歯科医師国保とは?出産手当金や退職金等の有無、加入条件や扶養の概念の違い、保険料の負担の違いやそれぞれの特徴からメリットデメリットなどを比較しながら解説!
歯科医師国保とは何か?
歯科医師国保(歯科医師国民健康保険)とは、歯科医療に従事する人々を対象とした国民健康保険組合の一つです。通常の市区町村が運営する国民健康保険とは異なり、各地域の歯科医師会が母体となって組合を運営し、特定の職業団体(この場合は歯科医師とその関係者)に限定して加入できる仕組みです。これは国民皆保険制度の中で、同種の業務に従事する者が相互に助け合う「職能国保(職域国保)」として位置づけられています。歯科医師国保の目的は、歯科医師やそのスタッフ・家族の医療保障を確保し、生活の安定と福祉向上を図ることにあります。
一般の会社員が加入する健康保険(協会けんぽや健康保険組合)とは運営主体も対象者も異なります。歯科医師国保は各都道府県ごと、または複数県合同で組織された歯科医師国民健康保険組合が運営者(保険者)となり、厚生労働省や都道府県の指導監督のもと、公法人として国民健康保険事業を行っています。例えば全国規模の「全国歯科医師国民健康保険組合」があり、東京に事務所と全国20支部を持って約6万人(令和5年3月末時点)が加入しています。このほか、東京都や大阪府など規模の大きい都府県では独自の歯科医師国保組合を運営している場合もあります。
歯科医師国保に加入できるのはどんな人?
歯科医師国保に加入できる基本条件は、その地域の歯科医師会に所属する歯科医師であることです。歯科医師国保は歯科医師会の会員向けの保険制度であるため、まず各都道府県歯科医師会への入会(金銭的な入会金・年会費が必要)が前提となります。この制度の対象となるのは、勤務先で他の社会保険(健康保険)に加入できない歯科医師です。例えば、自ら歯科医院を個人事業として開業している歯科医師や、法人経営でも役員報酬を得ていて会社員扱いにならない歯科医師などが該当します。要するに、勤務先を通じた健康保険(協会けんぽ等)に入れない立場の歯科医師が、自営業者に近い形で加入する公的医療保険が歯科医師国保です。
歯科医師国保は院長本人だけの保険ではありません。 一定の条件を満たせば、その歯科医院で働く従業員や歯科医師本人の家族も加入することができます。具体的には、歯科医師が開設または管理する診療所に雇用されるスタッフ(歯科衛生士、歯科技工士、歯科助手、受付事務など)も「第2種組合員」等の区分で組合加入が認められています。また歯科医師本人の配偶者や子どもなど家族も被保険者として加入可能です。例えばある県の歯科医師国保では、歯科医師会会員が正組合員(第1種組合員)となり、その家族や従業員は準組合員(第2種組合員)などの扱いで加入できます。ただし家族や従業員が加入するには、歯科医師が組合員であること(歯科医師が脱退すれば家族・従業員も資格喪失する)が前提です。
なお注意すべき点として、歯科医院の事業形態や従業員数によっては、本来「協会けんぽ(全国健康保険協会)」などの社会保険への加入義務が生じる場合があります。一般に法人の事業所や、常時5人以上の従業員を使用する個人経営の事業所は健康保険・厚生年金への加入(社会保険適用)が原則義務付けられています。したがって、法人化した歯科医院やスタッフが常時5人以上いる場合、原則として歯科医師国保ではなく社会保険に加入しなければなりません。もっとも、一定の条件下では厚生労働省に対して健康保険の適用除外を申請し、引き続き歯科医師国保を利用できるケースもあります。例えば従業員には厚生年金のみ適用し、健康保険は組合国保を継続するような措置です。ただし適用除外の承認は限定的で、要件を満たさない場合はクリニック全体で協会けんぽへ切り替える必要がある点に留意してください。
歯科医師国保では扶養家族はどう扱われる?
歯科医師国保には「扶養」という仕組みがありません。 これは一般的な国民健康保険の特徴でもありますが、会社員向けの健康保険と大きく異なる点です。協会けんぽや健康保険組合などの社保では、被保険者に扶養されている配偶者や子どもは収入要件を満たせば被扶養者として加入し、追加保険料なしで医療保障を受けられます。しかし歯科医師国保を含む国民健康保険組合では、家族も一人ひとりが被保険者となり保険料を支払う必要があります。言い換えれば、扶養家族という考え方自体がなく、同じ世帯の家族でも人数分だけ加入手続きと保険料負担が発生します。
具体例を挙げると、歯科医師の配偶者が専業主婦(収入なし)であっても、歯科医師国保ではその配偶者を「扶養に入れる」ことはできません。その配偶者自身が組合員の家族被保険者として保険証を発行してもらい、毎月所定の保険料を納める必要があります。例えばある組合では家族一人あたり月額8,000円程度の保険料が定められています。扶養家族が多いほど世帯全体の負担は増える仕組みであり、これは協会けんぽとの大きな違いです。「家族が多いとむしろ保険料が高くなる」点はデメリットにもなり得るため、家族の加入予定がある場合は十分に考慮しましょう。
ただし保険料の納付方法については、世帯ごとにまとめて納付する形がとられます。例えば世帯主である歯科医師が自身と家族分の保険料を一括して納めることになります(引き落とし口座も世帯単位)。また医療機関での窓口自己負担割合や受けられる給付(後述の出産育児一時金や葬祭費など)は、基本的に他の国民健康保険と同様に家族それぞれに適用されます。以上のように、「扶養家族」という扱いがない点は歯科医師国保の制度設計上の特徴であり、加入世帯人数によって保険料負担が増減することに留意が必要です。
歯科医師国保の保険料負担はどう違う?
保険料の計算方法や負担構造も、歯科医師国保と一般の社会保険では大きく異なります。歯科医師国保では多くの組合で収入に関わらず定額の保険料を採用しています。つまり、被保険者の所得に応じてではなく、職種や組合員区分ごとにあらかじめ決められた月額保険料を納める仕組みです。例えば愛知県歯科医師国保組合では、開業歯科医(正組合員)の月額医療保険料が18,300円から48,300円の範囲で定められ(所得などにより段階的に変動)、その家族は一人あたり月額12,600円、勤務するスタッフ(準組合員)は一律月額12,600円といった具合です。一方、別の組合では開業医の保険料を一律25,000円、勤務歯科医18,500円、スタッフ12,500円と定額にしている例もあります。このように組合ごとに金額設定は異なりますが、共通して言えるのは「収入が増えても保険料は原則一定」という点です。そのため高所得の歯科医師にとっては、市町村国保より負担が軽減され節税効果が期待できるという声もあります。
対して、会社員向けの協会けんぽ(社会保険)では保険料は毎月の給与や賞与額に比例して決まります。標準報酬月額に保険料率(都道府県ごとに設定)を掛けて算出されるため、収入が上がれば健康保険料も上昇します。また、協会けんぽ等では保険料を労使で折半(会社と従業員で半額ずつ負担)する仕組みになっています。例えば月収50万円程度の勤務歯科医であれば、本人負担だけで月2~3万円前後(地域による)の健康保険料が給与天引きされ、同額が事業主からも納付されています。これに対し、歯科医師国保には法律上事業主負担の義務がありません。開業医であれば自身が全額を支払い、スタッフの保険料についてもクリニックが負担するか本人給与から引くかは事業所の任意です。零細医院では従業員分は各自負担としている例もありますし、逆に福利厚生として院長が従業員の組合保険料を一部または全額補助してあげる場合もあります(ただし法定ではないため各医院の方針によります)。
以上をまとめると、保険料負担の違いは以下のようになります。
- 歯科医師国保: 保険料は組合ごとの定額(または定額+若干の所得割)で設定。加入者(医院)が全額を負担し、給与から控除するかどうかは任意。賞与には保険料がかからない。
- 協会けんぽ(社会保険): 保険料は給与・賞与に比例して変動。会社と従業員が半額ずつ負担し、給料天引き。扶養家族分の追加保険料負担はなし。
このように、収入構造や従業員数によってどちらが有利かはケースバイケースです。収入が高く従業員が少ない開業医の場合、歯科医師国保の定額保険料に抑えておくメリットが大きい傾向があります。一方で従業員が多かったり家族が扶養に入れる状況であれば、労使折半や扶養無料の協会けんぽの方がトータル負担が下がる場合もあります。自院の経営状況や家族構成に照らして、最適な選択を検討することが重要です。
歯科医師国保で出産手当金はもらえる?
結論から言うと、歯科医師国保では原則として「出産手当金」は支給されません。 出産手当金とは、産前産後の休業中(出産のため働けない期間)に健康保険から支給される給付金のことです。協会けんぽなど社会保険では法定給付としてこの制度があり、出産日前後の計98日間について給与の3分の2相当額が支給されます。しかし国民健康保険にはそもそも制度上そのような給与補償給付がなく、歯科医師国保も例外ではありません。したがって、従来は歯科医師国保に加入している女性が産休に入っても、出産手当金は受け取れないのが基本でした。
ただし近年、組合独自の任意給付として出産手当金制度を導入する歯科医師国保組合も出てきています。例えば全国歯科医師国保組合(全国共通の組合)では、令和3年頃から条件付きで組合員本人への出産手当金の支給を開始し、令和7年(2025年)4月改正時点では「産前6週間・産後8週間に業務を休んだ組合員に対し、1日あたり4,000円を最長90日間支給」と定めています。埼玉県など一部地域の歯科医師国保も令和6年4月から同様の制度をスタートさせています。もっとも支給額は日額4,000円程度と協会けんぽの法定給付(標準報酬日額の3分の2)に比べるとかなり少額であり、組合によって有無や条件も異なります。利用する際は必ず所属組合の給付内容を確認することが大切です。
なお、出産育児一時金(出産時に支給される一時金)については歯科医師国保でも他の保険と同様に支給されます。これは子ども一人につき原則50万円(令和5年4月以降)支給される制度で、国民健康保険法上の法定給付です。歯科医師国保でも出産すれば誰でも申請により一時金を受け取れます。また、産前産後の保険料については、令和元年の制度改正で国民健康保険にも産前産後期間の保険料免除措置が導入されました。全国歯科医師国保組合でも出産予定月の前月から出産月の翌々月までの4か月間、保険料が免除される制度が実施されています。たとえば11月に出産した場合、その前後の計4か月分の組合保険料が請求されない(または後日還付される)仕組みです。育児休業中の保険料については、市町村国保や歯科医師国保には社会保険のような特例免除はありません。休業中も通常どおり保険料負担が続く点は注意が必要です(※産前産後の免除期間を除く)。以上より、歯科医師国保では出産に関する給付は一時金が中心で、所得補償としての手当金は原則ないか限定的だということになります。
歯科医師国保に退職金や老後の保障はある?
歯科医師国保はあくまで医療保険であり、「退職金」や将来の年金といった老後の保障は含まれていません。 ここで言う退職金とは、勤務先を退職する際にもらえる一時金のことですが、これは健康保険ではなく各職場の就業規則や制度によるものです。自ら開業医として働く歯科医師には会社からの退職金支給は当然ありませんし、スタッフに対しても歯科医師国保から退職金が出るような制度はありません。従業員の退職金制度を設けるかどうかは各医院の任意で、中小企業向けの中小企業退職金共済などに加入するケースもありますが、歯科医師国保そのものとは無関係です。
また、老後の年金についても歯科医師国保に加入する歯科医師=厚生年金に加入しない立場である点に注意が必要です。社会保険(会社員の健康保険)に入ると自動的に厚生年金にも加入しますが、歯科医師国保の加入者は基本的に自営業者扱いのため、公的年金は国民年金(基礎年金)のみにとどまります。その結果、将来受け取れる年金額は会社員に比べて少ない傾向となります。例えば会社員であれば老齢基礎年金に加えて平均報酬に応じた老齢厚生年金が上乗せされますが、開業歯科医が生涯国民年金のみの場合、老後の公的年金は月額6〜7万円程度(満額基礎年金)にとどまります。退職金制度もなく、公的年金も基礎年金のみとなれば、公的保障の面では一般の会社員より自己責任の部分が大きいと言えます。したがって歯科医師国保で開業医として働く場合、民間の年金保険や小規模企業共済(個人事業主の退職金共済)への加入など、自助努力で老後資金を備えておくことが望ましいでしょう。
なお関連して、歯科医師国保には任意継続制度がないことも覚えておきたいポイントです。協会けんぽの場合、退職後も希望すれば最大2年間は元の健康保険に本人負担で継続加入できる制度(任意継続被保険者)があります。しかし歯科医師国保では退職(資格喪失)後に同じ組合保険を任意で継続する制度は基本的にありません。そのため、例えばスタッフが歯科医院を退職した際には、その日をもって歯科医師国保の資格を失い、直ちにお住まいの市区町村国保へ切り替えるか、新たな就職先の健康保険に入る必要があります。歯科医師本人が廃業した場合も同様で、歯科医師国保を抜けた後の医療保険(国保への加入など)を考えておく必要があります。
歯科医師国保のメリット・デメリットは?
最後に、歯科医師国保の主なメリットとデメリットを整理します。制度の長所と短所を正しく把握し、自身の状況と照らし合わせて判断することが大切です。
歯科医師国保に加入する主なメリット
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保険料が比較的安定し、高所得でも負担が急増しにくい。 歯科医師国保は多くが定額保険料のため、開業医など収入が大きい場合でも保険料が頭打ちになっているケースが多いです。協会けんぽのように収入増に応じて保険料が青天井で上がっていく心配が少なく、昇給や売上増による負担増加を抑えられます。また賞与に対する保険料も不要なので、ボーナスが発生しても追加の保険料負担が生じません。従業員に関しても、一人あたりの保険料が定額なので医院側で人件費管理しやすい利点があります。スタッフの給与を上げても社会保険のように事業主負担が比例して増えないため、中小の歯科医院にとっては経営計画を立てやすいという声もあります。
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組合による独自の福利厚生サービスが受けられる。 歯科医師国保組合では、加入者向けに健康診断の補助や人間ドックの割引利用、保養施設の優待など独自の保健事業を行っている場合があります。例えば各種健康チェックやメンタルヘルス相談を無料または安価で提供していたり、組合員限定の研修・情報提供が受けられたりします。また加入者は同時に歯科医師会の会員でもあるため、業界内のネットワークやサポート(学会や研修情報の入手など)が得られるのも間接的なメリットと言えます。
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小規模医院でもスタッフや家族をカバーできる。 歯科医師国保は開業医本人だけでなく、その配偶者や20歳以上の子ども、従業員なども条件を満たせば加入できます。社会保険の適用義務がない少人数の歯科医院でも、組合保険を使えばスタッフ全員が公的医療保険に加入できるため安心です。市町村国保に各自バラバラに入るより、一元的に保険管理できる点を評価する声もあります。また家族も同じ組合に入れるため、世帯で同じ保険にまとまれる利点もあります(※ただし保険料負担は人数分かかる点に留意)。
歯科医師国保の主なデメリット
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扶養の概念がなく家族が多いと負担増。 先述のとおり、歯科医師国保では扶養家族でも一人ひとり保険料が必要です。そのため配偶者・子どもと家族が多い開業医の場合、協会けんぽで扶養に入れた方が保険料が抑えられるケースがあります。例えば4人家族なら4人分の保険料がかかるため、世帯合計では社会保険以上に支払う可能性もあります。将来的に家族が増える予定があるなら、この点はデメリットとして考慮が必要です。
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給付内容(保障)が一部手薄である。 歯科医師国保には協会けんぽにある傷病手当金や出産手当金がない、または組合ごとの任意給付で手当があっても内容が劣る場合があります。たとえば病気やケガで仕事を休んだ際の所得補償(傷病手当金)は、全国歯科医師国保組合では入院1日4,000円といった限定的な給付にとどまり、休業補償としては不十分です。出産手当金も多くの組合では未実施で、あっても日額数千円程度(支給期間も3ヶ月まで)と決して手厚くありません。このように保障面では社会保険に劣る点があるため、必要に応じて民間保険でカバーするなどの対策も考えましょう。
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厚生年金に入れず将来の年金額が少ない。 歯科医師国保に加入するということは、同時に厚生年金に加入しない働き方であることを意味します。そのため老後に受け取る公的年金は基礎年金(国民年金)部分のみとなり、会社員に比べると大幅に少なくなります。現状、国民年金の満額でも年約80万円程度(2023年度時点)ですから、十分な老後所得とは言えません。会社勤めの歯科医であれば厚生年金や企業年金、退職金などが期待できますが、開業医はそれらがない分だけ自営業者に近いリスクを背負うことになります。この点は医療保険制度そのもののデメリットではありませんが、歯科医師国保を選ぶ働き方に付随する注意点として押さえておきましょう。
以上、歯科医師国保の特徴をメリット・デメリット両面から見てきました。【結論】歯科医師国保は、特に開業歯科医にとって保険料負担の安定や業界特化のメリットがある一方、家族が多い場合や福利厚生・将来保障の面では社会保険に比べ注意点もあります。制度加入にあたっては、2024年現在の最新制度(出産手当金の有無や保険料改定状況など)を確認するとともに、自院の経営状況・家族構成・将来計画を踏まえて総合的に判断することが重要です。市町村国保や協会けんぽへの加入という選択肢も含め、自身にとって最適な医療保険制度を選びましょう。