部に準ずる水準ですが、多くの私立歯科大学では志願者数自体が少なく、定員割れも見られるため難易度は低下しています。極端なケースでは前述のとおり、ほぼ全入(志願者のほとんどが合格)に近い大学も過去に存在しました。そのため、「入学するだけなら易しい」と言われることもありますが、重要なのは入った後にしっかり勉強を続けられるかです。
歯学部の6年間では、解剖学や生理学といった医学的基礎から歯科臨床まで幅広い科目を履修し、実習も数多くこなさねばなりません。私立歯科大の場合、入学時には学力的に医学部ほどの選抜を経ていない学生も多いため、進級や卒業の時点で相当数の留年者・中途退学者が出る傾向があります。特に3~4年次の病理学や薬理学、あるいは臨床実習で躓き留年するケースが散見され、最長在学年数(多くの大学で8~12年程度)を超えて退学となる事例もあります。このように、たとえ入学はできても卒業まで辿り着けない学生が一定数いることから、日本の歯学部には「入りやすく出にくい」という側面が指摘されます。各大学も国家試験の合格率向上のため、進級判定を厳しくするなどして勉強についていけない学生を振るい落とす傾向が強まりました。そのため歯学部に入学した後は、油断せず6年間計画的に学ぶことが求められます。
歯科医師国家試験の難易度
日本で最大の難関は、何と言っても歯科医師国家試験です。歯学部を卒業(見込み含む)した者に受験資格が与えられるこの試験は、近年合格率がおおむね60~65%前後で推移しています。例えば令和5年(2023年)2月に実施された第116回試験では全体の合格率63.5%、内訳は新卒受験者が77.3%合格、既卒受験者(過去に不合格で再挑戦する人)は42.2%の合格率でした。つまり現役の学生でも4人に1人弱は落ち、浪人生に至っては半数以上が不合格になる計算です。これは医師国家試験などと比べても合格率が低めで、厚生労働省が歯科医師数抑制のため試験を難化させた影響も一因とされています。事実、1980~90年代には歯科医師国家試験の合格率は80~90%と高かったのが、2006年以降は明確に絞り込みが行われ合格率が一時50%台後半まで低下しました。現在でも60%台前半と、合格するのは決して容易ではありません。
国家試験の内容自体も、歯科全般にわたる広範な知識と臨床的判断力が問われる難しいものです。範囲の広さゆえ、卒業試験に通った学生であっても国家試験対策には別途集中した勉強が必要になります。各大学は自校の合格率を上げるために補習や模擬試験を実施したり、成績不振者に卒業延期を促すといった対策を講じています。そうした努力を経てもなお不合格になる人は一定数おり、毎年2,000名前後が合格し約1,000名が涙をのむ状況が続いています。不合格者の中には再度勉強して翌年以降に挑む人もいますが、前述のように浪人して合格する可能性は半分以下であり、回を重ねるごとに狭き門となります。このため日本の歯科医師になる難易度は、「国家試験に合格できるかどうか」に大きく左右されると言えるでしょう。歯学部入学時点では定員割れするほど入りやすい大学がある一方で、最終的に免許を手にできる人は決して多くはないのです。
臨床研修とキャリアの初期
国家試験に合格すると晴れて歯科医師免許を申請できますが、日本ではその後に1年間の臨床研修(歯科医師臨床研修)が義務化されています。2006年から制度化されたもので、医師と同様、歯科医師も研修医として一定期間実地訓練を積むことが求められます。この研修プログラム自体は試験ではありませんが、マッチングによる研修先確保が必要であり、場合によっては希望する研修先に入れないこともあります。いずれにせよ研修を修了すれば、いよいよ一人前の歯科医師として働く資格が得られます。
もっとも、ここから先のキャリアも平坦ではありません。日本では歯科医師免許取得後、まず大学病院や研修先の病院・診療所で経験を積み、その後勤務医として民間歯科医院で働いたり、あるいは実家が歯科医院であればそこを継いだりします。将来的に開業を目指す場合は数年の勤務を経て資金と修業を重ねる必要があります。近年は歯科医師の増加により開業しても患者確保が難しい地域も多く、勤務医のまま専門スキルを磨いていく選択肢を取る人も増えています。いずれにせよ、日本で歯科医師人生を軌道に乗せるには若手のうちに幅広い臨床経験を積み、差別化できる技術や専門分野を持つことが重要です。こうしたキャリア形成の難易度も含めると、日本で歯科医師として成功するには単に資格を取る以上の努力が求められるでしょう。
歯科医師になるまでの教育課程は日本とアメリカでどう違う?
これまで触れてきたように、日本とアメリカでは歯科医師になるまでの道筋が制度上からして異なっています。その違いを整理すると、日本は高校卒業後すぐに大学の歯学部(6年制)に進み、卒業時に国家試験を受けて免許取得というストレートな流れであるのに対し、アメリカは一旦4年制大学を卒業して学士号を取得した後、大学院としての歯学部(4年制)に進むという二段階のプロセスを踏みます。教育カリキュラムや免許制度にも違いがあり、両国で歯科医師同士の交流をする際にはしばしば話題になります。以下、両国の教育課程と制度の違いを見ていきましょう。
日本の6年一貫教育と国家試験
日本では「歯科大学」または「大学歯学部」に入学するところから歯科医師への道が始まります。入学資格は高等学校卒業もしくは同等の学力で、入試を経て晴れて歯学部生となります。教育期間は6年間で、その間に基礎医学・歯学、専門の歯科臨床科目、そして臨床実習(患者実習)まで網羅的に行います。医学部と同じく長い大学生活ですが、歯科の場合は口腔や歯科領域に特化した専門科目が中心です。6年次に各大学で卒業試験(あるいは共用試験やOSCEなども)に合格すると卒業(歯学士取得)となり、同時に年に1回行われる歯科医師国家試験の受験資格が得られます。国家試験は例年2月に実施され、合格発表は3月です。無事合格すれば、春から歯科医師臨床研修医としてスタートを切ることになります。
日本の特徴は、この国家試験に全国統一で合格しないと歯科医師免許が取得できない点です。たとえ歯学部を卒業しても、試験に落ちれば免許がもらえず、「歯学士」の肩書きのまま資格のない状態になります(極端に言えば「歯のことを6年以上勉強しただけの人」に留まります)。そのため歯学部教育のゴールは国家試験合格に置かれがちで、大学も学生も試験対策に力を注ぎます。卒業後は1年間の臨床研修を経て正式に「歯科医師」として独り立ちできる流れであり、ここまで来てようやく患者に対して全面的な歯科診療ができるようになります。
制度上、日本の歯科医師免許は厚生労働省管轄の国家資格であり、一度取得すれば全国どこでも開業・勤務できます。ただし海外の歯科医師資格との互換性はなく、他国で資格を得るには基本的にその国の歯学部を卒業し直すか試験を受け直す必要があります(例:日本の歯科医師が米国で働くには現地のライセンス取得が必要)。逆もまた然りで、日本で外国人が歯科医師になるには日本の国家試験合格が必要です。こうした点はアメリカも同様ですが、そもそもの教育過程が違うため、互いに直接移行するのは容易でないのが現状です。
アメリカの大学院制と4年カリキュラム
アメリカの歯科医師教育は大学院(Graduate School)として位置付けられているのが大きな特徴です。高校卒業後すぐに歯科の専門課程へ進むことはできず、まず4年制大学で学士号(通常は生物学や化学など理系専攻が望ましい)を取得する必要があります。学部在学中に先述したDAT(歯科大学適性試験)を受け、成績や課外活動実績と合わせて歯学部大学院への出願資料とします。こうしたプレ歯学の段階をクリアして初めて、Dental Schoolに入学できるわけです。
Dental School自体はほとんどが4年制で、1~2年次に基礎医学・歯学、3~4年次に臨床実習というカリキュラムになっています。日本の6年分を4年で学ぶため、学生の平均年齢は日本より高いものの、その分成熟した大人がギュッと濃密な教育を受けるイメージです。実際、米国の歯学生は20代半ば~後半が中心で、社会人経験を経て入学する人もいます。彼らは高度な専門知識だけでなく、患者との対話や診療計画立案など総合的な臨床能力を身につけて卒業していきます。日本の研修医に相当するような初期研修は必須ではありませんが、州ごとの免許要件として研修1年を課す場合があるほか、希望者は卒後すぐレジデントとして専門分野の研修プログラムに進むケースもあります。
アメリカの歯科医師免許は各州発行で、基本的には州ごとに臨床試験や要件をクリアしてライセンス取得します。ただ、州間で相互承認がある場合も多く、一度ある州で資格を取れば他州でも比較的手続きを経て働ける場合があります。いずれにせよ、国家試験(学科試験)は全米共通で、卒業時にこれをパスすることがまず必要です。外国人歯科医師が米国で働く場合は、州によっては現地の歯学部3年次編入などの特別プログラムを経て試験を受ける道も用意されていますが、ハードルは高く少数に限られます。
総じて、アメリカの歯科医師養成は「大学院専門職教育」という位置付けで、日本より選抜と訓練が後段に集中していると言えます。日本は高校卒業段階で職業を決めて長く教育する方式、米国はまず一般教養・基礎を修めた上で専門教育に入る方式という違いです。それぞれ利点欠点がありますが、この構造の差が、前述の社会的地位の差や難易度の差にも影響を与えている側面があります。
歯科医師の将来性は?アメリカと日本の展望
最後に、日米それぞれにおける歯科医師の将来的な展望について触れます。かつて歯科医師過剰と言われた日本ですが、最近では将来的に歯科医師が不足する可能性も指摘され始めています。一方アメリカでは、引き続き一定の需要が見込まれるものの、地域差やスタッフ不足など新たな課題が見えています。今後の見通しを知ることは、現役の歯科医師やこれから目指す人にとっても重要な情報となるでしょう。
日本で懸念される将来の歯科医師不足
日本の歯科医師数は長らく「多すぎる」と言われてきましたが、2020年代に入り状況が変化しつつあります。歯学部の定員割れが続いた結果、新規歯科医師の年間輩出数が抑えられ、このままいくと高齢の歯科医師の引退に追いつかず将来的に不足に転じる可能性があるのです。実際、ダイヤモンドオンライン(2025年)の報道では「これまで供給過剰とされた歯科医師が、今後は不足懸念と言われるようになっている」と指摘されています。現在50~60代の歯科医師が非常に多く(開業医の高齢化も問題になっています)、今後10~15年で引退が相次げば、一転して若手歯科医師が足りなくなる地域も出てくるでしょう。
また国の政策も変化しています。2022年には「国民皆歯科健診」の導入検討が本格化し、予防歯科を推進する流れができつつあります。これが実現すれば、国民全体が定期的に歯科検診を受けるようになるため、歯科医師や歯科衛生士の需要が今以上に高まります。さらに高齢社会の進展で訪問歯科や介護施設での口腔ケア需要が伸びており、従来の開業医とは違った形態で活躍する歯科医師も求められています。こうした背景から、一度は人気が落ち込んだ歯学部も「狙い目」として見直される動きがあります。ただし注意すべきは、定員割れにより教育力の低下した大学もあるため、仮に入りやすくなっても質の高い教育を受け国家試験に通らなければ意味がないという点です。将来の歯科医師不足を見据えて、国も歯科医療提供体制の見直しや偏在是正に乗り出す可能性があります。
まとめると、日本では現在の歯科医師数過多が徐々に是正されつつあり、10年後以降には不足に転じるとの予測も出ています。これは歯科界にとって二面性があります。今後しばらくは求人が増えて若手にはチャンスとなる半面、これまで蓄積してきた問題(大学教育の弱体化や収益構造の脆弱さ)を改善しないと、真に魅力ある職業には戻らないという指摘もあります。業界団体や大学は今まさに舵取りの時期に来ており、改革次第で歯科医師の社会的評価も上がり得るでしょう。
アメリカの歯科医師需要の展望
アメリカでは基本的に歯科医師需要は堅調に推移すると見込まれています。米国労働統計局によれば、2024年から2034年にかけて歯科医師の雇用は約4%増と平均的な成長率が予想されています。2020年代前半には新型コロナウイルスの影響で一時的に患者受診控えやスタッフ不足が発生しましたが、口腔の健康ニーズ自体は人口増加や高齢化に伴って高まっています。特に予防歯科やインプラント・審美歯科など先進分野の需要が増えており、サービスの幅が広がることで歯科医師の活躍分野も広がっています。
ただしアメリカも全く課題がないわけではありません。昨今では歯科衛生士や歯科助手の人材不足が深刻化し、診療の効率に影響が出ていると報じられています。歯科医院の求人難により、一部では患者の予約が取りにくくなるケースもあり、歯科医師一人ではカバーしきれない部分をどう補うかが問題です。また地域格差も課題で、都市部には歯科医師が集中する一方で、農村部や低所得者層向けの公的歯科クリニックでは医師が足りないといった状況があります。これに対応するため、いくつかの州ではミッドレベルの歯科提供者(デンタルセラピストなど)の制度化が議論されており、一定の訓練を受けた歯科衛生士が簡易な治療を行えるよう拡大する動きもあります。こうした制度変更は歯科医師の役割にも影響するため、注視が必要です。
総合的に見れば、アメリカの歯科医師は今後も高い需要と社会的評価を維持しつつ、ゆるやかに人材構成が変化していくと考えられます。ADA(米国歯科医師会)の予測では、2040年までに人口当たり歯科医師数は約10%増加する一方、平均勤務時間の減少など働き方の変化も予想されています。女性歯科医師やマイノリティの進出が進み、多様性が増すことで新しい視点の歯科医療も生まれるでしょう。患者側でもデジタルデンティストリーの普及や遠隔歯科相談など新たなサービス形態が登場しており、歯科医師にはテクノロジー適応力も求められてきます。
日米それぞれ課題は異なりますが、共通して言えるのは口腔の健康が今後さらに重要視される社会になるということです。それに伴い、歯科医師が果たすべき役割も拡大・進化していくでしょう。日本では停滞を脱して再評価されるチャンスが訪れつつあり、アメリカでは高い地位を維持しつつ新時代へ対応する局面にあります。いずれの国においても、歯科医師は人々の生活の質を支える専門職として不可欠な存在であることに変わりはなく、その社会的意義と責任はこれからも大きいと言えます。