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新人の歯科衛生士が抜歯の介助で迷わないための基本の考え方

最終更新日

この記事で分かること

この記事の要点

この記事は、抜歯の場面で歯科衛生士ができることと、やってはいけない境界をはっきりさせ、術前から術後までの動きを手順で整理する話だ。

歯科医師法と歯科衛生士法、厚生労働省の通知や学会ガイドラインを土台に、現場で迷いやすい点を表にまとめた。左から順に読めば、どこを確認し、誰に相談すればよいかが見える。

項目要点根拠の種類注意点今からできること
抜歯の実施者抜歯そのものは歯科医師が行う処置だ法令と行政通知器具を握る行為は線引きが明確だ自院の手順書で役割分担を確認する
歯科衛生士の関わり方歯科診療補助として準備 介助 説明 記録を担う歯科衛生士法と厚生労働省資料指示系統が曖昧だと事故が起きやすい歯科医師の指示の出し方をすり合わせる
術前の確認服薬と既往歴 アレルギーを漏らさない学会ガイドラインと標準的運用自己判断で中止や延期を決めない問診の聞き方を一つテンプレ化する
抗血栓療法の患者出血と血栓の両方に配慮が必要だ関連学会ガイドライン薬の中止はリスクがあるお薬手帳の写真を許可を得て記録する
薬剤関連顎骨壊死骨吸収抑制薬などでは抜歯の判断が繊細だ厚生労働省資料と学会文書感染源の有無もリスク要因になる薬剤名と投与目的を確認して共有する
感染対策抜歯は観血処置として標準予防策を徹底する厚生労働省指針など手袋を外した後の手指衛生が要だ動線と廃棄手順を見直す
術後説明血餅を守る説明がトラブル予防になる口腔外科の一般的説明言い過ぎで不安を煽らない院内の説明文を短く整える
記録と申し送り処置内容と注意事項を同じ言葉で残す医療安全の一般原則書き方が人で違うと伝わらないよく使う文を定型文にする

表1は、上から読むと全体の順番がつかめる。新人や異動直後なら、抜歯の実施者と術前の確認の行から先に押さえると安全側に倒れやすい。

同じ抜歯でも、親知らずや有病者ではリスクが上がり、医院の体制や歯科医師の指示がより重要になる。表の要点は一般的な整理なので、個別の判断は担当歯科医師の方針に合わせる必要がある。

まずは自院の抜歯の流れを思い出し、表1で不安な行に丸を付けてから、確認先を一つだけ決めて聞いてみると前に進む。

歯科衛生士と抜歯の基本と誤解しやすい点

抜歯は歯科医師が行い歯科衛生士は補助で関わる

ここでは、抜歯と歯科衛生士の関係を法律の枠組みから整理し、誤解を減らす。

歯科医師法には、歯科医師でなければ歯科医業をなしてはならないという規定がある。抜歯は行政通知でも歯科医行為に属するものとして扱われており、歯科衛生士が抜歯そのものを担う前提ではない。

現場で迷いが出やすいのは、器具の受け渡しや吸引などの介助と、歯を抜く行為が一続きに見える点だ。歯科衛生士法では、歯科医師の指導の下で歯科疾患の予防処置を行うことに加え、歯科診療の補助を業とできるとされている。だから抜歯の場面でも、準備と介助と説明の役割は大きい。

一方で、歯科医師が不在の状態や、指示が曖昧な状態で侵襲のある行為に踏み込むと、本人も患者も守れなくなる。迷ったときは、歯科医師が決める行為かどうかという視点で線を引くと判断しやすい。

今日のうちに、自院の抜歯で歯科衛生士が担当している作業を紙に書き出し、歯科医師の指示が必要な箇所に印を付けておくとズレが減る。

用語と前提をそろえる

ここでは、抜歯の介助でよく出る言葉をそろえ、同じ言葉を同じ意味で使える状態にする。

抜歯は観血処置であり、感染対策や全身状態の確認が欠かせないという前提がある。用語があいまいだと、準備や申し送りの漏れにつながりやすいので、最低限の言葉を表でそろえると現場が安定する。

次の表は、抜歯に関わる歯科衛生士がよく使う用語を、かんたんな意味と誤解ポイントで整理したものだ。困る例の列を読むと、自院で起きそうな行が見つかるはずだ。

用語かんたんな意味よくある誤解困る例確認ポイント
抜歯歯を抜く処置全部同じ難しさだと思う準備が足りず時間が延びる難しい抜歯かどうかを先に確認する
歯科診療補助歯科医師の指示の下で診療を支える何でもできると思う境界が曖昧でヒヤリが起きる指示の範囲と監督の形を確認する
観血処置血が出る処置汚れが見えなければ安全だと思う手指衛生が甘くなる標準予防策で常に扱う
浸潤麻酔麻酔薬を注射して効かせる方法歯科衛生士なら誰でも打てると思う研修や体制がないまま頼まれる院内方針と研修の有無を確認する
抗血栓薬血栓を作りにくくする薬抜歯前に必ず止めると思う血栓のリスクを見落とすガイドラインに沿い歯科医師が判断する
骨吸収抑制薬骨を守る薬の一群抜歯は絶対にできないと思う感染源の処置が遅れる投与目的と用量で対応が変わる
血餅傷口を守る血のかたまりうがいで洗い流す方が良いと思うドライソケットの原因になる強いうがいを避ける説明にする
ドライソケット血餅が失われ痛みが続く状態必ず感染だと思う不安を煽り過ぎる症状と受診の目安を共有する

表2は、朝の申し送りや新人指導のときにそのまま使える。特に浸潤麻酔と抗血栓薬は、言葉だけ知っていても運用がぶれやすいので、確認ポイントまでセットで覚えると強い。

向いているのは、抜歯介助の担当が増えた人や、医院内で言葉がバラついていると感じる人だ。表を共通言語にすると、医師と衛生士と助手の連携が整いやすい。

ただし、薬剤名や全身状態の評価は専門性が高く、歯科衛生士が自己判断で結論を出す話ではない。表の確認ポイントを踏み台にして、歯科医師に情報をそろえて渡すことが安全につながる。

まずは表2から二つ選び、自院の申し送りで同じ言葉を使ってみると、連携のズレが一気に減る。

抜歯に関わる歯科衛生士が先に確認したい条件

全身状態と服薬を見落とさない

ここでは、抜歯でトラブルになりやすい全身状態と服薬を、歯科衛生士の視点で押さえる。

抗血栓療法中の患者の抜歯については、関連学会がガイドラインを作成し、出血と血栓の双方を踏まえた判断の標準化を目指している。薬剤関連顎骨壊死のように、服薬が抜歯後の治りに関係する領域もあり、厚生労働省や学会が情報提供している。

現場で役立つコツは、薬の名前を覚えることより、確認の順番を固定することだ。お薬手帳の有無、薬の目的、最近の変更の有無、飲み忘れの有無を同じ順で聞くと漏れが減る。加えて、アレルギー歴と過去の抜歯後の出血の有無を聞けると、歯科医師がリスクを評価しやすくなる。

それでも判断が難しい場面はある。抗血栓薬や骨吸収抑制薬の中止継続は、患者ごとに利益と不利益が変わるため、歯科衛生士が決めない方がよい。迷ったら、薬剤名と服用状況を正確に伝えることに徹し、歯科医師の指示を待つ方が安全だ。

次の診療から、問診の最後にお薬手帳を確認する一言を必ず入れるだけでも、術前の安心感が上がる。

院内の役割分担と教育体制を確認する

ここでは、抜歯介助を続けられる形にするために、院内の条件を先にそろえる。

厚生労働省の資料では、歯科診療補助としての業務内容は、患者の状態や行為の影響、歯科衛生士の知識と技術などを踏まえて妥当性が判断されるという考え方が示されている。浸潤麻酔のように議論が続く領域では、研修プログラム例が示されつつも、実施を推奨するものではなく歯科医師が慎重に判断すべきとされている。

現場でのコツは、役割分担を人に紐づけず作業に紐づけることだ。たとえば器具展開は担当者、術中の吸引は立ち位置、術後説明は説明文のセットというように、誰が入っても同じ品質になる形を作ると新人も入りやすい。抜歯の経験が浅い歯科衛生士が入る日は、難しい症例を避けるなど、予約側で調整できると事故が減る。

例外として、急患や予定変更で体制が崩れる日は必ず出てくる。そういう日に無理をして担当範囲を広げると、あとで振り返れない失敗になりやすい。できないことをできないと言える雰囲気と、代替案を出せる仕組みが必要だ。

今日のうちに、抜歯介助で迷う作業を一つ挙げ、誰に確認すれば答えが出るかを決めておくと安心だ。

抜歯の介助を進める手順とコツ

手順を迷わず進めるチェック表

ここでは、抜歯の準備から術後までを、歯科衛生士が迷わず動ける順番に落とし込む。

抜歯は短時間で終わることもあるが、術前確認と感染対策と術後説明がセットで必要だ。厚生労働省の感染対策指針でも、一般の歯科治療であっても観血治療とみなす必要があるという考え方が示されているので、段取りが安全に直結する。

次の表は、抜歯の介助を手順に分け、目安時間とつまずきやすい点を整理したチェック表だ。上から順に進め、抜けていた行があれば自院の手順に合わせて追加すると使いやすい。

手順やること目安時間や回数つまずきやすい点うまくいくコツ
予約前カルテで既往歴と服薬の要点を確認する5分情報が古い来院時に更新する前提で印を付ける
準備基本トレーと予備器具をそろえる10分予備がない抜歯鉗子 エレベーター ガーゼを予備で置く
術前確認お薬手帳 アレルギー 体調を確認する3分聞き方が毎回違う順番を固定し短く聞く
体位と防護防護具と吸引動線を整える2分動線が交差する口腔外バキューム位置を先に決める
術中介助吸引 視野確保 器具受け渡しを行う処置中ずっと吸引が遅れる先読みして唾液だまりを作らない
止血確認ガーゼ圧迫と出血量の確認を行う10分圧迫が弱い噛む位置と時間を具体的に伝える
術後説明生活上の注意と連絡先を伝える3分言い忘れが出る説明文を用意し一緒に読み上げる
記録処置内容と注意事項を記録する5分書き方が人で違う定型文とチェック欄を作る

表4は、抜歯の介助を初めて担当する日にも使える。特に術前確認と止血確認と術後説明は、抜歯の種類に関わらず外しにくい行なので、ここだけは毎回守ると安全が上がる。

向く人は、抜歯介助の回数が増えた人や、忙しくて抜け漏れが起きやすい人だ。チェック表は短くても効果が出るので、自院の実情に合わせて行数を増やしてよい。

ただし、難しい抜歯や有病者では追加確認が必要になる。表は万能ではないので、歯科医師から事前に難易度の共有を受け、必要に応じて別のチェックを足す前提で使うとよい。

次の抜歯の前に、表4を印刷して一回だけ手元に置き、終わったら抜けた行に丸を付けると改善点がすぐ見える。

術後説明を短く分かりやすくする

ここでは、抜歯後の患者説明を、短い言葉で伝わる形に整える。

抜歯後は、傷口を守る血餅が安定しないと痛みが長引くことがあり、生活上の注意がトラブル予防になる。日本口腔外科学会の一般向け説明でも、術後には抜歯後と同様の注意を行うという考え方が示されており、説明は治療の一部だ。

伝え方のコツは、禁止を並べるのではなく理由を一つ添えることだ。たとえば強いうがいを避けるのは血餅を守るためだと伝えると納得が得やすい。院内で説明文があるなら、歯科衛生士が自分の言葉で言い換えず、説明文と同じ言葉を使う方が誤解が減る。

例外として、患者の不安が強い場合は情報量を増やすと逆に混乱する。痛みや腫れの個人差があること、心配なら連絡してよいことを添え、確実に伝えるのは連絡先と緊急のサインに絞るとよい。

今日のうちに、自院の抜歯後説明を見直し、必ず伝える三つだけを選んで短い文章にしておくと明日から使える。

抜歯の介助でよくある失敗と防ぎ方

失敗パターンと早めに気づくサイン

ここでは、抜歯介助で起きやすい失敗を先に知り、サインの段階で止める方法を整理する。

抜歯は短時間でも観血処置であり、器具と薬と患者説明が絡むので、ヒヤリが起きる型がある。厚生労働省の通知でも、免許のない者による医業や歯科医業は関係法規で禁止されているという整理があり、線引きと手順が安全の土台になる。

次の表は、よくある失敗例と最初に出るサインを並べ、原因と防ぎ方まで一続きで整理したものだ。自院で起きそうな行を一つ選び、確認の言い方をそのまま使えるようにしてある。

失敗例最初に出るサイン原因防ぎ方確認の言い方
服薬確認が抜ける処置直前に薬の話が出る問診の順番が決まっていない順番固定とお薬手帳確認お薬手帳を見ながら確認したい
器具の不足が起きる途中で取りに走る予備の準備がない予備器具を常に同じ場所に置く予備はどこに置く運用が良いか
吸引が追いつかない視野が血液で曇る立ち位置が悪い体位と吸引の角度を決める吸引の立ち位置を統一したい
止血の説明が曖昧帰宅後に再出血の連絡圧迫の時間が伝わっていない時間を具体的に伝えるガーゼは何分噛む方針か
説明が長くなり混乱患者が不安を強める情報量が多い三つだけに絞る必ず伝える項目を統一したい
記録があいまい次回の担当が困る書き方が統一されていない定型文とチェック欄この表現で伝わるか確認したい

表5は、失敗を責めるためではなく、早めに止めるための道具だ。サインの列を見て、今起きていることに近い行があれば、その場で防ぎ方の一つだけ実行すると事故になりにくい。

新人やブランク明けの人は、服薬確認と術後説明の行から使うと効果が出やすい。経験者でも忙しい日は同じミスが起きるので、チェックの形を残しておく価値がある。

ただし、緊急対応が必要な症状が出た場合は表で対応を迷わない方がよい。出血が止まらない、息苦しさがある、強い腫れが進むなどは、院内ルールに沿って歯科医師へすぐ共有するべきだ。

次の抜歯介助の前に、表5から一行だけ選び、自分の確認の言い方を声に出して練習すると現場で出しやすい。

感染対策と合併症のサインを押さえる

ここでは、抜歯介助で見落としやすい感染対策と術後トラブルのサインをまとめる。

厚生労働省の院内感染対策の指針では、歯科治療は観血治療とみなす必要があるという考え方が示され、手指衛生の重要性も強調されている。日本歯科医師会の指針でも、すべての患者の血液や体液などを感染性があるものとして扱う標準予防策が基本だとされている。

現場で効くのは、手袋を外した後の動きを決めておくことだ。グローブの外側に触れない外し方、外した直後に手洗いを行う動線、汚染物の置き場所を固定するだけで、抜歯の回数が増えても感染対策が崩れにくい。口腔外バキュームの位置を毎回同じにすると、飛散を減らす助けにもなる。

術後のサインは、患者からの電話や来院時の訴えに出ることが多い。出血が続く、痛みが増える、においが気になる、しびれが続くなどは、歯科医師に状況を共有して指示を仰ぐべき情報だ。歯科衛生士が診断名を決めるのではなく、サインを拾って正確に伝えることが役割になる。

今日のうちに、抜歯後の電話対応で必ず聞く項目を三つ決め、院内で同じ聞き方にそろえると安心だ。

抜歯の場面で担当を選ぶ判断のしかた

判断軸で無理のない担当を決める

ここでは、抜歯の場面で歯科衛生士がどこまで担当するかを、無理なく決めるための判断軸を整理する。

歯科衛生士は歯科診療補助を担えるが、業務内容の妥当性は患者の状態や行為の影響、知識と技術などを踏まえて判断されるという考え方が示されている。だから同じ抜歯でも、経験や体制で担当範囲が変わり得るという前提を持つと、話が早い。

次の表は、担当範囲を決めるときの判断軸を並べ、向いている人と向かない人を分けたものだ。チェック方法の列は、忙しい現場でも確認できる形にした。

判断軸おすすめになりやすい人向かない人チェック方法注意点
経験の量抜歯介助を月に10回以上担当している人ほぼ初めての人過去1か月の回数を数える回数だけで判断しない
症例の難しさ普通の抜歯が中心の人難しい抜歯が多い人予約内容で分類する難しさは歯科医師が判断する
有病者対応服薬確認に慣れている人問診が苦手な人問診のテンプレを使えるか自己判断で薬を止めない
麻酔の関与院内の研修と体制がある人体制がない人院内方針と研修履歴を見る可否は歯科医師が慎重に判断する
記録と説明説明文を使って話せる人言い回しが毎回変わる人説明文の運用があるか不安を煽る表現を避ける

表3は、担当範囲を広げるためだけでなく、担当を絞って安全にするためにも使える。おすすめになりやすい人の列に当てはまらなくても、別の行で補えるなら問題はない。

向くのは、自分の得意不得意を言語化したい人や、院内で担当を分けたい人だ。判断軸を共有すると、誰が何を担当するかが感覚ではなく話し合いで決まる。

ただし、制度や法令の解釈を個人で決めるのは危険だ。判断軸はあくまで院内運用の道具であり、歯科医師の指示と責任の範囲で組み立てる必要がある。

まずは表3の判断軸から一つ選び、自分が安心して担当できる範囲を一文で書いてみると交渉しやすい。

浸潤麻酔を任されそうなときの判断と準備

ここでは、抜歯で関わりやすい浸潤麻酔について、歯科衛生士が安全側に判断するための考え方をまとめる。

厚生労働省は、歯科衛生士が歯科医師の指示の下で歯科診療の補助として浸潤麻酔を行うことを想定し、研修プログラム例を示している。一方で、その研修を受けることで実施を推奨するものではなく、実施の可否は指示を行う歯科医師が慎重に判断すべきだという整理も明確だ。

現場でのコツは、できるかできないかを感情で決めず、条件で決めることだ。歯科医師の直接の指示と監督があるか、救急対応の体制があるか、研修と手順書があるか、記録の責任分担が明確かを順に確認する。条件がそろわないなら、歯科衛生士が無理に引き受けるより、準備と介助に専念した方が患者の安全につながる。

例外として、院内で体制整備が進んでいる場合もある。その場合でも、患者の状態や処置内容で麻酔の難しさは変わるので、一律に担当するのではなく症例ごとに歯科医師が判断する形が必要だ。自分の経験が浅い段階では、説明と準備の質を上げる方が成長が早いことも多い。

次に麻酔の相談が来たら、条件を確認する質問を三つだけ用意し、歯科医師に同じ聞き方で確認するとぶれが減る。

場面別にみる抜歯と歯科衛生士の動き方

普通の抜歯と難しい抜歯で準備が変わる

ここでは、抜歯の難しさによって歯科衛生士の準備がどう変わるかを、場面別に整理する。

抜歯は、普通に抜けるケースもあれば、歯肉切開や骨の処置が必要になるケースもある。厚生労働省の資料でも、歯科治療は観血処置として扱う必要があるという前提があり、難しい抜歯ほど飛散や出血が増えることを想定した準備が必要になる。

現場で役立つのは、予備をどこまで置くかを難易度で決めることだ。普通の抜歯なら予備ガーゼと予備吸引チップ、難しい抜歯なら縫合関連の準備や吸引の強化など、必要なものを先に広げておく。口腔外バキュームの位置とライトの角度を先に決めると、術中に慌てにくい。

ただし、難易度の判断は歯科医師が行う領域だ。歯科衛生士は、問診や所見から不安を感じたら早めに共有し、準備を厚くする提案をする立場になる。想定外が起きたときに動けるよう、器具を増やしすぎて動線を塞がない点も気をつけたい。

次の抜歯で、普通の抜歯と難しい抜歯で準備の違いを一つだけ書き出し、自分の中の判断基準を作ると伸びる。

抜歯前後の口腔衛生管理で治りを支える

ここでは、抜歯の前後で歯科衛生士ができる口腔衛生管理の考え方をまとめる。

薬剤関連顎骨壊死の資料では、感染源が顎骨に存在すること自体がリスク因子になり得るという整理があり、抜歯の判断はメリットとリスクを勘案して行う必要があるとされている。つまり抜歯の場面でも、口腔内の感染を減らす取り組みは重要だ。

現場でのコツは、抜歯当日だけでなく、抜歯前の清掃とセルフケアの支援を組み込むことだ。痛みがある歯の周りは磨けていないことが多いので、刺激を避けた磨き方を一つ提案するだけでも炎症が落ち着くことがある。抜歯後は患部を避けながら清潔を保つ必要があるため、どこを避けてどこは磨くかを短く示すと伝わりやすい。

例外として、腫れや痛みが強い時期はセルフケアが難しい。そこで無理に磨かせるより、洗口や軟らかいブラシなど院内方針に沿った代替案を示す方が現実的だ。薬剤や全身状態が絡む場合は、歯科医師の治療計画と同じ方向で説明することが一番の安全になる。

まずは抜歯前後で患者に伝える一言をそれぞれ一つ作り、自院の説明文と矛盾がないか確認しておくと使いやすい。

抜歯の場面でよくある質問に先回りして答える

よくある質問を表で整理する

ここでは、歯科衛生士が抜歯の場面で迷いやすい質問を、短い答えにまとめる。

抜歯は法令の線引きと臨床の安全管理が同時に必要なので、同じ質問が繰り返し出やすい。答えを暗記するより、理由と次の行動までセットで持つと現場で迷いにくい。

次の表は、抜歯と歯科衛生士に関するよくある質問を並べ、短い答えと次に何をすべきかを整理したものだ。短い答えだけで終わらず、次の行動まで読んで自院の運用に落とすと効果が出る。

質問短い答え理由注意点次の行動
歯科衛生士は抜歯できるか抜歯そのものは歯科医師が行う歯科医師法の業務独占がある介助と実施を混同しない自院の役割分担を文書で確認する
抜歯の麻酔を打ってよいか院内方針と歯科医師の判断次第だ厚生労働省が研修例を示す一方で推奨ではない体制がないなら断る判断も必要研修 監督 記録の条件を確認する
抗血栓薬の患者で何をするか薬剤名と服用状況を正確に共有する出血と血栓の両方に配慮が必要自己判断で中止を言わないお薬手帳で確認し歯科医師へ報告する
骨吸収抑制薬の患者で何をするか投与目的と用量を確認して共有する薬剤関連顎骨壊死の議論がある抜歯の可否は歯科医師が判断薬剤名 期間 目的を聞いて記録する
抜歯後に再出血の電話が来た院内ルールで歯科医師へ即共有する緊急度の判断が必要自己判断で様子見と言わない出血量と時間を聞き申し送る
抜歯後に強いうがいをしてよいか基本は強いうがいを避ける説明が多い血餅を守る考え方がある指示がある場合はそれに従う院内の説明文を統一して使う
術後の痛みが増えてきたサインを拾って早めに受診案内するドライソケットなどの可能性がある診断名を断定しない症状と日数を聞き歯科医師へ共有する

表6は、患者対応だけでなく、院内で新人が迷ったときの道しるべにもなる。短い答えを一言で言えるようにしておくと、焦った場面でも判断がぶれにくい。

向くのは、抜歯介助を担当する回数が増えた人と、電話対応を任されることが増えた人だ。次の行動の列まで含めて覚えると、現場で即動ける。

ただし、院内の方針が表と違う場合もある。法律や通知の枠組みは土台にしつつ、最終的な運用は院内の責任者の決めた手順に合わせる必要がある。

まずは表6から一問だけ選び、自院の答え方と次の行動が一致しているかを確認すると改善が早い。

迷ったときの線引きを作る

ここでは、抜歯の場面で判断に迷ったときに立ち戻れる線引きを作る。

歯科医師法の業務独占と、歯科衛生士法の歯科診療補助の枠組みを押さえると、迷いの多くは整理できる。さらに厚生労働省の通知では、医行為や歯科医行為は危害のおそれがある行為を反復継続して行うことという考え方で整理されており、リスクの大きい行為ほど慎重さが求められる。

現場のコツは、三つの質問で判断することだ。歯科医師の医学的判断が必要か、歯科医師の直接の指示と監督があるか、自分が研修と手順書に沿って安全にできるかを順に見る。三つのうち一つでも曖昧なら、歯科医師へ確認するか、自分の担当範囲を戻す方が安全だ。

例外として、急患で時間がない場面はある。そういうときほど、できないことを無理に引き受けない方が結果的に早い。確認の言葉を短く用意し、歯科医師が判断できる情報だけをそろえて渡すと現場が回る。

次に迷いが出たら、三つの質問をメモに書き、毎回同じ順で確認する習慣を作ると判断が早くなる。

抜歯に関わる歯科衛生士が今からできること

今日からできる準備を小さく始める

ここでは、抜歯介助の質を上げるために、今日から小さく始められる準備をまとめる。

抜歯は患者の不安も大きく、説明と安全対策がそのまま医院の信頼につながる。厚生労働省や学会が示す枠組みはあるが、現場で成果を出すには自院の手順に落とす作業が必要だ。

コツは、技能より先に仕組みを整えることだ。器具の置き場所を固定する、術前確認の順番を決める、術後説明を短く統一するだけで、経験が浅くてもミスが減る。抜歯の回数が多い医院ほど、この三つが効いてくる。

例外として、院内で手順が統一されていない場合は、自分一人で変えようとすると摩擦が起きる。まずは自分の担当範囲の中でできる小さな改善から始め、うまくいったら共有する形が現実的だ。

今日のうちに、表4の手順から一つだけ選び、自分の動きを固定してみると変化が分かりやすい。

院内で共有できる一枚メモを作る

ここでは、抜歯介助のブレを減らすために、院内で共有できる一枚メモの作り方を示す。

忙しい現場では、口頭だけの申し送りは抜けやすい。感染対策や術前確認のように重要な項目ほど、誰が担当しても同じになる仕組みが必要になる。

現場で役立つのは、抜歯の前と後で必ず確認する項目を一枚にまとめることだ。術前は服薬とアレルギーと体調、術後は止血の説明と連絡先と受診目安の三つに絞ると作りやすい。紙でも画面でもよいので、見れば同じ言葉が出る形にするのがポイントだ。

例外として、症例ごとに追加が必要な項目は出てくる。だから一枚メモは完璧を目指さず、最低限を守る道具として作る方が続く。追加が必要なときは、歯科医師が追記する欄を作ると運用が回る。

次の休憩時間に、表6の次の行動の列から三つを選び、そのまま一枚メモの項目にするとすぐ形になる。